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2009年8月

2009年8月29日 (土)

Peace Music Festa! '09プレイベントin東京

『Peace Music Festa! '09プレイベントin東京 わったー地球(しま)はわったーが守る!』

日時: 8月29日(土) Open 17:00/Start 18:00
場所: 代官山 LIVE HOUSE LOOP
出演: 新良幸人/山口洋(HEATWAVE)/リクオ/ショピン/當山貴史(Shaolong To The Sky)/ノーズウォーターズ/KEN子(すべりだい)/DJ:TUK TUK CAFE
チケット: 前売り¥3000/当日¥3500(共にドリンク代別途)

白状すると、オレはこのフェスの趣旨も誰が出演するかも知らなかった。目当ては山口洋とリクオだけ。
今週末、彼ら2人が出演する「海さくらフェスティバル」というライブがあり、オレもこれを楽しみにしていたのだが、どうしても行けなくなってしまいがっかりしていたところ、思いがけずに2人が出演するこのイベントを見つけ、とにもかくにも2人のライブが見たいと思って、自分だけの夏フェスみたいな気分で代官山まで足を運んだのである。

はじめは完全に傍観者気分だった。ところが、気が付くと名前も知らなかったミュージシャン達の素晴らしい演奏に耳と心を奪われ、心の底から音楽を楽しんでいる自分に気が付いた。ほんとうに素晴らしいイベントだった。これまで知らなかったミュージシャンとの新しい出会い、新しい感動をたくさん味わえた夜となった。

このライブは、9月21日に沖縄で開かれるPeace Music Festa!というフェスのプレイベントとして行われたものである。Peace Music Festa!は、2006年に沖縄の名護市辺野古でスタートし、沖縄の抱える基地問題を広く伝えることや、美しい海を次世代に残そうとの願いがこめられているらしい。だから、この日のプレイベントも、ヒロシとリクオ以外はみな何らかの形で沖縄と関係しているミュージシャンばかり。
いやいや、山口洋&リクオだって沖縄には縁があるし、リクオが企画に名を連ねている「海さくら」は江ノ島の美しい海を守ろうという主旨のもとに行われているわけだから、Peace Music Festaとはとても近い立ち位置にあるとも言える。それを主催者も知っているからこそ、この夜2人を呼んだんだろう。

沖縄の抱えるさまざまな問題は、東京でぼんやり日常をやり過ごしているオレみたいな人間が軽々しく口にできるものではない。だけど、この日の出演者の一人はこんなことを言っていた。「とにかく、自分はミュージシャンとして沖縄にはこんな問題があるって事を知ってもらうのがまずは大事だと思ってる」と…。
そう、この日のイベントは決してかた苦しいものではなかった。シリアスな問題は確かにある。だけど、とりあえずは音楽ありき。まずは楽しもうや。そして、頭の片隅でちょっとだけ基地問題や汚れていく海のことを考えてみようや…。そんなスタンスは素晴らしいと思った。とても居心地がよかったし、なんというかとても自然な気持ちになれたんだ。

この日のトップバッターはKEN子さんという女性ミュージシャン。沖縄では「すべりだい」という2人組みユニットで活躍しているらしいのだが、この日はウクレレを抱えて独りで登場。アコースティックなやわらかい歌声で会場の空気を気持ちよく温めた。沖縄民謡を本土言葉に通訳しながらの演奏は素晴らしかったと思う。それと、この人は音楽以外にもしゃべりが抜群に上手い。コメディアン顔負けの(笑)軽妙なしゃべりで、この日の進行役も務めていた。

KEN子さんは3曲ほど歌った後、ショピンを呼び込む。ショピンは女性ボーカルにウッドベース、ギターのアコースティックな3人組。このバンドは沖縄出身ではないそうだが、美しい海に強く惹かれ、沖縄でのイベントには何度も出ているとのこと。このバンド、日常の何気ない雰囲気をさらりと歌うのがとても上手い。オレが知っているところだとイノトモの世界観とちょっと似ているかも?
このところの自分はささくれ立ったR&Rばっかり聴いていたので、この3人の音楽からはまるで辺野古の海の砂がさらさらと音を立てるのが聴こえてくるようで気持ちが癒された。

続いては當山貴史。沖縄ではShaolong To The Skyという3ピースバンドをやっているらしいのだが、この日はアコギを抱えて独りで登場。ゲストとしてギターの石原タケシ、ピアニカにピアニカオリさんもステージに上がる。このユニットは素晴らしかった。當山貴史のメッセージを内包した骨太の歌に、石原さんとピアニカオリの幻想的な音色がさらに深く濃いタッチを色付けしていく…。特に、石原タケシの情感豊かなギターは素晴らしかった。ブルースの影響を強く感じさせつつも幻想的で歌の情景が浮かんでくるようなギター。すごいギタリストだと思った。

ここでいよいよ山口洋とリクオが登場。当初、この2人は別々にソロで30分づつやり、最後に1曲一緒に、という予定だったらしいのだが、急遽最初から最後まで2人でやることにしたらしい。これはオレにとっては嬉しいハプニングだった。思いがけなくも久しぶりにHOBO JUNGLEが見られることになったからだ。
相変わらずの2人。今日もお互いがお互いを必要以上に意識しつつプレイ(笑)。信頼し合っているからこそできるヒロシの挑発も、それを余裕を持って受け止めるリクオの笑顔も見てて楽しくなってしまう。孤独にならず、かといってもたれすぎない。こういう距離感は男と女の間ではちょっと難しいかもしれないな。いやいや、男同士だってそう。2人の絶妙な距離感がステージに良い意味での緊張感を生んでいく。基本的にヒロシが仕掛けていくのだが、どういう絡み方をするかはライブが始まってみないとわからない。これは当人たちもわかってないんだと思う。酒飲みにたとえると、理屈っぽい人とサシで呑んでいて、酔ってくるにつれていろんな方向に話が展開していき最終的にとんでもないところに着陸するのと似ているような…(笑)。
この日のヒロシは、なぜかエンディングのタイミングに妙にこだわり、微妙なフェイントを入れたりしてリクオを挑発していた。そして、場の空気を作ろうとするリクオのMCを台無しにしてしまうような「哀愁のヨーロッパの」1フレーズをなぜか連発(笑)。でも、これが絶妙のボケとツッコミになっているんだから面白い。セットリストは毎回ほとんど変わらないHOBO JUNGLEなのに、ライブごとに全然違った印象になるのは、2人が作るこの空気が毎回違うからなのだろう。
「ハピネス」「トーキョー・シティ・ヒエラルキー」「ソウル」「アイノウタ」…。セットは2人の代表曲の大盤振る舞い。この日の観客はほとんどの人が彼らの曲を初めて聴いたと思うのだが、ライブが進むにつれて楽曲自体の持つ素晴らしさにぐいぐい惹き付けられていくのがよくわかった。
HOBO JUNGLEは1時間近くも熱演。なんかオレ、すごく得した気分になった。手にしたラムコークが進む、進む…(笑)。

HOBO JUNGLEの熱いステージが終わると、今度はノーズウォーターズという2人組が出てきた。この2人、オレはすごく好きになったぞ!ギターとベースの2人なんだけど、とても楽しくて温かい音楽をやっている。“2人バンバンバザール”とでも言ったらいいんだろうか、思わず手拍子を打ちたくなるような楽しいバンドだった。
ボーカル&ギターの崎枝将人は出てきただけで頬が緩んでしまうようなナイスなキャラクター(笑)。楽しいだけじゃなくて演奏も素晴らしい。ベースの平安山高宏がジャグバンドっぽい多彩なリズムでボトムを作り、そこに崎枝が背筋がぴーんと伸びるようなハリのある元気な声でのびのびと歌う。なんて大らかな奴らなんだろうと思った。
この2人、石垣島出身の同級生同士で同郷のBEGINとも親交が深いらしい。確かにこの南の島の太陽のような大らかさはBEGINと共通するところがあると思った。最後の曲、「BON BON」は、この日客として来ていたピアノマン山本隆太も加わってのセッション大会。この曲はオレ、びっくりした!スゴイ名曲!この曲に出会っただけでもこのイベントに来て良かったと、ちょっと泣きそうになったぐらいだ。

トリは新良幸人&サンデー。これはもう…なんと言ったらいいのか…とにかくスゴイ人を観てしまったという感じだ。本物の八重山民謡。正にディープな沖縄音楽を目の前にした感じ。
たとえば、BEGINや夏川りみなどが普段テレビで歌ってるのは、島唄でも本土の言葉に直して歌ったりしてソフィスケイテッドされたものとなっている。だが、新良さんの唄うのは全部地元の言葉。濃い訛りは何を唄ってるかはっきりとはわからない。だが、それでも言葉以上に強く伝わってくるものが確かにある。スゴイ。この人は明らかにオレが今立っている土地とは違うところから音を出している。去年の夏に偶然、古謝美佐子の歌を聴いた時と同じぐらいの大きな感動だった。
それでいて、新良幸人は艶かしい。なんなんだ、この人は!もう、大人の女ならイチコロだろうなあ…と思わせるような、黒豹のような色っぽさ。
後半は石垣出身のノーズウォーターズと共演しロックっぽい楽曲もやったのだが、これも貫禄だったなあ…。あの曲、オキナワン・ロックの定番なのかもしれないけど、なんて曲なんだろう?シャープでものすごくカッコよかった。そして、ここでも新良幸人のオーラはすごかった。オレの席からは山口洋が舞台袖で演奏をじっと聞いているのが見えたが、同じ表現者としてヒロシも新良幸人の歌に深く感応していたに違いない。

最後の最後は出演者全員、それとこの日子供をつれて客席にいたソウルフラワーの伊丹英子もステージに上がっての「満月の夕」。なんというか、すごく感動した。言うまでもなく、これは阪神淡路大震災の時に生まれた曲だけど、彼らが音楽をやり続ける理由、僕らが音楽を聴き続ける理由がここに集約されていると思ったのだ。
平和を声高に叫ばなくとも、志し高き人の奏でる音楽には大切なメッセージがこめられている。それはオレたちのようなろくでなしにとっては、明日を生きる糧に確実になり得るものなのだ。

KEN子さんによると、この日の楽屋裏はいろいろな変更やら飛び入りやらでおおわらわだったらしいのだけれど、それも結果的にはすべてがいいカタチに残ったと思う。
Peace Music Festa!、行ってみたくなっちゃったな。沖縄はちょっと遠いけど、あの目の覚めるような青い海と、素肌とTシャツの間をサラサラと吹き抜けていく涼風をそろそろ感じたくなった。

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2009年8月28日 (金)

個展 忌野清志郎の世界

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素晴らしい展覧会だった。もちろんメインは清志郎の絵であることに間違いはないのだけれど、そのほかにも舞台衣装やツアーパンフ、ポスター、それにおおくぼさんや操上さん、有賀さんなどの撮ったRCサクセションや忌野清志郎のカッコいい写真がたくさん展示されており、正にタイトルどおりの丸ごと“忌野清志郎の世界”。なんというか圧倒されてしまった。改めて忌野清志郎は日本唯一のロックスターなんだなあ、と思った。
そして、清志郎自身の確かな目線の感じられる素晴らしい絵画の数々…。雑誌やファンクラブの会報で見たことのある絵もたくさんあったけど、やはり実物を目の前にした感動は大きい。これは“清志郎が描いたものだから”という冠抜きでもやっぱり素晴らしいと思う。清志郎画伯初の個展、行ってよかった。本当に行ってよかったと思う。

僕が行ったのは、今日8月28日(金)。開場とほぼ同時刻に会場入りした。平日の昼間だからそんなに混んでないかと思ったら全然そんなことはなく、当日券売り場にはちょっとした列が出来ていたし、場内には老若男女けっこうな数のお客さんがいた。

入り口には有賀さんの撮ったモノクロのカッコいい清志郎のステージ写真がいきなりバーン!ここでオレは一気に清志郎の世界にぶっ飛んだね。
「個展 忌野清志郎の世界」と描かれた字は、筆跡から考えると清志郎本人の書いたものっぽい。今年の初めから企画を練っていたというから、その企画書かなんかに書かれた文字をトレースしたんだろうか…。早くもそこで身体が固まってしまう。

懐かしい写真、見たこともなかったようなポスターに圧倒されながら先を進むと、見覚えのあるステージ衣装の数々が…。スーツのタグには「KING BROTHERS」の文字が躍る。しっかし、間近で見ると本当に派手(笑)。こんな衣装を着こなしてしまえる日本人は、後にも先にも清志郎だけだろう。
「夢助」レコーディング後、メンフィスでライブをやった時のスーツなんかも展示してあった。これは映像ではわからなかったけど、実物はリネンみたいな薄い生地で、柄も歴代の衣装よりは落ち着いた感じでカッコよかった。これはオレ、着てみたいです。なんとか着こなせそうだし(ほんとか?(苦笑))。でも、一般人がこんなの着て街歩いたらヤクザと間違われちゃうだろうなあ(苦笑)。
そうそう、衣装の中には清志郎に良く似た人物、タイマーズのゼリーが被っていたヘルメットも展示されていたっけ。こんなのが間近で見られるとは…。

そしていよいよ清志郎画伯の作品の数々が待つフロアへ…。
まずは自画像と共に、清志郎が使っていた絵を描く道具の数々や、愛車オレンジ号などが置かれてあるエリアへ。パレットには絵の具が生々しく残っているし、オレンジ号のサドルの下には安全祈願のお守りが付いたまま。これはキタなあ…。背中を丸めてキャンパスにむかう清志郎の姿が浮かんでくるようだった。オレ、ここはどうしてもなかなか離れることができなかったなあ…。

絵に関しては、これから見る人もいるだろうから詳細は省く。でも、間違いなく見応えのあるものであることは保障する。中には額に入っていないものもあるから、絵の具の隆起なんかも間近に感じることができ、なんとも生々しい。
ブーアの森の原画、自画像、バンドのメンバーを描いた油絵、瀕死の双六問屋に掲載されていたイラストの原画、ファンには有名な「週間 鳩」の実物…。どれもこれも激しく胸を揺さぶられたが、オレが一番心に残ったのは、清志郎が自分の子供たち、モモちゃんとタッペイくんを描いた作品の数々だ。
オレは、5月2日以降、こういう家庭人としての清志郎に接すると、どうしても涙ぐんでしまうのを抑えきれない。ダメなんだよ、こういうの見ると…。音楽家としてもまだまだやりたいことはあっただろうけど、それ以上に父親としてはもっと無念だっただろうなあと思うと…。
オレが特に好きになったのは「兄弟」と名付けられた作品。モモちゃんとタッペイくんと思しき兄弟が熱心に絵を描いている。2人の真剣なまなざし。そしてその向こうには、その2人をじっと見つめる父親の目線が感じられ、同じ子を持つ身として胸が詰まった。

そして噂のスペシャル映像。これは未公開映像やPVなどを30分の映像にまとめたもので、7バージョンを曜日ごとに変えて流しているらしい。
オレが見たのは、RCのSUMMER TOURの頃のプライベート映像などが含まれていた。この頃の清志郎はガリガリに痩せていて、なんだか南国の派手なカマキリみたい(笑)。「NEW SONG」のリハ映像なんかかなり貴重なんじゃないだろうか。それから「スカイ・パイロット」のPVや、ブロッグヘッズがRCのライブに飛び入りした時の映像なんかもあった。これ、清志郎がメンバーを呼び込むところだけなんだけど、それでもすごくカッコいいんだよね。それから2・3’Sの頃の日野高校凱旋公演(途中で床が抜けちゃうやつ)とか、最近のものだと「愛を歌おう」のPVを撮った時の未公開シーンや、WANTED TOURや完全復活祭の打ち上げシーンなんかもあった。清志郎ったら、レンズに向かって「どうせ使わねえんだろ?こんなとこ」とか言ってんだよ(苦笑)。今見るとなんかもう…。

全部見終わったのは入場して2時間ぐらい経ってからだろうか。
楽しかった。感動した。素晴らしかった。じーんときた。少しだけ涙をこぼしてしまった…。とにかく、いろんな気持ちが頭の中を渦巻いて、しばらくは元の世界に戻れなかったってのが正直なところだ。

あれから4ヶ月近い時間が経っている。他の人のブログなんか見てると、みんなけっこう立ち直ってるみたいだよね。オレももちろん、といいたいところなんだけど、ダメなんだよなあ、実は…。ブログでは強がっていても、いまだに夜になると独りでめそめそしたりしてるんだ…。この展覧会でも、まだまだ現実を受け入れられないでいる自分に嫌でも気付かされてしまった。どうしてもキヨシの不在を受け入れられない。そういう気配を少しでも感じさせるものに触れると、気持ちが激しく、激しく揺れてしまう…。
たとえば、絵のクレジットを見ていても、今年の1月製作、なんてのがあるともう…。そんな時期でも筆をとっていたのか、そこまで表現に対する強い気持ちがあったのか、と思うともう…。

オレ、こんな気持ちを一生引きずって行くんだろうか…。
でも、心のどこかでそれでもいいと覚悟してることも確か。それだけデカイ存在だったんだよ、忌野清志郎は…。

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2009年8月27日 (木)

【映画】キャデラック・レコード

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これはロック、ブルース好きを自認している音楽ファンなら絶対見たほうがいいと思うぞ。舞台は50年代のシカゴ。この映画はブルースの町として知られるこの街にあった「チェス・レコード」の隆盛を描いたものなのである。
ビートルズやローリング・ストーンズ、それにクラプトンやツェッペリンなど60年代にキャリアをスタートさせたロック・ミュージシャンを好きな人なら、彼らが敬愛するブルースマン、チャック・ベリーやマディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフなどの名前を一度ぐらいは聴いたことがあるだろう。日本のロックしか聴かないという人でも、Street Slidersがマディの曲をカバーしたり、RCサクセションがチャック・ベリーと共演したりしたことで、名前だけは知っているという人も人も多いはず。そんな名だたるブルースマンが所属していたのが「チェス」なのである。

この映画の主役は、その「チェス・レコード」の創始者レナード・チェスとマディ・ウォーターズの2人だ。ミシシッピから一旗上げようとシカゴにやってきた黒人のマディは、ポーランド系移民の白人チェスと出会い意気投合。2人は人種の壁を越えて力を合わせ、レーベルを大きくしていく。
一種のアメリカン・ドリームではあるのだが、40年代後半のシカゴの町並みや人々の粋な装いにはわくわくさせられるし、映画に登場してくるのはほとんどが実在の人物。これはもうブルースファンにはたまんないだろう。
映画にはリトル・ウォルターもハウリン・ウルフもチャック・ベリーも出てくるのだが、演じる俳優も実際の人物の雰囲気をうまくかもし出していて楽しくなってしまう。リトル・ウォルターなんか生前の映像は残っていないはずなのに、“ああ、きっとこんな人だったんだろうなあ…”と思わせる、伊達で破滅型のブルースマンが実に上手く演じられていて感心してしまった。

少しマニアックなことを言っちゃうと、事実と異なる部分もあるにはある。たとえば「チェス・レコード」を立ち上げたのは、実はレナードだけじゃなく兄弟のフィルも深く関わっている(ブルースの本には“チェス兄弟”と載っていることが多い)。それから、チャック・ベリーが自分の曲「ジョニー・B・グッド」を、ビーチボーイズが「サーフィンUSA」で盗作したのをテレビで観て怒る場面があるんだけど、ビーチボーイズがデビューした61年にはチャックは塀の中だったはずなので、こんなことは実際はあり得ない。
でも、そんな細かいことはどうでもいいと思った。何よりもこの映画では、古くからミシシッピの綿花畑で働く黒人たちの間で伝承されてきたブルースが、50年代のシカゴで強力なエレクトリック・ブルースに進化し、そこから更に白人の手でロックになったという流れがとてもわかり易くまとめられており、観てるだけでポピュラー音楽史の勉強になった。

特筆すべきは映画で使われた音楽。これがもうとてつもなく素晴らしかったんですよ!
いくら舞台が50年代だといっても、当時の劣悪な音源を映画で使うわけにはいかなかったようで、音楽は全て現代のミュージシャンの演奏で録り直してあるのだが、これがもう…(絶句)。オレなんか、セッションシーンで思わず身を乗り出してしまったぐらいだ。
よくよくクレジットを見てみたら、音楽監修はスティーブ・ジョーダンだった!自身もドラマーであり、キース・リチャーズやチャック・ベリーのバッキングもやった男。もちろん、ブルースやR&Bをやらせたら天下一品。演奏したミュージシャン名まではわからないんだけど、これもとんでもないレベルだった。特に、リトル・ウォルターのハープを完コピしたミュージシャンはいったい誰なんだ?凄すぎるぞ…。
とにかく、この映画はスティーブの手掛けた仕事を聴きにいくだけでも価値がある。そのぐらいスゴイのだ。オレ、たぶんこの映画のサントラ、近いうちに買っちゃうと思う…(笑)。

それと、この映画にはあのビヨンセがエタ・ジェイムズ役で出ているんだけど、ちょっと彼女を見直しちゃったよ。
はっきり言って、これまではビヨンセなんて全くの守備範囲外で、最近の曲すら全然知らないんだけど、映画で歌われたエタのカバーは、もしかしたら本人を超えてるんじゃないかと思えたぐらい凄かった。
聴くところによると、ビヨンセはこの映画で製作指揮にも関わり、並々ならぬ決意を持ってエタを演じたそうだ。去年だったか、彼女は「ドリームガールズ」という映画でシュープリームズを演じたことがあった。つまり、彼女はモータウンとチェスという2大黒人レーベルのシンガーを演じたことになるわけだ。
これは、ビヨンセ自身が黒人の血を引くシンガーとしての自分に大きな使命感を持ってやっていることなんだとオレは思う。オバマ大統領就任のダンスパーティーで歌声を披露するほどの大成功を収めた彼女だけど、自分のルーツ、ミシシッピの片田舎から生まれてきたブルースをいつまでも忘れない、みたいなね。こういうアメリカ人のミュージシャンシップって素晴らしいと思うんだ、オレは…。

冒頭に書いた「ロック、ブルース好きを自認している音楽ファンなら絶対見たほうがいい」ってのも、つまりはそういうことなのだ。ビヨンセだけではなく、ここに描かれている世界は、ロック好きすべてが立ち返るべき原点だと思う。
チェスやマディがいなかったら、ロックは今みたいなカタチにはならなかったかもしれない。もしそうだったら、ストーンズやビートルズはおろか、RCやスライダーズだって生まれてこなかったかもしれないではないか。「キャデラック・ブルース」には、ロックやブルースを愛するオレたちみんなが帰るべき故郷が描かれているのだ。
こういうマニアックな映画は、上映期間も短いことが予想されるけど、近くの映画館で上映されているのを発見したらぜひ万難を排して観に行って欲しいと思う。

映画のパンフレットには、ミシシッピから撒かれた種を遙か日本で受け取ったブルースマン、仲井戸“CHABO”麗市の推薦文があった。

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2009年8月26日 (水)

霧の中

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2009年8月25日 (火)

Dreams to Remember 清志郎が教えてくれたこと / 今井智子(著) おおくぼひさこ(写真)

News_large_kiyoshiro_dream_to_rem_2この本はフリーの音楽ライターである著者が、1979年から2009年までに雑誌や新聞に発表してきたRCサクセションや忌野清志郎に関する記事を時系列でまとめたものである。
オレは、この本をROCKIN'ONによる追悼本ミュージック・マガジンの増刊とはまた別の意味で興味深く読んだ。それは、著者とほぼ同時期にRCサクセションに魅了された自分にとっては、こうして時系列でまとめられた記事の数々を読むと、清志郎のメディアでの扱われ方が時代とともに変化していったことが如実に感じ取れたからである。そういった意味で、この本は一般音楽誌における清志郎に関する記事の貴重なスクラップであるばかりでなく、図らずも日本のロックジャーナリズムの変化をも表したものに成りおおせていると思う。

最近になって清志郎のファンになったような若者たちでも、この本を読むと、80年代の記事と90年代以降のそれとでは文章のタッチがかなり変化してきていることに気付くだろう。
80年代の記事ははっきり言って“軽い”。それも無理に軽さを装っているような、今読むと赤面したくなるような軽さだ(苦笑)。インタビューも音楽的に深く突っ込んだものはほとんどない。判で押したようにツアーに向けての意気込みだの新譜の狙いだのをちょろっと聞いてお終い。それでいて“センスのよさを感じる”だの上から目線の物言いが多く(お前に言われたかねぇよ!)、オレなんかが読んでいても“このライター、ちっともわかってないなあ~”と呆れることがけっこうあった。
清志郎もほとんどどうでもいいような答えしか返しておらず、「ロックで独立する方法」でも言っていたことではあるが、音楽雑誌でありながら肝心の音楽の事をちっとも突っ込まないメディアの現状を早くから見切っていたような気がする。

著者はこの時代を“稚拙だった”と省みているが、この軽さは今井さんが稚拙だったことだけが理由ではないはず。そもそも、あの頃は今井さんに限らず、ほとんどすべての記事がこんなタッチだったのだ。“新しい時代は俺たちが作る!”とか“サイコーッ!”とか下手くそなコピーライターでも書かないような恥ずかしいキャッチが紙面を埋め尽くしていたっけ。ROCKIN'ONやミュージック・マガジンのように多少なりとも骨太な記事が載ったものもあるにはあったが、あの時代、ほとんどの雑誌は軽妙な文体と気の効いた写真でポップな紙面が出来上がっていればそれでOKだったのだ。

この状況が変わり始めたのは90年代に入ってから。そのきっかけとして「カバーズ」事件の影響は大きかった。
あの事件は反原発のメッセージを清志郎が歌ったということよりも、その後の発売禁止に対して清志郎が猛然と怒りを表した事のほうが業界的にはインパクトが大きかったはず。
だって、それまではいくら“反骨”を売りにするロック・ミュージシャンであっても、自分の所属レコード会社を公然と批判するなんてことは絶対にタブーだったのだから。カバーズ以前のマスコミは、ある意味ロックを“籠の中での反逆”と思い込んでいたのだ。ミュージシャンだって生活がある。契約が切られたらあいつらだって困るだろう、そこまでするわけがない…。そんなことを思っていたライターは多かったのではないか。
ところが清志郎はやった。東芝EMIのうやむやな態度を猛烈に批判し、ライブでは未発表曲をどんどんラジカセに録音するようファンに薦めさえした。繰り返すけどこんなことは前代未聞だったのだ。“ロックの人はここまでやってしまうのか…”ほんの一瞬のことだったかもしれないけれど、世間をこうまでビビらせたミュージシャンは後にも先にも忌野清志郎しかいない。

オレは、腫れ物に触るようなあの時期のマスコミのうろたえぶりを昨日のことのように思い出す。この事件に対してどう対処したらいいのか、明らかに彼らは戸惑っていた。清志郎のとった行動はロック村の住民としては“正しい”。それは理屈ではわかる。しかし、あまりミュージシャン側に寄り添った記事を書いてしまうことは、自分たちも間接的にレコード会社を批判することになり、ひょっとしたらそれは今後の自分の仕事に影響するかもしれない…。そんなことを彼らは思ったのではないか。ある意味、牧歌的な立場で勝手なことを書いていた彼らは、はじめて自分の上げた右足をどこに降ろすべきなのか真剣に考えざるを得ない状況に追い込まれたのである。
当時の記事には“事実は明らかでないが…”という言い訳がましい但し書きがついたものが目に付いた。そこには自分のポジションをどこに置いたらいいのかわからない彼らの苦悩が滲み出ているようにオレは感じた。

だが、結果的にはこの一件が、ライターもミュージシャンと真剣に向かわざるを得ない状況を生んだように思う。“カバーズ事件”は図らずも硬直したメディアの自覚を促すことになったのだ。ビジュアルを重視したミーハー誌とインタビューを中心に掲載する専門誌とに媒体が分岐していったのもこの頃。
今井さんの記事も、この時期から読み応えのあるものが急に増えてきた。もちろん、雑誌の掲載にはプロモーション的な側面も大きいから、あまりミュージシャンと立場を異にする意見を載せるわけにはいかないんだろうけど、それでも今井さんが23'Sに対して否定的だったことや、その後も即席バンドを乱発する清志郎へ違和感を抱き続けたことがはっきりと伝わってくる。
まあ、その意見自体にはさまざまな意見があるだろう。今井さんの記事に反発を覚えた人もいるかもしれない。でも、オレは、そもそも音楽評論って、筆者の意見が間違ってるか正しいかなんてことはどうだっていいと思っている。だって、そんなもの人によっていろんな考え方があるのは当然の話だ。読者が百人いれば百通りの考え方があってもおかしくないだろう。
ただ、書き手が自分の気持ちに本当に正直に書いたものかどうか、その気持ちを対象に真摯にぶつけた記事かどうか、それは大事だとオレは思っている。結局、その記事が本当に読むに値するかどうか、筆者の考えを真剣に自分の考えと付き合わせる価値があるものなのかどうかを判断する根拠は、そこに書き手の真摯さが感じられるかどうかだと思うのだ。

オレ、本のタイトルを見て、今井さんは清志郎から何を教わったんだろうってずっと考えながらこれを読んでたんだよね。
で、思った。今井さんは、清志郎のメディアに対する物言いや生涯ブレなかった姿勢を通して、音楽ライターとしてのあり方そのものを学んだんだと思う。読者の反発を恐れずに自分の意見を真摯に述べること。それはロックな姿勢と言い換えてもいいだろう。
そしてそれは忌野清志郎が反原発や反原爆をテーマに歌をうたったことと同じだとオレは思う。清志郎は自分の意見が正しいか正しくないかなんてことは最初から問題にしていなかった。ただ、それを歌っただけだ。正直な気持ちを歌いたいから歌ったのだ。そういう姿勢がこの国の硬直したロック・ジャーナリズムを変えた。

この本は、忌野清志郎という稀代のミュージシャンが、その生涯変わらなかった言動によって、自らの音楽だけでなく、それまで日本に存在していなかったプロの現場をも変えた貴重な記録なのだと思う。
ここに、この本の装丁を手掛けたデザイナーの記事がある。写真を提供したおおくぼひさこさんは、刷り出しを見ながら涙を流していたそうだ。おおくぼさんも悲しみをこらえてプロのフォトグラファーとして自分の仕事をしたのだろう。

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2009年8月22日 (土)

スケッチ-2009・夏

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みちのくの夏は何か生き急いでいるようなタッチがある。
みちのくの夏は短い。照りつける日差しは肌を刺すように暑くとも、お盆を過ぎれば、青い空の高さやそよぐ風の乾いた感触に確実に秋の足音を感じるようになってゆくのだ。

東北に生まれ育ったオレは、昔からこの時期が大の苦手。夏休みが終わってしまうのと同時に、大切な思い出の数々も自分の手の中から砂のように零れ落ちていってしまうような寂しさを感じてしまう。

今年の夏は、なんだかいつもの夏以上に寂しさを感じてしまうんだ。
新型インフルエンザやら、選挙やら、芸能人のタイホやら、世間は相変わらず騒がしいけど、そんなことどうだっていいんだよ、オレは。

もう少し、もう少しだけ夏の日差しを浴びさせて欲しい。
Long Hot Summerをオレに…。

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2009年8月20日 (木)

blues.the-butcher-590213 LIVE / 8月20日(木)・高円寺JIROKICHI

2009年8月20日(木) 高円寺JIROKICHI
blues.the-butcher-590213(♪3000)
永井ホトケ隆vo,g 沼澤尚dr KOTEZ(vo,harp) 中條卓b

田舎でがっつり遊び、東京に戻ってきた次の日の夜、高円寺JIROKICHIに、blues.the-butcher-590213のライブを観に行った。
これまでにもLeyonaがゲスト出演するライブを狙って何度か観たことはあるんだけど、単独ライブはこれが初めて。JIROKICHIにレギュラーで出演していることは知っていたんだけど、なかなか日程が合わずライブに足を運べなかったのだ。
6月にLeyonaのデビュー十周年記念ライブで久々にこのバンドを見たんだけど、あれは強烈だったなあ…。あの時は普段JIROKICHIでやってるよりも、少しスイング感を出したようなノリで演奏していたのだが、それでも破壊力抜群だった。改めてこのバンドの実力を思い知らされたよ。
あの日の感想をブログに書いていた人がけっこういたけど、初めてblues.the-butcher-590213を見た人は一様にその演奏に打ちのめされていたみたい。オレも贔屓目じゃなくて、あの日の数多い出演者の中でも最も豪快な演奏を聴かせていたのは、blues.the-butcher-590213だったと思ってるしね。

このバンドの肝はドラムの沼澤尚だと思う。知ってる人は知ってると思うけど、この人のルーツはブルース一本というわけではない。歌謡曲、ニューミュージックからチャカ・カーンのバックに至るまで、あらゆるタイプの歌手をバッキングしてきた日本を代表する万能ドラマーだ。
その名手沼澤尚が、ホトケやKOTEZのようなコテコテのブルースマンとがっぷり四つに組んでブルースを演奏するのがこのバンドなのだ。
沼澤さんのドラムは、人間技とは思えないほどスゴイ。オカズが多いとか変拍子を多用するとか、見てわかるワザを使っているわけではないんだけど、リズムキープの体勢ひとつをとっても、誰が見てもスゴイことをやっていることがわかってしまうというスゴさ。オレ、JIROKICHIみたいなステージと客席が目と鼻の先の距離しかない場所でこんなすごいプレイを見られるのって、奇跡みたいな話だと思う。それも、わずか3000円たらずでだ(笑)。
沼澤さんのプレイは、一言でいうとパワフル・アンド・超タイト。ほんと、タイトっていうのはこういうことかと思い知るよ。リズムは絶対走らない、もたらない。そんなことは当たり前。そして、音色も楽曲の頭からケツまで“超タイト”を保ち続ける。俗に言う“ハネる”というのはこういうリズムを言うんだと思う。スティックさばきを見ているだけでも、その規則正しいハネ具合が伝わってきて、こっちの身体もついつい動いてしまう。それも、ハネ過ぎるとファンクになっちゃうところを、ぎりぎりブルースの範疇に収めるハネ方なのだ。これをスゴイと言わずして何をすごいと言うのか…。そのぐらいとんでもないドラミングなのだ。
冗談抜きに、目下のところ日本で一番好きなドラマーだな、沼澤さんは。

その沼澤さんと、寡黙なベーシスト中條卓が編み出す最高に気持ちいいビートに乗っかって、ホトケ、KOTEZというコテコテのブルースマンがギターとハープで自由自在に絡み合うんだから、これは盛り上がらないわけがない。
この日のホトケは木目のテレキャスター1本で最初から最後までぶっ飛ばした。KOTEZはガンマンが腰に巻くベルトのようなものにハープを入れており、曲のコードに合わせてとっかえひっかえ取り出して吹きまくる。ボーカルは主にホトケだが何曲かはKOTEZが歌うものもあった。

演奏された曲はほとんどがブルースのスタンダード。でも、このバンドのコンセプトは新しい曲をブルージーに演奏するわけではなく、前の世代から流れてきたブルースを、このバンドの流儀で解釈することにあるんだと思う。どんなに古い楽曲であろうが、彼らの手にかかるとたちまち21世紀型のシャープなブルースに生まれ変わる。その様がたまらなくスリリングなのだ。とにかく、オリジナルを聴きたくなるような気持ちには全然ならない。

間の休憩時間を除いても、たっぷり2時間半近い演奏。いやあ、満足した。頭の先から爪先までどっぷりブルースに漬かった気分。ものすごく満足感の大きいライブだった。

オレ、思う。このバンドは、シカゴブルース・スタイルのブルース・バンドとしては目下のところ日本最強なのではないか。
ホトケの演るブルースは、たとえばCHABOのやるようなブルースとはちょっと違う。具体的に言うと、CHABOのブルースは独りでやるブルース。戦前ブルースのスタイルが色濃く出ていて、マディ・ウォーターズよりもロバート・ジョンソンに近いイメージだ。
それに対して、永井ホトケ隆は伝説のウェスト・ロード・ブルース・バンドをはじめ、昔から一貫してバンドでやるブルースを追求してきた。プランテーションでカントリー・ブルースを弾き語っていたマディが大都会シカゴに出てきて電気化したスタイルを大きな括りでシカゴブルースと呼んだりするけれど、ホトケは日本におけるこのスタイルの第一人者といって良いと思う。

バンドスタイルのブルースに関しては、CHABO BANDや麗蘭もそうだけど、ロックサイドからアプローチするパターンは日本でもけっこう多いじゃない?ホトケはその逆なんだよな。ブルースサイドからエレキ化して自らの内にあるブルースをパワーアップさせている。
CHABOがCHABO BANDや麗蘭のようなバンドスタイルをとると、ブルース色はソロの時よりむしろ薄くなる。ブルース的な楽曲をやっても、その解釈にはロックっぽいテイストが漂う。それは、黒人の奏でる“どブルース”というより、むしろクラプトンに代表されるような白人が奏でるブルースに近いニュアンスがあるとオレは感じる。
もちろん、どっちがいいとか悪いとかいう話ではないよ。オレはどっちも大好き。CHABO BANDや麗蘭にはブルースという枠を飛び越えた表現の大胆さを感じるし、blues.the-butcher-590213はロック的なアプローチもかなり多いけど、基本はあくまでもブルースという揺ぎない力強さがあり、そのこだわりに美学を感じてしまうのだ。

ロック好きな人でブルースを敬愛する人は多いんだろうけど、本物のブルースサイドからのバンド・アプローチを体験した人は意外と少ないんじゃないかな…。なにしろ、あんまりいないからね、そういうバンド自体が。
blues.the-butcher-590213、一回体験してみるといいよ。スゲエんだから、とにかく。

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2009年8月16日 (日)

ゴロワーズを吸ったことがあるかい

この前、RCサクセションの名盤「シングル・マン」がらみで、かまやつひろしの話をちょっとした。
その後、自分で自分の書き込みに触発されちゃって(笑)、「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」が無性に聴きたくなり、酒を飲みながらネットであれこれ探索してたら、とんでもない映像を見つけてしまったんですよ。



なんと、ティン・パン・アレーをバックに歌うかまやつさんだ!
“ゴロワーズ…”は二つ目のファイルの3分過ぎから始まるが、ここで聴ける細野さんのベースのカッコいいことと言ったら!ドラムの林辰夫さんのビートも気持ちいいことこの上ない。70年代の日本でこんなに洗練された演奏を展開していたなんて…。やっぱスゲエ人たちだなあ…。
それから、70年代っぽいアーミールックでパフェをほお張ってる女性、いったい誰だと思う?若き日の荒井由美、現在の松任谷由美だ今じゃあ、日本音楽界の大御所となったユーミンが、なんでこんな意味不明なコントやってんだろう?(笑)

これは、どうも1976年にTBSで放映されていたた「セブンスター・ショー」という番組からのものらしい。演出はなんと久世光彦!そうか、そういうことだったのか!

いやあ~めちゃくちゃ貴重な映像ですよ、これは。その割に5000回弱しか閲覧されてないってのが不思議だけど(苦笑)。
しかしまあ、Youtubeってのは底なし沼だなあ…。まさか、こんな映像が家庭で手軽に見られる時代がこようとは…。酒飲みながらこんなの見てると、いつまで経っても寝られない(笑)。みなさんも残暑見舞い代わりにぜひどうぞ。

明日からちょっと田舎に行く予定。
ぎんぎんぎらぎらの夏なんです…。

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2009年8月15日 (土)

どうでもいいけどどうでもよくないこと

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夏休みのある夜、家族みんなでテレビを見ながらバカ笑いしてしまった(笑)。
笑いのネタは映画。去年劇場公開された「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」ってヤツだ。これは、70年代の田舎町を舞台に、地元の高校生と新しく赴任してきた駐在のおまわりさんとの間で繰り広られるイタズラ合戦を描いたコメディー。なんと半分は実話だそうで、最近までブログで連載されてたんだそうな。それをROOKESの市原隼人が高校生役、佐々木蔵之介が駐在さん役で映画化したってわけ。とにかく、市原隼人を中心とした高校生連中がしかける奇想天外でバカバカしいイタズラの数々が死ぬほど笑える。そして、意味がないほど熱い青春の沸騰にほのぼのしてしまうという、そういう映画だった。
後半は花火の八尺玉を盗むというちょっときわどい展開になるんだけど、これも実はちょっとしんみりする事情が絡んでて、ほろりとさせられたり。いやー期待してなかったけど、コレは良かった。いい映画だった。

で、見てて笑って後から気が付いた。よくよく考えたら、俺も高校時代はかな~り似たようなことやってたなあって…。まあ、ここまで気の効いた事はしてなかったし、麻生久美子みたいなマドンナもいなかったけど(笑)。
ただ、あの頃ってどうでもいいけどその時はものすごく大事なものがたくさんあったような気がするんだ。なんつうのか、大事なモノも人も、やるべきことの優先順位も、もしかしたら善悪の判断や時間の流れも、大人のそれとは違っていて、違っているからこそ大人から見ればどうでもいいことにものすごく執着したりしたんだと今は思う。
男なら誰でも、いまだに家族にも言えない秘密が一つや二つはあるだろう。はっきり言ってスレスレ、みたいなことに首を突っ込んだ人も多いと思う。万引きだったりバイクだったりシンナーだったり不純異性交遊だったり、まあそのスレスレ具合が、大人から見れば結果的にはそんな言葉になっちゃうんだろうけどね。
ただ、あの頃は仲間との関係やその場の空気とかの方が善悪の判断より大事だから、結果としてそういうことに首を突っ込んだけってことも多かったと思うんだ。そこでしょっ引かれたか逃げおおせたかは運でしかないよね、はっきり言って。
結果論じゃないんだよ、物事は。そこにいくまでにはいろんな絡みがあるってこと。意外に性悪なヤツなんかいねえんだよ、この世の中は。

そういうことを、大人になるとだんだん忘れちゃう。まして、人の親になったりなんかすると、なんとか自分の子供を型にはめて無難に育てようと思ったりなんかしちゃう。
考えてみたら、オレなんか小学校の低学年から近所のおまわりさんをからかったり、学校の先生を帰り道で待ち伏せして雪玉ぶつけたりなんかしてたんだ。言っとくけど、決して憎くてやったわけじゃないよ。たとえて言うならスカートめくりと同じ感覚(笑)。そこに意味なんかない。ただのイタズラ。それだけだ。みんなでそんなことをやったり、ワイワイ作戦を考えたりするのがただ楽しかっただけなんだよ。
でも、今の時代にそんなことをしたら大問題になっちゃうだろう。それこそ、とんでもない不良だとか、ただ雪玉ぶつけただけで校内暴力の兆候なんて言われちゃいかねない。そう考えると、今の子供たちは可愛そうだよなあ。授業をサボって屋上で煙草も吸えない青春って、なんなんだろう…。

更にバカなオレは思った。ロック的な感覚ってのは、こういうどうでもいいけどどうでもよくないことにいつまでもこだわりつづけることなんじゃないかと…。大人になると、だんだん少なくなってくるじゃん?どうでもいいけどどうでもよくないことって。
昔はコンビニに行くのもカッコつけて出かけたのが、いつしかジャージとサンダルでもOKになったりとか(ちょっと違うか…(苦笑))。でも、そういうロック的なテイストって絶対あると思うんだよな。そういうテイストを持ってる人は、男でも女でも話をするとすぐにわかる。

また話を蒸し返しちゃうようで悪いんだけど、例の清志郎の「青山ロックン・ロール・ショー・サウンドトラック」というアルバムが出た時も、俺のこだわりが大爆発してしまった。今でもあのアルバムの存在を認めない気持ちに変わりはない。それだけはどうしても譲れない。それはリマスターの音が聴きたいとか、RCからソロを通した初めてのベスト盤を手元に持っておきたいという「理屈」に悠々勝っちゃうこだわりなんだ。どうでもいいけどどうでもよくないことなんだよ、それは。

ただ、考えてみれば、あのアルバムのコンセプトやジャケットがどうしても受け入れられないという俺のこだわりも、逆に清志郎名義で出るものなんだからとにかく受け入れようという人たちのこだわりも、両方ともロック村の住人のどうでもいいけどどうでもよくないこだわりなのかもしれないなあ、と思ったりもしている。
だって、世間から見れば正しくどうでもいいことじゃん、そんなの(苦笑)。肯定も否定も同じコインの裏表。そんなものなのかもなあ~、なんてことを思ったりもしてるんだな、今は。

あーあ、遠くまで来ちゃったなあ…。大人になるのも楽じゃないや、ほんと。
もう一度、あの頃のように何も考えず、落ちこぼれた連中だけで集まって涙が出るほどくだらないことで笑い転げたい…。
映画を観てて、そんなことをぼんやりと思った夏の宵であった

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2009年8月14日 (金)

2009-10シーズン欧州サッカー展望

33a2acfb68ee665bfc950aa704708e9fo ちょっと遅い話題になるけど、2日にあったエスパニョールとリバプールの親善試合はとても面白かった。
エスパニョールってのは、スペイン国内リーグ、リーガ・エスパニョーラの中堅クラブなんだけど、この夏に中村俊輔が移籍を決めたことで日本でも俄然注目されるようになった。はっきり言って、自分もここは前に日本代表だったFWの西澤がいたのと、スペイン代表のルイス・ガルシアが所属してるクラブぐらいの知識しかなかったんだけどね。
なので、僕としては、この試合はイングランドのビッグ4のひとつである強豪リバプールを相手に、リーガの中堅クラブがどこまでいいところを見せられるのか、そして新加入の中村俊輔がどこまでチームにフィットしているのかに注目していた。
なにしろ、リバプールは国内リーグの開幕を2週間後に控えた状態。怪我だけは避けたいところだろうし、ホームのエスパニョールは新スタジアムのこけら落としとはいえ、まだ調整期間の真っ最中。両チームの状態を考えれば、それほどハイテンションな展開にはならないだろうと思っていたわけだ。

ところが、蓋を開けたらけっこうガチンコになっちゃってびっくり。
リバプールは序盤から普段プレミアでやってるような激しいアタックを随所に見せ、エスパニョール・サポーターから大ブーイングを受けるあり様。それに引っ張られてエスパニョールからも花試合的なタッチは早々に消え、前半はかなりスリリングな展開になった。
驚いたのは、俊輔は僕が思っていたよりもかなりチームに馴染んでいたこと。セルティックでよくやっていた右ではなく、左サイドでの起用は意外だったけど、司令塔のデ・ラ・ペーニャとのコンビネーションはかなり良かった。その後ろから上がってくる左サイドバックのダビド・ガルシアと併せて、かなりいい感じで攻撃が組み立てられていたと思ったな。
前半20分。ルイス・ガルシアに通ったスルーパスがゴールになり、俊輔待望の初アシスト!その後にもオフサイドになっちゃったけど、もう一人のFWタムードにもいいパスが通ったし、ホームデビュー戦としては合格点と言っていいだろう。
嬉しかったのは、コーナーキックも左サイドはルイス・ガルシアで、右は俊輔とあらかじめ決まってるような感じだったことだ。何しろ止まってるボールを蹴らせる技術で言ったら俊輔は世界でもトップレベル。フリーキックの順番がどうなるかはわからないけど、こういうチャンスが与えられれば、そのうちきっといい結果がでると思う。

結局、試合のほうは後半にもエスパニョールが二つのゴールを決め、見事強豪リバプールに勝利した。
ほんと、快勝って感じだった。ボールポゼッションもエスパニョールの方が多かったように思うし、俊輔をはじめとする新加入の選手もちゃんと機能しての勝利なんだから、新スタジアムのこけら落としとしてはこれ以上ないぐらいにいいものになった。

僕は今回初めてエスパニョールってクラブの試合をフルで見たんだけど、なかなか面白いサッカーをやってると思ったな。これで昨シーズン真ん中あたりの順位ってのはちょっと信じられない。どんだけレベルが高いんだ、スペインリーグ。
俊輔がいるってことはもちろん大きいけど、なかなか感情移入できそうなクラブだ、ここは。ルイス・ガルシアはスペイン人らしいファイターだし、ボランチのデ・ラ・ペーニャってのもなかなかクレバーな選手。
驚いたのは、後半2得点を挙げた19歳の何とかっていう(笑)FW。全然知らないヤツだったんだけど、こいつは今年チェルシーから移籍してきたらしい。まあ、あそこじゃドログバかアネルカのどっちかが1トップやることになっちゃってるから出番はなかったみたいだけど、移籍してきていきなりの2得点は、ダテに強豪クラブにいたわけじゃないことの証だろう。これでスペインの水が馴染めば、若いだけに大化けする可能性もあるのでは?
主将のダニエル・ハルケが練習中に亡くなってしまうという大アクシデントがあったのが気がかりだけど、開幕までにもっとコンビネーションが高められれば、けっこういい線いくんじゃないだろうか、このクラブは。
中村俊輔がリーガで通用するか否かってのはファンの間でもいろんな意見があるが、僕はなんかやれそうな気がしてきた。

それにしても、2009-10シーズンのスペインサッカーは凄いことになってる。世界のスーパースターが続々移籍してきているのだ。
128億円という史上最高額でレアル・マドリードに移籍したクリスチアーノ・ロナウドを皮切りに、カカやベンゼマまで移ってきたのにはたまげた。対するバルセロナもインテルからイブラヒモビッチが移ってきて、これで来季のクラシコは目も眩むようなスター選手がピッチに集まることになる。
はっきり言って、昨シーズンは、オレ殆どリーガは見てないんだ(苦笑)。だって、スタートと同時にバルサが独走しちゃってて、なんかつまんなかったんだもん。バルサは好きだけど、やっぱレアルやバレンシアみたいなところが拮抗してこないと全体としては見応えがなくなってしまう。

それより、レアルはジダンやベッカムがいた頃の銀河系軍団の再現を目論んでるんだろうけど、こんなに攻撃的な選手ばっかり集めて大丈夫なんだろうか?
前の方の選手ははっきり言ってあまっちゃってる。チームの象徴ラウールは外せないし、ロナウド、カカだって出さないわけには行かないだろう。そうやって優先順位でいくと、ファン・ニステルローイやロッベン、それにスナイデルなんかは出番がなくなっちゃうじゃないか。ファン・ニステルローイなんか、一昨年は神様みたいな存在だったのに、去年怪我してからは全く影が薄くなっちゃったもんなあ…。
レアルはまだ懲りずにリベリーを獲ろうと模索してるとか。うーん、くれぐれも若い才能を飼い殺すようなことだけはしないで欲しい。ベンゼマが一時期のサビオラみたいになっちゃったら、ほんと可愛そうだから。

いずれにしても、今年のシーズンは大量の移籍でヨーロッパ各クラブのメンツずいぶん換わった。吉と出るクラブもあれば凶と出るクラブもあるだろう。開幕早々から目が離せなくなりそうだ。そして、その中で日本人選手はどう関わっていくのか…。W杯南アジア大会を来年に控え、興味は尽きない。
リーガ・エスパニョーラは今月29日、プレミアリーグは15日(あ、明日じゃないか!)、セリエAは22日の開幕。なーんか、スゲエ楽しみだなあ、今シーズンは。

オレ、実は2008-09シーズンのCL決勝も、コンフェデ杯も全然見てないんだ。5月2日以降、なんか何にもやる気がしなくなっちゃってさ…。
でも、そろそろ血が騒ぐようなフットボールが見たくなってきた。今、飢えてるんだ、サッカーに。各国リーグの開幕が本当に楽しみだ。

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2009年8月13日 (木)

夏といえば恐竜です!

我が家はただいま夏休み真っ最中。オレも子供たちと休みを合わせてあちこち出掛けてます。
オレ、こういう時男の子の親でつくづく良かったと思うんだよね。だって、カブトムシに夢中になるのもプールで遊ぶのも、子供と遊んでやってんだってことで大手を振ってできるじゃん。ほんとは子供たち以上にオレの方が楽しんでんだけど(笑)。

で、まずは恐竜。夏といえば恐竜でしょ、やっぱ(笑)。
毎年、夏になると必ずどっかでやる恐竜関連イベント。うちの男3人はみんな熱烈な恐竜マニア。なので、この手のイベントには毎年必ず行きます。今年も幕張メッセで「恐竜2009-砂漠の奇跡」ってのが開かれており、さっそく行って来ました。

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今年のイベントはかなり満足度高かったなあ…。
まず、オレ的には新しめの発見モノがたくさん展示されてたことが嬉しかったですね。あのね、恐竜の研究って日進月歩なんですよ。オレらが子供の頃に図鑑で仕入れたような知識はもはや古くなってんの。
ここでは、恐竜の皮膚の一部が残ったミイラ化石とか、アジア最大の恐竜「マメンキサウルス」の全身骨格とかが展示されてました。男ならみんな大好き「スピノサウルス」のモノホンの骨の一部が展示されてたのも嬉しかったなあ。
なにしろ、広いメッセの会場に、50体近い全身骨格と260点の標本ですからね。マニアにはたまんないボリューム(笑)。

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こういうイベントで展示される骨格標本って、実は複製品とかも多いんですよ。
まあ、複製とはいっても本物と殆ど変わんないくらい精密だし、本物は貴重だからそうそう持ち出せないってのはわかるんだけど、な~んかそういうのばっかりだと興ざめなんだよなあ…。だって、目の前にあるのが人工物だってのと、実際に何十億年前に動いてた生物のモノホンの骨だってのとでは、気持ちの盛り上がりが全然違うでしょ?
その点、今回はモノホンの骨がいっぱい展示されてたのが満足度高しでした。

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いやあ~、これはスゲエ!ティラノザウルス族のドクロが雁首そろえて並んでます。スカルマニアにもたまんねえ光景だなあ~(笑)。

こんなに大きくてカッコいい奴らが、何十億年も昔に確かにこの地上に闊歩してたんですよね。それがある時期忽然と消えてしまった…。その一瞬の儚さにもなんか惹かれるんだよな、オレは。

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2009年8月11日 (火)

ロックで独立する方法 / 忌野清志郎

41wm63kw9l1_3 これは、5月2日以降に出版されたいくつかの清志郎追悼本とは明らかに一線を画すものだと思う。それどころか、これまで世に出た忌野清志郎関連本の中でも、かなり重要なものになるのではないだろうか。
なにしろ、この本はイントロダクションにあるとおり、“30周年の節目にこれまでの人生や音楽活動を振り返り、「今ロックを生きることの意味」について改めて考える企画に協力してもらえないか?”と清志郎のほうから山崎さんに持ちかけてできたものなのである。
諸般の事情で出版が延び延びになってしまったが、本来なら2009年5月2日以前に世に出ていたはずの本であり、なによりもこれが多くの人の目に届くことを望んでいたのは、他でもない忌野清志郎本人なのだ。

この本の中で、清志郎は「独立」という言葉をキーワードに、これまであまり語ることのなかった、音楽業界に身を置く人間としての自分と自分を取り巻く人々、業界、事務所、はたまたRCサクセションの裏話をこれでもかとばかりにしゃべりまくっている。
清志郎は、自身の作る「力のありすぎる歌」とはまた違う、より具体性を持ったメッセージを若いヤツらに伝えておきたいという明確な意思を持ってこの本に関わっている。当たり前だが、清志郎は若者を相手にもっともらしい訓示をたれるようなタイプのミュージシャンではない。こんなことは清志郎の長いキャリアでも異例のことなのだ。
インタビューが行われたのは、2000年6月から翌年8月までの約1年。トータルすると15時間半という膨大な時間を費やしてこの貴重な作業は行われた。

ロックスターから若者へのメッセージとしては、矢沢永吉の「成りあがり」という有名な著書がある。あれは正に永ちゃんらしい本で、「成功=ビックになること」という方程式のもとに書かれているように思うのだが、清志郎のいう「独立」はそういったこととは全く違う。清志郎のいう「独立」とは「成功」することではないのだ。世間のしがらみや業界の常識、事務所の思惑などから解き放たれ、自分が自由に音楽活動が出来る環境を作り上げていくことを「独立」と言っているんだと思う。
そして、恐らくは日本中にごまんといるであろうロックで飯を食おうと夢を見ている若者たち、その多くが志半ばで消えていく中で、かつて自分もそんな若者の一人であったことをふまえ、彼らと自分とではいったい何が違っていたのかということを、清志郎本人の口から検証していく。
もう一度言うが、清志郎がこんなことを語っている本はこれ以外にない。これだけでもファンは必読だと思う。

この本を読むと、ある意味日本のロックシーンへの見方が変わる。
まず、僕は清志郎のような日本のロックシーンの頂点に立ち、個人事務所を構えて活動しているようなミュージシャンですら、100%自分が思い描くような活動を展開できているわけではない現実に唖然とさせられた。それも、RC時代やソロになった始めの頃のような昔話ではないのだ。

たとえば、「秋の十字架」の時のプロモーション。この時は「会社が潰れてもいいから、有り金全部使ってプロモーションしよう」ってことに決まってたらしいのだが、結局はメジャーどころの広告なんか取れず、深夜のテレビCMや雑誌にちょぼちょぼ露出しただけで終わってしまった。「秋の十字架」は大手レコ社のルートではなくインディーズでの発売であったが、当時の事務所社長は大手でのカタチどおりの販促のノウハウしか持っておらず、インディーではどう動いていいのかわからなかったらしいのだ。
で、ツアー真っ最中の12月、社長は突然辞めると言い出し、プローションよりもっぱら自分の再就職に精を出していたなんていう衝撃の(?)事実が清志郎本人の口から淡々と語られるのだ。

「君が代」騒動の時のインタビュー話にも考えさせられた。あの頃、発売禁止騒動が世間を騒がせる中、筑紫哲也さんや鳥越俊太郎さんが清志郎にインタビューしているところをテレビで見た人は多いだろう。そこで「どうして“君が代”をパンク風にやろうと思ったの?」なんて聞かれた時、清志郎は「若者達にこの問題をもっときちんと考えて欲しかった」なんて師承なことを言っていたはず。
ところが、清志郎曰くあれはぜんぜん本心じゃなかったというのだ!単に「やるなら今しかないと思ったから」「今やれば目立つし売れると思ったから」というのが最初の答えだったという。ところが、そんなことを言っても誰にも納得してもらえなかったというのだ。要するに、忌野清志郎というロックミュージシャンに、パブリックイメージとして発言して欲しい言葉は最初から決まっていたというのが、この話のオチだ。

この2つの事件は、一見自由奔放に活動しているように見えるロックミュージシャンも、業界のしがらみやマスコミの決めつけから「独立」することが如何に難しいかということを表していると思う。
と、同時に僕らファンも、モノの本質が見え辛くなっているということを強く感じた。「秋の十字架」にしても「君が代」にしても、2000年代になってからの話なんだよ。日本にロックがまだ根付いていなかった80年代頃ならともかく、つい最近の話なんだ、これは。
あの頃の清志郎の活動を見ていて、事務所とうまくいっていないとか、清志郎の良き理解者に見えた筑紫さんたちも、実は清志郎の本心をきちんと報道していなかった、なんて誰が想像し得ただろう?

映画「不確かなメロディー」を観た時も漠然と持った感想であるが、忌野清志郎は生涯孤高の芸術家だったんだと思う。その作品や活動は間口が広くて入り込みやすいから、いろんな人がいろんな角度から共感することができ、それぞれに感動したりする。だけど、当の本人が何を意図し、何を考えてそれを作ったのかと言うことは、意外に伝わっていないのではないかと思ったりもするのだ。

でも、だからこそ清志郎なんだな、とも僕は改めて思った。
なによりも、この人は自分が孤高であることを恐れない。世の中でどんな音楽が売れようと、それによって業界がどんな販売数字を突きつけてこようと、システムから逸脱した行動に事務所が難色を示そうと、自分が正しいと思ったら絶対にブレないのだ。
そういう姿勢こそが、僕が清志郎に惹かれて止まないところだし、今でも、そしてこれからも清志郎の生き方には励まされ続けるだろう。この本も、読んでいて音楽業界の保守的な体質に唖然とさせられるところが多々あったけど、そこで飄々と綱渡りを楽しむ清志郎の姿には爽快感すら感じた。
忌野清志郎というミュージシャンが、ジャンルの垣根を乗り越えて多くのミュージシャン仲間からも愛されたのは、そんなところにも秘密があったのではないだろうか。

それと…。
僕は、イントロダクションでの“見事なオチでした”という山崎さんの一言にすごくすごく救われた。はっきり言って、この一言を読んだだけでこの本を買った価値があると思ったぐらいだ。

完全復活祭の武道館で、清志郎はこう叫んだ。

「何が嬉しいって、バンドに戻れて最高に嬉しいぜ!」

清志郎は世間や親から独立し、プロダクションから独立し、業界から独立し、RCからも独立した。でも、最後の最後には、CHABOや新井田さんや梅津さん、片山さん、伸ちゃんがいる大好きなバンドに戻ったんだ。結局、大好きなメンバーに囲まれて一バンドマンとしての生き方をまっとうすることが、忌野清志郎の最大の独立であり、自由だったと…。
ほんと見事な、見事すぎるオチだよ、清志郎…。たとえ命を引き換えにしてでも、その声を守ることがバンドマンとしての幸せだったってことですね…。
あんな綺麗な落とし前のつけ方はちょっとないよなあ…。やっぱり孤高の人だと思う、忌野清志郎は…(泣)。

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2009年8月 7日 (金)

夏をもっと…。

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なんか、今年の前半は怒涛のように日々が過ぎていったような気がする。自分の中で、なんだか遺伝子が組み変わってしまったような感じだ。
気持ちが激しく乱高下する日々だったなあ…。仕事が比較的波風立たない時期だったからよかったものの、なんだか疲れたよ、心身ともに…。

やっと夏が来た。
去年までとは違う夏になってしまったような気もするけど、大好きなロックンロールを聴きながら、家族と過ごす時間を大事にしようと思う。悲しい気分なんかぶっ飛ばして、太陽のように笑っていたいよ。子供の頃のように…。

だから、もっとまぶしい陽を…。
何もかも焼けつくしてしまうような真夏の日差しを、もっと、もっと…。

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