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2009年9月26日 (土)

【本】彼女について よしもとばなな(著)

1632758015月2日以降、オレは自分の中の何かが確実に変わったことを自覚している。うまくいえないんだけど、なんか何事に関しても開き直ってしまったような感覚があるのだ。

一番大きく感じるのは「死」に対する感覚の変化。なんと言うか、「死」というものはこれまで自分が思っていたよりも、ずっと近いところに忽然と潜んでいるものなんだと感じるようになった。
かといって「死」に対して怯えるようになったかというと、全然そんなことはなく、むしろその逆だ。今、オレは自分が明日死の宣告を受けても別に驚かないだろう。もちろん、直後はビビるし落ち込みもするだろうけど、案外すぐに冷静になって、残された時間をどうするか考え始めるのではないだろうか。

5月2日以降、「死」は自分が思っていたより、ずっと大きな確立で起こり得ることがわかってしまった。「生」と「死」は俺が知らなかっただけで、常に背中合わせで存在していたのだ。理屈じゃなく、事実そうなんだという確信が今はある。…そんな気持ちになってしまうことが、決していいことだとは思わないけどね(苦笑)。
オレは死ぬのが怖くなくなった。だって、それはしょうがないことなのだ、きっと。今の自分なら、たとえ明日死んでしまっても、それはそれである程度納得のいく人生だったと自分を慰めることもできるだろう。

でも、矛盾するようだけど、やっぱりすぐには死にたくないや(笑)。いや、死にたくないというより死ねないって。それは、数は少ないけれど、自分を愛し自分を必要だと思ってくれている人がこちら側に確かにいるから。こんな時代、それは涙が出るほど幸せなことだろう?自分一人なら死を迎えることにあきらめもつくけど、彼らの存在がオレをこっちに引き止めてくれている。彼らのために、オレはそうそう簡単に消えるわけにはいかないのだ。

でも、「死」というものが、当人にとっても残された者にとっても、きちんと落とし前がつくようにやってくるなんてことは、老衰でもない限りあんまりないんだろうなあ…。そう思うと、本当にやり切れない。
オレは、いなくなってしまった人を思うセツナさが、こんなにも痛いことを初めて知った。まるで、結末を知っている悲しい話を何度も何度も読み返しているようだ。トラウマってのはこういうことを言うのだと、オレは44年間生きてきて初めて悟った。

今年の夏は苦しかった。なんでこんなに何を見ても何を聞いても哀しいんだろう…。本当にやり切れなかった。
そんな時にこの小説と出会ったのだ。オレ、はっきり言って、これまでよしもとばなななんか全然読みたいと思ったことなんてない。過去に代表作のいくつかは読んだ経験があるが、こんなオンナオンナした小説なんかまともに読めるか、と思ってたんだ、実は(苦笑)。

今年の春、山口洋がブログでこの本に打ちのめされた話を書いていた。併せて、5月2日に起きたことについて、よしもとばななが新聞に書いていた文章がとても心に響いていたことが、自分にこの本を読ませるきっかけとなったのである。
予感は間違っていなかった。よしもとばななは、オレが知らないうちにここまで来ていたのだ。この読後の余韻はなんなのだろう…。すさまじい波動が胸を揺さぶる。
この小説は、イコールよしもとばななの死生観なのだ。悲しい話でありながら、確実に魂が救済されるのを感じる。決して難解な文章ではないし、気持ちを掴むような比喩が飛び出してくるわけでもない。だけど、ページを捲るたびにざくっざくっと胸をえぐられていくような感覚があった。

読み終わって、オレは色々なことを考えた。
平凡な日常を積み重ねることは、当たり前すぎるぐらい普通のことだけど、それをずっと続けていけることがどんなに大切で幸せなことなのか…。それを身に沁みて感じたな。“生きてるだけで丸もうけ”ってやつだ(笑)。
だが、理不尽な「死」は、そんなささやかな幸福を唐突に消し去ってしまう。この小説には、不意にそんな「死」に直面してしまった人の苦しみ、いなくなってしまった人の心残りと、残された者の喪失感を同時に救済するような力があると思う。こんな難解で重いテーマを、同時代に生きる同世代の作家が真っ向から書き上げたことを、オレは少しの嫉妬ともに嬉しく思った。

自分は、もともとスピリチュアルとかオーラとか、その手の類は信じないタイプの人間だ。だが、肉体とか精神とか、現世とかあの世とか、そういう次元とは別の領域において、いなくなってしまった人と残された者とが傷を癒し合うことが、あるいは可能なのかも知れないと思うようになった。そう思わせてしまうパワーがこの小説にはある。
確実に言えること。たとえ人は一人になっても独りではないのだ。だからオレたちは、どんなに孤独に苛まれようとも前に進んでいける。

秋が来る前にこの小説と出会えて本当によかった。ありがとう、よしもとばなな。
オレはいなくなってしまった“あの人”のおかげで、こうしてここにいるのだと思う。そうであるのなら、残されたオレは、“あの人”の志を継いで真摯に生きていくだけだ。このクソッタレの世界の中で。

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コメント

はじめまして、Hagaさんと共感することが多く、うんうんとうなずきながらいつも拝読しています。5月2日以来、確実に何かが変わったなと実感している者のひとりです。

「彼女について」、最近大切な人をなくした友人へ、応援の気持ちを込めて贈りました。素敵な書評、どうもありがとうございました。

PS ソロ時代の清志郎を追っかけていなかったので(ドク梅のDangerが最後でした)、ソロのCDを少しずつ買って追体験しています。今日はRuffy Tuffyが届きました。全曲凄い。

投稿: hanakatsu | 2009年9月30日 (水) 14時29分

◆hanakatsuさん
はじめまして。コメントをいただきありがとうございます。
実は、よしもとばななさんは僕が今住んでいる町で少女時代を過ごしたらしく、住まいのすぐ近くには彼女がかつてバイトしていた本屋さんがあったりしました。そんなわけで、比較的親近感のある人ではあったのですが、これほどの境地に達しているとは思いませんでした。

今年の春に出版された村上春樹さんの「1Q84」も、肉体や精神の枠を超えて人と人とが共鳴し合う話で、ある意味「彼女について」と似た世界観を描いていると感じています。
今年は何かにつけて喪失感を強く感じる出来事が頻発していますね。この時代に、奇しくも2人の作家が似たような世界観を提示してきたということは、僕には偶然とは思えない巡り会わせを感じます。

投稿: Y.HAGA | 2009年10月 1日 (木) 07時57分

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