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2009年9月 2日 (水)

【映画】  『PEACE BED アメリカVSジョン・レノン』

Peacebed

2007年の12月8日(ジョンの命日だ)に劇場公開された映画。ジョン・レノンを扱った映画はこれまでもいくつかあるが、これはジョンと彼を国外追放しようとしたアメリカ政府との間の闘いにスポットをあてたドキュメンタリーである。オレ、公開当時はなんとなく気乗りしなくて観てなかったんだよね、この映画。
ジョンは、その死後に「愛と平和」を唱える伝道師というイメージが大きく拡大していった人である。これはオノ・ヨーコが積極的にそういうイメージを世間に発信した結果であることも大きいのだけれど、近しい人が書いた本なんかを読むと、実際のジョンはそんなことばかり考えていた人ではないことがわかる。けっこうだらしないところがあったり、強烈なニヒリストであったり。個人的にはそういうところもひっくるめて人間臭いジョン・レノンが好きだから、「愛と平和」のジョン・レノンばかりクローズアップされていたら、ちょっとイヤだなあ~と思っていたのだ。

今年の夏、この映画がCSで放送された。で、オレもようやく観てみたわけだけど、予想していたよりはジョンの多面性がきちんと描かれていて良い映画だった。
そして、何よりもこの映画には、ミュージシャンが政治的なメッセージを歌うことの意義と危険性の両面がきちんと描かれていたのが強く心に残った。

ジョン・レノンが生前のある時期にCIAから監視されていたことは噂でもなんでもない。公開されている政府の資料からもわかる明らかな事実だ。ただ、どんな過激な内容でも、それを歌っているだけなら政府から目をつけられるようなことはなかったのではないか。歌だけならそれは危険でもなんでもないから…。政府が眉を潜めたのは、彼が後にブラック・パンサーみたいな家激な活動家と交流を持ち始めたからなんだろう。
ジョン・レノンという人は、けっこう熱くなりやすいタイプだったみたいで、テレビ番組などでそういった人たちと出会うと、すぐに意気投合してしまったようだ。活動家のほうも“元ビートルズの”メンバーが応援してくれているとなると自分たちにハクが付くから、何が何でもパイプを持ちたがる。ジョンも当然そんなことはわかっているのだろうけど、純粋というのかお人良しというのか、説得力のあることを言われるとすぐにホイホイのってしまうのですね(苦笑)。
でも、そのフットワークの軽さってのはロックにとっては大切なことだとオレは思う。良いとか悪いとか、そんなことはどうでもいいんだ、はっきり言って。どうせ、良い悪いの基準なんて時代とともに変わってしまう。そんなことより、今の自分がYESだったらさっとやってしまう。それがジョン・レノンという人の生き方だったのだとオレは思う。

ただ、ミュージシャンが社会問題に踏み込む時、そのサジ加減はすごく難しいと改めて思った。
メッセージ性の高い歌を唄うことに大きな影響力があることは疑いようがない。それは今すぐに社会の何かを変えるわけではないが、触発されて何かを変えようとする人たちを後々まで生んでいくことになるからだ。
70年代、反戦を唱えるデモ行進で歌われた「Give Peace A Chance」は、その場にいて行動を起こした人たちを奮い立たせただけでなく、そのずっと後に産まれた世代にも影響を与え続けている。
何を隠そう、65年にこの世に生を受け、20世紀の終わりに人の親となったオレ自身も、多感な頃に出会ったジョン・レノンの楽曲の欠片が何パーセントか確実に身体に入っているのを自覚しないわけにはいかない。オレはオレなりのやり方で、家族という宇宙を作り上げ、自分の生きる世界の中で「Give Peace A Chance」を体現していると思っているのだ。

世界には、レノン・チルドレンのような人たちがたくさんいるのだろう。オレも、仲井戸“CHABO”麗市も、忌野清志郎も、もしかしたらこれをよんでいるあなただってレノン・チルドレンかもしれない。
オレ、ミュージシャンの役割ってここまでで充分なのではないかと思うんだ。鳥のように自由な立場で、思ったこと、感じたことを歌う…。それはたかが音楽家一人が実際に行動を起こすことよりも、さらに大きな波を起こす可能性があると思う。晩年のジョンはそれに気が付いたからこそ「過激な愛と平和」ではなく、ヨーコとショーンのための「半径5メートル内の愛と平和」にシフトチェンジしたんじゃないだろうか。
それがもどかしいという人もいるだろう。甘いという人もいるだろう。たとえば、U2のボノはジョンの歌の中で一番嫌いなのが「イマジン」だとどっかで言っていた。それは“思っているだけでは世界は何も変わらないから”だそうだ。
でも、思う人がたくさんいれば世界はいつか変わるのではないかとオレは思うし、そう思っているのはオレ一人じゃないと思うんだ。

この映画の邦題は、「アメリカVSジョン・レノン」なんていう扇情的なものだった。だけど、ジョン・レノンはアメリカとの闘いに敗れたわけでも勝ったわけでもないと思う。そもそもジョンはアメリカと闘うなんて気はさらさらなかったんじゃないだろうか。やりたいことをやってたら目を付けられてしまっただけの話。晩年のジョンだって、決して丸くなったわけじゃないと思う。ただ、やり方をちょっとだけ変えてみただけなのだ。

ジョンの死後、オレはオノ・ヨーコがあまりにもジョン・レノン未亡人の顔を強調し続けているように思えて嫌だった時期がある。でも、この映画を観てそれは誤った認識だと思ったな。彼女は、たとえ戦略的にジョン・レノンの名前を使ってでも、「愛と平和」を一人でも多くの人に伝えることができるのなら、それこそが亡き夫の遺志を継ぐことだと思っているんだろう。

2007年といえば、ジョン・レノン・スーパーライブで忌野清志郎が感動的な「マザー」と「イマジン」を歌った年だ。清志郎もこの映画を観たんだろうか。どんな感想を持ったんだろうか…。

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