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2009年12月 2日 (水)

【本】差別と日本人 / 野中広務・辛淑玉

B1ebf0cd この本は、今だこの国に蔓延る「差別」という問題を考えるきっかけになると同時に、野中広務という独りの男を知る上で、さらに言えば僕らが政治家の本質を見抜く上でも貴重な本なんじゃないかと思った。

実は、この本を読む前から、野中広務という政治家は僕にとってずっと気になるおっさんだったのだ。気になりだしたのは、橋本内閣の幹事長代理をやってた頃からかな。野中さんは党内でも誰もやりたがらないような難しい問題を次々に押し付けられ、いつも苦虫を噛み潰したような顔で記者会見をやっていた。僕は、気の毒だなあと思う反面、この人の問題解決能力は相当なもんなんだろうなあ、と思ったものだ。

野中さんが米軍用地特別措置法改正案のまとめ役をやった時には驚きの発言があった。法案が通過した後の報告で、野中さんは「この法律が沖縄県民を軍靴で踏みにじるような結果にならないよう、そして国会の審議が大政翼賛会のような形にならないよう、若い皆さんにお願いをします」なんてことをしゃあしゃあと言ったのだ。
ひっくり返りそうになったよ、オレは。この人何言ってんの?って感じだった。だって、それは沖縄中が大反対している中、野中さん自身が取り纏めてきた法案だったんだから。今更そんなことを言うぐらいなら最初から関わんなきゃいい。なんて食えないオヤジなんだ…。その時は強くそう思った。
だが、彼の一見矛盾があるように見える行動は、実は最大限の実利をとるための彼なりの基準があることをやがて知ることになる。
そして、彼がいわゆる被差別部落の出身であり、これまで様々な苦労を経験してきて、身内の自民党内からですら酷いことを言われ続けてきたことを知ったのは、それからさらにだいぶ経ってからだった。

この本は、その野中さんと、自らも在日韓国人として様々な苦労を体験してきた辛淑玉さんとの対談だ。対談の節目節目に辛さんの短い解説が挿入されるが、差別にかかわる様々な報道はこれまでタブー視されてきたものが多いだけに、知らなかったこともたくさんあり、これを読むだけでも勉強になった。

この国において「差別」という概念は、本当に暗く太く根深いのだとつくづく思う。
僕は東北の生まれだけど、同じ東北出身の人だと、自分は同和教育を受けたこともないし、被差別部落の存在も知らなかったから差別とは縁遠かった、なんてことを言う人にしばしば出会う。でも、それは嘘だ。差別問題は部落や在日韓国人だけじゃないのだから。職業や男女、知能など、大きな差別から小さな差別まで、僕らは自分でも気がつかないぐらいの差別を通過して大人になったことを自覚すべきだ。

差別をする側は、差別が「ある」から差別するのではなく、差別を「したい」から差別が生まれる。そしてなぜ差別をしたいかといえば『差別は享楽である』からだと辛さんは語っている。
そうであるならば、誰もがレールから落ちこぼれることを恐れているこの格差社会は、人を差別して自分を少しでも上においておきたいという意識をますます増長させてしまうのではないだろうか。

この本のラスト9ページは本当に重かった。辛さんと野中さんが差別を撤廃しようとすればするほど、自らの出自が世に知らされる。そして、“人権は好きだけど当事者とは関わりたくない”人たちによる新たな差別が始まってしまうのだ。「家族だけは守らなきゃいけない…と思ったんですよね。私たち…」という言葉には、政治家・野中広務の苦悩と評論家・辛淑玉の悲しみが染み込んでいると思った。

それと、この本を読んで、僕は今の時代に本当に必要な政治家ってのはどんな人物なのか、なんてことも考えた。今のような時代に必要な政治家は、高尚な理念よりも現状における最良の結果を求める政治家なのではないかと僕は思う。
野中広務は、被差別部落の出身でありながら差別される側の利権を激しく批判したり、ハト派と呼ばれていながら「南京大虐殺」という言い方では日本人の心を捉えられないから変えろ、と中国側に詰め寄ったりしてきた。
一見矛盾するように見え、世間の批判を浴びながらも紙一重のところで最良の結果を導き出す。それが野中広務という男の真骨頂なのだろう。出自からは差別される側でありながら、差別される側はすべて被害者だという安易な二極論には決して立たない。差別される側の利権が差別する側の「理由」になっているのなら、まずはそれを取り除こう。南京大虐殺が虐殺であるか否かの論議の前に、日本と中国が同じテーブルで話し合う土壌を作るために虐殺と言ってしまっては何もはじまらないから下げろ。野中さんにとっての行動原則は、どっちが正しいかではなく、現状を打開するにはどうすればよいかということなのだ。
アメリカは機会の平等を重んじるが、野中さんは結果の平等を重んじると辛さんがコメントしているが、正しくその通り。リアリスト的な視点に立てば、実にあっぱれな手腕なのではないか。

ただ、野中さんは、談合政治の時代にその枠の中で最良の結果を導き出そうと汗を流した政治家だ。それが古いか普遍的かを見極めるには、もう少し時間が必要なのではないだろうか。
結局、信頼できる政治家ってのは結局は政党なんか関係なく、いかに人間的に信用できるかってことなんじゃないかと僕は思う。民主党だろうが自民党だろうが共産党だろうが、人間的に素晴らしい人はきっといるはず。要はその人がどんなハコに収まっていようと、そこでどれだけ自分の政治信念に基づいた行動をとってるか、ってことなんじゃないかな…。
民主党が政権を獲得して新しい風が吹き始めた今、政治家の人権問題に対する視点は、今後どのように移り変わっていくのだろうか。僕はそれを粛々と見守りたい。

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コメント

おおー!野中広務ですね!!
ほんの小さい子どもでも「自分より下を作る」ことで自分のプライドを保とうとしますよね。生きている限り差別心という煩悩から逃れるのは難しいことですが、自分の中にどうしても湧きおこってしまう差別心をどれだけ自制できるかに、その人の品性が表れるんじゃないでしょうかね。
かく言う私も、近年はコンプレックスからくる差別心に頭を悩ませています・・・。

投稿: K.I | 2009年12月 2日 (水) 22時03分

◆K.Iさん
僕は、子供が生まれてから、自分の中にも「差別心」という煩悩が住み着いているんだってことに気が付くことが増えました。僕が何よりも子供に望んでいるのは、色眼鏡で人を見ないで欲しい、誰とでもフラットな目線で接することの出来る人になって欲しいということなんですけど、そうやって子供と真剣に接すれば接するほど、逆に自分の中にある暗い「差別心」に気が付いて身悶えしてしまうんですよね。
でも、自分の気持ちに蓋をすることなく、自分の中の暗部とは一生かけてきちんと向きあっていかなくてはならないと僕は思っています。

投稿: Y.HAGA | 2009年12月 3日 (木) 15時01分

子どもが生まれてから、まさにその通りです。
自分が他人より劣っているのは気にならないのに、何故子どものことだと許容できないのでしょう。情けない話です。それを自覚して苦しむだけが自分にできることです。

政治の世界については、いろいろ問題はあるにせよ前より良くなりそうな予感がありませんか?
以前は純粋に国民を思う政治家なんて利権を漁る奴らに引きずりおろされるばかりでしたが、民主党には財界が金で操りやすい政治家を守れないぐらいの強い意志を期待しています。

投稿: K.I | 2009年12月 5日 (土) 07時57分

◆K.Iさん
>政治の世界については、いろいろ問題はあるにせよ前より良くなりそうな予感がありませんか?

そう思います。少なくとも、毎日何かしら動きがあるのでニュースが面白くて仕方ありません(笑)。オレ、今はドラマよりニュースのほうがずっと面白いんです。こんな気持ちになったのははじめてかも…。
民主党は、以前はなんだかクラブ活動感覚で政治をやってるようなニュアンスを感じていましたが、最近は意外にやるなあ~と思ったりして。いろんな問題は出てきてますが、なにしろ戦後ずっと自民牛耳ってきた政界の構造を変えてるんですから、問題が出てきて当たり前ですよね。とにかく面白くなってきました。このまま世の中も変わってくれると良いんですがね…。

投稿: Y.HAGA | 2009年12月 5日 (土) 16時36分

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