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2009年10月

2009年10月28日 (水)

blues.the-butcher-590213 + ムッシュかまやつ アルバム"Rockin' With Monsieur"リリース記念ライヴ / 10月28日(水)横浜サムズアップ

10/28 wed blues.the-butcher-590213 + ムッシュかまやつ
アルバム"Rockin' With Monsieur"リリース記念ライヴ!!
【出演】ムッシュかまやつ blues.the-butcher-590213(永井ホトケ隆(vo,g)/沼澤 尚(dr)/中條 卓(b)/KOTEZ(hp,vo))

平日の夜に東京から横浜までライブを観にいくのはけっこうキツイ。特にサムズアップは8時頃からライブが始まることが多いので、帰りは終電ギリギリになってしまうこともしばしばだ。だけど、多少無理してでもこの夜のライブは絶対に観ておきたかったのだ。
ブルーズ・ザ・ブッチャーとムッシュかまやつの合体。これは大げさでなく、日本ポップス界の歴史に残るような出来事と言ってもいいのではないかと思う。言い方を換えれば、これは日本ポップス界の生き字引と現在最高の和製ブルーズバンドとの融合に他ならないと思うからだ。

この日サムズアップに集まった観客も、これが貴重なライブの場であることをよくわかっていた。客席には老若男女幅広い人種の音楽ファンが集まっていて、中には業界人っぽい人や、かまやつさんの後に続こうとしているバンドボーイと思われる若者の姿もあった。
客席は当然のごとく最初から大変な盛り上がり。後半には、ステージの煽りも何にもないのに、いても立ってもいられないという感じで自然発生的に椅子から立ち上がる人が続出。オレも気が付いたら立って踊り出していた。
考えてみると、ブルーズ・ザ・ブッチャー、何も特別な曲なんかやってないのだ。演奏されたのは9月に出たブルーズ・ザ・ブッチャー+ムッシュかまやつ名義のアルバム「Rockin' with Monsieur」からの曲を中心とした、ブルーズのスタンダードばかり。なのに、あまりにもツボにはまりすぎるカッコいい演奏に、観客は完全に心を奪われてしまっていた。

正直に言うと、ステージを見るまでオレはこの合体に若干の不安もあった。それは、音楽的にムッシュと永井ホトケ隆とでは若干の違いがあるから。永井さんはデビュー当時から一貫してシカゴブルース・スタイルのバンドサウンドにこだわってきた人。一方のムッシュはブルースのもう一つ先、ローリング・ストーンズやスモール・フェイセズに代表されるような、ブルースの影響を受けつつ独自のビートを生み出したブリティッシュ・ロックにルーツがある。まあ、元を辿れば行き着くところは同じかもしれないが、一緒に音を出す時、この微妙な差異がうまく埋められるものなのか…。

いやあ~まったくの杞憂だった!
ブルース・ザ・ブッチャーの演奏は1週間前に観たJIROKICHIワンマンの時よりさらに迫力を増し、ムッシュは歌にギターに、水を得た魚のように瑞々しいプレイを見せてくれた。今にして思うんだけど、これはお互いがお互いの得意とする領域に少しずつ歩み寄ったからこそ成功したんではないかなあ?
たとえばオープニング。なんだったと思う?ムッシュのボーカルでリトル・リチャードの「Be-Bop-A-Lula」!これだけでも、わかる人は“あーなるほど”と思うんじゃない?これ、もちろん永井さんのキャパシティー内には十分入る曲だとは思うが、ムッシュがいなかったら多分やらない曲だろう。コテコテのブルースではないし、実はR&Rの範疇から見ても鋭いハネっぷりがちょっと異端。こういうちょっとはみ出したヤツを、バンドはミクスチャー感覚満点で演奏してくれた。

ムッシュは黒いニット帽に“Rock Me Baby”と書かれた黒いTシャツを着込み、足元はブラックジーンズに鮮やかなグリーンのレザースニーカーといういでたち。ポップなんだよねえ、これが。時代時代で最先端の文化人と関わってきたムッシュの、ただ者ではないセンスの良さを感じてしまった。

2曲目はルーファス・トーマスの「Walking The Dog」。KOTEZは何かに取り付かれたかのようにブルース・ハープを吹きまくり、ホトケのギターもドライブ感満点。早くもバンドはアドレナリンが沸騰した感じだった。沼澤さんの極上のドラムもアクセルを開けたり締めたりしながらバンド全体を自由に牽引していく。アドリブパートは基本的にはホトケとKOTEZの絡みなのだが、ムッシュもギターを積極的に弾きまくって果敢に切りこんでいた。
序盤2曲でこの夜の方向性はほとんど決まったようなものだ。かつてストーンズが自らのルーツであるブルースをカバーしたように、ブリティッシュ・ロックのテイストを匂わせたブルースやR&Rが次々に飛び出す。この手のロックは、日本人のロックファンならみんな大好物(笑)。盛り上がらないわけがない。観客の熱気がぐんぐんヒートアップしていった。
ノリノリで見ていたせいか、前半はあっという間。ジョン・リー・フッカーの「Boom Boom」や、B.B. キングの「Rock Me Baby」など、大好きな曲が次々に飛び出す濃厚な1時間だった。

休憩を挟んで第2部のオープニングは、なんと「Satisfaction」!これがぐっとテンポを落とした重厚なアレンジでえらくカッコいい。ボーカルはもちろんムッシュ。2部からはThe WHOのロゴが入った長袖Tシャツに衣装換えしていた。うー、なんてファンキーな爺さんなんだ!(笑)
その後はホトケさんとボーカルを交代し合い、時々赤ワインを口にしながらのステージング。曲によってはギターを肩から外して、スパイダーズ時代によくやっていた両手をひらひらさせるパッパラパー踊り(オレが勝手にネーミングしてます(笑))も披露し、観客から大喝采を浴びていた。

オレが思うブルーズ・ザ・ブッチャーの真骨頂は、曲がブレイクに入った時のインプロビゼーション・プレイだと思う。インプロと言っても、ジャズじゃないんだから、ある程度の決まりごとはあるのかもしれない。それでもその自由度は相当なもの。はっきり言って、ブルースがワン・コードや3コードで展開する単純な曲だなんて思っている人は、このバンドのライブを観たらひっくり返って驚くだろう。
永井さんはかつて、“ブルーズで最も大事なことはリズムがグルーブしているかどうかってこと”って言っていたけど、ほんとそのとおり。このバンドには、少ないコードの中でどんどんグルーブの渦を大きくできる魔法がある。で、いったんその中に入っちゃうと、これが物凄く気持ちいいのだ
オレは、この魔法の最大の使い手がドラムの沼澤尚だと思う。シンプルでありながら音色も音圧もタイム感も、“これっきゃない”と思えるほどジャストできまる気持ちよさ。それを感情の赴くままに微妙にずらしていって、知らず知らずのうちに発熱するかのようなドライブ感を生み出したりする。

それにしてもムッシュ、ほんとに元気だ。これが70歳の声とギターだとはとても思えない。燻し銀と言っては失礼かと思えるほどに若々しくてパワフルなプレイぶりだった。
かまやつひろしと言えば、60年代から日本の芸能界の第一線で活躍し、ウェスタンから歌謡曲にいたるまでありとあらゆるジャンルに携わってきた音楽業界の重鎮だ。何よりも、洋楽と言えば50年代の甘いポップスばかりだった時代に、ローリング・ストーンズをはじめとする本格的なロックを日本に紹介した功績は大きい。
現在、当時の仲間は一線を退いている人がほとんどだけど、ムッシュは今だにアルバムをリリースし、時々ドラマに出たりしながら元気に芸能界を渡り歩いている。オレ、かまやつさんのそういうところが好きだ。カッコいいと思う。この人は、いわゆる“偉い人”にはなりたくないんだろうなあ。生涯一バンドマンとして現場にいたいという気持ちをずっと持ち続けているんだと思う。
そういえば、ムッシュはMCで“この歳で本格的にブルーズを始めました。とても楽しいし、目下勉強中です”なんてことも言ってたんだ。あのムッシュが“勉強”だよ。確かにこれまでコテコテのブルーズはやってこなかったかもしれないけど、“ブルースっぽいこと”はいっぱいやってきたじゃないか。それなのに、こんな謙虚なことを言うところがムッシュのムッシュたる所以。この瑞々しい感性が、いつまでもムッシュが現役ミュージシャンでいられる秘訣なんだろうなあ…。

アンコールではホトケさんの誕生日を祝って、Leyonaもケーキを持ってステージに上がる。彼女、ほとんどブルーズ・ザ・ブッチャーの追っかけと化してます(笑)。
ストーンズもカバーした「Route 66」や大スタンダード「Hoochie Coochie Man」、スペンサー・デイビス・グループの「High Time Baby」が飛び出すと、場内は最高潮!
いやあ~ほんと、ブルースの深さ、楽しさを再認識させられた。オレもしみじみ思ったもん。ブルースってこんなにも自由で踊れる音楽なんだ…。ほんと、このバンドと出会って、ブルースの魅力を再発見したような気持ちになっている。

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2009年10月24日 (土)

リクオ DVD「What's Love? Live」発売記念スペシャル・ライブ-セツナグルーヴ2009- / 10月24日(土)南青山・AYOYAMA月見ル君想フ

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10月24日(土)南青山・AYOYAMA月見ル君想フ
リクオ DVD「What's Love? Live」発売記念スペシャル・ライブ-セツナグルーヴ2009-
【サポートメンバー】寺岡信芳(ベース)/朝倉真司(パーカッション)/橋本歩(チェロ)/阿部美緒(ヴァイオリン)

断言できる。この夜はこれまで観てきたリクオのライブの中でも最高のものだった。本当に奇跡のような2時間30分。演奏はもちろんだけど、場の空気や観客のリアクションも素晴らしかった。ステージ上の5人のミュージシャンが奏でる宝石のようなグルーヴを、フロアの観客がしっかり受け取ってステージに投げ返す。観客のパッションをキャッチしたバンドはますますグルーヴを強固に…。そこには確かな共鳴があった。
まるで会場全体が音の波間に漂うようで、僕らはそこで泳ぐ魚だった。本当に気持ち良かった。オレはきっとこの夜のことをずっと忘れないだろう。

この日はちょっと会場に着くのが遅くなってしまったんだけど、無理してでも早く来ればよかったとちょっと後悔する。それは、開演前に流れていたBGMが個人的にとてもツボだったからだ(笑)。邦楽、それもポップスから歌謡曲までジャンルを問わず集められたグルーヴィーなナンバーの数々。恐らくリクオがセレクトしたんだろうけど、これはまるでパーティー会場のような煌びやかさを演出。いやあ~どうせなら最初から聞きたかったよ。
ちなみにオレが着いてからは、南桂孝やクレイジーケンバンド、それに小泉今日子なんかがかかってたかな。RCサクセションの「すべてはAlright」なんかも…。

会場入りが遅くなっちゃったから、オレはこの夜は階段の途中に立って観ようかと思っていたのだが、前方に陣取っていたいつもの仲間たちと目が合い、促されてフロアに降りる。これが前から3列目のほぼ中央。もう、最高のポジションだった。しかもこのBGMでしょ。この時点でオレ、完全にスイッチ入っちゃいました(笑)。普段はそんなに前でライブを見ることにこだわってはいないけど、この日はここで観て本当によかった。いやあ~仲間たちに感謝だよ、ほんと。

懐かしいチャールズ・ブロンソンの「男の世界」がかかると、まずはリクオと寺さん、朝ちゃんのトリオが登場。
最初からフロアはビンビンに盛り上がった。今日のお客さん、素晴らしい!みんな曲のツボを知っていて、バンドの放つグルーヴに乗っかりたくてうずうずしている。それが一気に弾けた感じだった。
「マウンテンバイク」なんてサビのコーラスが自然発生的に起き、キメの「ヒュー!」もバッチリ。これでリクオがのらないわけない。ピアノは転がりまくり、歌のキレも抜群!
照明も素晴らしかった。序盤から早くもリクオの大好きな(笑)ミラーボールが回り、曲の起伏に併せて何本もの光線がフロアに放たれる。これが曲に合っていて本当に素敵だった。もう、ビートに酔ぱらってしまったよ、オレは(笑)。ナチュラル・ハイってのはこんな気分を言うのだろう。

サポートの4人の演奏もリクオに負けないくらい素晴らしかった。生ピアノとエレクトリックベース、パーカッション、それにバイオリンとチェロという組み合わせは、ほとんどオーケストラと言っても過言ではないぐらい、底なしの表現力がある。
それだけではない。4人はただ音をうねらせてるわけじゃなくて、リクオの歌に共鳴してグルーヴが複雑に形を変えていくのだ。4人が4人とも本当によくリクオの歌世界をわかっていて、そこに身も心も委ねているからこそ産み出される波動なんじゃないかな。本当に素晴らしかった!
中盤に演奏された「はかめき」を聴いていて、オレはなんだかふいにこみ上げてくるものを感じ、涙が出そうになるのを必死で堪えた。リクオがセツナ・グルーヴと言い続けて来た音世界が、とうとうここまで具現化できたんだなと思うと、なんかもう堪らなくなっちゃって…。

この日はバンドの生み出す圧倒的なグルーヴを堪能したのはもちろんだけど、彼の“うた”も凄く胸に響いたんだよなあ…。リクオの歌の中の“言葉”にいつも以上に胸を焦がされた。新曲もいくつか演奏されたが、そのどれもが胸に沁みた。今年は悲しいことが色々起きたからかもしれないけれど、自分と同世代のミュージシャンが、こんなにも素晴らしい歌を歌い続けているという、その事実に感動してしまう。
ボブ・ディランの歌と同じタイトルの付いた「くよくよすんなよ」では、堪え切れずに涙をこぼしてしまった。本当に本当に、ものすごく気持ちを揺さぶられたんだ…。

オレ、最近は思う。大人になるといろんなものを失ってしまうって言うけどさ、実はそうではないんじゃないかと。逆だよな?むしろ。
守らなければならないものや、付き合っていく人たち、それに責任や立場、背負わなければならないものや関わっていかなければならない人たち…。大人になるといろんな物事が増えていく。たとえ何かを失ったって、今度は“喪失感”というやっかいなモノが胸の中にいつまでもぽっかり居座ったりする…。言い方を変えると、様々な矛盾や憂鬱の澱が積もっていくことこそが人生なんじゃないかと思ったりもするのだ。
オレら元ロック少年は、そんな様々な矛盾やわだかまり、幾つもの悲しみを抱えて今も走り続けているのだ。そういう複雑な気持ちをリクオはすごく正直に歌っていると思う。
いろんな矛盾や憂鬱は、いつか霧が晴れるみたいに辻褄が合い、僕らはやがて解き放たれる…。あえて言うが、そんなことはもはやありえないのだ。40年も生きてりゃわかるよ、そんなこと。人生なんて矛盾だらけ。だったらみんなに迷惑かけて、みんなに迷惑かけられながら生き延びようじゃないか。
オレらが美しく生きるには、さまざまな憂鬱とうまく付き合いながら、瞬間瞬間の喜びに心を解放していくしかないのだ。そんな生き方をリクオはさり気なく歌っているんだと思う。

オレにとって、リクオを観るのは8月29日にあったイベント以来だけど、その時と比べても何かが変わったような気がすごくした。なんか器が一回りでかくなったような感じ。
音楽仲間に聞いたところによると、毎年リクオが企画に関わって9月に開催される「海さくらコンサート」が、今年はどの年よりも素晴らしかったそうだ(残念ながら今年は行けなかった…畜生!)。来年発売されるというカバーアルバムも満足のいく出来栄えだと自信満々で語っていたし、今のリクオは大きな仕事をこなしてきて、また新たな高みに到達しようとしているんではないだろうか。

ライブ終了後、DVDを買ってリクオにサインをもらい、この素晴らしい夜を過ごせたことに感謝してがっちり握手を交わした。リクオ、いい顔してたなあ…。メガネの奥の瞳はこれまで見たことがないぐらいに澄んでいた。

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2009年10月20日 (火)

blues.the-butcher-590213 / 10月20日(火)高円寺・JIROKICHI

10月20日(火) blues.the-butcher-590213
永井ホトケ隆(vo,g) 沼澤尚(dr) KOTEZ(vo,harp) 中條卓(b)

ブルース・ザ・ブッチャーというバンドは、今現在、世界的に見ても最も新しいブルースをプレイしているバンドの一つなのではないかと思う。
取り上げる曲はブルースの定番ばかり。バンドの編成もドラムにベース、ギターにハープ、それとボーカルといういたってオーソドックスなもの。なのに、彼らの奏でるブルースは確実に新しい。ライブに足を運ぶたび“ああ、ブルースってのはこんなにもドライブ感のある音楽だったのか…。”と、新たな刺激を受けてしまう。

自分は、高校生の時にローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリン経由でブルースという音楽を知った。以来、ロックやR&B同様、20年以上もブルースを聴き続けているけれど、ブルース・ザ・ブッチャーというバンドに出会って、ブルースに関してはいつの頃からか自分の耳がパターン化していたことに気付かされてしまった。いや、パターン化したというより、ブルースをわかったつもりで“こんなもんだろう”と知らず知らずのうちに、決め付けていたと言ったほうがいいかもしれない。
シカゴブルース・スタイルの場合、定番コードを使ったコテコテのブルースでも、シャッフル・ビートで前のめりにプレイしたり、黒人のパワフルなドラムを入れてファンク・テイストでプレイすれば、とりあえず前にどんどん転がっていく。そこに最新型のエフェクターを噛ませて音色を変えでもしようなら、斬新な響きをなんとなく感じるようにもなるのだ。それだけで満足していたんだよな、オレは。それは確かに50年代に録音された音源にはない躍動感が感じられるものではあるからね…。

でも、そこで止まっていたことも事実なのだ。それはオレだけじゃない。ひょっとしたらプレイヤーの方だって、そこ止まりの人はけっこう多いんじゃないだろうか。
ブルースみたいな様式のしっかりした音楽の怖いところは、フォームを忠実になぞればそれでOK。怖いものなしだと思い込みがちなところだと思う。つまり、様式自体が既に洗練されたものなんだから、それをに忠実にプレイするだけでも、音楽的には十分深化するのだという論理だ。これだと、そもそも50年代には状態のいい音源が残ってないんだから、21世紀の今現在、バンドスタイルできちんと演奏されているものが聴けるだけでもありがたいことなんだという図式が出来上がってしまう。

ブルース・ザ・ブッチャーを初めて見たとき、このバンドにはその図式が全く通用しないと思った。このバンドの目指しているのは、50年代ブルースの再現では断じてない。ブルースの基盤はそのままに、もっと新しい刺激を求めて未来へ転がろうとしている。少なくとも、こんなにグルーヴィーで変化自在なビートを操るブルース・バンドをオレは他に知らない。まるで金槌で頭を背後から殴られたような衝激を受けた。
何度も言うけど、ブルース・ザ・ブッチャーが演奏しているのはブルースのド定番だし、バンドの編成は超オーソドックス。なのに、出てくる音は明らかに21世紀の最新型なのだ。この奇跡のような音は、どうやってやってきたのだろう?

自分が思うに、これは永井“ホトケ”隆という日本ブルース界の重臣と、沼澤尚という日本屈指のオールラウンド・ドラマーが同じバンド内に共存しているところに秘密があると思う。
永井“ホトケ”隆は、70年代に関西ブルースシーンを引っ張ったウェストロード・ブルースバンドのギタリストだった男。いわば日本ブルース界の重臣のような存在だ。一方の沼澤尚は、大学を出た後、アメリカの音楽学校に留学し、様々なジャンルのミュージシャンと他流試合を経験して卒業後にはその学校の講師まで務めたという人物だ。バックを務めたミュージシャンも、チャカ・カーンをはじめ、吉田美奈子や岩崎宏美、角松敏生、大貫妙子、スガシカオ、椎名林檎、くるりなど、洋の東西もジャンルも、まるで関係ないかのような幅広さ。
そんな2人がブルースという様式を通じてがっぷり四つに組み合う。それが刺激的で面白い。沼澤尚という人のバックボーンはブルースだけじゃないのだ。ロックやジャズ、それにブラジル音楽など、世界中のリズムを知るカリスマドラマー。そんな彼が今あえてブルースを叩き、その奥深さに酔いしれている…。ライブを観ているとその発熱ぶりが観客にもはっきり伝わってくるのだ。

この日も沼澤さんのドラムは凄まじかった。ブルース・ザ・ブッチャーの曲はインプロビゼーション的な部分がかなりあるんだけど、そういう時、沼澤さんの千手観音のようなドラムさばきが冴えまくる。全身がビート、ビート、ビート!まるで身体がドラムと一体化したような凄まじさ。決して手数が多いわけでも、音圧がべらぼうに高いわけでもない。でも、この“圧”でこの“打点”しかありえない、そう思わずにはいられないほどジャストなドラムなのだ、沼澤さんのビートは。
しかも、この人はカッコいい!ものすごくカッコいい!(笑)。その体躯は研ぎ澄まされた筋肉に包まれ、自らの叩き出すビートに陶酔するかのように表情豊かにドラムを叩くその姿は、見る者をひきつけて離さない。
JIROKICHIのような狭い空間で、こんなにもスゴイ演奏を間近で見られるなんて、なんて幸福なことなんだ…。

この日はもう一つ大きなサプライズがあった。
この日、僕はカウンターのスツールに腰掛けて演奏を見ていたんだけど、開演直前に、女性の二人連れがすぐ横にやって来た。その女性の顔をよくよく見たら、なんとLeyonaだったのだ!ブルース・ザ・ブッチャーのライブには、何度かゲストボーカルとして参加している彼女だが、この日はゲスト参加のアナウンスはなく、あくまでも観客の1人としてJIROKICHIに来ていたのだった。
Leyonaは最近ヘアスタイルを変えたらしく、ショートで前髪を切り揃え、すいぶん印象がずいぶん違って見えた。ジーンズのショートパンツにTシャツ、腰にレザージャケットを巻いたカジュアルないでたちで、連れの女性と2人、時に声援を送りながら身体でリズムを取りノリノリでステージを観ていた。

本編最後の「モージョー・ブギ」では、ステージのホトケさんに促され、遂にステージへ。さすがにボーカルパートはホトケに譲り、自分はサビのコーラスぐらいにとどめていたが、アンコールで再び登場。
今度は最初からガツン!だ。曲は変則ビートの「ハウンドドッグ」。髪を振り乱し、激しくステップを踏みながら汗だくでシャウトするLeyonaにJIROKICHIが揺れる、揺れる、揺れる…。いやあ~こんないいモノ、こんな近くで観ていいんだろうか…。最高に得した気分の夜だった。

オレ、今、沼澤尚というドラマーの動きがとてもとても気になっている。このビートは唯一無二だし、どんどんどんどん進化していってとんでもない次元にまで到達してしまいそうな予感がするからだ。
そして、自分の中で固まりかけていたブルースという音楽を、今一度刺激的なモノにしてくれたブルース・ザ・ブッチャーというバンドにも心底惚れこんでしまっている。

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2009年10月19日 (月)

復活

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誹骨筋の炎症からやっと復活。今日は週末出勤した振替休暇が取れたので、午前中は久々にジムで汗を流した。

最後にジムに行ったのが先月の28日だから、20日間もトレーニングを休んでしまったことになる。これだけインターバルが開くと、さすがに自分の身体がどうなっているか怖かった(苦笑)。体重を量ると66キロ。意外なことに20日前より体重が1キロ減っていた。ただ、体脂肪率は2%くらいあがってるから、太りはしなかったけど筋肉が落ちちゃったってことか…(苦笑)。

今日はあまり無理をせず、筋トレメニューは40キロバーベルを担いでのスクワット、シーテッド・ローイング、ショスダー・プレス、それに腹筋3種類だけにとどめた。これで約一時間。
あとはランニングだ。実はオレは筋トレより走るほうがずっと好きだ。走り続けるために筋トレをしてるようなもんだな、こりゃ。ただ、これが問題。20日前はこれで無理をして誹骨筋を傷めてしまったのだから。
身体の隅々まで気を配り、どこかに余計な力がかかってないか注意しつつ、状態が反り返らないように腹筋を意識してゆっくりと走る。気持ちが萎えないようにipodでエアロスミスを爆音で鳴らしながら、ひたすら足を前に…。
久々にやったスクワットのせいで、太股の裏側が早くも筋肉痛になりそうな気配があったが、意外にも身体は軽く、足の違和感もほとんど感じなかった。
結局、時速9キロ、傾斜3度。これで45分間走り続ける事ができた。

とりあえずはほっとした。走っていて、またくるぶしの痛みがぶり返したらどうしようと思っていたが、これならもう大丈夫だろう。

走り終えて、ここ最近なかったほど身も心もクリアになっている自分に気が付く。やっぱり走り続けなきゃダメだとつくづく思った。
日々の暮らしは頭にも身体にもいろんなものを溜め込んでいく。自分の場合、走ることはそれを外に排出する行為なのだろう。膝の軋みと身体の芯が火照るのを感じながら、頭の中を空っぽにしてひたすら足を動かし続ける。いつの間にか時間は経っていき、大量の汗と筋肉の強張りが身体から解き放たれていく。自分がリセットされた瞬間だ。そこには多少の苦しさと痛みも伴うけど…。

若かりし頃、自分が常に傍に置いていたのは、ドクター・マーチンのブーツ、ジッポーのライター、マルボロ・ライトだった。それが今や、ランニング・シューズ、ipod nano、粉末のアミノ酸に変わっている。
それでも、オレの身体は20年前とは明らかに変わってしまった。どんなにトレーニングを積もうとも、脇腹に付いた贅肉は落ちないし、若い時より負荷をかけてさえ筋肉はなかなか付かない。

もしかしたら、オレのやっていることは、ただの悪あがきでしかないのかもしれない。それでも、やるしかないのだ。
小さなことだけど、このキツさ、それを超えた時の達成感は自分だけのもの。これが味わえなくなったら、日々の暮らしは確実に今より色褪せるだろう。
何よりも、日常を一時リセットし、たった独りで自分自身と向き合う時間を持つことがいかに大切か…。悲しいニュースに接するたびにつくづくそう思う。

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2009年10月17日 (土)

加藤和彦氏。

逝ってしまった人に鞭打つようなことをあえて言うが、この人は絶対にこんな死に方を選ぶべきではなかった。

加藤和彦と言えば、日本の音楽界きっての粋人。音楽においても、ファッションにおいても、悠々と人生を楽しむ術を世の中に提示し続けていた人だった。
それが唐突にこんな幕引きって…。これでは表現者としての人生が全然完結しないじゃないか。
長年彼の音楽を聴き続けてきたファンが本当に気の毒だ。こんな中途半端な結末を見せられたら、これからどう彼の作品と向き合っていけばいいんだ?

酷い喩えをあえてするが、これは海外で言ったらポール・マッカートニーやデヴィッド・ボウイが自殺しちゃうようなもんだ。
長いキャリアの途中では、もしかしたら彼らとて死への誘惑を感じたときがあったかもしれない。でも、彼らは絶対に自殺なんかしないだろう。それは、生きることの喜びや悲しみを歌う者が自らその命を絶ってしまったら、彼らの音楽を生きる糧にしている多くの人たちの人生をも否定することになってしまうという、その過ちの大きさを知っているからだ。

だから、オレはこんな幕の引き方が納得できない。全く納得できないのだ…。

トノバン、あの飄々とした笑顔の裏に、僕らなんかには図り知れないほどの空虚さを抱えていたということなんだろうか…。
なんか、パパ・ヘミングウェイの最期を思い起こしてしまった。

残念である。いろいろな意味で、とにかく残念である。
どうぞ、安らかに。トノバン…。

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2009年10月15日 (木)

Full Swing!ドクトル梅津SHOW -梅津和時 還暦記念コンサート- / 2009年10月15日(金)Shibuya DUO Music Exchange

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Full Swing!ドクトル梅津SHOW -梅津和時 還暦記念コンサート- / 2009年10月15日(金)Shibuya DUO Music Exchange

日時:2009年10月15日(木) 開場18:30 開演19:30
会場:渋谷 duo MUSIC EXCHANGE
出演 梅津和時(sax,cl)
★Full Swingers
太田惠資(vl) 清水一登(key) from 新大久保ジェントルメン/鬼怒無月(g) 早川岳晴(bass) from KIKI BAND/多田葉子(as) 松井亜由美(vl) 張 紅陽(acc) 関島岳郎(tuba) 夏秋文尚(ds) fromこまっちゃクレズマ/Horns: NARGO(tp) 北原雅彦(tb) GAMO(ts) 谷中敦(bs)/仙波清彦(per)
★Special Guests
おおたか静流(vo) 巻上公一(vo) 白石かずこ(詩) 片山広明(ts) 三宅伸治(vo,g) 仲井戸 “CHABO” 麗市(vo,g)

梅津和時はRCファンにとっては絶対に忘れることのできない重要人物だ。清志郎とは生活向上委員会からNEW BLUE DAY HORNSにいたるまでの長い付き合いだし、CHABOともお互いのライブのゲストとして何度も同じステージを踏んできた。
この日は、その梅津さんの還暦を祝ってゆかりのあるミュージシャンが一同に会した豪華な記念ライブ。いやあ~RCのステージでくるくる回りながらサックスを吹いてた梅津さんが還暦だって!オレもおっさんになっちゃうワケだよなあ…(苦笑)。

開演直前、場内に突然清志郎の声が流れる。「RHAPSODY NAKED」に収められていた、RCのライブに初めてゲストとして招かれた梅津さんを清志郎が紹介するMCだ。
ほどなくバンドがステージに出てきた。この日のために、新大久保ジェントルメンやこまっちゃクレズマのメンバーを中心に編成されたスペシャル・バンド。燕尾服を身にまとい、シルクハットを頭にのせた梅津さんが姿を見せると、場内はやんやの大喝采。梅津さん、めちゃめちゃキュート。いいなあ~。こんなお茶目な60歳にオレもなりたいぜ(笑)。
1曲目はボーカルにおおたか静流が加わって、どくとる梅津バンドと忌野清志郎名義で80年代に出されたアルバム「DANGER」から、「メロディ」がプレイされた。自分にとっては久々に聴く曲。歌詞のほとんどを忘れていたんだけど、おおたか静流の素晴らしい歌声と、軽くファンクが入った分厚い演奏に、自然と身体が動いてしまう。

おおたかさんは1曲目で引っ込み、次に登場してきたのは巻上公一だ。うわっ、ヒカシューの人じゃん!懐かしいなあ~。巻上さんは昔よりだいぶ恰幅がよくなって、見た目はまるっきり普通のおっさん(笑)。でも、唄うとすごいんだ、これが。ヨーデルみたいな朗々たる歌声。こういうのがクレズマーっていう音楽?よくわかんないけど、なんかすごく楽しくなってくる。
続けて、梅津さんが「こんなところでインプロビゼーションもなんですが…」とか言ってバンドによる即興演奏が始まった。巻上さんはどうするんだろう?って思ってたら、なんと声を使って演奏に加わった。これがバスドラのような低音から女性ソプラノみたいな高音まで自由自在。いやー恐れ入りました!全然普通のおっさんじゃないじゃん(苦笑)。正に人力テクノ!
オレ、この辺から前のめりでステージを観てましたね。普段、この手のライブの経験があまりないだけに、なんだか面白くて仕方がない。

「どんどんディープな世界へ…」という梅津さんのMCで、お次は詩人の白石かずこさんが登場。かずこさんをステージにエスコートしてきたのは、清志郎のローディーだったシャブちゃんだ。
実はオレ、白石さんのポエトリー・リーディングを昔自分の通ってた大学で観たことがある。うちの大学の現代詩研究会ってとこが白石さんを呼んだことがあったのだ。そのサークルの顧問の教授も詩人だったんで、どうも白石さんとは個人的な付き合いがあったらしい。で、オレもその頃ビート派の詩人とかに興味があったんで観に行ったってわけ。実は、それがオレの人生初のポエトリー・リーディング体験。CHABOよりも、その時も白石さんはサックス奏者を同伴してたっけなあ…。
この夜、白石さんは長い詩を巻物に直筆で書いていて、それを朗読するにつれてどんどんステージにたらしていく。なんか、ボブ・ディランの「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」のPVを見てるみたいだった。

ここでCHABOと三宅伸治が早くも登場。出番はてっきり終盤かと思ってたので、ちょっと驚いた。
梅津さんの紹介でまずは伸ちゃんがステージに。少し遅れてCHABOも姿を見せる。CHABOは11日のバースディライブと同じ格好だった。手には「60」の刺繍の入った真っ赤なシルクハット。CHABOは「梅津~!ばかやろーっ!」と愛ある言葉を投げかけて、その帽子を梅津さんの頭に載せた。ついでに伸ちゃんは真っ赤なストールを。彼らならではの還暦衣装。お客さんはやんやの喝采だ。

3人による演奏の1曲目は、いきなり清志郎がらみの曲。
曲に入る前、伸ちゃんがこんなことを語った。9年前、音楽生活30周年記念ライブの打ち上げで乾杯の音頭をとった時、清志郎はこんなことを言ったそうだ。「今度こうやってみんなが集まるのは、梅津さんの還暦記念の時だな…」って…。誰よりもこの日を楽しみにしていた清志郎…。
曲は、アルバム「GOD」に収録された梅津さんと清志郎の共作「春の嵐」だった。アルバムよりぐっとテンポを落とし、伸ちゃんの気持ちのこもった歌声が響き渡る。これはかなりキタ…。だけど、何しろこの日は梅津さんのおめでたい日だ。オレ、前の方の席だったから、ここで梅津さんに泣き顔なんか見せるのは違うと思って、歯を食いしばって耐えた。
伸ちゃんはもう1曲、自分のライブでもよくやってるハウンドドック・テイラーの「It's All Right」に日本語詞を付けたカバーを歌った。

ボーカルはCHABOにタッチ。CHABOの1曲目は「こんなおめでたい日にふさわしくないけど…」という前置き付きで、「THE 仲井戸麗市BOOK」から「カビ」だった。CHABOは11日のライブでも使っていたナチュラルボディの小振りなエレキを手に。このギター、見た目にそぐわずなかなかハリのある元気な音がする。見た目軽そうだし、これは今後かなり使用頻度が高くなる予感がするなあ…。
続いて、今年の春、梅津さんのプチ大仕事にCHABOがゲストで出た時、梅津さんから詞を付けるよう宿題で事前に渡されたという曲「祈り」。これ、“遥かなる想いがあの人に届かない時は、この歌に祈りをこめて…”みたいな歌詞なんだよね。しんみりしちゃうなあ、今となっては…。

3人による最後は、「清志郎の名唱と梅津さんの名演をいつも横で見ていた…」っていうCHABOのMCで演奏された「スローバラード」。
これは本当に素晴らしかった!ピアノの音色が耳に残る清志郎版「スローバラード」に対し、CHABOバージョンはストーンズの「むなしき愛」を思い起こさせるような、よりブルースっぽいアーシーなアレンジになっているのだが、CHABOの歌もギターも、初めて演奏された6月のマンスリーより更に進歩していた。
CHABOの歌に梅津さんのエモーショナルなサックスが叫ぶようにからんでゆく様は、どうしたってRCのライブを思い出させてしまうんだけど、この日の3人のプレイは、センチメンタルな要素が入り込まないほどに力強くもあったのだ。
この日の演奏は確実に“10月11日以降”になっていたとオレは思う。なんてのかな、決意って言うのかな、こういう意志を。3人の悲しみを乗り越え、明日へと向かおうとする気持ちがものすごく伝わってきたんだ。

ライブは佳境。いよいよこの日のスペシャルバンド、Full Swingersの登場だ。梅津さんも茶のジャケットに衣装換え。ここから後半までは正に怒涛のステージングだった。こういう音楽、なんて言えばいいんだろうか…。ジャンルなんかどうでもいい。とにかくすごく楽しかった!
BLUE DAY HORNSのもう一人の雄、片山広明ももちろん出てきた。この日も片山さんはあきれるほど片山さん(笑)。さすがに呑んではいないみたいだったけど、な~んか挙動不審なんだ、このおっさん(苦笑)。たとえば、片山さんのすぐ後ろには鬼怒無月さんがいたんだけど、片山さんったら、突然鬼怒さんに意味不明なアイコンタクトを送って人差し指を上げたりしてた。この時、鬼怒さんが思わず“はあっ!?”って顔をして、それを見たオレ、おかしくておかしくて笑いが止まんなくなっちゃったよ(笑)。

終盤では、なんとスカパラ・ホーンズの4人が登場してきた。
4人の立ち位置はステージ向かって右手だったので、オレからは手の届くような距離。スカパラのライブは昨年の夏に野音で観て、その迫力と人気の凄さに驚愕したんだけど、そのホーン隊がこんなに近くで見られるなんてウソみたいだ。
4人はそれぞれにソロも披露。いやあ~カッコいいです!PAの関係か、オレの座席の位置からは谷中敦のバリトンサックスが聴き取り辛かったのが残念だけど、ラストのロックっぽいリフの曲は大興奮だった。鬼怒無月のギターもえらい尖がってたし、早川さんのベースもレーシングカーのエンジンみたいにぶわんぶわん鳴ってた。こういうの、オレ、ダメ。無条件で腰がうずいてしまう…。
パーカッションの仙波清彦さんも素晴らしかったなあ。ソロパートでは、ありとあらゆるモノから音を出し、最後はジンのボトルを指で鳴らして「梅津さん、おめでとう~!」と叫び、キャップを開けてお酒をぐびぐび。うーん、パーカスの人って、なんでこうも面白い人が多いんだろう?(笑)

アンコールでは、まず梅津さんが独りでステージに。
そして、「今日は僕のためにこんなにたくさんのミュージシャンが集まってくれて、それだけでも感激してます。そして、今日当然この場にいるべきだったのに来れなかったミュージシャン、いや、僕は彼をバンドマンと呼びたいんだけど、忌野清志郎君に捧げる曲を独りでやります」と言ったのだ…。
「RHAPSODY」…。これはキタなあ…。だって梅津さんのサックス、息遣いもタイミングもピッチも、まるで清志郎の歌声そのものなんだもん。これが長年一緒にやってきた呼吸ってヤツなのかな…。参ったよ…。

でも、湿っぽい雰囲気にはならなかった。その後は、出演者全員がステージに出てきて賑やかなエンディング。みんな梅津さんの還暦を祝して笑顔、笑顔、笑顔だった。なんと、白石かずこさんも出てきて、演奏中のCHABOと何やら楽しそうに話しているシーンも見られた。
バンドの一群がステージを降りると、最後の最後に梅津さんがテーブルにおいてあったダルマに片目を入れてめでたい夜は終わった。全部で2時間30分ぐらいだったかな。

オレはRC人脈繋がりでしか梅津さんのライブを観たことがないんで、どうしてもそっち目線になっていたことは否めない。もともとこのライブの目当ては、梅津さんとCHABO、伸ちゃんがどう絡むかだったし…。
実を言うとちょっと不安でもあったんだ。だって、CHABOと伸ちゃん以外は“インプロビゼーションの嵐”みたいなライブだったら、ちゃんとついていけるかなあ、って…。そういうライブ、オレはちょっと苦手だからね。

ところが、始まったら全然心配することなんかなかった。めちゃめちゃ楽しくて面白かった。っていうか、全然ジャズじゃないじゃん、これ!梅津さんやこの日出ていたミュージシャンの音楽は、ほんと、自由で楽しかった。ジャンルなんてまるで気にしない、そんなこと関係ないって感じだったんだよな。
梅津さんの音楽はとにかく楽しいし、面白くてすごくのびのびしている。下手なロックのライブよりよっぽど自由だと感じたなあ…。オレはたまたま座っていた席が梅津さんのファンの多いエリアだったみたいで、彼らと一緒になって、普段自分が行っているようなライブとはまた違ったノリを楽しみました。

いやあ~食わず嫌いはいけないってつくづく思いましたよ。ちょっと、こっち方面もスイッチ入っちゃったぜ、オレは。こういうことがあるから人生は楽しい。
オレ、これからも梅津さんのライブ、タイミングがあえばぜひ行きたいと思ってます。

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2009年10月14日 (水)

NEW Tシャツ

10月11日のAXライブから売り出されたCHABOのNEW Tシャツ。

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いやあ~、コレめちゃめちゃカッコいいです!このTシャツをデザインしてるイラストレーターは久原大河さんという方。6月のマンスリーライブから久原さんデザインのCHABOのTシャツが販売され始めましたが、これは今後もコラボが続くって事でしょうか?久原さん、CHABOさん双方のファンとして非常に嬉しいです!

これはもう、即、大のお気に入りになった。もちろん前のヤツもイイんだけど、欲を言えばオレは久原さんにCHABOの顔を描いて欲しかったんだ。やっぱ、大河さんの魅力は人物画だと思うんで。
それがこうして現実のものになったわけです。ほんと、嬉しい!

こうなったら麗蘭モノも欲しいなあ~。なーんて言ってみる(笑)。

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2009年10月11日 (日)

I stand alone 仲井戸“CHABO”麗市「僕が君を知ってる」/ 2009年10月11日(日)SHIBUYA-AX

まったくCHABOという男は…(泣)。そりゃあこのタイトルだ。RCの曲をいつもより多く演ることぐらいは予想してたさ。だけど、3時間20分のほとんどがRCの曲で残りはカバーと共作曲、自分の持ち歌は一つも無しって…。ここまで徹底したものになるとは誰も思っていなかったと思う。いうなれば“独りトリビュート”だ(笑)。改めてスゲエ男だと思う、CHABO…。

開演の18:00を10分ほど回って場内が暗転。黒の長袖Tシャツに水玉のベスト、いつものカーゴパンツ姿のCHABOがステージに現れる。その表情はとても穏やかだった。
オレ、そんなCHABOの顔を見てまずはものすごく安心したんだよ。自分自身、このライブは楽しみな反面、ちょっと重く感じていた部分もあったからね…。客席に向かって手を挙げ、ちょっと微笑んでみせたCHABOの姿は、5月のマンスリー・ライブの頃とは明らかに違って見えた。なんていうか、大勢のお客さんを前にしたパフォーマーの顔にちゃんとなっていたのだ。よーし、こっちも気構えができた。記憶に残るであろう長い夜、何があろうとオレは最後まできっちり見届けるぞ…。そんなモードにさせてくれたんだな、CHABOの佇まいは。

オープニング。CHABOがアコギを激しくかき鳴らす。このフリーキーなフレーズは…。そしてこのイントロは…。ええっ!「よォーこそ」じゃないか!場内は驚きと歓声で揺れる。メンバー紹介が“ギター弾くしか脳の無いヤツ”だけなのは悲しいけど、ここはもう泣いてる場合じゃない!CHABOの気持ち、この夜の趣旨が瞬時に伝わってきた。そうか、そういうことか。わかったぜCHABO!
「激しい雨」のサビ“RCサクセションが聴こえる”のパートを数度繰り返した後、今度は「君が僕を知ってる」。これは5月のマンスリーでも演っていたけど、あの時の悲痛な感じとは全然違い、もうニコニコしてしまうような温かい演奏だった。サビのコーラスは観客も一緒にハモって…。なんだか80年代が戻ってきたようだったなあ…。

さらにRCの曲は続く。なにしろ、CHABO自身がMCで“今日は1人でRCの曲をたくさんやる~っ!”って宣言したのだ。
お次は「たとえばこんなラヴ・ソング」。これは恐らくCHABOが1人で演るのは初めてじゃないだろうか?後期RCやGLAD ALL OVERではカントリーっぽいアレンジが印象的だったが、この夜は原曲のアレンジに近いミディアム・ソウル風の味付け。曲の後半では、かつてCHABO自身がやっていた“Hey,Hey,Hey~”ってコーラスを観客が歌った。これがCHABOはよほど嬉しかったらしく、曲が終わってからも“そんなコーラス、あったなぁ~。忘れてたよ”って言って、コーラスのフシだけを2,3回繰り返した。

とにかく前半のRCナンバー連発はすごかった。もう、何が出てきてもおかしくない感じだった。
「ボスしけてるぜ」や「つ・き・あ・い・た・い」、「よそ者」なんかも飛び出した。「つ・き・あ・い・た・い」だぜ、まったく!これは例の“ド・ガラカ・スチャラカ・チャン”のリズムを観客が自然発生的に手拍子。
アコギのネックをバスドラ代わりにタッピングし、“ワン、ツー、イチ、ニ、サン、シ!”で始まったのはもちろん「上を向いて歩こう」だ。フシまわしは清志郎のメロではなく、坂本九っぽかったのが、なんともCHABOらしい(笑)。
ここまでは、ほんとうに畳み掛けるような感じだった。もう、あっという間。まるで80年代の一番勢いがあった頃のRCのライブの空気そのまま。そんな感じだった。

中盤からはMCも多くなる。いや、あれはMCというよりも、ほとんど“思い出語り”だな…。
CHABOと清志郎が初めて出会った「青い森」の話では、観客として観に来ていた泉谷しげるのことや、彼が当時演奏していた歌のワンフレーズも披露。そうそう、いちゃつくアベックでユルい雰囲気になっていた時にRCが演奏していたという「カニシリーズ」もやった(笑)。

話を聞いてて感じたんだけど、CHABOにとっては、やっぱりキヨシと出会った当初、お互い若く貧しかった時代が一番強く思い出に残っているんだろうなあ…。新婚時代、山口いずみさんの家の離れにおおくぼさんと住んでいた頃、独りだった清志郎がコーラを手土産によく遊びに来ていた話を懐かしそうにしていたのが、オレにはとても印象に残った。
“気を使わなそうで気を使っていて、実は気を使っていない”とか、“普通2,3時間で帰るところを夕ご飯食べて風呂まで入っていく”とか、“大晦日に遊びに来て、さすがにおおくぼさんがカリカリしてきたので2人で映画を観に行って帰ってきた”なんて話では、客席から思わず笑い声が起きた。だって、いかにも清志郎らしいエピソードだもんね、こういうのは。そんな想いを共有できていた会場の雰囲気も良かった。

初期のRCのレパートリーからは「ぼくとあの娘」や「2時間35分」、「春が来たから」(これでCHABOはRCの演奏を初めて聴いたという)や「忙しすぎたから」なんかが歌われた。「僕とあの娘」はCHABO、レコーディングに自分も関わってることを完全に忘れちゃってたみたいだ。
「コーヒーサイフォン」を朗読した後は、「ぼくの自転車のうしろに乗りなよ」が演奏される。「コーヒーサイフォン」は、CHABOが初めて国立に住む清志郎の部屋を訪ねた時に二人で作った曲だという話が有名だけど、その時、清志郎は国立の駅に自転車でCHABOを迎えに来たっていうんだよね。改めてCHABOのギターでこの曲を聴くと、なかなかサイケな曲ですなあ、これは。

「お墓」も印象的だった。作家としての清志郎の素晴らしさを再認識したってCHABOは言ってたけど、イントロは初期バージョン、原曲のレゲエタッチもちょいと意識したアレンジで、CHABOはこの楽曲を完全に自分のものにしていたと思う。

このライブ、オレが一番激しく胸を揺さぶられたのは、ギターのみで演奏された「エンジェル」だ。これは、何かのエッセイの朗読の後、雑踏の人々の話し声がSEで流れる中でプレイされたんだけど、言葉で語る以上にCHABOの気持ちが表れていて胸が痛かった。

「雨あがりの夜空に」で、CHABOは遂にエレキを手にした。これは、今までのライブでは使用されていなかった新しいギター。ナチュラルボディで小ぶりなその容貌は、なんだか清志郎が愛用していた“ZO-3”を思い起こさせた。御馴染みのイントロがプレイされると観客は総立ち。コブシも突き上げられて凄い盛り上がりだった。
この曲も、5月のマンスリーで奏でられた時とは全然印象が違っていた。あの時の「雨あがり…」は本当に悲しかったけど、この夜の「雨あがり…」は楽しかった。腹の底からサビを合唱できた。

「雨あがり…」の興奮が醒めず、観客が立ちっぱなしになった中で歌われたのは、カバー曲。I Can't Get Over Youに改めて詩を付け直した「夏の口笛」という曲だった。
この夜のCHABOは、この曲とSouthbound Train、それにAfter The Stormの3つのカバーを演奏している。どの曲も5月のマンスリーで演奏しているのだが、すべて日本語詞を作り直してあった。オレ、CHABOのこういうところがたまらなく好きだ。どこまでも音楽に対して真面目に向き合おうとする気持ちと、一本のライブにかける気迫がなければこういうことは到底できないと思う。

最後の最後、CHABOは「戦友たちへ」というメッセージを読んだ。国道を走る車の車窓から見える草原を見て、かつて同じ場所に立っていた友人たちを偲んだシンプルで奥深いメッセージ。この中でCHABOは、何度も“また会おう”と呼びかけていた。
なんとなくだけど、オレはこのメッセージ、清志郎だけに宛てたものではないような気がする。もちろん、清志郎も含まれるんだけど、彼だけじゃなく、かつてCHABOを通り過ぎていったすべての戦友たちに向けて発信されたメッセージであるかのように自分は感じた。

そして…。天国の忌野清志郎へ向けた長い手紙…。
“Hey 清志郎、聞こえてる?”で始まるその手紙は、5月のマンスリーで読まれたものに、新たな言葉が付け加えられたものだった。“中秋の名月を見て君を想った”という一節には思わず涙…。まるで「慕情」の歌詞そのままじゃないか…。

CHABOが去ったステージにはきれいな虹が…。それが消えると、スクリーンには、かつてテレビ特番で清志郎と北海道で演奏した「君が僕を知ってる」の映像が写された。清志郎の声と楽しそうなCHABO。観客は一人も帰らずに、食い入るように映像に見入ったまま手拍子を打つ。エンディングでは2人の話す声も流れたっけ。そして、映像が終わると大きな大きな拍手がAXを包んだ。

こうして3時間20分の長い夜が終わった。
自分でも意外だったんだけど、オレは「エンジェル」の時と、最後の清志郎に宛てたメッセージの時以外は涙をこぼさずに済んだ。もちろん、ぐっと堪えた瞬間は何度かあったけど、少なくとも自分の場合は、RCの楽曲に関して悲しみの色を感じながら聴くようなタッチは確実になくなりつつあることを感じる。
これは、この夜のCHABOの佇まいからは何かを吹っ切ったような印象が確かに感じられたことと、ライブで演奏されたRCの楽曲の完成度が高くて、十分にCHABOバージョンとして語れるモノになっていたからではないだろうか。

“アイツはキー、高いからなあ…。スゴイよね”と言いながら、CHABOは清志郎の歌った楽曲をなんとか自分のモノにしようと一生懸命だった。そう、本当に一生懸命だったんだよ、CHABOは。
歌を唄い、ギターを弾き、朗読をする…。それはミュージシャンとして当たり前の行為かもしれないけど、そんな当たり前のことを一生懸命に、ものすごく一生懸命にやり遂げようとするCHABOの佇まいに、神々しいほどの真摯さを見たんだ、オレは。

“この日のステージには確かに清志郎がいた”。そう総括してしまう人はきっと多いんだろう。だけど、自分はそれはちょっと違うと思う。これは明らかにCHABOのCHABOによるCHABOの演ったライブなのだ。
恐らく、CHABOはこの日のライブに向けて、ライブ・タイトルにある“I stand alone”を具現化すべく、相当気合を入れて弾き込み、歌い込んだのではないだろうか。結果として、明らかに自分の声とはキーが合わない「スローバラード」や「多摩蘭坂」のような曲でさえ、CHABOは確実に自分の歌としていた。
CHABOはこの夜のライブでRCサクセションを再現しようとしたのではないのだ。ソロアーティスト・仲井戸“CHABO”麗市として真摯に親友の作った楽曲と向き合い、真正面からRCクラシックを演奏したのだとオレは思う。

この夜のライブは、忌野清志郎がいない悲しみを共有するだけのものでは決してなかった。忌野清志郎という稀代のソングライターが作ったRCサクセションの楽曲の素晴らしさが、改めて強く感じられるステージになっていた。それに気付かせてくれたのは、何度も言うけど、やっぱりCHABOの曲に向き合う真摯さがあったからだとオレは思うのだ。
言い換えると、RCサクセションの楽曲が持つ素晴らしさ、力強さが、悲しみの色を吹き飛ばしてくれたのだ。オレはそう思う。たとえば、ちょっと前の自分なら「お墓」なんて曲は、いなくなってしまった人を連想して到底聴くことができなかったはず。だけど(清志郎とは微妙に違った角度から)、CHABOのギターでガツンと演奏されると、曲そのものの素晴らしさ、深さに改めて感じ入ってしまうのだった。

たぶん、オレみたいに感じた人は多かったんじゃないかと思う。
そして、CHABOにとってもこれはいっぺん通過しなければならないライブだったのではないか。CHABOがこんなにたくさんRCサクセションの曲をいっぺんに演るようなライブは、恐らくもうないだろう。でも、これほどではないにせよ、たぶんCHABOは、これからの自身のライブで、もしかしたらこれからの麗蘭のライブでも、RCの曲のいくつかを演り続けるような気がする。少なくとも、この夜奏でられたRCクラシックは、いつ何時でもすぐに取り出せる状態になったと思うんだ。
それでいいんだと思う。だって、RCサクセションの素晴らしい楽曲を歌い継ぐのに一番相応しいのは、やっぱりCHABOなんだから…。

このライブのタイトル、「僕が君を知ってる」だったっけ…。
オレ、もっとはっきり言っちゃうよ。「CHABOが清志郎を知ってる」んだよ…。

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2009年10月10日 (土)

エルビス・コステロ / マウス・オールマイティ

オレは特別熱心なエルビス・コステロのファンじゃないし、何枚か持ってるアルバムだって全編通してぐっとくる曲ばかりってわけでもない。
でも、コステロの作る曲の中には、聞いた瞬間にグッと身体に取り付いちゃうような“超”の付く名曲がいくつかあることもまた確かなのだ。

この曲、「マウス・オールマイティ」もその一つ。
これは80年代初頭にリリースされた「パンチ・ザ・クロック」というアルバムに収録されていた一曲。決してアルバムのメインとして語られるような曲ではないし、だいたいこのアルバム自体、それほどの思い入れを持っているわけでもない。はっきり言って、熱心なコステロのファンでもこの曲に大きな思い入れを持つ人は、あまり多くないかもしれない。
にもかかわらず、初めて聴いた時からオレのハートを鷲づかみにしちまったんだよなあ、この曲は…。

この3分間の中には、“パブロッカー”エルビス・コステロと彼の率いるジ・アトラクションズのR&R職人としてのセンスの良さが100%出ていると思う。
オレが魅了されてしまうのは、コステロの独特なメロディラインに更に細かく折り目をつけるような、スティーブ・ナイーブのピアノだ。いったい、どうやったらこんなに情緒溢れるピアノがプレイできるんだろう?それに加えて起伏の激しいベースラインが、更に曲の陰影を深くする。
完璧なアレンジ。完璧なバンド・アンサンブル。こういうのを、我々の間では“渋い”と言うのであります(笑)。

曲後半の計算され尽くしたギターソロは、50年代のR&Rを彷彿とさせつつ、明らかにパンク以降を感じさせて新しい。
ずばり、この3分間はセンスの塊なのだ。この楽曲は、R&Rという限定されたフォーマットでも、作り手の気合次第でここまで美意識に溢れた作品を作る事ができるという典型だと思う。この楽曲を聴くと、極東の島国で人気を博す一バンド、ミスター・チルドレンは、この時期のアトラクションズがいなければ生まれなかったことがよくわかるだろう。
この3分間の中に、オレはビートルズからキンクス、パブ・ロッカーにまで繋がる正統派ブリティッシュ・ビート・バンドの系譜を見る。うーん、カッコいいです!エルビス・コステロ…。

ぴーんと冷え込んでどんより曇った冬の日の朝、黒の細身のスーツでも着込んじゃって、この曲をipodで流しながら眉間にシワ寄せて気持ち足早に街を歩くと、気分だけはもうパブ・ロッカー(笑)。見慣れた新宿の街が、一瞬だけでもロンドン・タウンに様変わりする。

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2009年10月 6日 (火)

家族の肖像

きのうの夜、久しぶりにブルース・スプリングスティーンの「The River」に耳を傾けた。
3分間のワクの中でこれ以上はないぐらいのテンションで突っ走るR&Rと、雨に煙る十字路に消えゆく男の背中が浮かびあがるような珠玉のバラードが交互に鳴り響く。アメリカという巨大な社会に生きる人々の光と影を描いた2枚組みの大作だ。

初めて聴いた高校1年の冬、このアルバムはオレの心臓を鷲掴みにした。ニュージャージーの片隅からビックアップルに飛び出して行ったブルースに、オレは北の街を出て東京へ向かおうとしていた自分自身を重ねていたんだと思う。

ぼんやりとジャケットを眺めていて、当時は気が付かなかった裏ジャケの写真が妙に心に残った。
結婚式を迎えた幸せな家族のペーパードール。バックにはアメリカの威信を象徴するかのようなイーグルと星条旗。
いったい、このジャケットは何を意味しているんだろう?ブルースはこのジャケットで何を言わんとしているんだろう?

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アメリカ発の音楽を聴いたり映画を観たりしていると、アメリカ人にとって、自分がいつか「家族」や「HOME」に回帰していくという概念は、とても重要なものなんだなあと感じることがある。
どんなに傷つきボロボロになっても、たとえ自分が孤独に震える都会の狼であっても、彼らの魂はいつか愛する人の待つ家へと戻り、母なる大地に抱かれて眠りにつくことを願い続けている。「サブウェイ・パニック」のウォルター・マッソーしかり、「ホーム・ボーイ」のミッキー・ロークしかりだ。そして、ブルース・スプリングスティーンも…。

昔のオレは、若かりし日のブルースにとって家族やニュージャージーの田舎町は逃げ出す対象でしかなかったのだと信じ込んでいた。しかし、彼は心のどこかでそこに戻りたい、戻らなくてはならないという願望を常に抱いていたのではないかと今は思う。

たけど、ブルースは古き良き時代のアメリカの家族像が、もはや偶像でしかなくなってしまったことも同時に知っているのだ。
独身者の急増。高い離婚率。核家族化。古き良き時代の温かい大家族なんて、もはやアメリカでも日本でも過去の風景でしかない。
ブルースは、自分のスタイルがもはや時代錯誤であることもきっとわかっている。それでも走り続けるしかないのだ。なぜなら、彼にとってR&Rは逃げるための道具ではないのだから。ブルース・スプリングスティーンのR&Rは自殺マシーンなんかではなく、回帰するための船だったのだ。44を迎えた秋、オレは初めてそれに気が付いた。

正装に身を固めたペーパードールたちは、どこか悲しく切ない。まるで自分たちに張り付いた笑顔が、都会の片隅で孤独に耐えながら生き抜く誰かを慰めるものでしかないことを知っているかのようだ…。

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2009年10月 5日 (月)

走れない

うーん、走れないことでこんなにいらいらするとは思わなかったぜ…。

マラソン大会に出たりしたことはないんだけれど、オレはランニングを習慣にしている。週3回ぐらいのペースで30分から1時間ぐらい、ジョギングより少し早いぐらいのペースで走っている。距離にすると、1時間でだいたい9キロぐらいか。外で走ることもジムで走ることもあるが、ジムの場合にはここに約1時間の筋トレが加わる。
走ることは辛い。キツイ。決して楽しくない。でも、そのキツさがイイのだ。頭の中を空っぽにしてひたすら足を動かす。そんな真っ白な時間は、日常生活の中でもなかなかないからね。
時には耳にカナル型のヘッドフォンを突っ込んで、爆音で音楽を鳴らしてアドレナリンを沸騰させながらひたすらゴールを目指す。そのひたむきな作業も、心と身体が浄化されるようで好きなのだ。

先週、ちょっと負荷をかけて1時間半走ったのだが、走った後にくるぶしの下にちょっとした違和感を感じた。まあ、走った後に膝や腰が痛くなるのはよくあることなので、あまり気にせず翌日もまた1時間走ったのがよくなかったらしい。次の日になったら、普通に歩くのにも足を引き摺るぐらいの痛みを感じるようになってしまった。

一週間経っても痛みが治まらないので、土曜日に整形外科へ。骨に異常はなかったものの、誹骨筋が炎症を起こしているのではないかとの診断が…。
がっくりきた。怪我自体は大したことないのだが、ちょっと無理しただけでこうなってしまうとは…。自分で自分が情けない。身体がもう20代の頃と違うのはわかっているけれど、今のまま走り続けていけばいずれはハーフマラソンも、などと夢見ていただけに、ちょっと冷水をぶっかけられたような気分だ(苦笑)。
でも、ちゃんと治してから走るようにしないと、また痛めちゃうだろうなあ…。しばらくは筋トレだけにして様子を見るようにしたい。

そう言えば、山口洋は日曜日に10キロマラソンに出場して無事完走したそうだ。45にして人生初のレースを走り抜いたヒロシ。やるなあ~。オレも負けられない。早く治して走りたいぜ。
人生は短い。やれる時にやっておかないと。死ぬ時に後悔だけはしたくないから…。

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2009年10月 1日 (木)

山口洋 on the road,again vol.5 / 10月1日 (木) 吉祥寺・Star Pine's Cafe

山口洋のソロライブを観に吉祥寺へ。
会場となったスター・パインズ・カフェは、今年の4月にもライブ盤のリリースに合わせたライブが行われたところだ。MCでヒロシは“オレは滅多に人を褒めないんだけど、ここのスタッフは素晴らしい”と言っていたっけ。確かにここはヒロシのライブのムードによく合っていると思う。雰囲気のある階段をゆっくりと降りると目の前に広がる洞窟のような空間は、まるでニューヨークの町中にあるライブハウスのよう。知り合い女史の粋なはからいで、この夜はスター・パインズの最前列でライブを楽しむことができた。

やっぱしギター、巧いや…。超絶的な演奏を聞かせるっていうタイプとはちょっと違うけど、アコギと足元のチビヒロシ(エフェクト・ボード)だけで、目の前に曲の光景が広がるような映像的な音色を聞かせる。

この日もライブは2部構成で行われたのだが、1部と2部ではだいぶ雰囲気が違っていたように思う。「ハピネス」から始まった1部は比較的穏やかな楽曲が並んでいたのだが、2部はシリアスな詞の乗った曲が続き、客席にはほどよい緊張感が漂っていた。
印象的だったのは、最後の曲をヒロシが歌い始めたとき客席の一部がややざわついていたんだけど、それをわざわざ止めて演奏を最初からやり直したことだ。それだけ集中して歌いたかったんだろうし、それなりのテンションを客にも求めるんだよな、ヒロシは。だからそういう意味では緊張したよ、最前列は(苦笑)。

セットリストはけっこうレアだったんじゃないのかなあ…。オレはまだまだ山口洋初心者なんだけど、「思いは叶わない」というサビが印象的だった新曲や、4ビートでトーキング・ブルース調にプレイされた曲など、初めて聴くものも多かった。

しっかし、毎回見ていて思うんだけど、この人は究極のカッコつけ男だ(苦笑)。
楽曲をじっくり聴けば、素顔のヒロシには女性的といっても良いぐらいの繊細さや不器用な優しさが内包されていることに気が付くはずなんだけど、ステージではそんなことはおくびにも出さない。突き放したような武骨なMCでニヒルな笑いを浮かべ、客席からの声援にも天邪鬼な答えを返しながらゴツゴツとギターを弾く。
でも、オレはヒロシのこのカッコつけぶりにすごく惹かれてしまうんだよなあ…。男ってのは、ある程度“伊達”で生きなきゃならない部分も必要だと思うんだ。“武士は食わねど高鼾”じゃないけど、若い時は大なり小なり誰もが虚勢を張って生きているもんじゃん?でも、齢と共に気持ちも身体も萎えてきて、それを維持していくのがだんだん億劫になってきてしまう。それはヒロシも同じだと思うんだけど、彼は自らにプレッシャーをかけてそれに抗っているのだ。恥ずかしながらそういうところはオレにもあるので、ヒロシのカッコつけぶりに、なんだかすごく共感してしまうのだ。

ただ、オレは昔から山口洋を見ているわけじゃないから確信は持てないけど、今のヒロシはだいぶステージで自然体に近いスタンスを見せているんじゃないのかなあ…。犬のワンポイントが胸に付いた赤いポロシャツ姿で出てきたのも、なんか素に近い服装なんじゃないかと思わせるものがあった。

「33」を“73”まで歌い綴ったり、「雨の後、路は輝く」の熱いシャウトには、明日からまた頑張ろうというエネルギーをもらったぜ。11月には渋谷でHEATWAVEとしてのライブもあるし、この夜のことを思い出しつつ、オレも年末まで突っ走ろうと思う。

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