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2009年11月

2009年11月29日 (日)

「エグザイル・オン・メイン・ビーチ」 / ソウル・フラワー・ユニオン

61afxspnfzl_410月にリリースされたソウル・フラワー・ユニオン10年ぶりのライブアルバム。これは今、オレにとって最高のヘビロテ・アルバム。11月は憑かれたようにこればっか聴いてるなあ…。

実を言うと、ソウル・フラワー・ユニオンは、最近まで毎回ライブをチェックするようなバンドではなかったんだ。見たい事は観たいんだけど、ちょっと立て込んでる用事がある時は見送ってしまう、みたいな…。要するに、自分の中ではあって当たり前のバンドで、時々無性にライブを観たくなるような位置付けだったのだ。似たようなところだと、シーナ・アンド・ロケッツやクロマニヨンズみたいな感じかな…。
それが、このアルバムで一気に自分の中のソウル・フラワー熱がぶり返してしまった。もう、是が非でもライブに行きたくて行きたくて仕方がない。中川の作る新しい曲が聞きたくて聴きたくてしょうがない。こんな良いバンド、何で今まで軽くスルーしてきたんだ、オレのバカ!ってなレベルまで上がってしまったのである(笑)。

このアルバムは、久しぶりにライブ盤を出すってことを意識してか、収められてるのは代表曲ばかり。それも、「満月の夕」や「海行かば 山行かば 踊るかばね」みたいな定番曲と、「月光ファンファーレ」や「ラヴィエベル」みたいな最近の傑作とが絶妙のバランスで収められている。おそらく、もっと収録時間を増やし、間に中川敬のMCを入れれば、そのまま最近のソウル・フラワー・ユニオンのライブになるだろう。つまり、これは何の仕掛けもなく、ただストレートにバンドの化学反応を収めただけのアルバムなのだ。これが大成功している。バンドの持つ底抜けに楽しい音楽性が余すところなくパッケージされているんだから。

80分の凝縮されたライブ盤を聴いていてつくづく思ったのは、中川敬ってほんとに今も昔も志の高いイイ曲を書いてるなあ、ってことだ。
キャリアの長いミュージシャンだと、過去に書いたマスターピースをなかなか超えられないなんてことがよくある。ファンのほうも新しい曲を理解しようとはするんだけど、どうしてもかつての名曲と比べて物足りなく思ってしまっていたり。
ところが、中川敬の作る歌にはそういう年代のブレが全くないのだ。多くのミュージシャンにもカバーされた名曲「満月の夕」と、最近のアルバムに入ってる「月光ファンファーレ」は、どっちも全く差のない高いテンションが維持されている。これって、けっこう驚異的なことなんじゃないの?
それでいて、演奏は昔より確実に上手くなってるから、昔の曲に時々あった頭でっかちなタッチも、もっとこなれた印象で聴き手の耳に飛び込んでくるようになった。中川敬はそう言われることを喜ばないかもしれないけれど、人はこれを“円熟”というのではないでしょうか?(笑)。

オレ、今のソウル・フラワー、ほんとに素晴らしいと思うよ。お世辞抜きに日本を代表するロックバンドと言ってもいいぐらいだと思う。
転がり続け、変わり続けるのがロックバンドだとはよく言うけれど、それって実はけっこうお題目的なところがあって、過去の遺産を超えられずに四苦八苦しているバンドもたくさんあるじゃん。そんなことはソウル・フラワー・ユニオンに限っては全くない。バンドの充実ぶりが、このライブ盤を聴いてるとほんと良くわかって嬉しくなってしまうのだ。

一刻も早くライブを観たいと思っていたら、直近のソウル・フラワー・ユニオンのライブは12月12日(土)。なんと麗蘭の東京公演と重なってしまった。が、今回はオレ、迷わずソウル・フラワー・ユニオンの方に行くことにしたぞっ!このアルバムを聴いて、今月のソウル・フラワー・アコースティック・バルチザンのライブを観て、オレは確信してしまった。このバンドは今最高に熟成された状態にある。味わうなら絶対に今だと。

CHABO、ゴメン!麗蘭は、京都磔磔で2日間観ますから…(笑)。

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2009年11月21日 (土)

「クリスマス・イン・ザ・ハート」 / ボブ・ディラン

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うーん、ダメだ…。
別にオレはディランがクリスマス・ソングを歌うことの同義をどうこう言ってるわけじゃないんだよ。キリスト教だろうがユダヤ教だろうが、それはあくまでもディラン個人の宗教観。そんなことはどうでもいい。アルバムの収益金がお腹を空かせた子供たちに寄付されることだって、それはもちろん素晴らしいことだと思う。

だけど、だけどさあ…。たとえば、ディランが9.11以降のアメリカを強烈に告発したアルバムを出して、その収益を寄付するとかでも良いわけじゃん。なんでクリスマス・ソングなのよ。別にディランがあえて歌わなくたっていいわけでしょ、別に。

最近のディランは何でもあり状態なのはわかってたけど、まさかこうくるとはなあ…。まあ、あのゲロゲロ声で歌えば、ブルースだろうがクリスマス・ソングだろうが、全部ボブ・ディラン・シングドっていうジャンルになるという自信があるからできるのかもしれないけど、70年代の尖がりまくってたボブ・ディランとの、もう鼻から牛乳吹いちゃうような激しい落差に、オレは正直言ってついていけません。おっさん、何が悲しくてサンタの帽子被ってこんな可愛い歌歌ってんのよ(苦笑)。



どう思いますか、ボブ・ディラン・フリークの皆さん?やっぱりこれでもこのアルバム、買うべきなんでしょうか?
なんか泣けてきます、オレ(苦笑)。

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2009年11月20日 (金)

espoir 希望を載せて飛ぶ為の羽根3号 購入

ここ数年で、自分にとって最も大きな出会いとなったミュージシャンは、間違いなく山口洋だ。
オレは山口洋の奏でる音楽を死ぬまで聴き続けるだろう。自分と同世代の男が奏でるR&Rは、同じ時代を潜り抜けてきたからこそ共鳴できる響きを感じるし、これから共に歳月を経ていくことに勇気をくれる音楽でもある。Still Burning,Life Goes on…。ヒロシのR&Rは、一回りして来た者であるが故に鳴らすことのできる潔さと決意に満ちている。

その山口洋率いるHEATWAVEは、今年結成30周年を迎え、11月に30th ANNIVERSARY TOUR vol.2と題したツアーが行われた。
だけど、残念ながらオレはそのライブに足を運ぶ事ができなかったんだよな…。どうしても外せなかった家族の事情があったのだ。大事なライブに行けなかったのは残念だけど、人生にはそういう夜もあるってこと。
でも、オレはライブが観れなかった懺悔も含め、この節目に何か形に残るものを手元に残しておこうとふと思った。まあ、オレなんかほんと駆け出しのファンで、ヒロシの30年の歴史のほんの後半、ほとんど足の小指ぐらいしか舐めていないわけなんだけど(苦笑)。

で、手に入れたのがコレ。代官山のジュエリー・ショップ「knife acoustic groove」で作られた「espoir 希望を載せて飛ぶ為の羽根3号」というシルバー・アクセサリーだ。

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これは、ジュエリー・デザイナー中野貴さんと山口洋とのコラボレーションで生まれたもの。ひとつひとつを熟練職人が手仕事で仕上げ、「確かな技術」と「たゆまぬ努力」の末にできあがった作品だという。ヒロシ直筆の「espoir」の文字がトレースされたこれを持つことで、音楽に、デザインに信念を貫く彼らとの「魂の連帯」ができるのなら、それはこれからの自分の人生においても、いろんな意味で励みになるのではないか…。そんなことを思ったのである。

そもそもオレは、男が装飾のためにジュエリーを身に着けるような行為は好まない。なんかテレがあるんですよ…(苦笑)。今まで身に着けていたアクセサリーと呼べるものは、左手薬指にはめた自分のネームが入っているハワイアン・ジュエリーぐらい。それは共に人生を生きることを決めた女性との証だからね(彼女の方はそれ、無くしちゃってるんだけどね…(苦笑))。そんな風に、男が装飾品をわざわざ身につけるのなら、そこには何がしかのリーズンが必要だと思うのだが、この「羽根3号」を持つことには、十分にそれがあると思ったのである。

ターコイズの入った「羽根4号」が、今のところ最新のコラボ作品なんだけど、オレはあえてその一つ前の作品、シルバーのみで彫られたシリーズ最大の羽根を手に入れた。4枚ある羽根の中でも、どれか一つならやっぱりコレだな、と。

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手元に届いたブツを実際に見ると、これがほんと、ため息が出るほど素晴らしい。ほれぼれするような美しい輝きを放ち、力強さと繊細さを併せ持った“気”が放たれている。
オレはメールでこいつをオーダーしちゃったんだけど、これは近いうちに代官山の中野さんのお店を訪ね、直接中野さんに会わなきゃな、なんてことを思った。

「羽根3号」を短めのロボチェーンで首から下げると、きりっと身が引き締まる。まるでふんどしを締めたような気分(笑)。
男44にして銀を身に付けた2009年の初冬。

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2009年11月19日 (木)

新型インフルエンザ、上陸

新型インフルエンザが、ついに我が家にも上陸しました。
このところ、長男がどうも咳き込んだり身体のだるさを訴えていたんですが、昨日病院に行ったところA型のインフルエンザに感染している事が判明。
今はA型だったら、新か旧かは判定しないんですよね。とりあえず新型と見なされ、学校は即休み。家に隔離されちゃいます。

さあ、そうなると俺たち夫婦も濃厚接触者ってことだ(苦笑)。職場の規定により、ワタクシは長男の解熱後三日経つまで仕事場に行く事が出来ません。休めるのは嬉しいんだけど、仕事、詰まってたんだわ…。うー、この忙しい時に…。迷惑かけるなあ…。

ってなわけで、これから数日間巣篭もりです。
どこにも出掛けられないからヒマでしょうがない…。そこで、ぶっ壊れてたPC、自分で接触不良箇所をバラしました。ビニールテープを巻いて補修したら、なんとか使える状態に。貯めこんでたブログの記事もアップできそうです。

やっぱこういう時PC、必要だわ。外との繋がりが持てなくなっちゃいそうだもんね(苦笑)。

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2009年11月17日 (火)

PC、死亡中

前々から怪しい兆しはあったのですが、昨日僕の使ってるPCが死亡してしまいました(苦笑)。
とは言っても、ハードディスクがぶっ飛んだりCPUがぶっ壊れたわけじゃなくて、電源系統の接触が悪いだけなんだけどね。部品を換えれば済む話なんですが、なんと注文から手元に届くまで5週間もかかるんだって!二年前のモデルだから、そんなに古いってわけでもないんだけど。量産の格安PCってのは、在庫を持たずに腰の軽い運営をしてるってことの証明だな、こりゃ。

なので、ちょっと来月初めまでブログの頻繁な更新は難しい状況です。
今後アップしたい記事のタイトルだけ並べますんで、記事の内容は後ほどアップされるでしょう。お楽しみに(笑)。

それにしても、PCが無いと、本読んだり音楽聴いたり、子供と遊んだり走ったり、他に使える時間はかなり増えることに気が付きました。ネットとかはじめちゃうと、ついどうでもいいようなページ見てだらだら時間とっちゃうんだよね。如何に自分がPCに依存してたかがわかるというもの。
これを機に、直ってからもPCとの付き合い方をちょっと見直そうかと思ってます。無けりゃ無いでなんとかなっちゃうもんなんだよな、PCなんて。

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2009年11月16日 (月)

【映画】SOUL RED 松田優作

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あんまり期待しないで観に行ったんだけど、驚いた。これは凄い。凄すぎる!見応えたっぷりだった。
「SOUL RED」は、今年生誕60年・没後20年を迎えた俳優・松田優作のドキュメンタリー映画。エグゼクティブ・プロデューサーに未亡人の松田美由紀の名前があることからもわかるように、これは“作らされた”映画ではない。故人に近かった人たちが、前々から“作ろう”と模索していていた松田優作の公式ドキュメントなのである。
オレは特別熱心な松田優作のファンではないんだけど、少年時代にテレビで観た松田優作やショーケンの影響はやはり大きい。CSの再放送ドラマなんかはつい見てしまうし、彼らに関する動きが何かあったりすると必ずチェックしてしまう。

この映画は、生前松田優作が残した映画やドラマの名シーンを選りすぐり、親交のあった著名人や内外の映画人らのインタビューを集めて構成されている。熱心な優作ファンの中には、映画をブツ切りにしちゃ意味がないし、収められたエピソードも予測できる範囲内のもので物足りないという声があるらしいんだけど、オレにはえらく刺激的だった。
なにしろ、初っ端から「ブラック・レイン」のオーディションなんていう貴重映像が出てくるのだ。これがもう完全にオーディションの域を超えてしまっている。瞳の奥に滲む狂気を抑え込むように演技する松田優作は、もう完全に“入っちゃってる”状態だった。その磁力の強さはスクリーンを超えてこっちまでガシッと伝わり、オレは思わず座席で座り直してしまったぐらい。
「ブラック・レイン」で共演したアンディ・ガルシアも、優作に関するコメントをたくさん語っていたが、それも決してリップサービスではなかったと思う。今でもオフィスに優作と2人で写った写真を飾っているという彼の中には、今でも間違いなく松田優作が住み続けているのだろう。

その他にも、優作の代表作からの名シーンが目白押し。もう、圧倒されてしまった。「あばよダチ公」での有名な“札束一気食い”や、「蘇える金狼」での肉体美を見せ付けるワンシーン、探偵物語での薬師丸ひろ子との切ないラブシーンなど、とにかく出るわ出るわ…。CM映像にも独自のアイディアを出してこだわっていた松田優作、懐かしいGATSBY(ヘアスプレー)やトライアングル(焼酎)なんかのCMも観る事ができた。とにかく、ブツ切りだろうがなんだろうが、これだけ気合の入ったシーンを次々に見せられてはぐうの音も出ない。どんな人のどんな言葉より、松田優作という役者のとんでもなさが伝わってきた。
それと同時に、当時の日本映画の持っていたパワーにも圧倒されたなあ…。オレ、これは観てなかったんだけど、鈴木清順監督の「陽炎座」で、大楠道代が井戸の中に沈んでいくシーンなんか、凄まじいぐらい胸に迫るものがあった。あの壮絶なまでの美しさ…。今の一線の女優で、果たしてあれほどの凄みを出せる人がいるんだろうか。そんなことも感じた。

ともあれ、松田優作という俳優の凄いところは、自分の演技に関する要求が極めて高く、それを求めて水が流れるように変わり続けてきたところじゃないだろうか。こうして時系列で名シーンを並べられると、その変遷ぶりが手に取るようにわかる。
「家族ゲーム」の森田芳光監督は「松田優作は“ブラックレイン”から国際スターになったんじゃない。その前からとっくに世界レベルの役者だったんだ」と言っていた。オレもそう思う。松田優作は出てきた時から完成品だったのだ。「太陽にほえろ!」の刑事役がそうであったように、ただ走り、ただ撃つだけで、ただそれだけで見とれてしまう。体躯のバランスも、身体全体から醸し出す空気も完璧なのだ。走るだけで男が見惚れてしまうような俳優なんてそうはいないだろ?
ところが、本人はそれに満足せず、アクションの域を脱した作品に次から次へと出演し、最後はハリウッドへ…。出来過ぎといえば出来過ぎだけど、本人はまだまだ満足してはいなかったんだろうな…。

松田優作、改めて凄い俳優、凄い男だったと思う。
もし、優作が今生きていたらどうだったんだろうか…。たぶん、俳優をやる傍ら、監督作品もいくつも手掛けていたんじゃないかと思う。

現役の松田優作チルドレン達、浅野忠信や香川照之のコメントも熱かった。生粋の優作の子供たち、松田龍平と翔太も、父親としてとしてというより、一人の役者としての松田優作を語っていたところが頼もしい。
オレ、今の日本映画界は決して暗くないと思うなあ。テレビを観ればふやけたドラマばかりやってる昨今だけど、松田優作の魂・SOUL REDをきちんと受け継ぎ、身を削って演技の高みを目指すような役者は確かにいる。彼らの心に、松田優作は今も生き続けているのだ。

脚本家・筒井ともみが映画の中でこんなことを言っていた。“この世にいるかいないかはどうでもいいこと。自分が強く影響され続ける存在である限り、その人は自分の中で生き続けるのだ”と。
うーん、いい言葉だ…。

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2009年11月11日 (水)

ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン『エグザイル・オン・メインビーチ』 発売記念地方巡業 ~アコースティック編~ / 2009年11月9日(月)横浜「サムズアップ」・ 11月11日(水)代官山「晴れたら空に豆まいて」

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僕にとっては、ほぼ一年ぶりのソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン(以下アコパル)のライブ。
今回のメンバーは中川敬とリクオはいつもどおりだが、キーボードの奥野真哉が不参加で、代わって春からソウル・フラワー・ユニオンの新ギタリストになった高木克が加わった。これまでのようにダブル鍵盤ではないアコパルが果たしてどんな音を出してくるのか、とても楽しみだったし、なにしろ直前にリリースされたソウル・フラワー・ユニオンのライブ盤『エグザイル・オン・メインビーチ』がすごく良かったから、僕はこのツアー、本当に心待ちにしていたんだ。
どうせ行くなら、がっつり観たいと思い、首都圏2ヶ所、横浜と代官山のライブの両方に行ったんだけど、この2夜、セットリストは同じなのに全然印象の違うライブになったんだよねえ…。
いいライブってのは、ミュージシャンの演奏の良い悪いだけじゃない。場の空気や観客の発する気がスパークしあってこそなんだなあ~ってことを改めて感じた。

9日のサムズは平日で19:00の開演。これは都心で仕事をしてる僕のような人間にはちと厳しい時間だ。案の定、お店に着いたのは開演から15分遅れぐらい。
ギンギンに盛り上がってんだろうなあ~と思って、いそいそとお店に入ったら、なんか妙に静かなんだ、これが。ちょっと拍子抜け(苦笑)。僕は後ろの方の、すでにカップルがいたテーブルに相席させてもらったんだけど、その2人も食うでもなく聴くでもなく、なんか妙にそわそわ。後から来たオレに気を遣ってたのかも知れないけど、こっちはステージしか目に入ってないんだから勝手にいちゃついてりゃいいのに…(苦笑)。
この日は2部構成のライブだったんだけど、結局1部はそのままの空気でなんとなく終わってしまった感じだった。
2部は定番曲をたくさん持ってきたこともあり、後半はかなり盛り上がったんだけど、それでも普段と比べればまだまだだったような気がするなあ…。演奏自体はとても良かったし、僕自身も、2部は前方の音楽仲間がいたテーブルに移動してステージを楽しんだんだけど、それでもちょっと不完全燃焼気味だった。

ところが、11日の代官山は横浜とはまるで正反対だったのだ。もう、最初から最後までどっかんどっかん大盛り上がりで、まるでお祭りのような千秋楽に相応しいライブとなった。これはもう、冗談抜きに僕がこれまで観たアコパルのライブの中でも最大級の盛り上がりだったかも。
なにしろ、アンコールが終わってSEが流れてもお客さんは誰も帰ろうとせず、手拍子や合唱がいつまでも止まなかったのだ。もう、完全に“イっちゃってる”状態だった。

横浜サムズアップのライブは、アタマ何曲か飛ばしちゃってるので、代官山でのセットを中心にライブを振り返る。
オープニングは「松葉杖の男」。その後、「そら」からリクオの「光」へと繋げていく。「光」は普段、ラスト近くに演奏される事が多いので、こんな序盤から演るのは意外だった。
これに限らず、前半は比較的ゆっくりめの曲が多かった。たぶん、歌をじっくり聞かせようという意図があったんじゃないのかな。確かに、こうやって聴くと改めて中川敬の書く歌ってほんとにいい曲が多いとしみじみ思った。歌われたのは、1年前に出たアルバム「カンテ・ディアスポラ 」からの曲が多かったんだけど、どれもこれもほんと、しみじみイイんですよ。
なんて言うんだろう、ソウル・フラワーの歌たちは、一回りしてきたロックファンが、常に傍に置いておきたい気持ちにさせられる歌ばっかりなんだよね。新宿の雑踏の中でも、中央線の通勤電車の中でも、何かの瞬間に突然サビがぽっと頭から再生されるような密着感がある。近くに海はなくとも「海へゆく」に篭められた思いはビシビシ伝わってくるし、「寝顔を見せて」の愛があふれる歌詞には涙が出そうになる。そういうことだ。

代官山でのライブは、最初から素晴らしい盛り上がりだった。観客は最初からもう完全に“出来上がってる”状態。白けたヤツは一人もいなかった。リクオはよく“ライブはステージとお客さん両方で作るもの”って言うけど、そういう意味では、この夜集まった観客はみな自分を開放するのが上手だった。僕らはあの夜、限りなく自由だったんだよ。
これは「晴れたら空に豆まいて」のお店のムードが醸し出した部分も大きい。気持ちをするっと楽にさせてしまう空気が、このお店には確かにあると思う。まず、「晴れ空」は都会のど真ん中にあるってのに、全然代官山っぽくないすごく沖縄っぽい匂いがあるのだ。。僕なんか、入場する時にドリンクチケットの換わりに貝殻を貰えるだけで気分が盛り上がっちゃうもん(笑)。後方には靴を脱いで上がれる畳の桟敷席があったり、赤い唐傘があったり(中川は再三“あれ、回らんのかいな?”って突っ込んでたっけ)、まるで島で暮らす友人の家を訪ねるような気分になっちゃうんだよな。
僕は開演前からオリオンビールとタコライスでスィッチを入れた。千秋楽だしガンガンに楽しもうと最初から気合入ってたんだよな。一緒に観た友人たちをはじめ、周りもそういう人たちが多かったみたいだ。少なくとも、この日はお店の人が思っていた以上にタコライスの売り上げがよかったことは間違いないな(笑)。

高木克のプレイは予想以上に素晴らしかった。オレ、この人は元SHADY DOLLSだし、三宅伸ちゃんのバンドにいた時のプレイが印象的に残っていたから、バリバリのR&Rギタリスト的イメージを持っていたんだけど、結局エレキを手にすることは一度もなく、ブズーキ、マンドリン、ペダルスティールというディープ・サウスの空気やスワンプ的な広がりを感じさせる演奏を見せてくれた。克ちゃんが入ったことで、アコパルの音楽が持つ多国籍感が更に広がったような気がする。
ペダル・スティールをフューチャーした高木克のソロ曲も2つ演奏されたのだが、これも素晴らしかった。「スリープ・ウォーク」というちょっとジャジーなノリの曲は、コード進行が麗蘭の「真夜中のカウボーイ」とよく似ていて、やっぱりギタリストの曲作りだとアプローチが似てくるのかもなあ、なんてことを思ってちょっと面白かった。

それと、高木克の加入でリクオのプレイもちょっと変わったように感じる。ダブル鍵盤だったときは、奥野さんがベーシックなラインをキープして、リクオは割とフリーに遊び回る様なパターンが多かったように思ったのだが、今回はリクオが意識的にキープする側に回り、克ちゃんがのびのびプレイできる場を作っていたような気がする。その分、リクオがアコーディオンを持つ場面がなかったのはちょっと残念なんだけど…。
とは言っても、後半のアッパーな曲の時はリクオも相当ハメを外していたけどね(笑)。特に、横浜がキーボードだったのに対し、代官山の時は生ピアノがばっちり用意されていたので、リクオ自身ノリノリだったように見えたし…。

2部はカバーも飛び出した。リクオの「サヨナラCOLOR」と、なんと中川敬ボーカルの「僕の好きな先生」だ。続けてリクオの「胸が痛いよ」。いうまでもなく、これは忌野清志郎との共作曲だ。この2曲は2人の清志郎に対する気持ちを形にしたんだと僕は受け止めた。中川は前述のライブ盤のライナーでも清志郎に対する哀悼の言葉を述べていたし、来年正月に出すシングル盤でも「僕の好きな先生」をカバーしているらしい。
「胸が痛いよ」に関しては、今年5月、あの事があった直後の藤沢で聴いて以来、僕にとっては特別な曲になってしまった。この日はさりげなく、本当にさりげなくライブが佳境に入る前に挟み込むような形で演奏されたんだけど、僕はどうしても涙をこらえる事が出来なかったなあ…。アコパルのライブで涙を見せるなんておかしいし、実際周りでそんな人は誰もいなかったんだけど、どうしても駄目だったんだよ、俺…。

その後は怒涛のハイテンション・ナンバー連発。観客は大喜びで、リクオの「ミラクルマン」で総立ちに。続けてソウル・フラワー・ユニオンの「ラヴィエベル ~人生は素晴らしい!」とか「荒れ地にて」とかが始まるもんだから、これで盛り上がらないわけがない。もう、手拍子・足拍子・大合唱!
ライブであんまりでかい声で歌うのはルール違反!とか言う人がいるかもしれないけど、ソウル・フラワー・ユニオンのライブに関してはそれは通用しないんじゃないか。僕も喉が痛くなるぐらい、ガンガンに歌ってしまった(苦笑)。
「道草節」のサビの大合唱は本当に凄かった。ステージのミュージシャンの声が聞こえないんじゃないかと思えるほどの大合唱。こんなに大きな声で観客が歌うのを聞いたのは初めてかもしれない。
最後はリクオの「アイノウタ」。最近のリクオが必ずラストで歌うこの曲も、コーラスを観客が歌い続けて大盛り上がりのまま本編が終わった。

アンコールは「うたは自由をめざす!」だったかな。オレ、実はこの辺はかなり興奮してたんであんまり良く憶えてないんだけど(苦笑)。

セットリストは横浜も代官山も同じだったんだけど、代官山はなにしろMCもどっかんどっかん笑いが起こる状況だったので、必然的にツアーのこぼれ話なんかがたくさん飛び出し、全体のライブ自体も結果として30分ぐらい長くなっていた。

もう一回おんなじことを言うようだけど、ほんとにライブってのは水物だとつくづく思った。ステージの演奏・場の空気・観客の波動、そういったものが化学反応して素晴らしい共鳴空間が出来上がるんだってことを改めて思ったのだ。

アコパルに限らず、サムズアップとかスター・パインズ・カフェでのライブは、時々しーんとした雰囲気になることがある。
行ったことのある人はわかると思うけど、これらのお店は単なるハコ貸しじゃなく、テーブル席で食事もお酒もゆっくり楽しみながらライブを観るアメリカン・ダイナー風のスタイルだ。僕はこういう雑多な雰囲気が大好きだし、見知らぬ人と相席だって全然平気なんだけど、苦手な人もけっこういるんだろうなあ…。まして地方から遠征して来た人なんかだと、都市生活者と地方生活者との流儀の違いまで必要以上に意識してしまったりするんじゃないだろうか?
意外なことに、中川敬もサムズでライブをやるのは初めてだと言っていた。推測だけど、横浜の時は観客もサムズに初めて来たという人が多かったんじゃないだろうか。そんな人たちは、通常のライブハウスとは違う場の空気に馴染むのに時間がかかってしまい、今ひとつ自分を開放しきれなかったのではないかと思うのだ。

でも、ライブはやっぱり“参加する”んじゃなくて“みんなで作る”ものなんだと思う。僕も、“みんなで作る”ことの楽しさを、中川敬のおかげで改めて気付かされた気持ちだ。
それと、俺自身がこんなにもソウル・フラワー・ユニオンが好きだったことにも、今さらながらに気付いたなあ(笑)。オレ、実はソウル・フラワーのアルバムだってそんなにたくさん持ってるわけじゃないんですよ。なのに、なんでこんなに曲知ってるんだろう?(笑)
なんか、この2本のライブはひとつのきっかけになるような予感がする。忘れられない夜がまた増えた。嬉しい。すごく嬉しい!

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【映画】パイレーツ・ロック

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これは、1960年代、まだイギリスに民放ラジオが存在せず、BBCでもポピュラーミュージックの放送時間が制限されていた時代に、北海の船上からロックを流して人気を集めた海賊ラジオ局にまつわる物語だ。
主人公は、煙草とドラッグで高校を退学させられた少年カール。彼は更生のために母親の旧友クエンティンのもとで暮らすことになったが、クエンティンは北海に浮かぶ海賊ラジオ局、「ラジオ・ロック」の代表を務める人物だった。その船では、毎日ロックを大音量で流しながら、自らもロックそのものの享楽的な生き方を楽しむDJたちがたくさん暮らしている。カールは自由気ままな彼らに振り回されながらも、すぐに彼らの仲間に。彼らの反体制的な行動は、しばしば政府の神経を逆なでするが、それも上手くかわしながら自由な生き方を求め続ける…。ってな話だ。

これはオレ、大人のおとぎ話だと思う。
映画は、60年代のブリティッシュ・ロックをたくさん盛り込み、ミュージカル調の展開。“体制に立ち向かう自由人”みたいな部分や、1人の青年の成長や初体験を描く青春ドラマ的な部分、それに破天荒なキャラクターたちが繰り広げるイギリス的コメディ・センスを楽しむ部分など、いろんな見方を楽しめるパーツがたくさん揃っている映画だと思った。
笑っちゃったのはクライマックス。まるで「タイタニック」もどきの海洋パニックになるんだもん(笑)。破天荒なストーリーに付いていけない人もいるかもしれないけど、とりあえず俺は大笑い(笑)。これはね、ストーリーを几帳面に追っちゃいけない映画だと思うぞ。何しろ、皮肉屋さんの英国人が作った映画なんだぜ(笑)。

そう言えば、朝日新聞の映画評で作家の沢木耕太郎が、この映画を“終わりが見えている哀しい映画だった”みたいな言い方をしていた。沢木さんは、体制側ってのは実は柔軟で、海賊ラジオみたいな反抗はいずれ体制側が取り込んでしまうのが目に見えている。そもそも、海賊放送はロックが一般的なモノになればなるほど世の中に必要とされなくなるパラドックスがあるから、その存在自体が哀しいものだったんだ、なんて言い方をしていた。

まあ、言ってる事はわかるけど、俺はこの映画、体制VS反体制みたいな見方や、海賊ラジオに対するリスペクトなんて見方をするより、イギリス人らしい毒気を含んだ極上のエンターティメントだと思って、頭の中を空っぽにしたほうが楽しめると思うんだ。
なにしろ、監督のリチャード・カーティスは、あのミスター・ビーンの仕掛け人だった男ですよ。そして、イギリス人はモンティ・パイソンから繋がる捻ったコメディを面白がる国民ですよ。バカ真面目にストーリーだけ追っかけたり、現実はどうだったんだろう、なんて考えちゃいけませんって(笑)。

当たり前ですが、この映画は音楽の使い方が絶妙だ。ラジオのチャンネルを合わせたとたんに流れ出す「All Day & All Of The Night」には鳥肌が立ったし、ビーチボーイズの「Good Vibrations」もカッコよかった。うん、この映画は出来る限り音響のいい映画館で見たほうがいいと思う。俺は、新宿武蔵野館で観たんだけど、もう少し音量上げて欲しかったぜ(笑)。

まあ、楽しいだけといわれれば確かにそれだけの映画なんだけど、ちょっと真面目なことを言っちゃうと、これを観てて、かつて反主流のはずだったロックは、今や音楽の“主流”になっちゃったんだなあ、なんてことを感じた。
今の時代、いわゆる“ロックっぽい”カッコをしていても、眉をひそめられることは少なくなったし、いつでもどこでも自由にロックが聴けるのはいいんだけど、枕元で深夜放送をこっそり聴いて得られる“後ろめたい快感”は味わえなくなっちゃったんだなあ、って思ったのだ。

そういう意味では、最後にデビッド・ボウイの「Let's Dance」が流れたのは、リチャード・カーティスらしい皮肉がこめられていたのかもしれない。
それまでずっと60年代のヒット曲が流れていたこの映画で、いきなり80年代の「Let's Dance」が出てきたのは、すごく唐突で違和感を感じた。けれど、これは80年代以降のロックが単なるポップスになってしまったことの風刺だったのかもしれないと気が付いたのだ。海賊ラジオ局を乗せた船が沈んだことで、それに関わった人たちは助かったけれど、70年代以前のロックが持っていたスピリットは海底奥深く沈んでしまった…。みたいなね。

うーん、まるでホテル・カリフォルニアだな、こりゃ。

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2009年11月 5日 (木)

young forever

先日、このブログで加藤和彦さんの訃報に関する記事を書いた時、K.Iさんから「日本は若者礼賛の国なので、余計にうまく年を取るのが大変なのかもしれません。」というコメントをいただいた。
これ、全く同感だ。僕も40過ぎてから似たようなことを感じることがとても多くなってきた。結局、この国の様々な情報や文化の発信先は「若者」と「年配者」をターゲットにしたものが圧倒的に多い。最近はそこに分母の多い「団塊」ってのが加わりつつあるけど、僕ら世代の前後何十年か分は、見事に抜け落ちてしまっているように感じる。

そのせいなのかどうかは知らないが、僕ら世代には、若者文化にしがみ付くか、背伸びしてシブさを目指すかの2つしか選択肢がないと思い込んでいる人がとても多い。で、誰だって老け込むのは嫌だから、汗水たらして無理矢理若作りしちゃってる(苦笑)。今流行りのアンチエイジングだのアラフォーだのっていうのも、結局はそういうことじゃないのか。あえて言うが、そういうのはとても子供っぽいと僕は思う。

今、巷に溢れる音楽は若者向けのものばかりで大人世代が聴くべきものがない、なんてこともよく言われる。確かに僕もそう思うが、こうなってしまったのは、聞き手側が必要以上に若さに拘りすぎる事も一因なのではないだろうか。
だいたい、今現在十分に若い子たちでさえ、なお若く見せようとするぐらいなんだから、日本ってのはほんとに変な国だ(苦笑)。
たとえば、和製ディーヴァと呼ばれる女性ボーカリスト。今、そんなのがたくさんいるけど、彼女たちの歌う詞って、なんでああも子供っぽいんだろう?最近superflyっていうユニットが出てきたが、聴く人が聴けばわかると思うけど、このユニットのサウンド・コンポーザーとしての仕事ぶりはなかなかのものだ。70年代ロックやソウルのエッセンスを巧く抽出し、大人でも十分に聞きこめる音作りをしている。ところが、乗っかってる歌詞がえらく子供っぽくて、僕なんかはもう、がっくりきてしまうのだ(苦笑)。
これはもうセンスの問題で、倉木麻衣なんていうギミックR&B歌手を“うまい”と思ってありがたがってる自称音楽好きがいるぐらいだから、僕が何を言ってもどうしようもないことなのかもしれないが、あれを30過ぎの女性にカラオケで朗々とうたわれたら、かなりイタイ。確実に引くぞ、オレは(苦笑)。
そもそも、歌謡曲ってのは本来狭い世代に向けて放たれるべきものではないのだ。かつて、松任谷由美や中島みゆきは、若かりし時でも普遍的な世代へ向けた歌をうたっていた。そして、彼女たちの作った歌の幾つかは世代も時代も超えて今も歌い継がれている。つまりはそういうことなのではないだろうか。

40代は体力はなくなるし、外見だって変わっていく。でも、そんなことは当り前じゃないか。加齢を否定したってしょうがないのだ。歳をとることは決して失うことばかりじゃない。僕らはそれ以上に素敵なこと、たとえば経験から身に付けた自分を楽しませる時間の過ごし方とか、若い時よりも深化した異性との接し方とかを身に着けているはず。年月を重ねたからこそ得られたそういう諸々を、僕らはもっと慈しむべきだと思う。

いい歳して女子大生に間違われた?それの何が嬉しい?外国人の女性に歳より若く見えるなんて言うと、嫌な顔をされるだけだぜ。ただででさえ幼く見える国民性だっていうのに、年齢より子供に見られて喜ぶのは日本人だけだ。
若さにしがみ付くのは勝手だけど、そういうことは大っぴらに言うようなことじゃないと思うし、僕らの住む世界を狭くしちゃうだけだ。
少なくとも僕は、エネルギー過剰な女子大生よりも、疲れたOLさんの方がよっぽど魅力的だと思います(笑)。

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2009年11月 3日 (火)

【本】1Q84 / 村上春樹(著)

Img_335764_57875611_0_3 僕はこの小説を今年の春から4回読み直した。
「1Q84」が村上春樹の数ある作品群の中でNo.1であるとは決して思わない。二つのストーリーが並行して進み、やがて一つの大きな像を結んでいく構成は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で既に試みられている手法だし、リトル・ピープルのような得体の知れない奇怪な存在も、村上作品ではしばしば象徴的に登場してくるものなので、ファンにはお馴染みだろう。ストーリーだって、「ねじまき鳥クロニクル」の幾重にも糸を織り込んだような重層的な展開と比べると、いくぶんシンプル過ぎるようにも思える。
にもかかわらず、2009年の春から秋にかけて、「1Q84」は他のどんな文学作品よりも激しく、僕の魂を揺さぶり続けた。

5月に出版されて以来、「1Q84」は史上空前のベストセラーになったというが、これは決して出版社の仕掛けが成功したという理由だけではないと思う。この小説が、今の時代に書かれるべくして書かれたものだったからこそ起きた現象なのではないか。
「1Q84」にこめられたストーリーに没入していくと、今の時代を生きる誰もが心の底に秘めている漠然とした不安に気付くだろう。そして、この混沌とした時代に自分自身を平静に保っていくにはどうしたら良いのか、誰もがその答えを捜し求めると思う。

振り返れば、時代のピークは1995年だった。あの年に起きた二つの事件、阪神大震災と地下鉄サリン事件は日本人の価値観を大きく変えてしまったと思う。あの時、僕らは市井に生きる普通の人々が、突然人生を大きく変えられてしまう瞬間をまざまざと見せ付けられた。平凡な日常を一瞬のうちに消し去ってしまう邪悪な力が、この世の中には確かにあるということを知ってしまったのだ。
その予兆は2001年の「9.11」で更に決定的になり、並行して起きたバブル景気の終焉や政治の形骸化が、時代の陰りをさらに加速させた。

予想もしなかった大地震が、大都市を一瞬のうちに崩壊させた。
カルト教団が地下鉄で毒ガスを撒き散らし、罪のない多くの人々の命を奪った。
アメリカの富の象徴だったエンパイア・ステートビルが、テロ組織の攻撃で倒壊した。
2009年9月現在、完全失業者数363万人。年間自殺者数3万人。
政治はほとんど有効な手段を持たず、定額給付金なんていう政策とも言えないような茶番しかできない。
総理大臣はまるで子どもが遊びを切り上げて家に帰るように、早々に職を放り出す。

20年前だったらこんなことが考えられただろうか?まるでSFだぜ…。
さらに言えば、忌野清志郎はもうここにはおらず、時代の寵児だった山本耀司が破産し、スマートに飄々と音楽界を歩いていた加藤和彦が自殺する国。それが今僕たちの生きている2009年の日本なのだ。
僕らは今、巨大なカオスの渦中に投げ込まれている。実はそのことに、誰もがうすうす気が付いているのではないか。寄り掛かれるものがない不安を、声の大きな人間に付くことで解消しようとし、得体の知れない外圧からの恐怖は、中国や韓国に対する子供じみた嫌悪に変わる。ネットでの邪悪な書き込みや、意味のない中傷合戦は、イコール日常を生きる実感の無さの表れだ。僕らはみな、出口のない世界の真ん中で、発狂しそうになる自分と必死に闘っているのだ。

この世界はどこかでボタンを掛け違えてしまった。本来あるべきではなかった未来に、今自分が立っている。そんな感触を抱きながら日々を送っている人は、今の時代、僕も含めて実はとても多いのではないかと思う。だから、僕にとっては「1Q84」で描かれたの2つの月が浮かぶ世界は、架空のものとはとても思えなかったのだ。
この小説が寓話的すぎるという批評を書いた評論家がいたが、僕はその評論家の時代を感じる感性を疑う。天吾はすなわち僕であり、青豆は僕が本来ともに人生を重ねていけるはずだった誰かなのだ。僕はそういう読み方をした。いや、そういう読み方しかできなかった。ここにあるものは、疑う余地も無く僕にとってのリアルなストーリーであり、現代に生きる我々一人ひとりの物語でもあるのだと思う。

はじめに僕は、この小説が“シンプルすぎる”と書いた。だが、同時にこの小説には、シンプルであるが故の力強さがある。これは、新しい形のリアリズム文学と言ってもいいかもしれない。
カルト宗教。9.11。学生運動。ニューエイジ。原理主義。グローバリズム。戦後処理。家族…。「1Q84」にはこんなにも多岐にわたるテーマが内包されているのだ。そして、それらは信じがたいことに感動的な男女の純愛を通して紡がれている。
村上春樹は、校了後の数少ないインタビューの中で、“日本人は阪神大震災とオウム事件で、「自分はなぜここにいるんだろう?」という現実からの乖離感を、世界よりひとあし早く体験した気がする。”というようなことを言っていた。だからこそ、現実に負けないリアルさを持って起ち上がってくる小説を書かなければならないと決意したのではないだろうか。

9.11のように、現実が小説を超えてしまうようなことが現実に起きてしまうこの時代に、独りの作家が“リアリズム”の地平に真っ向から立ち向かった。それがこの「1Q84」なのである。
いいかい?「1Q84」は、決して流行りのベストセラーなんかじゃないんだぜ。
現実に抗い、混沌の中で小船を漕いでいるすべての冒険者たちに向けられたメッセージなんだ。

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2009年11月 1日 (日)

ぼくの好きなキヨシロー / 泉谷しげる・加奈崎芳太郎

51lom7wnocl_sl500_aa240_1_45月2日以来、いろんな人と清志郎の話をした。
改めて感じたのは、清志郎が遠くに行ってしまったことで、誰もが生まれて初めてに近いぐらいの大きな喪失感を抱いていたということだ。これまでにも、家族や好きだった歌手が亡くなってショックを受けたことはあっても、それらとは全く種類の違う感情が胸に渦巻き、それに戸惑っているという人とたくさん出会った。
彼らの中には、オレと同じような想いを持った人もいれば、ちょっと違う気持ちを持った人もいた。でも、どちらの場合でも、話を聞くことでオレ自身の気持ちを整理する上ではとても助けられたと思っている。そんな貴重な時間をオレと持ってくださったすべての人に、心から感謝したい。

いろんな人の話を聞いていてこんなことも思った。スターは、死すると“みんなのもの”になるというけれど、清志郎の場合は彼のライブを観たことのある人間がこの世から完全にいなくならない限り、そう簡単に“みんなのもの”になることはないのではないだろうか。
忌野清志郎というミュージシャンが作る歌は、“清志郎 対 自分”という構図が中心だから、必然的に自分だけの清志郎像ができあがる。百人いたら百人の清志郎像があるんだろうし、そういうパーソナルなタッチがあるからこそ、誰もが身を削られるような巨大な喪失感を抱いてしまっているのだと思うのだ。それはそう簡単に最大公約数的なイメージで“みんなのもの”に昇華することはないと思う。

この本には、“泉谷しげるにとっての忌野清志郎”と、“加奈崎芳太郎にとっての忌野清志郎”があますところなく描かれている。
2人に共通する、そして忌野清志郎と仲井戸麗市にも共通するキーワードは「青い森」だ。だから、2人の書く清志郎の思い出は、70年代に起こった出来事が圧倒的に多い。オレなんかはRCからの清志郎ファンだから、スパイス・マーケットの舞台裏話なんかを聞きたい気持ちもあるんだけど、泉谷にとってはやっぱり、圧倒的に「青い森」なんだろう。そういえば、10月11日にあったCHABOのソロライブでも、CHABOの口から思い出として最も多く語られたのは、やっぱり「青い森」時代のことだったっけ…。
これは、単に彼らが最も多感で苦しい時期を、共に「青い森」で過ごしたというノスタルジックな気持ちからきているのではないと思う。70年代の「青い森」では、明らかに尋常ではない何かが“起こり”、何かが現在まで“引き継がれた”のだ。

現在でも、70年代のRCサクセションの音源はいくつか聴く事ができる。だが、2人は口を揃えて“あの頃のライブはレコードの何百倍も良かった”と言っているのだ。泉谷なんか、ロック化した80年代のRCよりも、「青い森」時代のほうがもっとパワフルだったというような意味のことすら語っているぐらい。

オレ、これを読んで、自分はまだ忌野清志郎という人物の氷山の一角しか知らないのかもなあ、なんていう気持ちにもなった。それはある意味、オレらRCサクセションで忌野清志郎に出会った世代が、後追いで入ってきたファン達がよく抱いている“Love&Peaceの伝道師”みたいな清志郎のイメージに違和感を抱くのとよく似ている。
でも、それはどっちもしょうがないことなのだ。「青い森」はもうないし、RCのライブを今体験しようと思っても、それは不可能なんだから…。

泉谷しげるが自身のオフィシャル・サイト内で、「緊急特別連載-忌野清志郎・伝」を書き始たのは5月5日のことだった。それはあの日からわずか3日後という早さ。もう、感情が爆発してる状態だったというか、とにかくどんなカタチであれ、何かをすぐに書かずにはいられない心境だったんだろう。
オレ、これまでにも何度か、なんで泉谷はそんなに清志郎のことが好きなんだろうって思った事がある。RCのゲストで、30周年の武道館で、スパイス・マーケットで、泉谷は清志郎をリスペクトし続けた。そして、今となっても「彼の死は認めない」と言い続けている。ファン心を丸出しで、ほとんど同業者としてはありえないほどの熱の入れようだ。

オレ、これを読んでなんとなくそこまで泉谷が入れ込む理由がわかったような気がする。
泉谷は、清志郎もCHABOも加奈崎さんも、「青い森」で同じ時を過ごした仲間達は、みんな文字通りの戦友だと思っているんだと思う。80年代以降、それぞれの進む道は違った。清志郎はロック化して王道を突き進んだ。泉谷は役者をやり、音楽をやり、役者をやり、ひたすらエキセントリックな方向へ向かった。そして、加奈崎さんはフォーク時代の面影を最も強く残し、ひとり流浪化していった。三者三様だが、どれも「青い森」時代からの精神を、カタチを変えて守り続けていると言えないだろうか?
だから、清志郎が遠くに行ってしまった時、彼は自分達の中でも最も尖がった存在だった戦友の歌を、歌い継がなければならないと思ったのと同時に、自分達のルーツである「青い森」の残り火を、何かに記しておかなければならないと思ったんだろう。

オレにとって「青い森」時代の忌野清志郎は永遠の謎になってしまった。
日本のフォークってのは、オレら世代にとっては未知の領域がとても多い。フォークというとなんとなく軟弱なイメージを抱きがちだけど、実は80年代以前は、日本では最もブルーズに根ざしたぶっとい表現形態だったりするんだよなあ…。
オレ、今からでもこの領域を解き明かしたいという気持ちが、強く沸き上がってきている。それは清志郎の歌を深く理解するための一つの重要な作業のような気がするからだ。

この本は、オレにとって追悼本ではないのだ。一つのきっかけになるかもしれない本である。

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