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2009年8月27日 (木)

【映画】キャデラック・レコード

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これはロック、ブルース好きを自認している音楽ファンなら絶対見たほうがいいと思うぞ。舞台は50年代のシカゴ。この映画はブルースの町として知られるこの街にあった「チェス・レコード」の隆盛を描いたものなのである。
ビートルズやローリング・ストーンズ、それにクラプトンやツェッペリンなど60年代にキャリアをスタートさせたロック・ミュージシャンを好きな人なら、彼らが敬愛するブルースマン、チャック・ベリーやマディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフなどの名前を一度ぐらいは聴いたことがあるだろう。日本のロックしか聴かないという人でも、Street Slidersがマディの曲をカバーしたり、RCサクセションがチャック・ベリーと共演したりしたことで、名前だけは知っているという人も人も多いはず。そんな名だたるブルースマンが所属していたのが「チェス」なのである。

この映画の主役は、その「チェス・レコード」の創始者レナード・チェスとマディ・ウォーターズの2人だ。ミシシッピから一旗上げようとシカゴにやってきた黒人のマディは、ポーランド系移民の白人チェスと出会い意気投合。2人は人種の壁を越えて力を合わせ、レーベルを大きくしていく。
一種のアメリカン・ドリームではあるのだが、40年代後半のシカゴの町並みや人々の粋な装いにはわくわくさせられるし、映画に登場してくるのはほとんどが実在の人物。これはもうブルースファンにはたまんないだろう。
映画にはリトル・ウォルターもハウリン・ウルフもチャック・ベリーも出てくるのだが、演じる俳優も実際の人物の雰囲気をうまくかもし出していて楽しくなってしまう。リトル・ウォルターなんか生前の映像は残っていないはずなのに、“ああ、きっとこんな人だったんだろうなあ…”と思わせる、伊達で破滅型のブルースマンが実に上手く演じられていて感心してしまった。

少しマニアックなことを言っちゃうと、事実と異なる部分もあるにはある。たとえば「チェス・レコード」を立ち上げたのは、実はレナードだけじゃなく兄弟のフィルも深く関わっている(ブルースの本には“チェス兄弟”と載っていることが多い)。それから、チャック・ベリーが自分の曲「ジョニー・B・グッド」を、ビーチボーイズが「サーフィンUSA」で盗作したのをテレビで観て怒る場面があるんだけど、ビーチボーイズがデビューした61年にはチャックは塀の中だったはずなので、こんなことは実際はあり得ない。
でも、そんな細かいことはどうでもいいと思った。何よりもこの映画では、古くからミシシッピの綿花畑で働く黒人たちの間で伝承されてきたブルースが、50年代のシカゴで強力なエレクトリック・ブルースに進化し、そこから更に白人の手でロックになったという流れがとてもわかり易くまとめられており、観てるだけでポピュラー音楽史の勉強になった。

特筆すべきは映画で使われた音楽。これがもうとてつもなく素晴らしかったんですよ!
いくら舞台が50年代だといっても、当時の劣悪な音源を映画で使うわけにはいかなかったようで、音楽は全て現代のミュージシャンの演奏で録り直してあるのだが、これがもう…(絶句)。オレなんか、セッションシーンで思わず身を乗り出してしまったぐらいだ。
よくよくクレジットを見てみたら、音楽監修はスティーブ・ジョーダンだった!自身もドラマーであり、キース・リチャーズやチャック・ベリーのバッキングもやった男。もちろん、ブルースやR&Bをやらせたら天下一品。演奏したミュージシャン名まではわからないんだけど、これもとんでもないレベルだった。特に、リトル・ウォルターのハープを完コピしたミュージシャンはいったい誰なんだ?凄すぎるぞ…。
とにかく、この映画はスティーブの手掛けた仕事を聴きにいくだけでも価値がある。そのぐらいスゴイのだ。オレ、たぶんこの映画のサントラ、近いうちに買っちゃうと思う…(笑)。

それと、この映画にはあのビヨンセがエタ・ジェイムズ役で出ているんだけど、ちょっと彼女を見直しちゃったよ。
はっきり言って、これまではビヨンセなんて全くの守備範囲外で、最近の曲すら全然知らないんだけど、映画で歌われたエタのカバーは、もしかしたら本人を超えてるんじゃないかと思えたぐらい凄かった。
聴くところによると、ビヨンセはこの映画で製作指揮にも関わり、並々ならぬ決意を持ってエタを演じたそうだ。去年だったか、彼女は「ドリームガールズ」という映画でシュープリームズを演じたことがあった。つまり、彼女はモータウンとチェスという2大黒人レーベルのシンガーを演じたことになるわけだ。
これは、ビヨンセ自身が黒人の血を引くシンガーとしての自分に大きな使命感を持ってやっていることなんだとオレは思う。オバマ大統領就任のダンスパーティーで歌声を披露するほどの大成功を収めた彼女だけど、自分のルーツ、ミシシッピの片田舎から生まれてきたブルースをいつまでも忘れない、みたいなね。こういうアメリカ人のミュージシャンシップって素晴らしいと思うんだ、オレは…。

冒頭に書いた「ロック、ブルース好きを自認している音楽ファンなら絶対見たほうがいい」ってのも、つまりはそういうことなのだ。ビヨンセだけではなく、ここに描かれている世界は、ロック好きすべてが立ち返るべき原点だと思う。
チェスやマディがいなかったら、ロックは今みたいなカタチにはならなかったかもしれない。もしそうだったら、ストーンズやビートルズはおろか、RCやスライダーズだって生まれてこなかったかもしれないではないか。「キャデラック・ブルース」には、ロックやブルースを愛するオレたちみんなが帰るべき故郷が描かれているのだ。
こういうマニアックな映画は、上映期間も短いことが予想されるけど、近くの映画館で上映されているのを発見したらぜひ万難を排して観に行って欲しいと思う。

映画のパンフレットには、ミシシッピから撒かれた種を遙か日本で受け取ったブルースマン、仲井戸“CHABO”麗市の推薦文があった。

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コメント

面白そう♪
情報発信して下さって本当にありがとうございます。
関西でも9月から観れるところがあるみたいで、
すっごく楽しみです。
私はこぉゆうマニアックな情報に疎くて、
そのクセ一番知りたいのがこのテの話しなんです(苦笑)
今井智子さんの本の記事も読み応えあって、
興味深く、読ませて頂きました。
感謝です!

◆沙羅さん
沙羅さんがこの手のネタに興味を持たれるってのはちょっと意外な感じがしないでもないですが、これはブルースの底なし沼に飛び込む良い機会かもしれませんね。CHABOや蘭丸のルーツとも言うべきディープな世界が待ってますよ(笑)。
この映画を見ただけでも、彼らのやってる音楽の別方向からの切り口を発見できたりするんじゃないかな。チャック・ベリーが最初のレコーディングで“ちょっとカントリー色が強すぎるな…”なんていわれるシーンは、なかなか深い場面だと思いますよ。

お久しぶりです。
この映画は、見逃せませんね。HAGAさんの文章読んで、ますます行きたくなりました。大阪は、9/12~なんですよ。楽しみ!!

◆かすみさん
おーっ!久しぶりですね。お元気でしたか?これからも気が向いたら気軽に遊びにいらしてください。
「キャデラック・レコード」は正にかすみさんにぴったりの映画だと思います。極上のブルースにも痺れたけど、自分はこれを見てあの時代のシカゴにも惹かれたなあ…。服装とかもなーんかカッコいいんだよね。オレも今年の秋はシブくツイードのジャケットでも着ようかな、と思っちゃってます(笑)。

お久しぶりですー。
ちょっと古い記事にコメントすみません。私もこれ、観ました!
断片的にしか知らなかったチェスレコードに関するエピソードが、自分の中で一つのストーリーに繋がってスッキリした(笑)のと、何より演奏が素晴らしかったですよねえ。Steve Jordanはドラマーとしても好きなんですけど、あらためて多彩な方だなぁと思いました。すごく研究熱心な人らしいです。
ビヨンセ、実は前回の来日(2年前だったかな?)の時に観てるんです。
あまり予備知識もないところへ、誘われて何となく…だったんですけど、想像以上にずっと良くって。今回あらためてやられちゃいました。

私は高校生の時に6週間、シカゴ郊外の家にホームステイしてました。
カトリックの、白人の中産階級のご家族と、そのコミュニティの方々にお世話になりました。
このすぐ後くらいにMuddy Watersに出会い、シカゴブルースの存在を知ったんですけど、「白人から見るシカゴ」と、「ブルースの聖地としてのシカゴ」のあまりの違いに驚いたのを今でもよく憶えています。
ほんの10数年前でさえそうだったんだから、当時白人としてチェスレコードを立ち上げたレナードって、すごい人だったんだな、と、あらためて思いました。

◆ayakoさん
本当にこの映画の音楽は素晴らしいですよねえ…。
実は、映画を見る少し前にblues.the-butcher-590213のライブを見に行ったんですが、メンバー全員これを見に行ったらしくて、沼澤さんもSteve Jordanの仕事を絶賛してました。ほんと、プロデューサーとしても才能ある人なんだなあ、って感じですね。

>私は高校生の時に6週間、シカゴ郊外の家にホームステイしてました。

すごい!憧れです、そういうの。
映画を見て思ったんだけど、チェスを立ち上げたレナードをはじめ、モータウンの作曲家チーム・ホーランド=ドジャー=ホーランド、スタックスでたくさんのソウルマン達のバックを務めたスティーブ・クロッパーなど、優れたブラック・レーベルには人種の壁を越えて一緒に優れた音楽を作り上げた白人の存在がありますよね。
音楽って人種とか国境とかの存在を軽々と超える素晴らしい文化なんだなあってことを改めて実感します。

ビーチボーイズが「サーフィンUSA」で盗作したのは「ジョニー・B・グッド」じゃなくて「Sweet Little Sixteen」じゃなかったかな?

ビーチボーイズが「サーフィンUSA」で盗作したのは「ジョニー・B・グッド」じゃなくて「Sweet Little Sixteen」です。もっと勉強しましょう。

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 この間ちょろっとつぶやいておりましたが、DVDにてキャデラック・レコードを観ま [続きを読む]

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