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2010年4月

2010年4月30日 (金)

あれから1年

今日で4月も終わり。明日からはなんと5月になる。
あれから1年も経ってしまったのか…。

谷底に落ちてしまったような去年の5月から、僕はどうにかこうにか這い上がってきた。当分はまともに耳にする事ができないだろうと思っていたRCや忌野清志郎の楽曲も、意外に早く聴く事ができるようになった。それだけ清志郎の作った楽曲の力が強いってことなんだろう。清志郎の歌には、作者の不在さえ乗り越えて聴く者を揺り動かしてしまうような、圧倒的な存在感があることを改めて感じた。
これからも、何が起ころうと、やっぱりオレは清志郎の作った歌を死ぬまで聴き続けるんだろう…。

忌野清志郎がもうここにはいないことも、頭では理解しているつもりだ。去年の今頃のように、街中で流れてきた清志郎の歌声に、ふいに激しく心を乱されるようなこともなくなった。
だけど、空虚感、胸の下あたりの肉をごっそり削ぎ取られてしまったかのような、からっ風が身体を通り過ぎていくような、胸がすーすーする空虚感だけは、1年経ってもどうしても抜けない。

振り返ってみたら、僕がこの1年で一番多く耳にした清志郎の曲は、「JUMP」だった。この曲に関して、たくさんのライブバージョンが残されたのは、とても幸せなことだったとしみじみ思う。アルバムバージョン、ライブバージョン、この1年で、僕はいったい何百回「JUMP」を聴いたのだろう…。

今、僕らの生きる国は明らかに迷走している。
先月のギリシャの財政破綻は、僕にとってものすごく大きなショックだった。あれは近い将来の日本の姿なのではないか…。そう思わずにはいられない。
僕らは、37兆円の税収しかないのに、赤字国債を乱発して92兆円という異様な予算を組む国に生きている。こんな奇怪な予算を組んでおきながら、この国の経済はジリ貧まっしぐらだ。投資先としての日本の価値は下がる一方。トヨタがアメリカからバッシングを受けたみたいに、長期国債の価格が暴落して日本への信用不安が起きたら、世界の投資家は一斉に日本の国債を売り払うだろう。そうなったら、この国はギリシャと同じ道をたどることになる。これはSFの世界の話じゃない。今週末に起きたって全然不思議じゃないのだ。

じゃあ、ここまで犠牲を払って組んだ予算で、鳩山さんが何をするかっていうと…。子供手当てを倍にするだの、高速道路の値段がどうのだの、事業仕分けだの、そんな小さなことばかり。
誰もがわかっていることだろうが、事業仕分けごときで莫大な財政赤字が埋められるわけがない。やらないよりはやった方がいいだろうが、あんなのは小手先だ。そんなことより、この狂った財政状況をどう正常化していくかという中長期指針の方がよっぽど重要だと思う。
約束の地がちゃんと見えているのなら、人は苦境を耐え凌げる。だが、信じられないことに、今の政権には、それが“ない”のだ。中長期の指針が“ない”!信じられるか?行くべき場所が“ない”のだよ。「命を守る」政治が、子供手当てを倍にすることだけって…。冗談は止してくれよ、まったく!

ねえ、清志郎。オレたちは沈み行く船に乗っているのかなあ…。なぜ、こんな時にあんたがいないんだよ…。オレだって弱音のひとつも吐いてみたくなる。「JUMP」であんたが感じてたこの国の空気を、もう少し聞かせてほしかったぜ…。
だけど、オレはへこたれないよ。いつかまたあんたに逢える日が来た時に、土産話をするためにも、もう少しオレはこっちでじたばたしてみようと思う。まあ、爪跡のひとつも残せないかもしれないけど、後はオレのバカ息子たちの世代が何とかしてくれるだろうから。

ブルースはまだまだ続いている。一生続くんだろうなあ、このヘビーなリフは…。
時々めげそうになるけれど、清志郎さん、オレはまだまだそっちに行くわけにはいきませんや。もうちょっと、こっちで踏み止まります。“こんな時、キヨシローならどう言うのかなあ…”なんてことを思いながら。
人間、どうせいつかは土に返るのだからして。

忌野清志郎がいなくなって、1年が経った。
この先僕らにどんな未来が待っているのか、答えはただ風の中にあるだけだ。

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2010年4月29日 (木)

決勝はバイエルン VS インテル

この28、29日、ヨーロッパでは、サッカーのチャンピオンズリーグ準決勝2試合が行われた。昨日の朝がドイツのバイエルン・ミュンヘンVSフランスのオリンピック・リヨン、今朝がイタリアのインテルVSスペインのバルセロナという大一番だ。
オレ、2試合ともリアルタイムでがっつり見ました。日本時間だと夜中の3時30分開始なんで、かなりキツイんだけど、夕方になるとネットとか駅売りの新聞に結果が出ちゃうじゃん。オレはあれがたまらなく嫌。見たくない人に無理やり目に入っちゃう広告を出すのは一種の暴力だとすら思うぞ。なので、重要な試合は無理をしてでもリアルタイムで見る!ってのが、オレの身上なのだ。

結局、バイエルンとインテルがそれぞれ決勝に進む事になった。
去年の9月に本大会が始まって以来、ずっと主要な試合をチェックしてきたんだけど、毎年思うことではあるが、ここにくるまでほんとうにいろんなドラマがあったと思う。たかがサッカーされどサッカー。試合を見てるといろんなことを考えさせられた。つくづくこのスポーツは深いと改めて思う。

5月22日の決勝まではちょっと時間があるし、ここいらでオレなりに今年の大会を振り返ってみたい。
まず、今季の決勝がバイエルンVSインテルになったこと自体、かなり意外だった。っていうか、大会前からこの組み合わせを予想した人は、熱心なサッカーファンの間でもほとんどいなかったのではないだろうか?
なにしろ、バイエルン・ミュンヘンはドイツ1の名門とはいえ、最近はブンデスリーガ自体プレミアやリーガより下に見られがちだ。バイエルンもここ数年は指揮官が激しく入れ替わったりして、国内はともかく欧州では安定した力を発揮できていなかった。僕なんか、もう古豪ぐらいのつもりでいたから、この大躍進ぶりには正直驚いてしまった。
インテルは、強いことは強いけどチャンピオンリーグとは昔から相性が悪く、肝心なところでポカをやるという印象があった。今季はストライカーのイブラヒモビッチが移籍しちゃったし、新規加入のエトーも今季はあんまりゴールを挙げていなかったから、昨季より戦力はダウンしてるんじゃないかと思っていたのだ。

それが、気が付いたらこうだからなあ…。つくづくサッカーはわからないと思った。
バイエルンは、グループリーグの頃はやっぱしまだ危なっかしかった。それが、ユベントスに勝ち越したあたりから急に覚醒しちゃったような感じだったなあ…。ロッペンが大爆発したり、オリッチが別人のように張り切りだしたり、いろんなプラス効果が出るようになった印象だ。おまけにクジ運の強さまで見方に付けちゃって、あれよあれよという間にここまで来ちゃった感じ。
インテルは、自分はバイエルン以上にノーマークだった。はっきり言って、今朝の試合だって、最後までバルセロナが決勝に進むと信じて観てたぐらい。
だって、バルセロナの本拠地、カンプノウでの試合、10万近い観客が殺意に近い目で彼らを取り囲む中、後のないバルサの世界一の攻撃陣が絨毯爆撃をかけてくる。ボールポゼッションはバルサが70%以上。インテルはシュート数一本だけという異常な数字。普通、こういうデータだったら、バルサの大勝だっておかしくない。ところが、バルサは結局1ゴールしかできなくて、第一戦を3-1で勝利してたインテルが、トータルスコアで勝ち越して決勝に進んだのだ。
これはもうインテル、というか指揮官のモウリーニョの作戦勝ちだよね。CLはホーム&アウエー2試合で勝ち抜けを決める。だから、彼は敵地でヘタに攻め立てて自滅するより、自陣にがっちり引き篭もって2点のリードポイントを守ろうという考えだったのだと思う。
だけど、通常こういう戦法は、そうと決めてもなかなか選手全体に考えが浸透することは難しいのだ。過去の試合を観てても、これをやろうとして90分間我慢できずに自滅したパターンがいくらだってある。だって、やっぱりストライカーは点を取りたいし、攻めずに相手をチェックするだけのサッカーは、ファンからは反近代的だとの批判を受けるリスクを背負う。
ところが、この日のインテルはMFのスナイデルだけトップに残し、ほとんどの選手が自陣に戻って献身的に守備をするという、見たこともないようなサッカーをしていた。なにしろ、プライド高いFWのエトーまでもが、ディフェンスラインまで下がってきて守備に身体を投げ出していたのだ。
オレ、ここまで選手をひとつにできた、モウリーニョという男の人身掌握術に脱帽してしまった。モウリーニョが監督になる前のインテルは、強いことは強いけど、選手それぞれがそれぞれのサッカー観を持っていて、ばらばらに動いている印象があった。それがここまで勝負に徹した集団になるとはなあ…。
もともとインテルはディフェンスの強固さには定評のあるチーム。本気で引いた相手には、世界最高のストライカーを擁するバルサといえど点を取るのは難しいんだと思った。

ただ、バルサももうちょっとなんとかできなかったかと思うんだよね。ご自慢の流れるようなパスサッカーは確かに美しいし、面白い。でも、あまりにもボールを回しすぎるから、その間に相手が自陣に戻ってゴール前を固めるだけの時間も稼がせてしまうのだ。
今朝の試合は、ある意味バルサの限界が見えた試合だとも言えるんじゃないだろうか?相手にボールを持たせてカウンターを狙ったり、ロングボールを放り込む戦術も併用していかないと、引き篭もった相手からゴールを奪うのはなかなか難しいんだと思った。
ユーロで優勝したスペインが象徴しているように、いまの時代は攻撃サッカーが主流といわれる。けど、この試合はその流れがちょっと淀みを見せたような、何かが変わる前触れのようなものを感じた。決して面白い試合ではなかったのだが、いろんな見方ができ、なんだか妙な余韻が残ったんだよなあ…。

決勝でも、オレはインテルが圧倒的に有利だと見る。バイエルンが勝つとしたら、とにかく先制点を取ること。これに尽きるだろう。インテルが先に点をとって自陣に引き篭られたら、まずバイエルンに勝ち目はないと思う。それと、バイエルンはリベリーが出場停止なのが痛いなあ…。彼とロッペンが上手く噛み合えば、ひょっとしてひょっとすると思ったんだけど…。
ただ、このチームは何か不思議な風が吹いているからなあ、今。何かが起きる可能性もなくはないと思う。両チームとも、国内リーグやカップ戦の優勝もまだ狙える位置にいるし、5月の下旬ともなれば、その辺との絡みもでてきそうだ。

うーん、決勝戦、ますます見逃せなくなってきた。また3時起きだな、これは(笑)

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2010年4月28日 (水)

宇宙 日本 文京

自分でこんなことを言うのはおこがましいんだけど、30を過ぎてオレが一番変わったところは、若い時は自分や家族のことしか見えなかったのが、歳とともにもっと広く物事を考えられるようになったことだと思う。
オレは若い時、自意識過剰でけっこうイヤな奴だったと思うんだ(苦笑)。自分を大きく見せようとして、必要以上に他人を批判したりもした。ほんとサイテー。弱い犬ほどよく吼えるってヤツの典型だった。ま、子供だったんだろうなあ…。
それが、社会に出てガツン!とやられて一皮むけ、辛い恋愛をくぐり抜けて二皮むけ、結婚して三皮むけ、子供ができて四皮むけた。35過ぎてやっとズルむけになりました(笑)。

中でも、四皮めのむけ方が一番大きかった。うちは夫婦共に仕事をしていることもあり、子育てを妻任せにすることはできない。オレ自身もある程度家事をこなしたり、学校行事に出るなどしていかないと、やっていけないのだ。
正直に言うと、最初はそういうことはすごくめんどくさく思った。当時のオレは、まず仕事が第一で、プライベートな時間はできる限り音楽聴いたり、本読んだり、ライブに行ったり、走ったり、酒呑んだり、奥さんといちゃいちゃしたりしたかった(笑)。要するに、やらなくて済むようなことはできるだけやりたくなかったのだ(苦笑)。
でも、子供が保育園だの学校だのに行きだすと、そんなことは言っていられなくなる。PTAの役員とかクラスのなんとか委員とか、そういうのに自分も顔を出さないわけにはいかなくなった。

最初はものすごく気が重かった。だけど、いざ行きだすとこれが意外に面白かったんですねえ…。
たとえば、学校行事の打ち合わせで土曜日の午後なんかに役員でちょっと集まったとする。終わった後は、たいてい“じゃあ、軽く呑みに行きますか!”ってことになるわけだ。そういう場を通して、普段の生活圏では出会えなかったような、いろんな人種との繋がりができた。
地域性もあると思うけど、オレの町にはいろんな人たちが住んでいる。異業種のサラリーマン、自営の人、お医者さん、議員さん、外国人、神主さんや名前は言えないけど芸能人もいたりする。そんな歳も性も職業も違う人たちが、子供を介して集まって、わいわいがやがやお酒を酌み交わす。専業主婦やギャルママみたいな人たちとだって、こういう場がなければ一緒に呑んだりできなかっただろう。東京の下町ならではという地域性もあるかもしれないが、これは面白いですよ!ちょっと止められません(笑)。

思うんだけど、学校を卒業していったん社会に出ちゃったら、こういうフランクなコミュニティを作るのは、なかなか難しいことなんじゃないだろうか?mixiだ、ツイッターだってのもあるが、そういうのはあくまでも仮想空間。やっぱし、フェイス・トゥ・フェイスにはかなわないと思う。

そんな場でいろんな人と話をして、いつの間にかオレも考え方が柔軟になっていった。
子供がいない時には気が付かなかったことなんだけど、学校と地域ってのは密接な関係があるんだよね。お祭りとかバザーとか、町の行事は小学校の協力で成り立ってるところが大だし、運動会みたいな学校行事も町内会の協力がないとやっていけない。スクールガードとか、子供たちの安全確保のためにも、町の人たちの協力は欠かせない。持ちつ持たれつなのだ。

オレは、こういう場を通して、自分が独りでは生きていないことを実感するようになった。独りで誰にも迷惑かけず、自分も誰にも干渉せずに生きているつもりでいると思ってる人はきっと多いと思う。オレも少し前までそんな風に思ってた。だけど、実は誰もが独りではないのだ。家族に支えられ、町に守られて今の暮らしがある。少なくともオレはそう思っている。
オレの住む下町には、今や東京では珍しくなった温かいコミュニティが維持されているのだ。それに気が付いたからこそ、この環境をいつまでも保つために、こっちも積極的にコミットしていかなければいけないと思うようになったのだ。
子供や家族だけじゃなく、地域に対しても自分の足跡を何か残せないものか…。最近はそんなことを思うようになってきた。とは言っても、なにか難しいことをしようってんじゃないよ。オレは、ただこの町の人たちといつまでもわいわいやっていきたいだけ。その取っ掛かりとして、子供の学校ってのはなかなかいい触媒だと思うんだよね。

この春、長男は中学生になった。で、オレ、止せばいいのにまたクラス委員をやることにしました(苦笑)。
オレ、実はせがれが新しい学校に入学して、子供以上にわくわくしているんだ(笑)。学校に行くのも大好き。夕暮れの教室やリコーダーの合奏の音色なんかを聞いてると、なんだか泣きたくなったりするんだよ、これが((苦笑)。学校公開日なんか喜んで観に行っちゃうし、職員室だってクラス委員だから堂々と入っちゃう(笑)。これが元オチこぼれのやることかよ!って自分で自分にツッコミを入れちゃったりするんだけどね(笑)。

今年、自分は広報部をやることにした。学校行事や地域の催しに足を運び、写真を撮ったり記事を書いたりして新聞を作り、親や地域に配る係。現在、さっそく第一号の発刊を目指して活動中であります!
こういうことをはじめると、休みの日でも学校に足を運ばなきゃならないんだけど、なかなか面白くて充実した日々が続いている。何を好き好んで忙しくしてんの?ってあきれられたりもするんだけど、いいんだよ、オレは楽しんでやってんだから。何より、この活動を通して、また新たな親との付き合いが始まったのが嬉しい。
少し前に、うちの地区の公立中学には生徒があまり集まらない、なんて話をしたけど、だったら広報でこの学校のよさをアピールし、来年はガンガン生徒を集めてやろうなんてみんなで盛り上がってるんだ(笑)。

なんか、プロモーションでもやってる気分…。こうして、元ロック少年は大人になっていくのであった(笑)。

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2010年4月26日 (月)

リマスター世代の音楽シーン

90年代以降の音楽シーンにおいて、リスナーの音楽への接し方として一番大きく変わった点は、既に解散してしまったバンドや天逝してしまったミュージシャンの作品と、現在進行形の人たちとを分け隔てなく聴くようになったことなんじゃないかなあ?
80年代当時は、たとえば20年前に発表されたアルバムをわざわざ買って聴くのは、マニアックな音楽ファンのやることだった。一般の音楽ファンは、その時に第一線で活躍している人たちの中からアルバムを買うのが普通だったのである。それがいつしか、新作と旧譜の再発盤との購入割合が逆転してしまい、今や気が付くと再発盤ばっかり集めている、なんていう音楽ファンも少なくないだろう。

こうなった理由はいくつかあると思う。昔、渋谷洋一がよく言ってた、“ロックは常に進化し続けている”という概念が崩壊してしまったこともひとつだろうし、リスナーの音楽嗜好が多様化し、時代を象徴する強力なミュージシャンが現われ難くなっているということもあるだろう。
だけど、僕が思う最大の理由は、音楽を聴くフォーマットがアナログレコードからCDに変わったという環境の変化だと思う。これが追い風となって、自然と今の状況が生まれたんじゃないかと思うんだよね。82年に販売が開始されたCDは、瞬く間に需要を伸ばし、わずか4年後にはアナログの生産枚数を追い越してしまった。そしてCDが音楽を記録する標準的なフォーマットになると、市場のCDのカタログ・ストックを増やすべく、アナログレコード時代の名盤が、新たにデジタルマスタリングを施されて次々に世に出るようになった。90年代初頭なんか、リリースされるCDは、新譜より再発盤の方がずっと多かったぐらい。こういう環境が自然と音楽の時代性を覆すことにつながったんじゃないかと思うんです。

アナログレコード全盛時には、少し前の時代のレコードだと、音楽の魅力を楽しむ以前に音質の悪さが気になって集中できないことも多かった。そんなレコードたちが、デジタルリマスターを通したCDに姿を変えると、まるで昨日レコーディングされたばかりのような粒の整った音になったのだから驚いた。
当時、昔からのロックファンはこれに賛否両論だったと思う。“アナログ時代には聴こえなかった音まで聴こえるようになった”とか“名盤を改めて見直した”といった意見もあれば、“たとえ綺麗になっても、アナログ盤と違う音になっているのはいただけない”“音がクリアになったが、逆にアナログにあった空気感は失われてしまった”なんてことをいう人も多かったなあ…。
ただし、否定的な意見は、かつてレコード時代の音源を聴いたことがある人の感想であり、クリアになった音を初めて聴いた一般の音楽ファンは、例外なく60年代・70年代の音楽の素晴らしさに改めて気が付いたことだろう。

アナログ派の根強い抵抗感も、アーティスト当人が公式にリマスターを認めたCDが次々に出るようになってからは、下火になってきたような気がする。なにしろ、作った本人がリマスターを認めてるんだから文句のつけようがない。こうして、ロックファンはなんの躊躇いもなく20年前・30年前の名盤を買い、その音の良さに狂喜できる時代になったわけだ。

オレ、これは音楽的にはとても健全な状態になったんじゃないかと思ってるんだ。実際、僕自身も今購入するアルバムの大半はだいぶ前に発売されたアルバムだったりするんだけど、純粋に自分の好きな傾向のサウンドを、時代とか時々の流行とかに囚われずに探検するのはとても楽しい。音楽は“進化”するものじゃない。“深化”するものだってのがオレの持論だから。

周りを見ても、若い人が60年代・70年代の再発モノを気軽に買う時代になったのはすごく大きな変化だと思う。そもそも、彼らは音質が悪かったアナログ・フォーマットの音を知らないから、新譜と再発盤とを同じタイミングで出た新しい音楽として、僕ら以上に分け隔てなく聴く耳を持っている。
これは僕らと新世代との決定的な違いなのではないだろうか。ラヴ・サイコデリコとか、最近のSuperflyとか、あの辺のミクスチャー感覚は、やっぱし90年代以降のリマスター世代ならではなんだろうなあ…。

ただ、まだ物足りないんだ、オレは。これだけの環境なんだから、上に挙げた二つのバンド以上に、オリジナリティのある奴らが出てきてもいいと思うんだけどなあ、ほんとは。
なんとなく、そろそろそんなバンドが出てきそうな予感はするのだが…。

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2010年4月25日 (日)

基本はリズム

やっぱり基本はリズムなのだ。メロディーでも歌でもなく、肝心なのはリズム。

この前のキャロル・キング&ジェイムス・テイラーのライブで、アメリカの誇るいぶし銀のリズム隊、元セクションのラス・カンケルとリーランド・スカラーのプレイを目の前で見られたことは、僕にとってすごく大きな音楽体験だったと思う。あの日以来、僕は自分の中のある種の音楽的嗜好性に、より自覚的になった様な気がする。

人が音楽を好きになるにはいろんな要素があるだろう。一般的に日本人の音楽ファンに多いのは、メロディーに惹かれるというパターンだといわれる。それが、日本ではいわゆる歌モノしかチャートの上位に入らない理由だと言われているわけだけれど、僕の場合、その音楽が肌に合うか合わないかは、メロディーよりも、歌よりも、まずはリズムが先。先日のライブを通して、そんな自分の嗜好をますます強く確信するようになった。
あの夜の武道館で、セクションのリズム隊は何も難しいことはやっていなかった。バンド全体のアンサンブルに気を配り、自分たちはサウンドのボトムを支えるという役割に徹して、シンプルなプレイを淡々と行っていただけだ。それなのに、彼らの産み出すリズムには、しなやかなビートがあり、鮮やかな色が見え、ミディアムな楽曲ですら緩やかなグルーブ感が心地よさを生み出していた。
何だか、あっけにとられてしまいましたよ…。日本とアメリカとの圧倒的な力量の差を感じないわけにはいかなかった。本場のベテラン・セッションミュージシャンの底力、と言ってしまえばそれまでだけど、やっぱり僕は、彼らの背後にある豊かな音楽的土壌を感じないわけにはいかない。

リズムを表現する言葉として、「タメ」とか「うねり」という言葉がある。けれど、日本ではこの意味をきちんと理解している音楽ファンは意外に少ないのではないだろうか?
リズムの感覚を説明しやすいのが、僕の大好きなニューオリンズ系のR&B。このジャンルの音楽を表現するのによく使われる単語に、「シンコペーション」というものがある。これは、一言で言うと通常のアクセントとなる部分をわざとすらすことによってノリを出すテクのことだ。
「ドン・カッ・ドン・カッ」を延々繰り返していってもある種のグルーブは生まれる。だけど、「ドン・カッ・ドンドン・カッ」なら、サウンドは横にうねり始めるでしょ?頭で聴くより、腰にくる感じ。サウンドはより肉感的な感触を持ち出す。わかるかな?このニュアンス。

実は、ロックでお馴染みの16ビートというのも、このシンコペーションをより強調したリズムと言って良い。これに加えてリズムの裏と表を交互に入れ替えたりすると、さらにビートのうねりと膨らみが増していく。この一連の流れを洗練された形でプレイしたのがファンクだったりするわけだ。
もっと言うと、70年代後期に出てきたレゲエがなぜ革新的だったかというと、ファンクとは逆の発送で、リズムを複雑化しないで、「ドン・カッ・ドン・カッ」のまま、リズムの裏と表のアクセントを逆さまにするだけでノリを産み出していたから。足し算ではなく、引き算でノリを出してしまったからみんなびっくりしたのだ。

最近の日本人の若手バンドには、この手のリズム、シンコペイトするリズムがほとんど聴かれない。縦ノリでガーッと突っ走るだけだ。勢いはあるけど、リズムに表情やふくらみが乏しく、僕なんかはどうしても物足りなく感じてしまう。これはある意味、80年代のバンドブームの副作用と、パンクの誤った解釈が日本ではいまだに抜け切ってないということなんじゃないだろうか?
日本のロックファンには、80年代頃から洋楽は聴かず、邦楽ロックにしか興味を持たない層が多数現れるようになった。彼らはそもそもリズムの多様性を知らない。たとえば、ライブに行くとしばしば手拍子が起きる。だけど、日本の観客に最も好まれるのは8や16の単純なリズムであって、バンドがひとたびシンコペートしたリズムを繰り出したりすると、とたんに戸惑って手を叩けなくなる場面にしばしば出会う。80年代からライブを観ていても、こういう状況はずっと変わっていないのだ。
いったい、日本にロックが根付いて何年になるのだろう。もうそろそろ、頭でなく腰で音楽を楽しむ快感に気づいてほしいものだと思う。

まあ、そういう僕も、まだまだ勉強中なんだけどね…。
音楽の嗜好は先天的なものも大きいけど、そこに意識的に新しい視点を加えていくことで、感性はより鋭く豊かになっていくものだと、僕は思っている。
こうして、音楽をめぐる冒険は一生続くのだ。

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2010年4月23日 (金)

走れないストレス

なんなんだろう、今年の春は。
この異常な寒気のせいで、とうとう風邪をひいてしまった。先週、大きなプロジェクトがひとつ落ち着いたんで、この機を逃さず吉祥寺のスペイン料理店で打ち上げ兼歓送迎会。旨いワインが出てきたし、仕事の区切りが付いた開放感からついつい呑みすぎちゃって…(苦笑)。翌朝起きたら、なんだか喉に違和感が。そこから坂を転げるように体調が悪くなってしまった。熱はないんだけどだるくて、もう…。

風邪、特に喉が炎症を起こすと、ランニングはかなりキツイんだよねえ…。
なので、もう10日走ってません。これがけっこうストレスなのだ。やっぱり僕の場合、走ってたほうが確実に体調が良い。気持ちも乗ってくる。僕は大体一回につき1時間で10キロ走るってのが定番。できれば中2日・週3回のペースがベストなのだ。仕事も落ち着いてきたし、そろそろ走る日を増やそうと思ってたから、出鼻をくじかれた気分。
こうなってくると、なんだか次に走るのがちょっと怖くなってくる。モノの本では、走る筋肉は9日間を開けるともう退化を始めるってんだから…。

メタボ検診に引っかかる回りの同年代と比べれば、僕の身体のコンディションはまだ良い方だと思っている。腹は出てないし、白髪だってほとんどない。だけど、やっぱり確実に身体は歳を重ねているのだ。それを一番感じるのは、筋肉がつかないことを自覚する時。
脂肪を落とすことは比較的簡単なのに、筋肉をつけるのはほんとうに難しい。もともと若い時から筋肉がつき辛い体質ではあるのだが、40になってからはますますそれが顕著になった。走り続けていれば身体は自然と締まっていくのだけれど、ほっとくと筋肉と脂肪両方が減っていってしまう。それを防ごうと筋トレを加え、肉も食べているのだけれど、悲しいくらいに筋肉はついてくれないのだ。畜生、これじゃあまるで鶏ガラじゃねえか(苦笑)。

たぶん、これはオレが若い時はあまり身体を動かす習慣がなかったことも関係してるんだと思う。学生時代は、ほんと自堕落な生活を送ってたからなあ、オレ…。
その点、うちの奥さんなんかは子供の頃からずっとバレエをやってるから、やっぱり体質が違う。女なのに僕より筋肉がつきやすいのだ。それもしなやかできれいな筋肉が…。最近、草刈民代がヌードになったけど、あれはいかにもずっとバレエを続けてきた人らしい身体だと思う。うちの奥さんは、もちろん草刈さんとは比較になりませんが、ああいう系統の筋肉のつきかた。しなやかで締まったアスリート型っつうのかな。オレもなあー、ムキムキにはなりたくないけれど、あの手の筋肉をつけたいんだよなあ…。あ~あ。バレエでもやろうかなあ(ウソです・笑)。

ともあれ、いいかげん風邪が治ってくれないと、ストレスがたまる一方だ。
もう、だるくてもいいから走っちゃおうかなあ、今夜。

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2010年4月14日 (水)

キャロル・キング,ジェイムス・テイラー TROUBADOUR REUNION TOUR / 2010年4月14日(水)日本武道館

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2年ぶりに来日が実現したキャロル・キング。今回はなんと盟友ジェイムス・テイラーと一緒に日本にやって来るという。もともと名曲「You've Got a Friend」は、キャロルがジェイムスのために書いた曲だ。その後もアメリカではたびたび一緒にライブをやってきたらしいが、まさかこの組み合わせが日本で見られるとは…。
これだけでも涙モノなのに、バックを務めるミュージシャンが発表されると、僕は驚きを通りこして狂喜乱舞してしまった(笑)。なんとダニー・コーチマーとラス・カンケル、それにリーランド・スカラーが同行するというのだ!この3人はアメリカ西海岸サウンドを語る時、絶対に欠かすことのできない重要人物。もともと腕利きのスタジオ・ミュージシャンとして有名だった彼らは、70年代にセクションというセッションバンドもやっており、ウエストコースト系ロックの名盤に数々の名演を残している。日本のミュージシャンの間でも彼らの人気は高く、リーランド・スカラーなんか、ユーミンや五輪真弓のアルバムに何枚も参加していたはずだ。
キャロル&ジェイムスの共演も楽しみだが、このアメリカを代表する腕利きミュージシャンによるサウンドが直に聴けるのは、僕にとって夢のような出来事だった。このライブは、僕がこれまで聴いてきたアメリカ経由のロックやポップスの一つの節目のようなものになるかもしれない。そんな予感すらあった。

気合入りまくりの僕は、ライブ当日は朝からそわそわして仕事が手に付かなかった。結局、職場を早退し(苦笑)、開場と同時に武道館入り。僕の席はステージに向かって少し左寄り。思ったよりはだいぶ後ろだったけど、アリーナ席なんだから贅沢は言うまい。
それよりも、席が通路に近くて注意して観察してるといろんな人が発見できて面白かった。すぐ近くに萩原健太さん・能地祐子さんご夫妻が座ったのを発見したり、この前ライブを観たばかりの和久井光司さんが通っていったり。びっくりしたのは、開演10分前ぐらいに、いかにも業界人っぽい人たちに囲まれて足早に歩いてきた小柄な男性の顔をちらっと見た時。なんと、あの小田和正さん!小田さん、カーキのフライトジャケットをさらりと着こなし、若々しかったです。

開演予定時刻の19:00を10分ほど回り、舞台袖からジェイムスとキャロルが笑顔でステージに現れた。仲良く腕を組む2人に会場から温かい拍手と歓声が送られる。
コンサートはジェイムスの曲「Blossom」から始まった。最初はこの2人にベースのリーランド・スカラーを加えたシンプルな演奏。ジェイムスの温かい歌声が武道館いっぱいに響き渡った。その声の若々しさにまずは驚かされる。昨年・一昨年とライブを観ていたから、キャロル・キングの声が若い時とほとんど変わっていないことはわかっていた。だけど、ジェイムス・テイラーの歌声も昔と全く変わっていなかったのだ!髪は薄くなり、身のこなしにはさすがに老いも感じられたけど、声は本当にあのスィート・ベイビー・ジェイムズのまま。これが本当に64歳の声なのだろうか?独特の柔らかく伸びのあるボーカルは、まるで青葉の季節のこぬか雨のように、静かに優しく聴き手の胸に沁み込んでくるのだ。素晴らしかった。圧倒的な説得力を感じた。

2曲目はキャロル・キングの「So Far Away」。この日の観客は、もうイントロだけで何の曲かみんな知ってる。彼女が1フレーズ弾いただけで大拍手が沸き起こった。キャロルのコンディションは一昨年以上に好調。高音部で声を張る時の艶やかさなんか、むしろ歳を経た今の方が素敵なんじゃないかと思えるぐらい力強かった。ジェイムスの声がシルクの感触なら、キャロルの声はウールの肌触り。花冷えの日本を身体の芯から温めてくれるようだった。

3曲目の「Machine Gun Kelly」から、バンドのメンバーが登場。うわ~、ラス・カンケルがドラムキットに座った!ダニー・コーチマー、カッコいい!夢のような光景に目頭が熱くなってくる。音楽を聴き続けていると、時として音楽を聴き続けている自分をいとおしく思ってしまう瞬間があるものだけれど、あの光景が正にそうだった。
演奏が始まると、またまた大感激…。ラス・カンケル、うま~い!そこに絡むスカラーのベースの渋いこと…。鉄壁のリズムセクションの上を、ダニー・コーチマーのテレキャスターが絶妙のタイミングで挟み込まれる。歌を邪魔せず、プレイヤー各々が曲全体のバランス・色合いに隅々まで気を配った極上のアンサンブルだった。バックコーラスもめちゃめちゃ上手。うーん、燻し銀とはこういうことを言うのだろうなあ…。この夜、武道館で紐解かれた音楽は、正にアメリカの産んだポピュラー音楽の真髄を極めたものだったと思う。
素晴らしいオーケストレーション。晴れた日の田舎の小道を散歩するような気持ちのいいリズム感、それが2人の極上のボーカルと織りを成して絶妙のスウィングを生み出している。何よりも、この日ステージの上にいた10人のミュージシャンには、まったく気負いがなかった。ただ当たり前のように音楽を奏でているだけなのに、極上の音楽がそこにはあった。
会場からも、いつしか自然と手拍子が出る。知ってる曲が出てくるとそっと歌を口ずさむ。この夜の日本武道館は、限りなくフリーでハートウォームな空間になった。1万人の観衆が音楽を、歌を、彼らの人生を心から慈しんでいた。曲が披露されるたびに、ため息が漏れ、空気が揺れ、観客の気持ちの揺れが空気を動かし、温もりが一つになっていくのだ。そんな場に自分が居られた事がとても幸せに感じられた。

キャロル・キングが「Way Over Yonder」を歌いだした時、不覚にも僕は嗚咽してしまった。この曲は僕が過去に観たキャロルのライブでは歌われなかったはず。見果てぬ希望の地をずっと追い求めるようなその歌の歌詞に、僕は自身のこれまでを自然と重ね合わせてしまったんだろう。当のキャロル自身でさえ、この歌を歌った後にも様々なアクシデントに出会っている。でも、とにもかくにもここでこうして、21世紀の日本という土地でピアノを弾いてこの歌を歌っている。そして、同じ空間でそれを受け止めている僕がいる…。これだけで、もう奇跡じゃないか。ここでこうして、音楽を聴けていることを、なんだか音楽の神様に感謝したいような気持ちになった。
感傷的な気持ちは、続けて演奏された「Smackwater Jack」で笑顔に変わる。この曲ではキャロル・キングもギターを手にするから、ステージはジェイムスとダニー・クーチと合わせて3人のギタリストが立つことになる。前々回だったか、キャロルはこの曲になると「まるでイーグルスみたいでしょ?」と言って、僕らを笑わせてくれたものだけど、この日の組み合わせはイーグルスにも負けないような名プレイヤーばかりだ。間奏ではジェイムスとダニー・クーチとの間で、微笑ましいソロの交換なんかもあった。

オレ、実はキャロル・キングはともかくとして、ジェイムス・テイラーはほんとに代表的な曲しか知らなかったんだ。だけど、この日のライブで一発で惹き付けられちゃったなあ…。何よりも参ったのは、シャイで誠実なそのたたずまい。シンガー・ソング・ライターの先駆けとして押しも押されもしない偉大なミュージシャンだというのに、ステージのJTからはそんな尊大なそぶりは微塵も感じられない。はにかむように、じっくりと一曲一曲を歌いあがる姿に、僕は真のミュージシャンシップを感じた。
それと、ギターもすごく上手いのね、この人。まるで枯葉が風に吹かれてかさこそと音を立てる時のような繊細な音色。そのプレイスタイルは、シンガーとしてのジェイムス・テイラーのイメージそのものでもあった。

1部はキャロルの「A Natural Woman」で終了。サビはもちろん客席も口ずさんで。ここまでちょうど1時間。なんかあっという間だった。

20分の休憩を挟んで2部開始。2部の前半はジェイムスの曲が多かった。バンドスタイルでの演奏は、キャロルがピアニスト兼コーラスだ。「Mexico」みたいな曲では、アンドレア・ゾーンのバイオリンもいい味を出してたなあ。
2部前半で印象に残ったのは「Crying In The Rain」。これ、たしかエヴァリー・ブラザーズの曲でしょ。オレ、恥ずかしながらキャロル・キングの書いた曲だとは知りませんでした。MCによれば、JTが後にアート・ガーファンクルとカバーしたらしい。「今日は僕がアートだと思って…」とか言って、客席を和ませ、キャロルがジェイムスの傍に寄り添うようにして歌われたんだけど、これがもう羨ましくぐらいいい雰囲気で…。こういうのを観ていると、歳をとるのも悪くないなあ~なんて思ってみたりして(笑)。

曲間では、キャロルもジェイムスも片言の日本語も使いながら一生懸命客席に語りかける。客席からの「I Love Carol!」っていう声に、ジェイムスが「Me Too…」って応えてみたり、思わず日本語で歓喜してしまった客席に、「スイマセン、ワカリマセ~ン」って言ってみたり。うーん、なんてチャーミングな人なんだろう(笑)。

後半は名曲のオンパレードだった。「Sweet Baby James」に「Jazzman」、それからそれから…。「とっても古い曲です…」っていう紹介で歌われた「Will You Love Me Tomorrow」は感動的だったし、「Steamroller Blues」のスワンプなバンドサウンドに胸を躍らせ、「It's Too Late」や「Fire And Rain」を噛み締めるようにして聴いて、「I Feel The Earth Move」を一緒に歌う。
そして、前曲と殆ど曲間をあけずに演奏された「You've Got A Friend」。前回も前々回も、キャロルのライブでこの曲を聴いた時は涙したのに、今回はとても温かい気持ちになったのには、自分でもちょっと驚いた。語弊のある言い方かもしれないけれど、なんかとても力強いタッチを感じたんですね、今回は。JTが入ったバンドサウンドになったことで。明日への希望の色が新たに加わったっていう感じかな。この日初めてライブでこれを聴いた人は、泣いた人も多かったと思うけど、以前キャロルのライブを観た人は、明らかにちょっと違ったニュアンスを感じたと思う。
曲が終わると、客席は弾かれたように立ち上がってのスタンディング・オベーション。感動的でした!

アンコールは「Up On The Roof」から始まって、JTの「How Sweet It Is (To Be Loved By You)」で客席とのコール&レスポンス。盛り上がったキャロルは「もう一曲!」とバンドにアピールして、客席と一緒になっての「Locomotion」で大盛り上がりの大円団。JTが自分流のあの歌い方でこっぱすかしそうに歌っていたのが印象的だった(笑)。

あっという間の、そして夢のような2時間。間違いなく、これまで自分が観てきた数限りないライブの中でも、5本の指に入るような素晴らしいコンサートだった。
もしかしたらこの日のライブの素晴らしさは、素晴らしい音楽を聞かせてくれたことと同時に、主役の2人が芳醇な人生の味わいをも感じさせてくれたからかもしれない。いくつもの狂乱と喧騒の時代を乗り越えながら、キャロル・キングとジャイムス・テイラーは、「You've Got A Friend」の歌詞そのままに変わらぬ友情を保ち続けてきた。2人の柔らかなたたずまいは、音楽という宝物を常に傍に置きながら誠実に人生を重ねてきた人だからこそ持ち得たものなのではないかと思うのだ。これは決して70年代の再現なんかじゃない。美しい暮らしとはどんなものなのかを、2人のシンガーは身を持って僕らに教えてくれたんだと思う。

この日、日本武道館を埋めた少しばかり年齢層の高い観客は、2人のシンガーが歌った一曲一曲に、これまでの自分の人生を重ね合わせて胸を熱くしていたに違いない。月並みなことを言うようだけど、音楽と一緒に歳を重ねていくことがどんなに素晴らしいものであるのかを、この夜ほど感じさせてくれるライブはなかった。僕はこの夜の2人を、これからも折に触れて思い出すことになるだろう。

一生忘れることのできない、素晴らしいライブがまたひとつ僕の人生に加わった。

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2010年4月13日 (火)

Jeff Beck Live in Japan 20101 / 2010年4月13日(日) 東京国際フォーラム・ホールA

実はオレ、ジェフ・ベックって最近まで全くのノーマークだったんだ。もちろん彼が三大ギタリストの一人として世界中のロックファンからリスペクトされていることは少年の頃から知っている。だけど、ジェフ・ベックって他のロック・ギタリストと比べると、ちょっと特殊な感じがしてたんだよね。この人の場合、“あの曲でギターを弾いている人”という見方ではなしに、“ギターであの曲を弾いてしまう人”という見方になっちゃうじゃん、どうしても。音楽以前にギターありき、みたいな感じがどうも…。これは、自分自身がギターに挫折した経験があるからなのかもしれないけど、ジェフ・ベックの音楽を理解するには、ある程度自分もギターを弾きこなせないとダメなんじゃないかと思い込んでたんだよね。

そんな気持ちが180度変わったのは、昨年さいたまスーパーアリーナで行われた、エリック・クラプトンとのジョイントライブを観てからだ。
初めて見た生ベックはとにかく凄まじかったのである。指使い一つで、白いストラトキャスターが人の声のように叫び、泣き、歌う。トーンの一つ一つ、フレーズの一つ一つまでが完璧に制御され、まるでギターが身体の一部分になっているかのようにさえ見えた。
数え切れないくらいライブを観ている僕だけど、あんなに生々しいギターを聴いたのは生まれて初めて。しかも、それがただのテクニック披露大会ではなく、きちんと音楽として成立していたのだから二度びっくり。ほんとなら、慣れ親しんでるブルースを基盤にしたプレイをするクラプトンの方が、自分的にはしっくりきやすいはず。なのに、終わってみたら心を打たれたのは圧倒的にジェフ・ベックだった。以来、機会があったら絶対に単体のジェフ・ベック・ライブを見なきゃ、と思っていたのだ。

その機会は意外に早く訪れた。2010年4月、花冷えのする日本に、ジェフ・ベックは「Emotion & Commotion」という新作を引っ提げて来日したのである。このチャンスを逃したら、今度はいつ観られるかわからない。絶対観なきゃ!と思った。
このツアーで、ベックは新しいメンバーとバンドを組んでいる。去年のヴィニー・コライータとタル・ウィルケンフェルドがすごく良かったんで、最初ちょっとがっかりしたんだけど、すぐに思い直すことになる。それは、ドラムにナラダ・マイケル・ウォルデンが来る事がわかったからだ。この人、かの名盤「WIRED」でベックと一緒にやっていた名プレイヤー。80年代は超売れっ子で、高中正義のアルバムで叩いてたこともあったっけ。最近はプロデューサーとして大成功しちゃったから、もうドラムは止めてたのかと思ってた。それがベックと一緒に来るってのなら、これはもう「WIRED」の再現じゃないか。がぜん気持ちが盛り上がってきた!

この日のライブは日本公演最終日ということもあり、会場の国際フォーラムは満員。最近の洋楽不況が嘘のような盛況ぶりだった。年齢層は高めだけど、いかにものギター小僧だけじゃなく、スーツ姿の普通のおじさんも多くて、この人の根強い人気を感じた。

開演時刻の19:00を10分ほど回って会場が暗転。オープニングの「Eternity's Breath」に続いて「Stratus」が初っ端から飛び出す。白いストラトキャスターから耳に馴染んだリフレインが弾き出されていくんだけど、その演奏は昨年観た時とはまた一味違っていた。これは常に新鮮なプレイを求めているベック自身のプレイぶりももちろんだけど、やっぱりバンドメンバーが変わったことが大きい。ナラダ・マイケル・ウォルデンはやっぱり強力だった!ヴィニーが超絶技巧で聴かせるドラマーだとしたら、ナラダの身上は力強さ。とにかく、一音一音が地響きがするほどドカドカ響き渡るのだ。加えて女性ベーシストのロンダ・スミスは、長くプリンスのバックをやってた人。この強力な組み合わせのおかげで、バンド全体がファンキーな味わいとロックっぽい力強さを増した。

ロンダ・スミスのベースソロに続いて、3曲目では待ってましたの「Led Boots」!「WIRED」の再現となるジェフとナラダの邂逅だ。個人的にはこれが今回の目玉曲かと思ってたんで、まさかこんな早い段階で演奏されるとは思わなかったなあ…。ベック先生はリフを決める毎に腕を振って客席を鼓舞。ストラトの艶やかな音色とパワフルなリズム隊からの強力なビートが、マシンガンのように客席に投げ出されてゆく。

そして、新譜からのナンバー「Corpus Christi Carol」が。熱くなった頭を冷やすかのように静謐なナンバーだ。ジェイソン・リベロが幻想的な音色でベックのギターを盛り上げる。
こんな感じで、今回のベックのライブは、新作の「Emotion & Commotion」からの曲を中心にしながら、間に定番曲を挟み込むようなセットリストだった。実はオレ、ライブを観るまではちょっと心配だったんだよね。今度のアルバムはオーケストラとの共演があったり、しっとりと聴かせる曲が多いから、ライブもちょっと地味な展開になるかもなあ、と思ったりしてて…。だが、蓋を開けてみるとミディアムな曲とハードな曲とが絶妙の順番で飛び出すセットリストになっていて、かえってベックのプレイの多彩さを楽しめる構成になっていたと思う。「Rollin' And Tumblin'」とか、何曲かではロンダ・スミスがボーカルをとるんだけど、これもむちゃくちゃパワフルで良かったなあ。

しかし、何度も言うようだけど、ジェフ・ベックのギターはほんとスゴイ…。もう、こんなスゴイ人をスルーしてたオレはなんてバカなんだろうと、ヤケ酒を呑みたくなるぐらいだ(笑)。
思うんだけど、ジェフ・ベックみたいな人のライブって、90年代以降のPAシステムの向上で、その良さが倍増したんじゃないだろうか。今回のライブだって、国際フォーラムは元々あんまり音のいい会場じゃないんだけど、腕のいいPAミキサーのおかげか、低域・中域・高域ともすごくバランスがとれた聴き易いサウンドになっていた。そのおかげで、ベックの細かい技、プリングオン・オフやらタッピングやらがはっきりと聴き取れ、ギター・テクをしらない僕みたいな客にも、その超絶ぶりがはっきりとわかるようになったのだ。トーンコントロールとか、ほんと絶妙。ギターってこんなにいろんなことのできる楽器だったんだなあ、って唖然としてしまうぐらいだった。
しかも、それがちゃんと音楽として成立していることが何よりも素晴らしい。これはもう、ロックとかフュージョンとかのジャンルを超越しているのではないか。強いて言えば、唯一無二のジェフ・ベック・ミュージック。そうとしか言えない。
本編最後にプレイされた「A Day In The Life」なんて、観てたらなんだか無性に泣けてきた(苦笑)。ジョン・レノンの作ったビートルズのあの曲が、21世紀にこんな思いもしなかったアレンジで演奏され、極東の島国で演奏されている。ロックもここまで来たんだなあ…、なんて感慨深くなっちゃったんだ(笑)。

見た目も、御年66歳とはとても思えないぐらい若々しいジェフ・ベック。体形は若い時とほとんど変わらず、上腕は筋肉が盛り上がっているのが客席からもはっきりとわかる。
かつてベックは、いつまでも若々しくいられるコツをインタビュアーから質問され、「必要ない時には食べないことだ」と答えてたっけ(笑)。オレ、これってすごくジェフ・ベックらしい発言だと思うんだ。いつまでもステージに立ち続け、刺激的なプレイを続けるためには、ギターをメンテするように、自分自身の身体をもきちんと制御しておかなければいけないと、そんなことを思ってるんじゃないかなあ、この人は。
ベックぐらいの歳になれば、新しいことにトライするより、それまでの活動を総括するような展開にシフトする人が多いと思う。だけど、この人は今でもアルバム毎に追求する音楽を換え、ギターの可能性を切り拓こうとしているのだ。ジェフ・ベックのギターがこんなにも刺激的なのは、そのサウンドの中に、彼自身の飽くなき向上心が感じられるからなんだろう、きっと。
ステージで滑り止めの白い粉を、もうもうと白煙が立ち込めるほど指にふりかけるベックの姿は、まるで一球一球に魂を込める現役のピッチャーのようだった。

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2010年4月10日 (土)

分校かっ!?

今年の春はうちの家族にとって、ひとつの節目の季節だった。12歳の長男と6歳の次男がそろって中学校と小学校に入学したのである。6つ離れた二人の兄弟。小さいと思っていた次男も、兄と入れ替わるように大きなランドセルを背負って校門を潜って行くのを見ると、つくづく歳月の過ぎるのは早いと感じる。子供ってのは、初夏の若葉のように、日一日と成長していくものなのだ。こっちは25を過ぎた頃から大人になりきれずにいるのに…(苦笑)。

それにしても驚いたのは、上の子の入学した中学校の人数の少なさ。せがれは中学受験をせず、学区域の公立中学に進んだんだけど、1年生は1クラスしかなくて16人しか生徒がいない。しかもそのほとんどは同じ小学校から来た子ばかりなのだ。実は小学校も一クラスだけだったから、ほとんどの子は顔なじみ。当然クラス替えなんてできないから、これからも同じメンバーで3年間やっていくことになる。

1960年代生まれの僕らの子供時代と比べれば、今は全国的に子供の数が減ってしまっているから、これは全国的な現象なのかというと、当たり前だがそうではない。実は、子供の数は東京だけでも地域によってかなりの違いがあるのだ。多摩地区など東京西部は比較的子供の数が多いから、公立小中学校もほとんどが複数クラスを擁しているし、この10年余りで新築マンションが続々と建っている江東区なんか、公立学校が不足してさえいるという。
それに対して、都心は昔より子供の数が減っているのだが、学校の数はそのまま維持されているから、いい意味で言えば、親はいろんな選択が可能だ。僕の住んでる地区などは教育熱が比較的高いから、クラスの半分ぐらいは中学受験をし、その他の子たちは地元の中学に進むわけだけど、どうしてもクラブ活動の盛んな学校に人気が集まる傾向がある。加えて、単学級よりは複数クラスが可能なだけの生徒数が見込める学校を求め、人が集まりそうな噂のある学校へとどんどん越境入学してしまうのだ。そのあおりで、いったん生徒数が減り始めた中学校は、いったんそうなると歯止めが利かなくなる。

うちのせがれは、学校のクラブとは別に水泳をやっているから、クラブ活動が盛んか否かはどうでもよく、家から近い学区域内の中学に行かせたんだけど、開けてびっくりだ(笑)。小学校時代を併せると、同じクラスメートと9年間も顔を突き合せ続けるってどうよ?山の中の分校じゃあるまいし…(苦笑)。
もっと可愛そうなのは女の子たち。なんと、1年生はたった4人しかいないのだ!体育の授業なんかこれでどうやってやるんだろう?そんなことより、女の子はこれから何かと難しい時期に入る。人間関係が拗れた時なんて、逃げ場がなくて辛いだろうなあ、なんてことまで考えてしまった。

まあ、せがれはけっこう楽しそうに通ってるからいいんだけどね。あとは、ぬるま湯みたいな環境に安住しないで、自分の行きたい高校を見つけてきちんと準備をして欲しいと願うばかりだ。

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2010年4月 2日 (金)

見られなかったボブ・ディラン

Bob_2 今年の春はボブ・ディランが9年ぶりの来日公演を行った。ライブに行った人の話を聞くと、みんな一様に“よかった!”って言うんだよね。僕は29日月曜日のチケットを買ってあったのだが、年度末の業務多忙で行けずじまい。ああ~1万2千円が紙切れに…(苦笑)。いやいや、そんなことはどうでもいいのだ。残念なのはライブハウスで演奏するディランを日本で見る機会は、もう二度と訪れないだろうということ。もしかしたら、来日公演自体これが最後になってしまうかもしれない。
うーん、書いててまた悔しくなってきたなあ…。責任ある仕事をしてるから、ってことで納得してはいるんだけど、本当は人生にはもっと大事なものがあるんじゃないだろうか?そこには今のディランの生き様を見ることも含まれるんじゃないだろうか。大げさじゃなくてほんとにそう思ったりもするのだ。

そう言えば、この人の最新アルバム(と言っても、去年の今頃出たやつだけど)のタイトルは「Together Through Life」という。このタイトルに達観したタッチを感じるのは僕だけ?
最近のディランは肩の力が抜けていて、本当にやりたいことをやっているように見える。80年代の一時期のように、自分と時代とをなんとか併せようと四苦八苦することはとっくに止め、自分を偶像視する大衆の目も気にせず、ただミュージシャンとして気の赴くままに、好きな音楽をやっているだけ。要するに、ディランがディランとして完全に覚醒しちゃったわけ。そうなれば誰もこの人にかなうわけがない。素晴らしいと思うよ、今のディランは。

最近のディランのアルバムにおける最大の特徴は、僕が思うに音の感触だと思う。それはもう、R&Rをやろうがブルースをやろうが、今回のようにテックス・メックス風味を加えようが、終始一貫している。R&Rが生まれた50年代すら遡ってしまい、まるで20年代・30年代の古いジャズのレコードのようなサウンド。アメリカの古きよき時代に流れていた大時代的なサウンドを、あえて21世紀にやっている。その音にのって、ディランが例のゲロゲロ声で気持ち良さそうに歌うのだ。自信たっぷりに…。

このアルバム、1曲目の「Beyond Here Lies Nothin'」からいきなりカッコいい。ウッドベース、アコーディオン、トランペットで大時代的な音が展開する。時代も流行も関係なし。堂々のルーツ・ミュージック。
そして2曲目の「Life Is Hard」で僕の気持ちは鷲づかみされてしまう。ロックンロールはもとより、スウィングさえ生まれる前の古いジャズ・バラードみたいな曲調にのって、ディランは“人生は辛い”と歌うのだ。こんなことをこんな風にさらりと歌える人が、今の時代何人いるんだろう?ディランのヴォーカルは、まるで誰かに語りかけるような感じ。ブルージーで、ほろ苦くて、温かくて、ロマンチック。うーん、ディランがこんなに“歌える”ボーカリストだったとはなあ…。
オレにとって、最近のディランのアルバムを聴く時は、ロックのアルバムを聴く時より、ブルースの名盤を聴く時に近いようなフィーリングを覚える。

間違いなく言えることは、これは“一回りしてきた人”だからこそ作れる音楽であるということ。ブルースを聴いてきて、フォークをやってきて、ロック化して、世界中を巡った末に得た結論が古きよき時代のアメリカに回帰することだった。なーんて言ってしまうと、わかり易すぎるくらいわかり易い結論になっちゃう。でも、ハードな人生を潜り抜けてこなければ、こんなに達観したところから音は鳴らせないと思うんだよ。

きっとボブ・ディラン、ZEPP TOKYOを埋めた満員の観客の前で、例のすっとぼけた顔で時代も何も関係ないあのオールドなサウンドを鳴らしたんだろう。
うーん、いいなあ…。やっぱし、見たかったなあ…。でも、負け惜しみじゃないけど、この先が見えない不安な時代、21世紀の桜の季節に亜米利加音楽の伝道師がふらりと極東の国にやってきてくれた。それだけでも僕は十分に励まされるのである。ハードな時代だけど、なんとか頑張り続ければ、いつかまたディランに会える時が来るかもしれない。あ、だから“Together Through Life”なのか…。うーん、またヤラれちゃったなあ、ディランに…。

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