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2010年1月 3日 (日)

「京都シネマ」で「スラムドック$ミリオネア」を観る

Pickupslumdog

12月30日の昼間は、四条烏丸にある「京都シネマ」で映画を観た。
ここは流行りのシネコンと呼ばれる空間よりも更に狭い、まるで高校の視聴覚教室みたいな所。だけど、なぜか大のお気に入りの映画館なのだ。オレは出張なんかで地方に行くと、必ず映画館に立ち寄るので、全国のいろんな映画館を知ってるけど、ここは本当に良いハコだ。小さいけれど十分な大きさのスクリーン。素晴らしい音響。地味だが確かな眼で選ばれた上映作品。何よりもお客さんのマナーが素晴らしい。本当に映画が好きで来ていると思わされるその静穏な空気の中にいると、身も心も映画の世界に没入できる。会員制だから、オレみたいに観光客としてここに寄るモノ好きはあまりいないのかもしれないけれど、京都で時間があると、なぜか必ずここに来てしまうのだ。

この日は、年末のスタッフセレクションとして「スラムドック$ミリオネア」を上映していた。今年の春にロードショー公開されて話題になった作品だけど、オレは見逃していたので、京都シネマでこれに出会えるなんて、なんてラッキーなんだろう。

この映画、インド人の監督によって撮られたと思ってる人がけっこう多いみたいだけど、実は監督はイギリス人のダニー・ボイル。ちょっとした映画好きなら、90年代に話題となった、「トレインスポッティング」を撮った監督として記憶に残っているだろう。
主人公は、インドのスラム街出身の若者ジャマール。彼は、テレビ番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、次々と難問を突破して賞金を獲得するが、スラムで育った貧しい少年が正解を知るはずがないと不正を疑われ、最終問題にのぞむ前に逮捕されてしまう。ジャマールになぜこれほどの知識があるのか、なぜこの番組に出演するに至ったのか、警察の尋問とジャマールの独白によって真実が明らかになっていく…。そんなストーリーだ。

シンプルな話であるがゆえ、いろんな見方ができるだろうけど、オレは何故か主人公であるジャマール以上に、ともに貧しいスラムで育ち、最後は全く正反対の生き方を選ばざるを得なかった、兄・サリームのことが強く心に残ってしまった。
平和ボケした僕らの頭をハンマーで殴りつけるかのように、スラムで育った彼らの生き方はドブネズミのように逞しく美しい。良いことも悪いことも、彼らにとっては生きるための手段でしかない。少年時代のジャマールとサリームの姿は、生きることに必死であるがゆえにとても純粋で可愛らしく映った。
忘れられないのは、ゴミ捨て場の片隅で眠りこける彼らに差し出されたコーラを無邪気に受け取るシーンだ(実はコーラを渡した男たちは、とんでもない悪党どもなんだけど)。あれは演技と言えるのだろうか?こういう見方しかできないのは、先進国でのうのうと生きるオレ自身の傲慢さの表れなのかもしれないけれど、あまりにも素朴すぎるその姿は、素朴でありすぎるがゆえに痛いほど胸を打った。

そんな2人も、やがて違う道を進まざるを得なくなる。弟ジャマールは地味だけどまっとうな市民として生き、兄サリームは、人を殺めたことをきっかけに町を牛耳る黒幕の手先へ…。2人の間には、修復不可能と思われる確執が生まれてしまった。
後半になると、怖ろしいばかりの強運を得ながらも、なぜジャマールがこれほど落ち着き払っていられるのか、その理由もわかってくる。彼は、億万長者になるためにクイズ番組に参加していたのではなかったのだ…。これから見る人のために、これ以上のことは言えないけれど、彼にとっては、億の大金もただの手段に過ぎない。彼が本当に求めたものは、初恋の人・ラティカの心だった。

最後に彼は、成功と栄光を手にするのだけれど、その成功を支えたのは、本当は兄サリームだったのではなかったかとオレは思う。オレは、神に許しを請いながら悪事に手を染め続けたサリームの悲しみが手に取るようにわかるんだ。彼は貧しさの中で生まれた自分の境遇を呪い、誰よりも弟やラティカを、もっといえばスラム全体、インド全体の平和を願っていたはずなのだから…。
結果として、彼は弟とラティカを救ってボロ雑巾のように死んでいくのだけれど、オレは彼のそんな生き方をリスペクトしないわけにはいかない。人間は、ほんのひとかけらの幸福な瞬間を覚えてさえいれば、それを誇りにどんな死に方だってできるんだ…。そんなことを思ったな。

まあ、本物のインドを知る人にしてみれば、こんなのまだまだ甘いと言うんだろう。だけど、ダークでヘヴィなインドの現状を、カラフルなエンターティメントに仕立て上げて、世界中の観客を魅了できたのは、まぎれもないダニー・ボイルの才能なんじゃないだろうか。
ラストシーンで感動の邂逅を果たしたジャマールとラティカ役の役者が、エンドロールのバックで、まるで「踊るマハラジャ!」みたいにガンガンに踊りまくるのは興醒めだったって言う人がたくさんいるみたいだけれど、あれだってダニー・ボイルの計算のうちだったのかもしれないし。へヴィな現状も、音楽とダンスの疾走感でぶっ飛ばしてしまうというインド映画のパワーを、彼なりにリスペクトしたのかもね…。

そうそう、ジャマールを詰問するベテラン警部を演じていたインド人の俳優、どっかで観た事あるなあと思っていたら、2年前の冬に、場所も同じ、ここ「京都シネマ」で観た「その名にちなんで」に出ていた、イルファン・カーンだった。あれも、米国に移民したインド人家族を描いた映画だったっけなあ…。
「京都シネマ」では、なぜかインドに縁があるなあ、オレ…(笑)。

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