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2009年9月20日 (日)

忌野清志郎 Rock'n Roll Radio Show!(2009.9.20 O.A)

ありがとう、CHABO。
ありがとう、克也さん。

この番組の情報がリリースされ、オレは楽しみな反面、ちょっと聴くのが辛いようなところもあり、複雑な気分で放送日を待っていたんだ。
でも、聴いてよかった。ほんとに聴いてよかったと思う。よくぞここまで話してくれました、CHABO。
そして、CHABOがここまで話せたのは、番組の進行役が小林克也さんであったことが大きかったのではないかと思う。克也さん、ほんとうにありがとう。

実は、克也さんが忌野清志郎の追悼番組をやったのは、今回が初めてではない。J-WAVEで土曜の深夜にやってる「DJ KOBY'S RADIO SHOW」ってのがあるんだけど、ここで克也さんは、6月に「忌野清志郎が愛した音楽たち」というテーマで清志郎が影響を受けたりカバーしたりしたミュージシャンを特集した。ジョン・レノンのイマジンにはじまって、サム&デイヴとかウィルソン・ピケットとか、ヴェンチャーズとかモンキーズなんかがかかったと記憶している。
オレ、これを聴いていて“ああ、こういう追悼の仕方もアリだなあ…”って思ったんだ。誰もが知っているとおり、克也さんは洋楽に詳しいDJ。この番組も基本は洋楽中心の選曲なんだけど、その枠の中で、克也さんは克也さんらしいマナーで清志郎に哀悼の意を表したと思ったのである。
番組の終わりが近づき、清志郎が最も敬愛していたソウルマン、オーティス・レディングの I've Been Loving You Too Longがかかった。そうか、最後はやっぱりコレだよな…。そう思っていたら、最後の最後になんと克也さんは1曲だけRCサクセションの曲をかけた。克也さんが選んだのは「ヒッピーに捧ぐ」…。これは沁みた。とてもとても沁みたんだ。泣いちゃったよ、オレ…。

あの日の放送をCHABOが聴いていたかどうかはわからない。だけど、克也さんは魂のこもっていない仕事は決してしない人であり、この特番にも誠意を持って関わっているのは、CHABOにも伝わっていたんだと思う。
実際、小林克也さんは並々ならぬ気持ちでこの番組のパーソナリティーを務めていたとオレは感じた。それは、清志郎が最後に残した「Oh! RADIO」にこめられたメッセージをきちんと受け止めたからなんじゃないかとオレは思う。奇しくも清志郎が残した最後のメッセージは、自分もずっとこだわり続けてきたラジオへの賛歌だった…。そこにきてこの番組の仕事。克也さんは何か運命的なものを感じていたのではないだろうか?
もしかしたら、克也さん自身が癌からの生還者だということもあったのかもしれない(克也さんは3年前に初期の胃癌と診断されて胃の摘出手術を受けている)。

番組でCHABOが登場してきたのは番組中盤の30分ぐらいだったけれど、その内容はとても濃かった。それは、CHABOに克也さんへの信頼があったからだと思う。
2人は、気持ちを抑えながら一言一言、言葉を紡ぐように語っていた。それはCHABOにとって辛いことだったには違いないが、なんとなく“癒し”にもなっていたんじゃないかな…。オレはそう思いたい。

心に残った言葉はいくつもあるんだけど、やっぱり、西海岸のシンガー・ソング・ライター、故ウォーレン・ジボンの件は胸に刺さった。
ウォーレン・ジボンが亡くなり、その後に未発表音源を集めたCDが出たらしいのだが、そのライナーノーツは彼の息子が書いていたという。その中で彼は、亡くなってから本当に父のことを誠意を持って扱ってくれている人と、そうじゃないタッチで近づいてくる人とがいるのを感じたというのだ。そして、自分はそれを見極めなければならない責任を感じていると…。
それに続けてCHABOは、清志郎が亡くなってから本当に彼が喜んだかどうか疑問を感じてしまうような企画もいくつかあったと話したのだ(それは“少ない”とは言っていたが)。
具体的にそれが“何だったか”を詮索するようなことは今さらしたくない。まして、それが例えばオレがはっきりと“拒絶”しているものと同じかどうかもわからない。ただ、CHABOやおおくぼさんが眉をしかめてしまったような、安っぽい企画があったということは厳然たる事実なのだ。その事実自体にオレは胸が痛くなってしまう。

もちろん、CHABOは清志郎が“みんなのもの”となり、これからはみんなが思い描く清志郎のイメージが語り継がれていくであろうこともわかっている。わかってはいるんだけど、CHABOの知る素顔の栗原清志と重ね合わせると、商業ベースに乗る“忌野清志郎”が、どうしても納得のいかない時もあるんだろう。身近にいた者であるが故の苦悩なんだろうけど、CHABOは一生かけてでもそれと付き合っていく覚悟なんだろうな、と思った。

番組でかかった、フジロックでの「いいことばかりはありゃしない」には度肝を抜かれた。魂がこもった演奏とはこういうことを言うのだろう。伸ちゃんの歌が終わった後のCHABOのギターなんか神がかってるとしか思えない。これも覚悟の現れ、って言ったら考えすぎだろうか?

この放送を聴いて、オレも肝が据わった。
トータス松本の“これから清志郎さんの新しい曲が聴けないのは残念だけど、それを言ったら、もうみんなの前で歌えなくなった清志郎さんの方が、何百倍も残念に違いないんだから…”っていう言葉にもはっとした。そうだよな、そのとおりだよな、トータス…。
オレたちは、これから“清志郎のいない世界”を生きていかなければならない。それはもう、どうしようもない事実なのだ。だけど、オレにとって清志郎の歌はずっとずっと必要なもの。清志郎の曲を聴きながら歳を重ねていく。いつしか自分が清志郎の亡くなった歳を超えようとも…。
この番組を聴いて、その覚悟ができたような気がする。

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忌野清志郎」カテゴリの記事

コメント

CHABOさんの言葉は、重かったなあと思います。
まだ、「電話かかってこないかなあ」と思っているくらいなのに、追悼イベントなどが、次々行われて・・・。
CHABOさんの奥さん・おおくぼさんといっぱい話し合った、って言ってましたよね。写真を選んだりする仕事が入ってきたりとかって。辛いし、本当に清志郎さんにとってどうするのがベストなのか、考えちゃいますよね。そういうことを、正直にラジオでCHABOさんが話したことは重要だと思います。

ゴッホは、生前、一枚しか絵が売れなかったのだけど、今では知らない人はいませんよね。なんか、アーティストの残した作品は、本人のあずかり知らないようなことになっていくものなのだなあ・・・そんなことを思ったりしました。

投稿: かすみ | 2009年9月21日 (月) 19時22分

番組はききませんでしたが、昨日はあるカフェで

宝島82年8月号のキヨシロー&チャボのインタビューを

読みました。懐かしかった、そして覚えていた。

「ロックはR&Bからきてる。悪いけど」って・・・

その年の夏、道路工事のバイトでテレキャスターを買ったんだな

~。できることなら、あのとてつもなくワクワクしてた時代に

戻りたいです。


投稿: 大内ONCHI真一 | 2009年9月22日 (火) 05時35分

しばらくです。俺も聴きましたよ。チャボが出てからの30分は正座して聴いちゃいました。克也さんも言葉を選びながら、チャボの想いを引きだそうとしてましたね。ジボンの件は、俺もたまりませんでした。大手の企画だけじゃなく、ファンもそうだよね。完全復活祭は別にして、清志郎のライブにしろ、レコードにしろ、決して売れてたわけじゃないですよね。でも、この騒ぎよう…これをきっかけに、清志郎のファンになった人もいるなら、それは悪いことじゃないけどね…

チャボの「僕が君を知ってる」…行けない予定でしたが、奇跡的に日程が開いちゃいました。一般発売は、かなりの倍率になりそうですが、チケット取れたら行きますね。HAGAさんとの再会を楽しみにっ!

投稿: RE2O | 2009年9月22日 (火) 07時50分

◆かすみさん
>アーティストの残した作品は、本人のあずかり知らないようなことになっていくものなのだなあ・・・そんなことを思ったりしました

そうですねえ…。“みんなの清志郎”である以上、それもある程度はしょうがないことなのだとは思います。でも、故人に対する敬意と企画サイドの誠意は絶対必要ですよね。“見極め”はファンにとっても必要な視点なんじゃないでしょうか?
どんなに魅力的に見えても、それが愛のないものなら、持ってても後ろめたくなっちゃうんじゃない?CHABOに対しても、天国の清志郎に対してもね…。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月22日 (火) 09時04分

◆大内ONCHI真一さん
>できることなら、あのとてつもなくワクワクしてた時代に
戻りたいです。

この閉塞感たっぷりの時代に僕らの時代のヒーローが次々に亡くなっていくのは辛いですよね。いてくれるだけで、共に時代を生きているという感覚を持てるだけで励まされるってこともあるのに…。
でも、後ろを向かずに、お互いぼちぼち行きましょうや…。生きてさえいればそのうちいいこともあるかな、って思ってます、オレは。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月22日 (火) 09時08分

◆RE2Oさん
>清志郎のライブにしろ、レコードにしろ、決して売れてたわけじゃないですよね。でも、この騒ぎよう…

ほんとにねえ。青山R&Rショーにしたって、生きてるうちにあれだけ人が集まれば東京ドームでライブ出来たのにね(苦笑)。
でも、ラジオでもそんな人がいましたけど、これをきっかけにファンになった人がいるんだったらそれはそれでいいのかな、って僕も思います。清志郎の作った曲は時代に左右されない力があると思うしね。

「僕が君を知ってる」、かなりの高倍率でしょうが是非いらしてください!久しぶりの再会を楽しみにしています。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月22日 (火) 09時18分

CHABOは、CDではなく、5.9に行われた事...
その事自体を言ってるのかなぁと、この番組を聴いていて
思ってしまいました。(あくまでも憶測ですが)
あの日CHABOは、どんな思いで過ごしたのだろう...
あの日、あの場所にCHABOの姿はありませんでした
理由が何だったのか...
まぁこちらが勝手に決め付けるのは良くないですから
これくらいにして...
いくつかの出演を断ったと、何かに書いてありましたし
ほんとのところは、CHABOのみぞ知るですね
CDはまだ買っていません 今後買うかどうかもわかりません
でも、5.9には参列したんですよ
いろいろ考えさせられます

投稿: hiro | 2009年9月22日 (火) 15時31分

小林克也さん。 毎週日曜日 BAY‐FM で「ビートルズから始まる。」って番組、もう10年続けているんです。 10年も続けば、そりゃネタも切れるけど、でもちょっと視点を変えたりして、いろいろ工夫してビートルズ周辺の音楽の素晴らしさ伝えてくれています。 
そんな小林克也さんに、全国ネットの清志郎追悼プログラムのDJを担当してくれたのは、ありがたかったです。

CHABOの言葉。 言葉がしみてコメント難しいです。 

 
 

投稿: サッカー野郎KOB | 2009年9月22日 (火) 18時45分

◆hiroさん
僕は「青山R&Rショー・サントラ」はずっと買わないと思います。いまだにCDショップでは避けて通ってるぐらい(笑)。でも、あれが世に出て嬉しい人もいるわけですから、それはそれでいいのかな…。結局、清志郎に対しての想いは人それぞれ、許容できる範囲も人それぞれってことなんでしょうね。

でも、CHABOは明らかに何かに対して疑念を感じたわけです。ラジオではオブラートに包んだ言い方をしていましたが、明らかに悲しんだんだと思いますよ。大人の事情がどうであれ、CHABOにそんな思いをさせるようなことはして欲しくないと僕は思います。傷口に塩を塗りこむようなもんでしょ、それは。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月22日 (火) 19時44分

◆サッカー野郎KOBさん
「ビートルズから始まる。」、知らなかったなあ…。
小林克也さんは、洋楽を身近なものとしてお茶の間に届けたっていう意味でとても大きな仕事をした人だと思います。

今、洋楽って80年代と比べてもちょっと遠くなっちゃったような気がするんですよ。当時はビルボードの年間N0.1になるような曲だったら、好き嫌いに関わらず誰でも知ってたでしょ?俺、今全然だもん、そういうの(苦笑)。ビヨンセやマライア・キャリーみたいな超有名人の曲すら知らない…。そういうのをうまくフォローした地上波の番組、やってくんないかなあ。けっこう需要あると思うんだけど。

この番組をきっかけに小林克也さんのHPを見つけ、最近時々覗いてるんですけど、新しいバンドやミュージシャンにも敏感だし、相変わらず瑞々しい感性を持ち続けていることに感心してしまいました。克也さんがそういう番組のナビゲーターだったら言うことないのになあ…。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月22日 (火) 19時57分

以前、清志郎は「曲って発表した時点で一人歩きを始めるもんだ」と言っていたのが、印象深いです。
その曲の捉え方は作者には計り知れない、って意味なんでしょうね。
それにしても、今回のいくつかに関しては、いかんせんアカラサマですよね。

だけどCHABOも言ってたが、清志郎はきっと笑うと思います。
「そんなのわかっていたよ」って達観しているんだろうな。

CHABOが振絞るように言っていたのが、印象深い。
今の時点で一番言いたかったし、言うべき言葉だったんだろうな。

だけどラジオを聴きながらいまだに、こみ上げて来てしまう自分がいるんだよなあ。特にリスナーからのコメントは人によってかなり涙腺に来てしまいます。


投稿: びおら | 2009年9月23日 (水) 00時25分

◆びおらさん
>以前、清志郎は「曲って発表した時点で一人歩きを始めるもんだ」と言っていたのが、印象深いです。

そうですね。「誰も知らない」じゃないけど、清志郎は歌の真意は作った自分にしかわからない。だから、作ったことには責任があるけど、世に出た後はみんなのもの、好きにしていいぐらいの気持ちだったように思います。

葬儀=ロックンロール・ショーみたいになるのも、予測してたかもしれませんね、清志郎は。やっぱりな…みたいに雲の上で笑ってるかも…。
それでもCHABOが、あえて今ああいうことを言ったって事を自分は重く受け取りました。だって、CHABOだって清志郎以上にこんな風になることは予測できていたはずですから。
もしかしたら、CHABOは自分がその“見極め”をしていかなければならないと思っちゃってるのかなあ、なんてこともちょっと思いました。

やっぱり重かったですね、CHABOの言葉は…。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月23日 (水) 08時53分

清志郎が居なくなってしまったことに気付かぬふりをしてたくて、迷った挙句、個展にも行けなかったずるくて弱い俺ですが。

このラジオも、Y.HAGAさんがおっしゃるように聴きたいような聴きたくないようなだったのですが。

環境的に放送を聴けなかった俺も、あるブロガーさんのご好意で昨夜、聴きました。
言葉を選びながらも今現在の本心をチャボ本人の肉声で聴けてよかった。
最後、やっぱり泣いちゃったけど・・・。

投稿: LA MOSCA | 2009年9月23日 (水) 20時04分

◆LA MOSCAさん
>今現在の本心をチャボ本人の肉声で聴けてよかった。

そうですねー。やっぱ活字で読むのと肉声とでは全然違いましたね。清志郎の“声”について嬉しそうに語ったかと思えば、涙声で話しているような部分もあったり…。やっぱりCHABOの言葉は重かったです。一言一言を噛み締めるように聞きました。

最後の…。清志郎に感想を聞いてみたいっていうCHABOの一言には…泣けましたね…。
オレ、放送が終わっても気持ちが高ぶってなかなか寝付けませんでした。

投稿: Y.HAGA | 2009年9月23日 (水) 21時50分

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