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2009年7月21日 (火)

忌野清志郎 永遠のバンド・マン ミュージック・マガジン増刊

515pjljsowl__ss500_7月14日に発売された、ミュージック・マガジンによる清志郎追悼本。隅から隅まできっちり読ませていただきやした。

良いも悪いもミューマガらしい本だったな、ってのが自分の感想だ。どうしても先に出たロッキンオンの追悼本と比較しちゃうけど、昔からROとMLには明確な違いがあったんだよね。
素人ライターの投稿で紙面を埋めることから出発したROは、規模が大きくなるにつれミュージシャンのインタビューをメインに据える方向へと転換していった。一方のMLは昔からあまり編集方針を変えず、インタビューよりも評論家の書く記事をメインにした構成で雑誌を作り続けている。もともとは洋楽志向が強かったのだが、近年は日本人ミュージシャンの割合も増え、清志郎もしばしば紙面を飾ってきた。

先に世に出た『ROCKIN'ON JAPAN 特別号 忌野清志郎 1951-2009』は、豊富なインタビューのストックを上手く使った、いかにもロッキンオンらしい構成。
こちらMLは冒頭に音楽評論家による文章をガツンと7本も持ってきた。しかもこの7本、今井智子さんによる清志郎の日本の音楽シーンにおける足跡からはじまり、歌詞、オーティスとの関係性、サウンド、70年代のRCなど、かなりテーマを絞って執筆されている。要は、ライターへかなり細かいテーマで依頼を出したってことなんだろうが、この辺は忌野清志郎という多彩な顔を持つアーティストを、複眼的に考察していこうとするMLらしい視点が感じられるところだと思う。

最近の音楽ファンには、MLってどうも評判があまりよろしくない。文章に評論家の自己満足的な印象を持ったり、文化人臭い文体が気に食わないという人がけっこういると聞く。特に洋楽をあまり聴かない人にそういう意見が多いようだが、自分はこれはこれで好きだし、こういう硬派の評論はいつの時代でも絶対に必要だと思っている。
今はブログで誰でも自分の意見を表明できる時代だが、自分も含め、実はそれらの文章で評論と言えるレベルにあるものはほとんどない。ブログに氾濫している文言は、あくまでもリスナーの感想文なのだ。確かに読み応えのある評論自体が少なくなっていることは事実だ。だけど、対象を比較文化論的に考察した“評論”と、ただの感想文とではやはり天と地ほども差があると自分は思っている。
ミューマガは創刊以来、一貫して水準以上の評論を掲載し続けてきた雑誌だが、そのクオリティはこの増刊号でも保たれていた。それがまずは素直に嬉しかった。

印象に残ったのは、やっぱり三田格さんの記事だ。自分はこの文に書かれた、清志郎の人あたりの変化についての記述が妙に心に残っている。
三田さんが、清志郎の変化に気が付いたのは、当時りぼんの新人バンドだったフィッシュマンズの「空中キャンプ」を清志郎に渡した時だったという。その時に清志郎は「へえー」と言って、いたずらっぽい表情でそれを受け取ったらしいのだが、同時にそこからはなんとも言えない物腰の柔らかさを感じたというのだ。昔から清志郎を知る三田さんにとって、そんなことを思ったのは初めてだったという。

「空中キャンプ」が出たのは、確か95年か96年ぐらい。清志郎の活動で言えば、GLAD ALL OVERが終わってSWIM RECORDSを起ちあげた頃だ。この頃の清志郎の変化って、実は三田さんだけではなく、ファンもなんとなく気が付いていたはず。テレビに出てくる表情が、なんとも言えず柔和になってきていたし、後年よく口にするようになった「愛と平和」なんてフレーズも、言い始めたのは実はこの頃からなのだ。メディアへの露出もバラエティも含めて幅広くなってきたし、この微妙な変化に、昔からのファンはちょっと戸惑ったりもしてたんだよな。マザー・グース・コンサートのようなチャリティに出るなんて、昔じゃ考えられなかったからなあ…。
三田さんは言う。あの時の清志郎の柔らかさがいまだに忘れられないと。清志郎はこんな人ではなかったと。そのことがいまだに引っかかり続けていると…。

はっとしたな、オレは。90年代以降の、よきパパで、自転車を愛し「愛と平和」を歌う清志郎も素敵だったから、それはそれで良しとしていたんだけど、当時微かに自分も抱いていた戸惑い、それをちょっとうやむやにしてしまったかな、なんてことをちょっと思ったんだ。
忌野清志郎は、いろんな顔を持つアーティストだ。時代時代で様々な顔を見せてきた。でも、それは“丸くなった”なんていう一言で言い括られるものではない様に今は思うのだ。清志郎はヘッセの「ガラス玉演戯」という本が好きだったそうだが、そこに出てくる振子の比喩で自我を説明したことがあるらしい。すなわち、自我とは振子の軌道上に点在しているもので、どれが表に出てくるかは振り子次第だと。
つまり、清志郎当人からすれば、80年当時の無口で簡単に人を寄せ付けそうになかった自分も、90年代以降の穏やかな対人関係を築けるようになった自分も、全く同じ軌道上にあるキャラクターとして一貫したものだったのだと思う。

なんか、オレはこの辺を分断して考えていたような気がする。
たとえば、「君が代」がメジャーでの発売を禁止された時のコメントも、「カバーズ」の時の心の底から怒りを感じるようなものとは違った感触を受けていたのだが、それはひょっとしたら大きな間違いだったのかもしれない。メディアに寄り添い、大衆が求める忌野清志郎を生きていると思いきや、実はそれが“たまたま”顔を出していた振り子の軌道上の点でしかないとするのなら、彼の本心はもっと別のところにあったのかもしれない、なんてことも、今は思うのだ。

ラフィータフィーで「誰も知らない」を歌っていた清志郎の本当の気持ちは、いったいどこにあったのだろう…。
忌野清志郎というミュージシャンの世界は、一筋縄ではいかない深さを持っている。それはこれからずっと聴き続けていくうちに、あるいはこれからの自分の残りの人生で、忌野清志郎という人物のことを考え続けていった末に、ある日突然わかってくるものなのかもしれないと思った。

自分にとっては、追悼本でありながら、新たな問題提起のような色合いもあり、読み応えを感じる一冊となっている。

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コメント

この本、本屋で見て迷って買うのは止めました。
おっしゃるとおりMLの「文化人臭」が鼻について・・・。
キヨシローに対する分析だの音楽的ルーツ探りだのは別に読まなくてイイかな?
と思って。逆にTVブロスの「僕らのキヨシロー」は買いましたが笑。

ただHAGAさんの感想を読むとこの本イイ内容なんですね。読んでみようかな?

RO、MLとも20台~30台は愛読書でしたがある時点で読むのを止めました。
どちらもミュージシャンの作品に対する想いや作品の魅力を伝えるのではなく
ライターやインタビュアーの主張や時代に対する感覚を読まされている気がして・・。

特に渋谷陽一さんにはキヨシローや元春に対するインタビューを読むたびに
「アンタは経営コンサルタントか?」って突っ込みたくなって(笑)
「20世紀型ロックって何よ?意味ワカンネー。」ってね(笑)

ライターがどう書こうが自分の好み、感性を信じようと思います。
その意味だと音楽誌よりもファンサイトの感想文を読みたいですね。
ファンの愛情あふれる賞賛や批判読んだほうが刺激を受けます。

話・・変わりますがココで紹介されてた千駄木の「レインボーキッチン」、
先週、散歩のついでに行って来ました。
いやぁ、オモシロいお店ですね~!!内装もイラストも気に入りました。
残念ながら食後だったので、ドリンクだけにしましたが・・
次回行くときはは食事とお酒をいただきたいと思います。

投稿: ながわ | 2009年7月22日 (水) 23時36分

◆ながわさん
んー、僕はライターの評論、ファンサイトの感想文、両方読みたいかな。確かに、聴き方に対する刺激はファンの感想の方が大きいですね。反面、僕はミュージシャンのルーツ探りとかバックボーンとかも知りたいタイプなんで、そういうのは評論家の文章を参考にしたりはします。そういう姿勢は、自分の場合は若い頃とあまり変わってないような気もします。
ある時期から、ROが投稿主体からインタビュー主体に変えたのは正解だったのかもしれませんね。かつてのROの記事は、評論と言うより、今ネット上に飛び交うファンの感想文的なものだったと思います。あのまま言ったら、ネット全盛の今の時代には生き残れなかったんじゃないでしょうか?

>ココで紹介されてた千駄木の「レインボーキッチン」、先週、散歩のついでに行って来ました。
いやぁ、オモシロいお店ですね~!!

おー、行きましたか!なかなかアメリカンな内装で良いでしょ?焼きたてのハンバーガーも美味しいですよ。ワタシの住まいはあそこのすぐ近くです。

投稿: Y.HAGA | 2009年7月23日 (木) 09時46分

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