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2009年7月

2009年7月27日 (月)

「シングル・マン」とタワー・オブ・パワー

41164jpaxzl 不遇時代のRCサクセションのアルバム「シングル・マン」には、あのタワー・オブ・パワーがゲスト参加していることが知られている。
だけど、これは清志郎自身がその出来栄えに満足していないと発言していることもあってか、熱心なファンでも軽くスルーしちゃってる人が多いみたいだ。

よくよく考えてみたらこれはかな~りすごいことだと思うんだよ。だって、タワー・オブ・パワーって言ったら、80年代はヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースのホーンセクションだった人たちですよ!RCと一緒にあの頃の洋楽も聴いていた人だったら、ベストヒットUSAなんかで数々のヒットナンバーに入ったホーンのフレーズを思い出すむきも多いだろう。
自分が長年疑問だったのは、なんでまたそんな世界的に有名なミュージシャン集団が、まったく無名のRCのアルバムへ参加したんだろうってことだった。

これ、最近になって意外なところからその経緯がわかったんだ。ネタ元はサンボマスターの山口隆の本「叱り叱られ」。これは、山下達郎、大瀧詠一、岡林信康、佐野元春、奥田民生といった、彼にとっての「僕の好きな先輩」との対談集なんだけど、そこで山口がムッシュかまやつと話をしていて、この頃の話が出てくるのだ。

山口は清志郎と初めて会った時、「シングル・マン」でタワー・オブ・パワーとやっているという話は果たして本当なのか、直接聞いたらしい。

その時の清志郎の答えは、

「そうですよ。でもあの時は、(タワー・オブ・パワーは)かまやつさんとか、けっこういろんな人とやってたんじゃないかな」

というものだったという。

で、この本でかまやつさんと話をする機会を得て、今度はかまやつさんがタワー・オブ・パワーとやることになったいきさつを聞いているのだ。

かまやつさんの答えを要約するとこんな感じ。
当時、かまやつさんの知り合いの呼び屋さんがタワー・オブ・パワーを日本に呼んだので、ダメもとで「彼らとやってみたい」と言ったところ、すんなりOKが出てしまったらしい。当時、かまやつさんは、「我が良き友よ」売り出し中の頃だったんだけど、かまやつさんはこれがすごく嫌だったらしいんだな…。まあ、それもわかる。ムッシュのルーツはブリティッシュ・ロック。ストーンズやフェイセズが大好きな人なのに、何が悲しくてゲタ履いて腰に手ぬぐいぶら下げてバンカラ学生を気取らなきゃならないんだろう、ってな感じだったんじゃないか(苦笑)。
で、幸運にもタワー・オブ・パワーが捕まったんで、これでB面はやりたいことをやるとがぜん燃えた。だけど、肝心の曲がない。しょうがないから、眠ってでもできるようなコード進行を書き、スタジオでそのカラオケを聴きながらメロディーと詞を書いて、タワー・オブ・パワーには「ここからここまで歌ね」とか言って、その場で説明したらしいのだ。

その歌こそが、「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」だというのだ!
タワー・オブ・パワーは、この仕事の後、ポリドールに行ってRCとのレコーディングに臨んだというのが真相のようなのだ。

これ、なかなかスゴイ話だと思わない?来日中にダブルヘッターでセッションワークをしちゃうタワー・オブ・パワーもスゴイけど、名曲「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」が、こんな突貫工事でできたものだったとは…。

俺、ムッシュのライブは2回見たことがあります。1回目はストーンズのトリビュートライブ、2回目は横浜のライブハウス、サムズアップの10周年記念イベント。2回とも「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」はバッチリやりました。
かまやつひろしさんの日本の音楽シーンにおけるポジションは、向こうの人で言えばチャック・ベリーみたいな感じがする。CHABOや清志郎がポールやジョンなら、その先輩みたいなタッチですね。

対談では、タワー・オブ・パワーと清志郎を繋いだのが誰なのかまでは話されていないけど、かまやつさんと彼らがセッションすることを知っていた人物が、その後の空き時間をおさえたってことになるわけだよね。うーん、星勝あたりかな?
いずれにしても、この時のポリドールは、伝えられるよりもけっこう気合を入れて清志郎をバックアップしていたんじゃないかと僕は思っている。

もし、このセッションの順番が逆だったらどうなっていたんだろう?清志郎がタワー・オブ・パワーの音に不満だったのは、彼らの演奏があまりにもかっちりしすぎていたからだというが、時間のないところで最良の結果を出すためには、譜面通りきっちりやるしかなかったってとこもあるんじゃないだろうか?
もし、時間のたっぷりある中でタワー・オブ・パワーが本来の力を目一杯発揮できていたら…。「シングルマン」はもっとゴージャスな、誰が聞いてもヘヴィなR&Bアルバムになっていたりして…。そんな楽しい想像もできちゃうエピソードなんだよなあ、これは(笑)。

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2009年7月23日 (木)

アベフトシの死を悼んで

もともと日本にはロックシーンなんてものはなかった。この国におけるポピュラー音楽には、芸能界という大雑把な枠組みしかなかったのだ。そこにフォークが風穴を空け、80年代に入って、RCサクセションや幾つかのバンドが活躍して今のシーンができあがったのである。
今でも、日本のロックシーンなんてちっぽけなものでしかないのかもしれない。だけど、その土台固めにRCサクセションや忌野清志郎が果たした役割はとてつもなく大きかったと僕は思う。

そう、忌野清志郎は芸能界に対するロックサイドからの最大の旗頭でもあったのだ。
自身がテレビに出るようなメジャーな存在になっても、発禁になることを厭わずタブーを歌った。歌番組で歌っても、バラエティに出ても、ロック畑から巣立った後輩たちが次々に芸能界の渦に飲み込まれていっても、清志郎だけは悠々とわが道を歩み続けた。
世の中が不景気になってCDが売れない時代に突入しても、清志郎の活動にはいささかのブレもなかった。ライブの本数を落とすこともなく、最後までロックシーンのキングであり続けたのだ。

テレビから流れてくる音楽がロックっぽく装った歌謡曲だらけになってしまっても、清志郎が出てくれば大丈夫。そう思えた。フジロックの出演者が海外のバンドだらけになっても、清志郎はいつも堂々とトリをとってくれた。そんなことを言われても本人は嬉しくないかもしれないが、清志郎は日本のロックの砦だったのだと思う。
僕らは、清志郎がいてくれるだけで安心できた。熱心なファン以外でも、そう思っていた人は多いはずだ。だからこそ、忌野清志郎は最後まで誰もが認めるボスであり続け、若い世代からも指示され、葬儀式には4万を超える人が集まったのだ。
素晴らしい作品で僕らを楽しませ、感動させてくれたのはもちろんだけど、清志郎は芸能界に対するロックシーンのスポークスマンとしても、最後まで大きな存在であり続けた。そのことに、僕はいくら感謝しても感謝しきれないぐらいの気持ちでいる。

翻って、今のロックシーンってどうなんだろうか?ロックっぽさを装った人はたくさんいるような気がする。だけど、骨の髄までロックな匂いの沁み込んだミュージシャンを、僕はRC以降、数えるほどしか知らない。

アベフトシは間違いなく骨の髄までロックなミュージシャンだった。メジャーな場に出ても、ロックなマナーを捨てることは決してなかった。かつてのRCサクセションがそうだったように、好む好まざるに関わらず、TMGEのロックなたたずまいを心強く思っていた人は多いだろう。

そんな、生粋のロック・ミュージシャン、アベフトシが亡くなってしまった…。
僕が感じるのは、悲しみというより巨大な喪失感だ。狭いロック村の中で活躍している人はたくさんいる。だけど、シーンのスポークスマンといえる存在が、どこにも見当たらない。今年のフジロックやライジング・サンの出演者を見ても、なんだか数年前よりずいぶん小粒になってしまったような気がして仕方がないのだ。

いったいなんなんだろう、今年は。なぜ、こうも悪い報せばかりが届くのだろう…。
僕らは、このままロック村で自分たちだけに通用するような言葉で暮らしていくしかないのだろうか。なんだか、彼らの不在は、この国においてロックという存在そのものがひどくマイナーな世界に後退してしまったような気さえしてしまう。

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2009年7月21日 (火)

忌野清志郎 永遠のバンド・マン ミュージック・マガジン増刊

515pjljsowl__ss500_7月14日に発売された、ミュージック・マガジンによる清志郎追悼本。隅から隅まできっちり読ませていただきやした。

良いも悪いもミューマガらしい本だったな、ってのが自分の感想だ。どうしても先に出たロッキンオンの追悼本と比較しちゃうけど、昔からROとMLには明確な違いがあったんだよね。
素人ライターの投稿で紙面を埋めることから出発したROは、規模が大きくなるにつれミュージシャンのインタビューをメインに据える方向へと転換していった。一方のMLは昔からあまり編集方針を変えず、インタビューよりも評論家の書く記事をメインにした構成で雑誌を作り続けている。もともとは洋楽志向が強かったのだが、近年は日本人ミュージシャンの割合も増え、清志郎もしばしば紙面を飾ってきた。

先に世に出た『ROCKIN'ON JAPAN 特別号 忌野清志郎 1951-2009』は、豊富なインタビューのストックを上手く使った、いかにもロッキンオンらしい構成。
こちらMLは冒頭に音楽評論家による文章をガツンと7本も持ってきた。しかもこの7本、今井智子さんによる清志郎の日本の音楽シーンにおける足跡からはじまり、歌詞、オーティスとの関係性、サウンド、70年代のRCなど、かなりテーマを絞って執筆されている。要は、ライターへかなり細かいテーマで依頼を出したってことなんだろうが、この辺は忌野清志郎という多彩な顔を持つアーティストを、複眼的に考察していこうとするMLらしい視点が感じられるところだと思う。

最近の音楽ファンには、MLってどうも評判があまりよろしくない。文章に評論家の自己満足的な印象を持ったり、文化人臭い文体が気に食わないという人がけっこういると聞く。特に洋楽をあまり聴かない人にそういう意見が多いようだが、自分はこれはこれで好きだし、こういう硬派の評論はいつの時代でも絶対に必要だと思っている。
今はブログで誰でも自分の意見を表明できる時代だが、自分も含め、実はそれらの文章で評論と言えるレベルにあるものはほとんどない。ブログに氾濫している文言は、あくまでもリスナーの感想文なのだ。確かに読み応えのある評論自体が少なくなっていることは事実だ。だけど、対象を比較文化論的に考察した“評論”と、ただの感想文とではやはり天と地ほども差があると自分は思っている。
ミューマガは創刊以来、一貫して水準以上の評論を掲載し続けてきた雑誌だが、そのクオリティはこの増刊号でも保たれていた。それがまずは素直に嬉しかった。

印象に残ったのは、やっぱり三田格さんの記事だ。自分はこの文に書かれた、清志郎の人あたりの変化についての記述が妙に心に残っている。
三田さんが、清志郎の変化に気が付いたのは、当時りぼんの新人バンドだったフィッシュマンズの「空中キャンプ」を清志郎に渡した時だったという。その時に清志郎は「へえー」と言って、いたずらっぽい表情でそれを受け取ったらしいのだが、同時にそこからはなんとも言えない物腰の柔らかさを感じたというのだ。昔から清志郎を知る三田さんにとって、そんなことを思ったのは初めてだったという。

「空中キャンプ」が出たのは、確か95年か96年ぐらい。清志郎の活動で言えば、GLAD ALL OVERが終わってSWIM RECORDSを起ちあげた頃だ。この頃の清志郎の変化って、実は三田さんだけではなく、ファンもなんとなく気が付いていたはず。テレビに出てくる表情が、なんとも言えず柔和になってきていたし、後年よく口にするようになった「愛と平和」なんてフレーズも、言い始めたのは実はこの頃からなのだ。メディアへの露出もバラエティも含めて幅広くなってきたし、この微妙な変化に、昔からのファンはちょっと戸惑ったりもしてたんだよな。マザー・グース・コンサートのようなチャリティに出るなんて、昔じゃ考えられなかったからなあ…。
三田さんは言う。あの時の清志郎の柔らかさがいまだに忘れられないと。清志郎はこんな人ではなかったと。そのことがいまだに引っかかり続けていると…。

はっとしたな、オレは。90年代以降の、よきパパで、自転車を愛し「愛と平和」を歌う清志郎も素敵だったから、それはそれで良しとしていたんだけど、当時微かに自分も抱いていた戸惑い、それをちょっとうやむやにしてしまったかな、なんてことをちょっと思ったんだ。
忌野清志郎は、いろんな顔を持つアーティストだ。時代時代で様々な顔を見せてきた。でも、それは“丸くなった”なんていう一言で言い括られるものではない様に今は思うのだ。清志郎はヘッセの「ガラス玉演戯」という本が好きだったそうだが、そこに出てくる振子の比喩で自我を説明したことがあるらしい。すなわち、自我とは振子の軌道上に点在しているもので、どれが表に出てくるかは振り子次第だと。
つまり、清志郎当人からすれば、80年当時の無口で簡単に人を寄せ付けそうになかった自分も、90年代以降の穏やかな対人関係を築けるようになった自分も、全く同じ軌道上にあるキャラクターとして一貫したものだったのだと思う。

なんか、オレはこの辺を分断して考えていたような気がする。
たとえば、「君が代」がメジャーでの発売を禁止された時のコメントも、「カバーズ」の時の心の底から怒りを感じるようなものとは違った感触を受けていたのだが、それはひょっとしたら大きな間違いだったのかもしれない。メディアに寄り添い、大衆が求める忌野清志郎を生きていると思いきや、実はそれが“たまたま”顔を出していた振り子の軌道上の点でしかないとするのなら、彼の本心はもっと別のところにあったのかもしれない、なんてことも、今は思うのだ。

ラフィータフィーで「誰も知らない」を歌っていた清志郎の本当の気持ちは、いったいどこにあったのだろう…。
忌野清志郎というミュージシャンの世界は、一筋縄ではいかない深さを持っている。それはこれからずっと聴き続けていくうちに、あるいはこれからの自分の残りの人生で、忌野清志郎という人物のことを考え続けていった末に、ある日突然わかってくるものなのかもしれないと思った。

自分にとっては、追悼本でありながら、新たな問題提起のような色合いもあり、読み応えを感じる一冊となっている。

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2009年7月19日 (日)

吾妻光良 & THE SWINGING BOPPERS LIVE / 7月18日・渋谷クラブクアトロ

51qisee2bk7l__ss500_ いやあ~バッパーズってツアー中だったのね。全然知りませんでした。だって、この人たちとツアーって全然イメージ結びつかないんだもん。去年東京キネマ倶楽部で2日間連続講演をやった時も、吾妻さんは“いやあ、2日続けてライブやるなんて初めてなんです”なんて言ってたぐらいだからね(笑)。

全員が本業を持ってるサラリーマンだからか、ライブ本数の極端に少ないバッパーズなんだけど、夏前のこの季節は毎年必ず渋谷クアトロでライブをやってくれる。今回はそれに加え、バンド結成30周年を祝う東名阪のクアトロ縦断ツアーの千秋楽ということになった。ツアーってのはそれのことね。ただ、それも数ヶ月もかけて名古屋と大阪と東京をやっただけなんだけど。んー、これもツアーっちゃあツアーか(苦笑)。

今年に入ってライブCDやらDVDやら怒涛のリリースの続くバッパーズ。なんと夏には幾つかのフェスにも出るみたい。おっさんたち仕事は大丈夫なの?って思わず突っ込みたくなるけど、老いて(失礼!)ますます元気な吾妻さんたちに、まずは拍手だ。
大阪や名古屋ではサケロックや大西ユカリ姉御なんかがゲストに出たらしいけど、渋谷のゲストはLeyona!イェーッ!これは行くしかねえべ?(笑)

僕はこの日仕事だったんで、会場時間をかなり回っての入場だったんだけど、運よくステージに向かって右側の柱の前をキープできた。ちょっと右に寄り過ぎでホーン隊やドラムの岡地さんは良く見えないけど、フロントの吾妻さんやピアノの早崎さん、ベースの牧さんなどはバッチリ見える。
それにしてもよく入ってたなあ、クアトロ。フロアは立錐の余地もないぐらい。ロック小僧、フェス好き人種、ブルース親父、流行もん好きな若者、お洒落なお姉さん。なんと、子供を連れて来た若いお母さんまでいた!こんだけ幅広い客層を集めるバンドは日本にはそうないだろう。これも、バッパーズの理屈抜きに楽しい音楽性と吾妻さんのチャーミングな(笑)キャラクターゆえなんだろうな。

ライブは定刻の18:00を少し回って始まった。セットリストはいつもどおりっちゃあいつもどおりなんだけど、吾妻さんはいつも以上にご機嫌でばりばりギター弾いていた。
まるでジミー・ペイジみたいなダブルネックのギターを抱えて出てきた吾妻さん、もう、それだけでどっと笑いが起きちゃうのよ。だって、全然似あわねえんだもん(笑)。
でも、弾き出すとパキパキにブルージーな音色が飛び出す。あんなロッキンなギターでこれだけスィンギンなフレーズが弾ける人ってそうそういない。昔、誰かが日本で一番ブルースギターが上手いのは内田勘太郎と吾妻光良だ、なんて言ってたけど、それもうなずけるなあ。
冷静に見ると、吾妻さん、とんでもなく巧いんだけど、冷静に見ないとそう感じさせないところがまたスゴイ(笑)。この日は異常にていねいに(笑)チューニングしてたけど、これも普段はけっこう適当でぱーっとやっちゃうし、ギターも何社の何年ものとかじゃなく、その辺のショップ製の安いものを使ってるみたい。例のダブルネックなんて、見た目はギブソンだけど、実は昔、三鷹楽器(!)で7万円で買ったっていうんだから…。それも悩みに悩んで、半分にすれば3万5千円だからって自分をむりやり納得させた上での購入なんだって(笑)。
でも、安いギターだろうが、無名のメーカーだろうが、何で弾いても何を弾いても吾妻さんの音色になっちゃう。すごい事を笑いながら軽くやっちゃってる。なんてカッコいいおっさんなんだって思うよ、ほんと。

この日の吾妻さんはMCも絶好調。やっぱこれはツアーで回ってたからってこともあるんでしょう。客席からはどっかんどっかん笑いが起きていた。
一番笑ったのは、白いシャツを着てるネタばらし。この日、吾妻さんは厚いのに上着も脱がずにプレイしていた。オレも、なーんかステージの吾妻さんの容貌がいつもと違う気がしてたんだな。よくよく考えたら、今日の吾妻さん、シャツが白い(笑)。いつもは赤いシャツにねずみ色の上着を合わせるのが定番なんだけど、今日は白シャツ。何故に?
理由は吾妻さん自らが明かしてくれました。家に忘れたそうです(笑)。そんで、スタッフに一万円渡してなるべく安いシャツを探してきて!って頼んだそうな。スタッフ、見つけてきました。ゼンモールで500円のワイシャツを(笑)。吾妻さん、ご満悦だったんですが、今度はライブ中上着が脱げなくなってしまった。500円の生地の薄い白シャツで暑い中演奏してたら、当然汗かくわな。そしたら透けるわな…。はい、“ビーチク丸見え”だそうです(笑)。
そうそう、安い服シリーズでは、学生時代200円のジーンズを買った話もしてたな(笑)。これも、ご満悦で家に帰って履いてみたらやっぱ200円。生地が思いっきり薄くてカタチくっきり(笑)。外では履けなかったって(笑)。こういう話をLeyonaの前でニコニコしながら話すんだから、もう。まあ、一緒になって大笑いしてるLeyonaもLeyonaですが(笑)。吾妻さん曰く、彼女は“ブルース好き親父転がし”だそうですから(笑)。

えーと、何のライブに行ったんだ、オレは?(笑)
もちろん、演奏もバッチリ。ジャンプ・ブルース、スィング・ジャズ、カリプソ、スカもどき(笑)、楽しい日本語詞を付けたカバーもたくさん盛り込んで充実度満点だった。「顔の皺」では、ディレクター兼 事務所のオヤジ兼 ローディー兼 ボランティア介護マネージャーでパーカッションの湯川治往さんもゲストに出てきて、夏らしい音だけ涼しげ(笑)な演奏が繰り広げられた。

あ、でも、いつもどおりのセットリストとは言っても、2部の最初に“これからはロックだと思う!”というMCで演奏された、バッパーズ唯一のロックナンバーってのはライブではけっこうレアじゃないかなあ?
その唯一のナンバーってのは、なんと「クリムゾンキングの宮殿」。キングクリムゾンだよ、なんと!プログレだよ、プログレ!でも、演奏はすごい事やってるのに、バッパーズがやるとなんか笑っちゃうのはどうしてなんだろう?(笑)

それから、“これから40周年に向けてどういう方向に行けばいいんでしょうかね、ワタシたちは?”っていう吾妻さんのMCに、客席から“「枯葉」!”っていう掛け声がかかり、すかさず「枯葉」をバッパーズ流ジャンプ・ブルースで演奏しちゃったのにはびっくりした。スタンダードとは言え、予定外でいきなりあれだけ完成度の高い演奏が出来ちゃうんだからなあ…。やっぱスゴイ人たちです。
その後、“じゃあ、ファンクで行くか!”って言って、ファンキーなフレーズをかき鳴らした吾妻さん。これはワンフレーズだけだったんだけど、いやあ~カッコよかったなあ。もともと岡地さんはこういうの得意だろうし、是非こういうのも聴いてみたいです!

5月の横浜サムズアップでバンバンバザール主催のイベントに出た時にも披露した、福田元首相へのリスペクトソング(笑)、「福田さんはかっこいい」もやった。これはオレ、お気に入りなんだ。陽気なビートに政治的メッセージをこめるというカリプソの伝統を見事に踏襲しております(笑)。総選挙で自民党が負けちゃったりすると封印されちゃうのかなあ?、やだなあ、それは。自民党に投票しようかなあ、オレ(笑)。

Leyonaの歌った、ナット・キング・コールの「LOVE」も素敵だった。もう、この人はバッパーズの準メンバーと言ってもいいぐらい。
幅広い音楽性を持つLeyonaだけど、自分のライブではロックやR&Bテイストでセットをまとめている。だけど、バッパーズではジャズのスタンダードなんかもストレートに歌ってくれるんで、そういった意味でもバッパーズのステージに出る時のLeyonaは見逃せないんだよね。

満足度100%。楽しい演奏にスィングして、吾妻さんのMCに大爆笑して(笑)。ライブは、間に休憩を入れて9時ちょっと過ぎに終わったから正味2時間半ぐらいかな。バッパーズは、翌日仕事のある人もいるし、打ち上げもばっちりしなきゃいけないからあんまり遅くまでうだうだ演んないのよ(笑)。それでもこの日は3回もアンコールをやってくれちゃうサービスぶりだった。
ほんと、楽しい夜でした。やっぱりバッパーズのライブは見逃せません。

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2009年7月18日 (土)

I shall be released

今朝、中央線の電車に揺られて仕事に向かう途中、ipodでボブ・ディラン&ザ・バンドの「偉大なる復活」を聴いていたら、ある曲で激しく気持ちが揺さぶられ、突然涙が止まらなくなってしまった。音楽を聴いていて涙ぐんでしまうことはよくあるんだけど、人前でここまで感情が抑制できなくなってしまったのは久々だ。自分で自分に驚いてしまった(苦笑)。

流れていた曲は「I Shall be Released」。
何千回も聴いている曲なのになんで今朝に限ってこんなに感動したのか、今だによくわからない。リチャード・マニュエルの哀感漂う声に打たれたのか、ガース・ハドソンの歌に寄り添うようなキーボードに反応したのか、はたまた夕べつまらない言い争いをしてしまった妻への懺悔なのか…(苦笑)。
ただ、一つ確信を持っていえることは、この曲には間違いなく自分の心の奥にある何かを激しく揺さぶるMAGICがあるということ。これはもう理屈じゃないんだ。優れた音楽には、目の前に広がるありふれた通勤の風景さえ飛び超えてしまう力があるということなのだろう。

大好きな曲だし、とてもシンプルな歌詞だからオレはこの曲を空で歌える。
でも、この詞、シンプルながらもすごく深いんだよね。やっぱりボブ・ディラン、一筋縄ではいかないというか…。「I Shall be Released」は、一般的には自由への願望が歌われていると解釈されることが多い。

サビでは、

Anyday now, anyday now,
I shall be released

と歌われ、これは日本語訳だと

いつの日か いつの日か
僕は自由になれる

みたいな訳になっていることが多い。

でもねえ、オレの感じるニュアンスはちょっと違うんですよ。
この詞のキモは「Anyday」という言葉だと思うんだ。ディランは「Someday」ではなくて、あえて「Anyday」と歌っている。ここが大事なところだ。具体的に言うと、ここは「いつの日か」じゃなくて「いつだって」というニュアンスだと思う。それから、「自由」にあたる言葉も「free」ではなくて「Released」になっている。これも、“あえて”ディランはこの言葉を使っているんだと思うんだ。

だから、自分なりに出だしのパート、

They say ev'rything can be replaced,
Yet ev'ry distance is not near.
So I remember ev'ry face
Of ev'ry man who put me here.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Anyday now, anyday now,
I shall be released.

を訳すと、こんな感じになる。

全ての(辛く悲しい)物事も、やがては変わりゆくだろう
でも、それはすぐには起こらない
だから、私は通り過ぎていった人たちの顔を忘れないでいようと思う
(彼らがいたからこそ)私は今ここにいるのだから…
もうすぐ光が射してくるだろう
西から東へ
いつだって いつだって
(そう願えば)私は解き放たれるんだ。

どうだろう。
僕らは「いつか自由になる」んじゃなくて、本当の自由は自分で見つけるものなんだってことをボブ・ディランは歌ってたんじゃないかと思うんだ。そんなことに気が付いたのは、40過ぎてからなんだけどね(苦笑)。

そうか!やっとわかった。今朝はじっくりと歌詞を聴きながら聴いてたからなあ…。
あの涙は、天国からリチャード・マニュエルが降りてきていたからに違いない。

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2009年7月17日 (金)

『偉大なる復活(紙ジャケット仕様) [Limited Edition] [Live]』 / ボブ・ディラン

51mcek6irol__sl500_aa240__5 5月の始め、生涯忘れられないような悲しい出来事があったショックで、今年の春に購入したCDやらDVDやらのほとんどが、今だに手付かずのままになっている。RCや清志郎関連の作品を繰り返し繰り返し流し、その合間に山口洋やストーンズ、ツェッペリンなんかを挟み込む…。そんな日々が長く続いた。いつものようにいろんな音楽を聴けるようになったのは、やっと最近のことだ。

このCDも、買ってはあったものの封を切ったのは、実は昨日のこと。でも、一発で大興奮状態になってしまった。いや~素晴らしいぞ、これは!
このアルバム、オリジナルは74年に出たレコードで、今回リリースされたのは、旧CDを紙ジャケットで再現して音をリマスターしたものだ。
自分はもともとこのアルバムには思い入れがある。何を隠そう、オレはボブ・ディランの隠れファン(笑)。今まで出たディランのレギュラーアルバムは全部持っているぐらいなのだが、そもそもディランにのめり込むきっかけとなったのが、このアルバムなのである。

オレがディランに目覚めたのはけっこう遅い。リアルタイムでアルバムを買ったのは「エンパイア・バーレスク」だから、85年か…。この「偉大なる復活」の旧CDを買ったのは、恐らく90年代初めだったと思う。
初めて聴いた時の強烈な印象は、いまだにはっきりと憶えている。一言でいうと“ディランってロックじゃん!”ってこと。みうらじゅんみたいな感想だけどね(苦笑)。ボブ・ディランっていうと、オレら世代だと眉間にシワ寄せて小難しいことをやってるみたいな感じがあった。だけど、そんな印象がこのライブでいっぺんにぶっ飛んじゃったんだよなあ…。
なんと言っても、圧倒されるのはディランの野太い声だ。ザ・バンドの躍動的なプレイに乗って力強くシャウトするディランは、まるでヴァン・モリソンみたい。
名曲の数々がスタジオバージョンとはまったく違うアレンジになっているのにも驚いた。後々わかるんだけど、ディランは時代時代のライブで定番曲も全然違うアレンジにしちゃうんだよね。その意外さ、面白さ、大胆さ。これが自分にとってのボブ・ディランの魅力の一つになっていることは間違いない。

多くのミュージシャンがカバーしてる「天国への扉」や「ライク・ア・ローリング・ストーン」も、オレはこのライブでのバージョンが一番好きだ。
やっぱりザ・バンドってのは最高にイカしたロックバンドだとしみじみ思う。ロビー・ロバートソンのパキパキしたギターも、リボン・ヘルムの力強いドラムも、どれもこれも最高!このアルバムにはザ・バンドのレパートリーもたくさん収録されているんだけど、なにしろ脂の乗り切った時期だから、素晴らしい演奏が次々に飛び出してきて、一瞬たりとも聞き逃せない。

そんなわけで、もともとお気に入りのアルバムだったところに、リマスターが予想以上に素晴らしい出来ばえときてるんだから嬉しいじゃないの(笑)。
オープニング前の観客のざわめきからして旧盤とは全然違う。まるでカーテンを一枚開けたのかと思ってしまうようなクリアな音質。サウンド的にも、ひとつひとつの音粒がくっきりと聞こえ、リック・ダンコのベースがぐっと前に出て、ガース・ハドソンのセンスのいいシンセ音は、これまで以上にはっきりと聞こえるようになった。音圧だけ上げて終りにしたようなインチキ・リマスターも多い中、この音質の向上ぶりは特筆ものだ。

それにしても、ディラン…。ああ~なんてカッコいいんだ!シャウトしてるなあ…。ロックしてるなあ…。今の枯れた味わいも深いけど、この頃の若く力強いボブ・ディランは空前絶後のカッコよさ。
演奏されているのは代表曲ばかり。演奏は最高水準。闇に煌く観客のライターの灯が映し出された抒情的なジャケットも含め、ボブ・ディランとザ・バンドの魅力があますところなく収められた名盤中の名盤だと思う。

余談になるが、このアルバムは清志郎やCHABOのファンにとってもお得感の大きいアルバムだと思う。
清志郎は、このライブや少し後のローリング・サンダー・レビューの頃のディランに、かなり影響を受けたと語っているし、ザ・バンドに関しては清志郎もCHABOも事あるごとにリスペクトを口にしている。「いいことばかりはありゃしない」は「ザ・ウェイト」っぽい曲を作ろうと思って出来たものだということは、ファンには有名な話だ。
そんなことから、ディランやザ・バンドに興味を持っても、膨大な作品群を前にどれを最初に聴いたらいいのか戸惑う人も多いだろう。そういう人にとっては、「追憶のハイウェイ64」や「ザ・ウェイト」等の代表曲、それに「アイ・シャル・ビー・リリースト」や「風に吹かれて」など、RCがカバーした曲も収録されているこのライブ盤は、入門編として最適なのではないだろうか。ロックするカッコいいディランをぜひ堪能して欲しいと思う。

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2009年7月13日 (月)

『Live at Cafe Milton』 山口洋 (HEATWAVE)

Jac 山口洋は、弾き語りソロライブのレコーディング先として、カフェ・ミルトンという地方の小さな店を選んだ。地元の人間か、よっぽどの音楽好きしか知らないであろう小さな街の小さな店。このカフェ・ミルトンがあるのは宮城県の白石市だ。冬は真っ白な雪が一面を覆い、蔵王連峰からの冷たい風が吹きすさむ東北の小さな城下町。
ここには「音楽の神様」が棲んでいるとヒロシは言う。店主の情熱とその場を愛する街の人たちとが長い時間をかけて作り上げた豊潤な空間。それこそが神の棲む場所なのだ。そんな強力な磁場の威を借りて、ヒロシは自分でも想像していなかった奇跡の夜を作り上げることができたというのだ。

山口洋はHEATWAVEという強力なレギュラーバンド以外に、たった一人でギターを持って全国でライブを行っている。その過程で、地方に根付き、音楽を愛する人たちに愛されながら、その町ならではの文化を作ってきたたくさんの無名の店の存在に気が付いたというのだ。
オレ自身も地方の出身だから、そういうことはなんとなくわかる。地方ならではの情熱というか、町に根付いた人たちの作る文化の濃さは独特だ。ある意味、地方は一夜のライブにかける観客の集中力が都市部よりも数段高いと思う。一期一会というか、奇跡が起こる予感というか、空気の濃さがもう東京とは違うのだ。
東京や大阪の有名なライブ会場ではなく、小さな町での一夜をあえてライブアルバムとしたことに、オレは山口洋というパフォーマーの感覚の正しさと、人間としての誠実さを感じずにはいられないのである。

地方都市ならではの濃密な空間を味わってもらいたいというヒロシの意志は、マスタリングにもよく表れていると思う。これを手掛けたのは、HEATWAVEでキーボードを担当する音響の達人・細身魚なのだが、とにかく音が良いのにはびっくりした。まるで目の前でヒロシがギターを爪弾いているような、リアルな音なのだ。
アコースティックでこれほどまでに音の良いアルバムを、自分はこれまで聴いたことがない。山口洋のギターは、フレーズだけではなく、空間を大事に、音響に気を配って作られているのが特徴なのだが、薪ストーブの火がパチパチと燃える音が聞こえる中、ピーンと張り詰めたヒロシのギターが鳴ると、店内が一気に歌の世界に引き込まれていくのが手に取るようにわかる。

もう一つ大事な逸話がある。このアルバムがレコーディングされた2008年12月7日、開演前の楽屋に一本の電話がかかってきたというのだ。それは、山口洋の大切な友人が危篤に陥っているという内容だった。彼は遠く離れた空の下で友を思い、その想いをこの一夜のライブにこめた。そういった意味でも、このライブはヒロシの人生の中でも大きな節目となる大事な魂の記録なんだと思う。

オレはまだ山口洋のライブに通い始めて間もないのだが、このアルバムに収められた曲の中には、普段あまり演奏されたことのない曲も多く含まれているらしい。だが、自分にはこのアルバムに収められた曲は必然であり、曲順もこうあるべくしてこうなったような気がする。
最初から5曲目の「Life goes on」までは、生とその対極にある死とがせめぎあっているようなヘヴィな展開。「Life goes on」は比較的新しい曲だけど、トーキング・ブルース調に歌われる決意表明のような歌詞に、身震いするほどの高揚感を覚える。後半にいくにしたがって、日々の温もりを感じさせるような歌が顔を出し、歌それぞれが聞き手それぞれの人生の中に散っていくような、そんなイメージ。見事な起承転結のあるアルバムだと思った。

オレはこれを聴いていて、自分がなぜ今、山口洋の歌に強く惹かれるようになったのかわかったような気がした。
彼の歌う世界は確かにヘヴィだ。季節は冬。荒れ果てた荒野を独りの男が何かを求めて彷徨っているような、そんな荒涼たるイメージ。だが、決して冷たくはない。ヒロシの歌には聞き手の心を温める灯火のような温かさを感じる。実際、アルバムを聴いていても、彼の歌からは冬の日の朝のようにピーンと張り詰めた空気感を感じる一方、曲間では観客からは笑い声さえ聞こえているのだから…。

世の中が疲弊している今の時代。経済は昨年夏から急速に陰りを見せている。
実際、地方の町を旅すると、その凋落ぶりは東京以上だ。駅前のアーケードにはシャッターを降ろした店が並び、金曜日の夜でも町にはまばらな人影しか見当たらない。盛り場ですれ違う若者たちは、みなキツイ目ですれ違うオレを睨みつけて去っていく。
だが、不況だ、不況だ、と言われるこんな時代でも、地方にしかないこんな豊潤な空間が確かに存在するのだ。

この国はまだまだ捨てもんじゃない。オレはそう思う。
山口洋の歌は、時代の風に抗って進み続けようとする人たちの種火のような存在なのではないだろうか。

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2009年7月10日 (金)

解散しないことの美学

W970412385view_3  うーん、「シャイン・ア・ライト」を観てるとしみじみ感動してしまう。自分がこの歳になって、真夜中にローリング・ストーンズの最新ライブを観て興奮しているというその事実にね。まさか、21世紀にもなってストーンズがまだ続いているとは。ミック・ジャガーやキース・リチャーズが、20年前と同じように元気いっぱい動いているとは。それを40過ぎた自分が興奮して見ることになろうとは…。これは夢なんじゃないだろうか?幸せすぎて笑みがこぼれてしまう。

オレは80年代中盤、ミックやキースがソロアルバムを出した時には覚悟を決めた。これでもうストーンズは解散すると思ったのだ。
ミック・ジャガーは今の自分と同じ歳に2枚目のソロ、「プリミティブ・クール」をリリースした。その日本盤ライナーノーツには、アルバムの内容を賞賛する一方で、これでストーンズは間違いなく解散するだろう、なんてことが書かれてあったっけ。執筆者は当時ミュージック・ライフの編集長だった東郷かおる子さんだ。今となっては笑い話だが、当時そう思ったのは彼女だけではなかったはず。

ところが、90年代に入るとストーンズは、いきなり「スティール・ホイールズ」を発表してフルスロットで動き始め、まさかと思われた日本公演まで実現させてしまう。
実を言うと、オレはこの怒涛の流れが今だにわからないのだ。もともと「ストーンズが一番!」と公言していたキースにはあまり違和感はないけど、あれほどストーンズのグダグダぶりを嫌ってたミックが、なんでまたすんなりとストーンズに戻ったのか…。

実は、ストーンズのバイオグラフでも、この辺はけっこうグレーなのだ。ストーンズ側も明確な声明は出していないはず。
公式には、ストーンズがロックの殿堂入りをした時、表彰式でメンバーが久々に顔を合わせたことが再出発のきっかけだったことになっている。その後、ロニーが仲介してミックとキース2人だけの話し合いの場をセッティングしたり、いよいよ新作のレコーディングでスタジオに入ったら、5分もしないうちに昔と同じ笑顔で笑いあった…。なーんてね。

オレは、これはストーンズ・サイドの作った美しいおとぎ話だと思うんだ。そんなにすんなりいくもんだろうか?事実はもっとシビアでクールな決断があったんじゃないかと思ってる。
ストーンズは90年代以降、その活動のすべてにおいて完璧にシステマティックなプロジェクトを組んでいる。コンセプトのはっきりしたアルバムを何年か毎に作り、派手な記者会見をぶち上げてツアーをリリース。2年かけて世界中を回り大金を稼ぎ出す。その後しばらくはオフだけど、その間もソロ活動に勤しんだり、どっかの誰かのステージにふらっと顔を見せたり、若い女の子にちょっかいだしたりして(笑)、それなりに話題を振りまきながら好きなことをやって過ごす。
で、4,5年後にはまたアルバムを出して、ツアー…。

この15年ぐらい、そんなローテーションでバンドは動いてきた。おそらく、ストーンズを取り巻くスタッフもそんなローテで生活するようになっているはずだ。
バンドが眠っている時、彼らもまた家庭人として日常を送る。そして、ひとたびバンドが動きだすと巨大なお金の流れが生まれ、それを糧に生活している彼らも一斉に動き出す。そんな流れが自然と出来上がってしまったのだ。
つまり、ストーンズは解散しようにも解散できなくなっているんだと思う。ストーンズは、もはや単なる一バンドではなく、ローリング・ストーンズ・カンパニーという巨大なコングロマリットを形成しているのだから…。
だが、そんな状況を彼らは屁とも思っていないだろう。特に、ロンドン経済大学出身のサー・マイケル・フィリップ・ジャガーは、自分が巨大企業体の頂点に立っていることに、震えるような快感を感じているのではないだろうか。フロントマンとして観客の視線を一身に集めるのと同時に、バンドのマネジメントすべてに決裁権を持つ…。彼は、サッカークラブで言えば、フォワードと会長を兼ねたような存在なのだ。男にとって、これほど気持ちのいいことはないだろう。ミックがバンドに戻った最大の理由は、そこにあるのだとオレは思っている。

これって、あんまりロックっぽい話じゃない?そう思う人も多いだろうなあ、きっと。
でも、オレはロンドン乞食と言われた時代を経て、決してルーツを外れることなく、自らの身体を極限まで鍛錬して最高にワイルドなロックを奏で、一方でビジネス・パーソンの役目も背負うようになったミック・ジャガーという男の生き方を最高にカッコいいと思うのだ。だって、こんな奴、間違いなく今まで一人もいなかったでしょう?
ストーンズには、解散しなかったことの美学、やり続けたことの素晴らしさを感じてしまう。

オレがもし、ミックにインタビューする機会があるのなら、
“あなたも歳を重ねることで降り積もる悲しみや憂鬱を感じる時があるのですか?”と聞いてみたい。
きっとミックは、“ヘイ、ボーイ。考えすぎるなよ。人生はパーティーだぜ…。”とか軽く言ってくれちゃいそうだけど(笑)。

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2009年7月 6日 (月)

ザ・ローリング・ストーンズ 「シャイン・ア・ライト コレクターズBOX (完全限定生産) [DVD]」

Photo_2それにしてもストーンズ、なんて優雅なバンドになったんだろう…。
優雅ってのは、ゆるいとかゆとりとかってことじゃ勿論ない。今のローリング・ストーンズは、豪華で、じっくりと煮込んであって、手がこんでいて、迫力があって、何よりも美しい。それもR&Rの粗野なビートを失わずにだ…。これはもう、ほとんど奇跡に近い事なんじゃないだろうか?

俺、この映画の一番の主役は、やっぱりミック・ジャガーだと思った。
自分も、若い頃はキース・リチャードの粗野な生き方に惹かれ、ルックス的にも海賊の親玉みたいなキースが一番カッコよく映ったもんだ。だけど、今のミックのカッコよさはそれ以上。鍛えられた腹筋をさらし、ビートに乗って肉体を躍動させ、観客をひとり残らず自分の掌の上で躍らせてしまうその強烈な存在感は、ビルとヒラリーのクリントン夫妻を前にしてもまったく霞んでいなかった。
いや恐れ入ったよ…。ロンドンの片隅で生まれたやせっぽちの猿みたいな男が、R&Rとブルースのビートだけでここまででかくなったんだからなあ…。

演奏的にはつっこみどころ満載(苦笑)。っつうか、キースの演奏はってことだけど(苦笑)。チャーリーはやっぱり巧い。ロン・ウッドに関してもいろいろ悪い噂はあったけど、まだまだ大丈夫だと思って安心した。でも、キースはどうなんだ、これ(苦笑)。映画館では全然気になんなかったんだけど、冷静に見るとなかなかスゴイものがある(苦笑)。いや、この人もやろうと思えばやれると思うんですよ。やらないんだもん、あえて(苦笑)。っていうか、何も考えてないんだろうなあ、きっと(笑)。まあ、これだけセレブな客を集めて一世一代の重要なライブをやってるってのに、あれだけグダグダなソロを弾いちゃうってのは逆に凄いことなのかも。だって、間違いなくキース以外誰にもできないだろ?こんなこと。もう怖いものなしだ(苦笑)。キース・リチャーズ。間違いなく、世界一一音あたりの単価が高いギタリスト(笑)。

視覚的にはもう100点満点。ロックの美意識ここにありだ。
俺は70年代の若くてデカダンなストーンズも、80年代のいきなりスポーティーになったストーンズも好きだけど、今のからからに乾いたストーンズの風貌もものすごくカッコいいと思う。
やっぱ見かけって重要だ、ロックには。ストーンズは計算し尽くしてるんだよな。ミックの何気にラメの入ったTシャツのサイズも、キースの不思議なレザージャケットも、ロニーの黒いTシャツの微妙な丈の長さも、袖口の赤い縁取りにも、隅々まで行き届いた優雅さがある。ヨーロッパ的な美意識っつうかね。
でも、何よりも酸いも甘いも知り抜いたような男としての表情。これに勝る服飾はないだろう。
マーティン・スコセッシはやっぱり偉大な監督だった。何も凝った演出をせず、最高の機材でひたすら彼らの表情を追えば、それだけで十分ゴージャスな映画のなることを知っていたんだからね。

自分が初めてリアルタイムで買ったローリング・ストーンズのアルバムは「刺青の男」だった。高校1年の春のことだ。
以来20年あまり、ほとんどのブツをリリースと同時に手に入れてきた。受験を控えてくさくさしてた時も、就職が決まらずにイライラしてた時も、女と別れて落ち込んでた時にも、ストーンズの新作にはいつも元気をもらった。
今回もそうなのだ。このところ悲しいニュースや怒り爆発みたいな日々が続いているから、そんな気分をぶっ飛ばしちまおうと思って、オレはいつも以上にこの新作を楽しみにしていた。
そして、期待以上の満足感を今感じている。またやられちまったよ。嬉しくてしょうがない。ざまあみろだ。つい笑みがこぼれてしまう。ジン・トニックを片手に、すごく幸せな2時間を過ごした。

正直言うと、最近まで自分の中でのストーンズは、「ブリッジス・トゥ・バビロン」で区切りが付いたと思っていた。ところが、「シャイン・ア・ライト」を劇場で観て以来、またまた熱くなってしまい、今こうしてディスプレイの中で躍動する彼らの姿を見て、大興奮して元気をもらっている。なんか、これじゃまるで高校1年のあの春と同じじゃないか…。

そう、同じなのだ。あの頃と何も変わっちゃいない。
つくづく思った。
俺はやっぱしストーンズが好きなんだ。そして、ストーンズが好きでいて本当によかったと…。

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2009年7月 4日 (土)

「青山ロックン・ロール・ショー5.9 サウンドトラック」  買う人、手を挙げ~ぃ(笑)!

オレ、買う人は全然否定しません。
スタッフははっきり言って大バカだと思いますが(苦笑)、ファンはそれぞれどう思おうと自由ですからね。
“買う”っていう個人の意志を否定することなんてもちろんできないし、これが出て嬉しいっていうなら、そりゃあよかったですねえ~ってことです。

ただ、オレは絶対に買いません。っていうか、買えません、辛くて。

だからさ、買える人が不思議なの、純粋に。
もしよければ、買う人、なぜ買うのか、このアルバムの何に期待してるのか、俺に教えてくださいよ。

何度も言うけど、俺、買う人の意志を否定したりなんかしませんから。ただ、その気持ちが全然わかんないんです。長年のファンでも買うって人、いるんでしょ?すごく不思議なんだ、それ。オレも長年のファンだけど全然買う気起こんないからね。

買う人、何で買う気になってるのか、このアルバムに何を求めてるのか、その理由が知りたいって純粋に思います。
オレ、今でもハラワタ煮えくり返ってるんです。“タダでやる”って言われたって断ります。傍に置くのさえ嫌です。なのに、一方では喜んでる人もいるんだよね。我ながらこの温度差ってなんなの?って思う。そういうオレのほうが変なのかな?ひょっとして?

教えてよ、買う理由を。すごく知りたいんだ、それ。

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2009年7月 3日 (金)

二つの月と空気さなぎの物語

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独特の比喩。2つの物語が同時進行する緻密な構成。ここにあるのはいつもの、ファンにとってはお馴染みのハルキワールドだ。

だが、これは今書かれるべきして書かれた小説だと思う。1984、オウム真理教、神戸大震災、9.11、日本と中国、現在と過去、父と子、戦後の日本社会…。ここには近年村上春樹がこだわり続けてきたテーマのすべてが網羅されている。

ただいま2度目を通読中。詳しい感想はその後に書きたい。

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2009年7月 1日 (水)

忌野清志郎 青山ロックン・ロール・ショー2009.5.9 オリジナル・サウンドトラック

まず、関係者に聞きたい。コレはどういう聴き手を想定した企画なんだ?今コレを出すことにどんな意味があるんだ?

RCサクセション、ソロの枠を超えた決定的ベスト?…いや、これはあくまでも高橋RMBさんが告別式用に考えたもの。全キャリアでベストな選曲だとは誰も思わないだろう。
じゃあ、タイトルどおり5/9のサウンドウンドトラック?冗談じゃない。悪ふざけも大概にしろ。関係者は、俺たちが一体どんな気持ちで青山に行ったのかわかってんのか?
オレにとってあの日は葬式以外の何物でもなかった。外野は“葬式っつったって、酒飲んで大声で歌ってるヤツが大勢集まってただけじゃねーか…”って言うのかもしれないが、現場にいた人はわかってるはず。マスコミの報道は偏っている。あの4万3千人がそんな奴らばかりだったと思われるのは非常に心外だ。だって、それは真実ではないのだから。
オレは、最初から「青山ロックン・ロール・ショー」なんつうバカ騒ぎにつきあう気はなかったけど、清志郎に最後に会える機会はあの日しかなかったし、清志郎の信頼してたスタッフが立てた企画なんだろうから…というギリギリの気持ちで行ったんだよ。
恐らく、5/9青山に行くことを躊躇した人は、オレ以上に“ショー”という言葉に違和感を抱いていたのだろう。そして、ニュースの一コマに自分が映り、マスコミと世間に「“雨上がりの夜空に”を合唱してた群集の一人」というレッテルを貼られてしまうことに抵抗があったのではないか。その感覚は概ね正しいとオレは思う。
みんなそれぞれに葛藤し、逡巡し、複雑な想いで5/9を過ごしたんだよ。それぞれがそれぞれの場所とやり方で故人を追悼したんだよ。真摯に、ものすごく真摯に…。その想いを、苦しみを、悲しみを、関係者にはもっと大事に扱って欲しかった。“サウンドトラック”なんていうデリカシーのないタイトルで踏みにじって欲しくなかった。

もう一つ言う。
葬式の時のTシャツを付ける?
DVDを付ける?
既存の音源をリマスターする?

ふざけんなよ。ファンをなめんじゃねえって!
葬儀のTシャツに関しては喪服みたいなもんだろ。いつ着るんだよ、そんなもの。DVDもいらねえ。今だから言うけど、オレは「Oh! RADIO」のリリースだって複雑な気持ちなんだ。どんなに素晴らしかろうと、あれはあくまでも“デモ”だ。デモを出すことを清志郎が望んだろうか?生前の、清志郎の意志で世に出た歌だけで十分じゃないか。
リマスターは洋楽の旧譜なんかでもよくある手だけど、そもそも作者の死後、作品に手を入れること自体オレは好きじゃない。イイ音で聴きたい気持ちはわかる。だけど、作者のチェックが不可能となった作品に勝手に手を入れるのは違うだろ?誰が未完のダヴィンチの絵に筆を入れる?それは芸術への冒涜ではないのか?

これからも、清志郎関連のモノはうんざりするぐらいたくさん出るだろう。
しょうがない、それは。ビートルズやジミヘンのTシャツなんか、今だって腐るほど出てるし…。カッコいいTシャツなんか出た日にゃあ、オレだってきっと欲しくなる。
でもね、何を出すにしても、故人に対するリスペクトとファンの想いだけは大事にして欲しいのだ。

そもそも、これが事務所公認だってことが信じられない。悲しい。腹が立つ。
誰にとっても大事なあの日を、「サウンドトラック」なんていう乱暴な言葉で簡単にまとめて欲しくなかった。
たとえコレが世に出ることを、石井さんやタッペイ君が許していたとしても、オレは絶対に買わない。

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