【映画】 ディア・ドクター
昨年、『ゆれる』で個人的に衝撃を受けた西川美和監督の最新作。
オレ、この映画を田舎の映画館で観たんだ。出張合間の平日昼間。なのに、映画館にはけっこうな観客が集まっていて驚いた。でも、映画が終わってロビーにぞろぞろ出てきた人たちは、みな一様に困惑した表情だったんだよね。この映画に関しては、へき地医療や高齢化社会に対する医者の役割に切り込んだ社会派映画なんてことを書いた評論がいくつかあった。たぶんこの町の観客たちも、その記事を鵜呑みにして映画館に足を運んだんだろう。
でも、これはそんな社会派ナントカとは全然違う映画だと思うんだ。
はっきり言うと、テーマは『ゆれる』とほとんど同じ。あの映画は、一人の女を死なせてしまったことをきっかけに、兄と弟がそれまで隠していた本心を曝け出すというストーリーだったけど、今度はニセ医者と彼を信じた村人たちとの間で同様のテーマが描かれている。
西川美和という女性監督が一貫して描いているのは、この複雑で奇怪な世界では、人はみな何者かになりすまして生きてかざるを得ないのではないかという、ぞっとするような問いかけだ。普段は隠していた真の姿が、些細な事件をきっかけに不気味な姿を曝け出す。その瞬間の“ゆれる”心理を手を変え品を変え、描いているんだと思う。
ニセ医者を演じたのは、なんとあの笑福亭鶴瓶。このキャスティングは大成功だと思ったなあ。彼の人の良さそうな、だけど本心からは笑っていないような瞳の奥の鈍い光は、なりすまして生きていることの不安感と、そうせざるを得なかったあきらめとを見事に映し出していた。
脇を固める研修医の瑛太と、看護婦の余貴美子も旬脱。どの役者も、抑制された中に感情の襞が見えるような繊細な演技をしていて素晴らしかった。
恐らく、西川監督はアメリカン・ニューシネマやハードボイルド小説の技法に強く影響を受けているんだと思う。ベタベタした感情表現を極力抑え、淡々と風景が切り替わるようなカメラワークで人間の感情の“ゆれ”を表していくやり方は、所々でくすりと笑わされつつも、観る者の気持ちをざわざわと揺さぶっていく。
オレ、西川監督の独特のタッチ、好きなんだよねえ…。この世界に没入できるかどうかは、何かを装ったり、何かになったつもりにならなければ生きていけないことに、どれだけクールでいられるかに関わってくると思う。
実際オレも、よき家庭人の顔をしたり、2人の子の父親だったり、社会の中堅を支える仕事人だったり、こうしてしょうもない事書いてるブログの管理人だったりと、世間にはいろんな顔を見せて生きている。だけど、それってどんだけほんとのオレなんだよ?って思っちゃうんだよな、時々(苦笑)。
この監督は、そういう痒いカサブタをいきなりべろっ!と剥いちゃうんだ。それがたまんねえ。うーん、オレは心理的にMなのかもしれない…(笑)。
映画を観終わって思ったんだけど、実はこの村の人たちは、自分たちがだまされていたと知っても、あまり怒っていなかったのではないだろうか。医者の免許も資格も持っていない。だけど、周囲からの期待と信頼は並みの医者以上。患者の意向で処方箋が決まれば、結果はどうあれ患者と家族は満足。それで何も問題なかったんだから…。
結局、自分が思い込んでる“自己”なんてものは、他人の見るそれとは差があるに決まってるのだ。それとどう折り合いを付けていくかが、その人なりの人生ってものなんじゃないだろうか。こんなこと、あんまり真剣に考えてると神経症になっちゃいそうだけどね…(笑)。
そういう意味では、この映画で一番かわいそうだったのは、井川遥演じた女医さんだったかもしれない。オレが井川遥女子のファンなんで、なおさらそう感じたのかもしれないけど(苦笑)。実際、この映画での井川遥は一時期よりだいぶスリムになって清楚な色香が漂い、超絶的に美しかった。
彼女の母は胃を重く患っているのだが、娘に心配かけたくないからと、その事実を娘にひた隠しにしてしまう。それは、無医村を出て遠いところで医者になった娘に診てもらったら、自分も娘も村人の恨みを買ってしまうと考えてのことなのだが、一番近いところにいるのに屈折した関係にならざるを得ないなんて…。悲しすぎるよなあ…。
最後の最後にも、ちょっとしたどんでん返しがあるのだが、それはほっとする反面、やっぱり女医さんの立場だとは、素直に喜べないと思う。うーむ…。
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