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2010年5月

2010年5月31日 (月)

リクオ・ライブ「セツナグルーヴ2010」 / 5月28日(金)横浜 ThumbsUp

5/28(金)横浜ThumbsUp(サムズアップ)
「セツナグルーヴ2010」
【サポート】寺岡信芳(ベース)/朝倉真司(パーカッション)/阿部美緒(ヴァイオリン)
【ゲスト】多和田えみ(VO)
前¥3500 当¥4000 開場18:30 開演19:30

このライブ、すごく楽しみだったんだ。大好きなサムズアップでリクオがバンド形態でのライブを初めてやる…。最高の場所で最高のメンツが揃うだけでもわくわくするし、今回はソロアルバム「RIKUO&PIANO」リリース以降はじめて見るバンドでのライブになるわけで、充実の弾き語りカバーアルバムを出したリクオが、バンドに戻ってどんな化学反応を起こすのかも本当に楽しみだった。

ライブは、期待以上に素晴しいものになった。もう、見所・聴き所たっぷり。
それと、この夜はお客さんの自然な盛り上がりがとても素晴らしかった。序盤こそ様子見的なタッチがあったんだけど、ライブが進むにつれバンドの強力なグルーヴとリクオのボーカルの説得力に、観客の心がどんどん解放されていくようだった。後半にはステージと客席が一体となっての大盛り上がり大会。サムズアップならではの素晴らしい波動が生まれていた。
なんて言うんだろう、この夜は決して傍観者ではいられないライブだったように思う。ステージも客席も関係なく、全員が参加して作り上げたライブ空間に身を置いているということを強く感じさせてくれた一夜だった。

2部から登場してきたゲストの多和田えみも素晴らしかった。僕は忌野清志郎のレコ発イベントで彼女とリクオの組み合わせを既に見ていたんだけど、この夜の多和田えみはあの時よりずっと良かったと思う。
リクオ・バンド+多和田えみは、5曲を演奏したのだが、カバーが3曲含まれていた。まずはRCサクセションの「夜の散歩をしないかね」。オリジナルよりずっとジャジーなアレンジのピアノに乗って歌い上げる多和田えみのソウルフルなボーカルは、なかなか聞かせた。もう1曲は「スローバラード」。これは出だしを切々と歌うリクオに胸を打たれたなあ…。
でも、それ以上にぐっときたのは、ボ・ガンボスの「Sleepin'」。うーん、なんてイイ曲なんだ!日本に生まれて日本で育った僕らのホーボー感覚を、これほどうまく表した楽曲ってそうそうないと思う。屋根の上に上って何処までも続く夏の青空を見てるみたいな、なんともいえないイイ気持ちになった。

バンドのグルーヴは、後半になってどんどん加速していく。
この夜のリクオは、ただ演奏するだけじゃなく、観客にもコーラスを促したり、ライブへの参加を求める場面が多かった。もともとリクオのライブはそういう観客参加型のところがあるが、この日はいつも以上にそういう感じが大。「アイノウタ」なんか、観客全員を巻き込んでの大合唱だったもんね。素晴らしいムードだった。
リクオは、冗談めかして「歌は聴くものじゃなくて歌うものだと最近つくづく思う」って言ってたけど、これ、僕も全く同感だ。っていうか、こういう感覚は、きっとリクオに教えてもらったんだと思う。
以前の僕は、ライブでみんなで合唱したり手拍子したりウェーブしたりするのは、カッコ悪いことだと思ってた。ま、今でもウェーブとかには抵抗があるんだけど(笑)、一緒に歌うのは全然抵抗ないなあ…。抵抗ないっていうより、自然に歌っちゃってるんだもん、オレ。音楽で本当に自己が解放された時って、自然とくちびるをついて歌って出るもんですよね。そういうナチュラルな感覚を一番最初に気付かせてくれたのは、リクオのライブの場だったと思うんだ。

聞きものだったのは、ソロアルバム「RIKUO&PIANO」からも2曲が演奏されたこと。SOUL FLOWER UNIONのカバー、「道草節」はバンドになるとえらいゴージャスなムードなんだけど、サビは男も女も大合唱でみんな笑顔笑顔の酔っ払いだ(笑)。この歌、オレも大好きで普段の暮らしの中でも、ふとした瞬間に口をついて出ることがあるんで困っちゃうんだけどね(苦笑)。
もう一曲は「胸が痛いよ」。これも最近のリクオの定番になっちゃったなあ。しみじみイイ曲です。

寺さん、朝ちゃん、阿部美緒の演奏が素晴らしかったのは言うまでもない。最高のグルーヴだった!
実は、このバンドでのライブが7月にも江ノ島であるのだ。場所は海を見下ろす最高のロケーション。ゲストはなんと小坂忠!これはもう、今日以上にいいライブになるに違いない。絶対見なきゃ!

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2010年5月26日 (水)

Leyona Live Trip “Patchwork”2010 / 2010年5月26日(水) 渋谷クラブクアトロ

Leyona Live Trip “Patchwork”2010
2010年5月26日(水) 渋谷クラブクアトロ
OPEN/START 18:30/19:30

去年の10周年記念ライブとか、ブルース・ザ・ブッチャーのライブに飛び入りしたりとか、Leyonaのライブは事あるごとに観ているような気がするんだけど、正式な単独ライブは実はけっこう久々なのだ。この日は3月にリリースされたニューアルバム「Patchwork」に合わせた短いツアーの千秋楽。いやあ~相変わらずご機嫌だぜ、Leyona!彼女ならではの自由空間を十二分に堪能させてもらった。

開演時間を少し回ってフロアにお馴染みのI BELONG TO BANDが流れると、バンドのメンバーが次々にステージに現われる。Leyonaはブラックジーンズにピンクのタンクトップ、黒のストローハットという夏らしいスタイル。華やかな雰囲気にクアトロの空気が一瞬で変わった。
Leyonaのライブはいつもそう。サウンドだけじゃなく、場の色や匂いまで変えてお客さんを丸ごと特別な空間に連れて行ってくれる。最近はそういう彼女ならではフリーなタッチを知っているファンも多いようで、会場にはひとりで来てる女の人も目に付いた。彼女たちが人目を気にすることなくニコニコと踊ってる姿を見てると、こっちも楽しくなってきてしまう。

バンドはもう、オープニングの「Cracking」から余裕しゃくしゃくだった。前にも書いたことがあったと思うけど、このバンドはLeyona史上最強だな…。沼澤尚(dr)と鈴木正人(b)のリズム隊はファンクからブルーズまでなんでもござれ。強力なビートで観客のコシを直撃するものから、しっとりと歌い上げるバラードのバックアップまで、多彩なサウンドでLeyonaを支えていた。
そこに色を加えるのは、アイゴンこと會田茂一のギター。オレ、この人のギターワーク、かなり好きだ。世代が近いせいかもしれないけど、70年代ロックへの憧憬が隠しようもなく滲み出ちゃうのがたまらない。この日のアイゴンは、クリーム色のダンエレクトロをメインに使っていたんだけど、こいつがまたLeyonaの楽曲に良く合うのですよ。ざらっとしたトーンはファンキーなリフにもイケテるし、スワンプ的なフレーズにもばっちり。エフェクトを駆使してサイケなトーンだって作れる。最近は使ってる人をあまり見かけなくなっちゃったけど、いいギターですね、これ。欲しくなっちゃったぜ、オレ。あんなに上手く弾けないけど(苦笑)。
加えてアイゴンとLeyonaは、彼女がデビュー仕立ての頃にCSの番組で一緒に司会をやってた仲だから、Leyonaにとってアイゴンは気心知れたセンパイみたいな感じなんだろう。この日はMCの掛け合いはあんまりなかったんだけど、Leyonaにとっては、隣にアイゴンが立ってるだけで安心、みたいなタッチがきっとあるんだろうな。

そんなバンドの充実ぶりはLeyona自身もよくわかってるみたい。この日のライブは、ソロシンガーというより、バンドのボーカリストみたいな立場に自分を置きたいLeyonaの気持ちがはっきり見えた。そのひとつが彼女がギターを持つ曲が今まで以上に多くなったこと。きっと、自分もバンドの一員であるという意識が強くあるんだと思う。
Leyonaのギター、すごく上手くなったと思う。デビューしたての頃、佐藤タイジに“ギターは練習やでぇ~”って言われたらしいけど(笑)、確かにこつこつ練習したんだろう、この上達ぶりは。清志郎がそうだったしミック・ジャガーもそうなんだけど、ボーカリストで味のあるギター弾く人ってけっこういるよね。特に、ボーカリストのギターはカッティングがキレキレの場合が多い。まあ、自分が歌って合いの手を入れるわけだから、タイム感がジャストなのは当たり前かもしれないけど、Leyonaのギターもその域に達しつつあると思う。

セットリストは、新譜からの曲ばかりではなく、最近のアルバムを中心にいろいろやってくれた。だけど、個人的には、やっぱり「Stepping Stones」とか「GET DOWN」みたいな、新譜からの70年代ロックの香りがするアップテンポのヤツが印象に残ったなあ…。
実は、ちょっとこの日のライブを観てて思ったんだけど、Leyona、もうちょっと曲を絞りこんでもいいんじゃないかとも思う。この人はなにしろ上手いから、何を歌ってもサマになっちゃうんですよ。でも、あんまりいろいろやっちゃうと、逆にLeyona色が薄くなっちゃうような気がするんだよなあ…。
この日は、ライブ中盤にじっくり聴かせるタイプの曲が多かったんだけど、終盤のジャンプナンバーでフロアが一気に盛り上がったように、やっぱりみんなが彼女に求めてるのはしっとり歌いこなす楽曲よりも、ダンサブルなR&Bだと思うんだよなあ。オレもそう。そういうアゲアゲのヤツでライブ一本貫いちゃったってイイじゃん!とおぢさんは思うのであった(笑)。

とは言っても、やっぱりギターの弾き語りは素晴らしかった。それと、ちょっと胸がきゅんとしたな。
だって、Leyonaってばアコギを持って椅子に腰掛けるなり“なんて素敵な夜だろう いつも夢見てたことさ…♪”なんて歌いだすんだもんよ…。続けて歌われたのは“Good Lovin'”。こういう曲をカバーしようと思う気持ち、その気持ちがなにしろ素晴らしいと思う、オレは…。
この2曲以外にも、“ダンスミュージック☆あいつ”での「膝まづきガッガッガ」とか、Leyonaのステージを見てると清志郎の影を見ることがしばしばある。自他共に認めるRCサクセション、忌野清志郎フリークだからなあ、彼女は。清志郎の遺伝子は確実にLeyonaの細胞に入っている、そんな気がした。
MCで何度もお客さんへの感謝と、自分がこうしてライブができる幸福を語っていたLeyona。その気持ちをカタチにするかのように、ラストの曲は“Thank You”だった。
Leyonaは今年デビューから11年目を迎えたけど、自分がミュージシャンであり続けられることの喜びや、音楽と関われることへの感謝の気持ちは全然変わってないんだと思う。

これからLeyonaの大好きな夏がやってくる。また近いうちに彼女のパフォーマンスを見たい。そう思った。

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2010年5月19日 (水)

【本】「IQ84」Book3 / 村上春樹(著)

9784103534259 遂に出てしまったBook3。いやあ~これが出たのはまったく予想外だった。だって、この小説のテーマや世界観はBook2までで既に出尽くしてるじゃん。続編があるとすれば、広がるだけ広がった物語をどう収束させるかという点だけになるはず。そこまで読者の面倒をみなくてもいいと思ったんだよ、オレは。実際、15年前の村上春樹だったら、そこまでオチのついた小説は書かなかっただろう。

だが、読み終わった今、これはこれでアリかなあと思えるようになった。
予想どおり、Book3では新しいテーマや命題は出てこなかった。だけど、それがかえってストーリーの流れを明確にし、村上春樹のストーリーテラーとしての持ち味を際立つことになったと思う。背後に横たわる重いテーマ以前に、ロードムービー的な面白さでぐいぐい読者を惹き付けてしまう。
ほんと、これほど時間を忘れて小説の頁をめくったのは久しぶりだ。ティーンエイジャーの頃、寝る間も惜しんで読み込んだ長編小説の醍醐味を思い出した。

村上春樹は、この小説に関する数少ないインタビューの中で、「Book2を書き終わった時点でもなんだか気持ちが落ち着かなかった。作品が続きを書くことを求めている」といった旨の発言をしている。これはすなわち、彼が創造したものが作者の意思をも超えるほど大きくなったということなんだろう。
だが、それに対して作者自身が落とし前をつけるかどうかは、また別の話だ。そこには、ある種の責任が伴う。それをあえて行ったところに、オレは作者自身の深化をも感じるのだ。

この小説のテーマはとても複眼的。カルト宗教、9.11、学生運動の行方、原理主義、戦後日本の歩み、父と子の関係…。ここには、90年代以降の村上春樹がコミットしてきたさまざまなテーマがすべて内包されていると思う。
その中でも、一番のベースになっているのはやはりオウム真理教の一件なのではないか。犯罪者的な要素をなんら持たないごく普通の人間が、流れのままに重い罪を犯してしまった…。村上は、林泰男死刑囚を渡ってはいけない橋を渡ってしまった理想主義者と捉えたのだと思う。何がしかの強い外的要因に触発されれば、誰もが“あちら側”に行ってしまう事が有り得る。そんな危うい世界に僕らは生きているのだと、90年代以降、この作家は繰り返し説いてきた。

この混沌とした時代を生き抜くために、人は誰もが精神的な支えを必要としている。それは宗教だけではなく、何がしかの力を持った誰かの大きな声であったり、大衆の見えざる手であったり、仮想空間で装った自分のダミーだったり、さまざまだ。村上春樹がかつて創造した“やみくろ”は、カタチを変えてこの世界に生き延びている。
作家は、それに抗えるほどの力を持った小説を産もうとしたのだ。その悲壮な決意だけで、オレはもう泣きそうになってしまう。

この長い物語の中で、村上春樹は、人は誰もが孤独から再生できることを証明した。時間は、またそれに付随する世界は、直線的に進むものでも螺旋形に昇っていくものでもない。それぞれの視点でどうにでもなるのだ。そんな概念を、これほどリアルに描き切った小説が他にあっただろうか。そして、そこで主人公が巨大な力に対抗した最終兵器、それれがなんと“純愛”だなんて!泣くぜ、ほんと。こんなセツない小説があるだろうか…。

Book3でも解明されなかった幾つかの謎や矛盾がある。それはまたBook4で…って思ってる人もいるみたいだけど、うーん、それはないんじゃないか…。
オレが思うに、すべては解決されていると思うのだ。いや、解決というより、主人公たちの決断は既に下されていると言ったほうがいいか。Book4があるとするなら、その決断がどうカタチになっていくかを描くのだろうけど、そこまではいいよ、オレは。もうこれで十分。

ただ、ひとつ。
牛河氏がこうなってしまったのだけは悲しい。これはセツナすぎるぜ…。
もし、Book4が出て、彼のアナザーストーリーが始まるのなら嬉しいんだけどな…。

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2010年5月17日 (月)

あの人に会いに

清志郎のご家族から思いがけない報せが届いたのは、4月最後のよく晴れた日だった。
そこには、お墓ができた旨が記載された手紙と、香典返しの品が…。
一周忌に間に合うよう、お墓を建立されたご家族のこの一年の心労は、如何ほどだったことか。ロックンロール・ショーという世間の喧騒を余所に、ご家族は大切な人を送り出した後の諸々を粛々と行っていたのだ。できることなら、ここまで漕ぎ着けた景子さんに、心からお疲れ様と言ってあげたいと僕は思った。

忌野清志郎は高尾に終の居を構えることになった。
お墓ができたということに、嬉しいという言葉を使っていいのかよくわからないが、とりあえずここに来ればいつでも清志郎に会える、そういう場所ができたことは素直に嬉しい。なんだかほっとした気持ちだ。

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今日、さっそく清志郎に会いに行ってきた。自分の気持ちの中では、どうしても今月中にお墓参りをしておきたかったのだ。

緑の山々。小鳥の鳴き声。小川のせせらぎ。爽やかなそよ風…。清志郎は、素晴しく気持ちのいい所で眠っていた。都心から離れた緑の中にお墓があるってのは、なんだかイイなあ。浮世の戯れ事はとりあえず麓に置いて、高尾の清々しい空気を吸うだけでも身も心も浄化されていくような気持ちになる。
考えてみたら、もともと三多摩育ちなんだもんな、清志郎は。日本中をツアーで回って、時にはメンフィスまでぶっ飛んじゃったりもしてたけど、結局はここに戻ってきたってわけか…。なんだか“お帰り!”って言いたくなってしまうよ(笑)。

平日の午前中。誰もいない墓地。初夏を思わせる陽射しの中で、快くまで清志郎と話をしてきた。
清志郎、なんだかむこうですごく楽しそうだったよ…。

清志郎さん、こっちはいろいろと大変ですが、まあ焦らずぼちぼちやっていきますわ、オレ。
また夏前に来ます!

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2010年5月14日 (金)

2007年、忌野清志郎+仲井戸“CHABO”麗市

41r8xyq677l__sl500_aa300__2忌野清志郎と有賀幹夫さんとのコラボレーション、写真展『NAUGHTY BOY KING OF ROCK'N ROLL』の東京での開催が終わった。5月6日から11日までのわずか6日間という短さではあったが、開催中はきっと多くの清志郎・RCサクセションのファンが足を運んだことだろう。
自分は初日に写真展に行ったのだが、帰宅後に会場で購入した写真集を見ていて、あることに気が付いた。2007年に撮影された清志郎とCHABOの2ショットが、写真展と写真集とでは配置が違っているのだ。

有賀さんのコメントによれば、この写真は清志郎が「イマジン」で素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた「ジョン・レノン・スーパー・ライブ」の打ち上げでの一コマで、CHABOが有賀さんの存在に気付いて視線をくれたところを1回だけシャッターを押したものらしい。
写真展では、この2ショットがトップに展示され、2枚目からは86年のRCサクセションまで一気に遡って、以後時代を追って展示が進む流れになっていた。だが、写真集では86年から始まって時系列で写真が流れ、この2ショットが出てくるのは一番最後という構成なのだ(正確には、最後の最後の写真は清志郎が愛用したテレキャスターの写真だが)。

いったい、この違いは何を意味しているのだろう?時系列で考えれば、写真集で時代順に並べてあったのを、写真展では何らかの意図で、もしくは有賀さんに何か考えがあって“あえて”変更したということになるのだが…。
じゃあ、その意図とは、有賀さんの考えとは何なのだろう?写真展の時に気が付いていれば、直接有賀さんにお聞きできたのだが、気が付いたのは帰宅後。でも、時が経つにつれて、これはなんだかとてもとても大切なことのように思えてきた。

なので、思い切って有賀さんに直接メールしてみたんですよ。
ありがたいことに、有賀さんからの返事はすぐに来た。今、僕は胸の支えがとれたような気持ちなんだけど、もしかしたら他にも同じようなことを思っている人がいるかもしれないし、有賀さんの話はファンにとって大事なことが示唆されてるようにも思ったので、ちょっとその内容を紹介してみたいと思う。

まず、有賀さんもこの2007年の2ショットはとても重要だとおっしゃっていた。なぜなら、この1枚が有るかないかで、写真集と展覧会が、懐かしいね、で終わるかそうでないかの大きな差がでるからである。
そして、写真展では、エンド・エピソードからストーリーが始まる映画のようなイメージを、写真集では小説のような流れを意識してこういう構成にしたということであった。また、写真集ではNo.121の『covers』レコーディング時における清志郎とCHABOの2ショットと近いページにあえて2007年の2ショットを置くことで、ある意味悲しい時の流れも表現したかったとのことであった。

僕は、特にこの最後の言葉が深く心に残ったんだ。もちろん、ただウェットなだけの本にしたかったわけではない、とも有賀さんはおっしゃっていたのだが、忌野清志郎という日本ロック界における巨星が去ってしまった事実と悲しみを、有賀さんは真正面から受け止めてこのプロジェクトに携わっていたんだな、ということが痛いほど伝わってきた。

写真集を手に入れてから、僕は何度も何度もこの2ショットを見ている。そして、見るたびにいろんな感情が生まれるのを感じるのだ。
カメラを意識して止まっているCHABOに対し、まるで立ち止まらず何処かに行ってしまいそうな清志郎…。この写真の清志郎には、本当に不思議な雰囲気を感じる。その後の2人を知っているからこそ、そう見えるのかもしれないが、清志郎は、この写真を通して、僕らへの惜別の想いと後をCHABOに託しているようにも思えるのだ。

僕には、この写真は偶然生まれたものだとはどうしても思えない。80年代の輝ける時代に出会った有賀幹夫さんと清志郎、CHABO。その3人が、2007年のあの時点で出会うべくして出会った必然の邂逅だったのではないか。そして、こうして今、ファンの前に公開されることも必然だったのではないか…。

ふー。ため息ひとつ…。
一枚の写真が語りかけてくるたくさんのイメージに、その重さに、僕はただただ圧倒されている。

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2010年5月 9日 (日)

An Evening EPO&RIKUO / 2010年5月9日(日) 神奈川県藤沢市 太陽ぬ荘(てぃーだぬそう)スタジオロビー

この日のライブは、リクオとEPOというちょっと信じられないような豪華な組み合わせ。3月にEPOがパーソナリティーをやっているラジオ番組にリクオがゲスト出演し、話が盛りあがってその勢いでこの共演が決まってしまったそうだ。

実はオレ、EPOのライブを観るのはこれで3度目なんだ。
初めて見たのはもう20年ぐらい前。当時付き合ってた女性がEPOのファンで、彼女に連れられてクリスマスに新宿の厚生年金まで出掛けたんだよね。この頃のEPOは元気いっぱいにポップスを歌っていた時期で、RCだのスライダーズだの男臭いライブにばかり行っていたオレは、その華やかさにびっくりしたことを憶えている。
それと、何の曲だったかでEPOが歌詞を間違え、曲を最初からやり直したことも…。ライブで歌詞を間違うなんて別に珍しいことじゃないよね?その時だって、言われなきゃわかんないぐらいの間違いだったはず。他のミュージシャンだったら、そのまますっとぼけちゃうだろうに、わざわざアタマからやり直したんだ、この人は。
アンコールでは、なんとマイクを通さずアカペラで「ハーモニー」を歌った。あれはきっと、ファンへの感謝を生声で伝えたかったんだろう。さらに、後から本人の直筆サイン入りで、ライブに足を運んだことに対するお礼の葉書が送られてきた。
これまで数え切れないくらいライブを観ているオレだけど、お客さんに対してこれほど気を遣ったミュージシャンは他に思い浮かばない。この時から、EPOってつくづく生真面目な人なんだなあ~というイメージが、オレにはある。
2度目に見たのは、90年代に今の奥さんと見た「FANTAGIA」っていうミュージカルみたいなライブ。これはあんまり記憶に残っていないんだけど、ディック・リーやチボ・マットのようなアジア系のミュージシャンが何組か出ていた中、EPOの歌の上手さが際立っていたのだけは、よく憶えている。

その後は彼女のライブに足を運ぶことはなくなっちゃったんだけど、時々無性に聴きたくなる人なんだ、EPOって。
90年代に入ると、彼女は作風が大きく変わり、自分の内面を深く見つめたアコースティックな楽曲が多くなった。アルバム「FIRE&SNOW」とか「WICA」に見えるのは、ポップス歌手EPOではなく、孤独と闘いながら自分のあるべき姿を探し続ける一人の自立した大人の女性の姿だ。それは社会人になり立てで、いろんなことにどん詰まりになっていた頃のオレにとって、とても癒され励まされるものだったのである。
最近はセラピストとしても活動しているというEPO。久しぶりに見る彼女が、いったいどんな歌を歌ってくれるのか、リクオとの共演がどんな感じになるのか、オレはこのライブを本当に楽しみにしていたんだ。

この日は事故で電車のダイヤが大幅に乱れ、EPO自身も到着が遅れた関係で、予定よりやや遅れての開演となった。場所はリクオの地元(そして葉山在住のEPOにとっても地元)、藤沢の音楽スタジオ「太陽ぬ荘」。ここは1年前にもリクオとeliのジョイントライブで来たことがあるのだが、スタジオなのにバーカウンターがあって、お酒も飲めちゃうご機嫌なお店。はっきり言って、下手なライブハウスよりずっとリラックスできちゃう。
お店には地元の音楽ファンがたくさん詰め掛けていた。オレにとっては完全アウエー(笑)なんだけど、何人かの知り合いにも会えたし、この町の人たちのフレンドリーな空気が全然疎外感を感じさせなかったなあ…。開演直前には山口洋も姿を現し、藤沢の音楽人間全員集合!みたいな雰囲気だった。

ジョイントライブ、まずはEPOの登場だ。客席を通ってにこやかに登場してきたEPOさん、まずはその変わらない美しさにびっくりだ。白い衣装から出た肩と腕は健康的な小麦色に焼けており、笑みを浮かべた穏やかな表情は昔と変わらないチャーミングさ。歌いだすとさらに驚き。声も昔のまま!っていうか、昔よりも若返ってんじゃないか?むしろ(笑)。
ギターを抱えて弾き語りで歌われた最近の曲は、80年代の元気いっぱいのポップスとは違っていたけれど、まるで若葉の季節に降る小糠雨のように優しく胸に沁みた。
アコギで何曲か歌うと、今度はキーボードの前に座り、この日の午前中に行っていたというCMのレコーディング話や、海外でのボランティア活動に興味を持っていた時期の話、それに自分がコマーシャリズムから距離を置くようになった経緯などをさらりと語る。オレ、EPOさんのMCも何だかすごく印象に残ったなあ…。なんつうか、ああ、いい歳の重ね方をしてきている女性なんだなあって思ったんだよね。
キーボードでの弾き語りでは、なんとRCサクセションの「僕の好きな先生」も飛び出した。いやあ~EPOがRCサクセションの曲を歌うなんて…。さらにカバーで「花のように」。これは去年亡くなった加藤和彦が書いた曲。想いをこめて丁寧に歌い上げるEPOさんの姿は、本当に美しくて胸を打たれた。
そして、かつて自分がよく聴いていた「百年の孤独」。なんか、すごく揺さぶられたなあ…。この曲を聴いていた頃は、自分にとってはあまりいい季節ではなかったんだけど、間違いなく、この曲でオレのかなりの部分は救われたんだと、今更ながらに気付かされた。
なんて言うのかなあ、声に優しい力があるんだよ、EPOさんって。とても豊かで丸い声が温かく心を癒してくれる。改めて素晴らしいボーカリストだと思った。

休憩を挟んでリクオのライブ。藤沢でのリクオ・ライブは毎回すごく盛り上がるんだけど、この日も最初から客席は大盛り上がりだった。まずは定番の「HEAVEN'S BLUES」。コロコロ軽快に転がるピアノと、お客さん全員参加の指パッチンで体がヨコに揺れだす。
最新アルバムからは、まずユーミンの「やさしさに包まれたなら」が歌われた。これ、最近のリクオのライブでは必ず唄われているような気がする。リクオが江ノ島に住むようになって、気持ち的に一番フィットする曲なんだろうなあ。この日も、ここで暮らすようになって五感が発達したこと、この曲で歌われている神様が、西洋の一神教の神様ではなく、日本古来のよろずの神様の思想に通じる話をひとしきりしてから曲を始めていた。
気のせいかもしれないんだけど、この日の「やさしさに包まれたなら」は、いつも以上にピアノが優しく響いて、リクオの声もリラックスしていたように思うんだ。ホームでのライブって事もあるのかもしれないが、オレが思うに、直前に演奏したEPOさんの影響が大きかったんじゃないかと思うんだよね。
続けて演奏された「雨上がり」は、最近のEPOさんの曲とも通じるような、癒しの色合いをより強く感じた。さらにスーパー・バター・ドッグの「さよならCOLOR」や、新曲の「FOREVER YOUNG」と、カバー、オリジナル織り交ぜた演奏に客席は大盛り上がり。うーん、やっぱり藤沢のノリは素晴らしい!

リクオのライブ最後の曲は、忌野清志郎との共作「胸が痛いよ」。思えば、1年前悲しい報せがあった時、オレはこの場所でこの歌を聴いて涙したのだった。あれからこの曲は、リクオと清志郎を愛する者にとって特別な曲になったような気がする。あれから一年経って聴くリクオの歌は、やっぱりセツナかったなあ…。あの頃の気持ちを思い出したってのもあるんだけど、リクオの歌い方がいつも以上にエモーショナルで…。
1年前の5月9日は、青山で清志郎との最後のお別れをした日。あの日からちょうど一年経ったこの日に、またここで「胸が痛いよ」を聴けたことは、なんだかオレにとっては相応しい過ごし方のような気もした。

アンコールは、待ってました!のリクオとEPOの共演だ。リクオはキーボードの前に座り、EPOさんはハンドマイクを手にする。
セッション前にリクオのMC。「やっとEPOさんと出会えたという気がするし、今、この時期に会うべきして会えたような気もする」と彼は言っていた。これ、オレにとってもそんな感じだった。EPOにリクオ、聴き始めた時期も、ライブに行った時期もバラバラだった2人のアーティストが、時の流れと共に自分の中で結びついた。たかが音楽。人はそういうかもしれない。でも、聴き続けていると、思いがけない宝石みたいな瞬間が降りてることがある。今が正にその瞬間なんだと思った。
EPOさんもこの場所でライブができたことを心から嬉しく思っているようだった。彼女は、近くに住んでいるのに藤沢の駅を降りたことはあまりなかったらしいが、「太陽ぬ荘」がとても気に入ったみたいで、「ここでレコーディングするのも、“有り”だと思いました」って言ってたなあ。

アンコール1曲目は、EPOさんの「キミとボク」。これ、初めて聴いたんだけど、すごくいい曲だったんだ。何よりも、歌詞がこの日のタッチにぴったり。確か“人と人の巡り合わせは砂の粒ぐらいの奇蹟”なんていう素敵な詞じゃなかったかなあ…。
そして、間髪入れずにリクオが次の曲のイントロを弾き出す。え、え、え!?これって「DOWN TOWN」?!。いやあ~まさかリクオのピアノで「DOWN TOWN」が聴けるとは。もう、これだけでこの日のライブは元がとれたようなもんだ(笑)。藤沢まで来て本当に良かったと思った。EPOさんは身体全体でリズムをとりながら、元気いっぱいにこの名曲を歌う。サビでは客席にマイクを向け、一緒に歌うように促す。もちろん、みんな大合唱だ。
なんだか、この日のライブはスタートからエンディングの「DOWN TOWN」にいたるまで、不思議な流れがあったように思う。それは意図してそうなったわけではなく、EPOとリクオ、それに彼らの音楽と一緒に歳を重ねてきた観客とが、幸福な化学反応を起こしたから起こった奇跡なのかな、っていう気もするのだ。

本当に楽しかった。なんだか、改めて生きることの素晴らしさを感じるようなライブだったなあ…。また忘れられない夜が増えた。
それにしてもEPOさん、美しかったっす…。なんだか、久々にEPOのソロライブにも行きたくなちゃったよ。

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2010年5月 6日 (木)

『NAUGHTY BOY KING OF ROCK'N ROLL』忌野清志郎+有賀幹夫写真展 / 渋谷・東急本店 7階 催物場

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結論。サイコーの写真展だ、これは!
予想を遥かに超えた130点にもおよぶ写真の数々には、忌野清志郎という稀代のロックンローラーの魅力があますところなく据えられていたと思う。

ステージでのビンビンにぶっ飛んだ清志郎にも、もちろんヤラれたんだけど、オレは「COVERS」レコーディング時のスナップに、ぐっときたなあ…。CHABOや泉谷との2ショットはもちろんなんだけど、清志郎と山口冨士夫が屈託なく笑い合ってるカットが何枚もあって、これはその後の2人を思うと、もうたまんないものがあった。
有賀さんの撮った「COVERS」の写真は、このアルバム本来の楽しさをも伝えていると思うんだ。「COVERS」って、発売禁止になった事件も重なって、リリース当時はその過激性ばかりがフューチャーされていたじゃない?でも、実際はバンド小僧が集まって放課後の音楽室で好きな曲を練習しているかのような、笑顔の絶えないレコーディングだったことが、有賀さんの写真からは、はっきりと伝わってくる。

実は、自分にとっての有賀幹夫さんって、RCサクセションよりむしろローリング・ストーンズを撮った写真家としての印象の方が強かった。
ストーンズの写真を撮る事が許されているのは、彼らが選んだ公式カメラマンのみ。有賀さんは厳しい条件をクリアし、日本人として初めてローリング・ストーンズのオフィシャル・フォトグラファーとなった人物なのだ。有賀さんの撮ったストーンズの写真がメディアに出始めたのは90年代の初めだったと思うけど、まるでバンドの一員になってステージから直接撮ったような生々しさに、オレは心底びっくりしたことを憶えている。

RCサクセションやローリング・ストーンズのライブを観たことがある人は、誰もが心の中に自分だけのベストシーンを残しているだろう。それはライブを観た人だけの宝物。オレも胸の奥にしまってある大切なシーンがいくつもあるんだけど、自分の場合、それは有賀さんの撮ったカットとびっくりするぐらい重なっているんだよね。それだけ有賀さんは、被写体となるミュージシャンのライブで一番引き立つ瞬間を知っているってことなんだろう。
ひとつ例を挙げると、いわゆる“引き”を使わないでバンドのメンバー全員が映り込むフレームワークが、有賀さんの作品にはしばしば出てくる。天を仰いでシャウトするボーカリストのバックに、メンバー全員が映り込んでいたりとかね…。これ、実はすごく難しいテクだと思うんですよ。どうやって撮ってるのか、オレ、未だにわかんねえ(苦笑)。
オレは少年の頃からローリング・ストーンズのフリークだったから、これまで数え切れないぐらいストーンズのライブ写真を見てきたけれど、ことリアルな質感という意味においては、有賀さんの写真以上のものに出会ったことがない。

そんな有賀さんが、忌野清志郎オンリーの写真展をやるというんだから、これは行くしかないでしょう!居ても立ってもいられなくなったオレは、初日の5月6日に急遽仕事をサボって行って来た。
いやもう、ほんと行って良かったと思う。素晴しい写真展だった。有賀さんからサインもいただいたし、B2Bツアーの時のストーンズ大阪公演の話なんかができたのは、ほんと幸せだったなあ…。

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この写真展、東京は開催時期が短いから行くのを躊躇している人もいるようだけど、清志郎のファンはもちろん、人物写真に興味のある人は絶対見ておいたほうがいいと思うよ。
展示のところどころに有賀さんのコメントがあるから、じっくり見ていると、あっという間に時間が経ってしまうけれど、これは清志郎と有賀さんの貴重なコラボレーションなんだから、できる限り時間をとって一つ一つの写真にじっくり向き合ってみたらいいと思う。

それと、はじめから写真集を購入しようと決めている人は、まず渋谷のタワーレコードに寄って、写真集を買ってから会場に行くのがオススメです。
オレはタワレコのまわし者じゃないけど(苦笑)、渋谷のタワレコは、限定特典としてポストカードや缶バッジを付けてくれるんですよ。おまけに写真展の入場券とサイン会の参加券までもらえるから、タダで写真展が観られ、有賀さんのサインまでゲットできちゃうわけ。そうとうオイシイでしょ、これ?(笑)

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おまけに、タワレコの1F奥では、「有賀幹夫写真展~アリガトロックンロール」っていうミニ写真展までやっている。こっちは清志郎だけじゃなく、ストーンズや山口冨士夫、ジョニー・サンダース、ジョー・ストラマー、ロニー・レイン、イエローモンキーなんかの写真が展示してあって、どれもロックファンならたまらない写真ばかりだ。清志郎がフジオちゃん&TEADROPSの面々と一緒に写ってる写真は必見です!
タワレコ~!おぬしやるなあ…。しょうがねえから、期間中また行ってやるぜ!(笑)

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2010年5月 5日 (水)

【スケッチ】連休の光景

今年の連休は田舎に帰ったのと、野音に行った以外はお出かけなし。
近所でひたすらのんびりしてました。でも、近くの神社では大きなお祭りをやってたりして、ぶらぶら散歩して屋台を覗くだけでもけっこう楽しめたなあ…。金魚すくいや射的には、子供より大人の方が夢中だったりして(苦笑)。

田舎はまだやっと春になったばかり。桜の花がまだ残ってたのには驚きました。
久々に食った“白河らーめん”は、やっぱ美味かったっす。なんせ、うちの田舎じゃ主食ですからね、これ(ウソです・笑)。

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2010年5月 3日 (月)

Springfields '10 ~東京場所~ / 2010年5月3日(月)東京・日比谷野外大音楽堂

Springfields '10 ~東京場所~
2010年5月3日(月)東京・日比谷野外大音楽堂
<出演者> 細野晴臣/大貫妙子/星野源/キセル/原田知世

いやスゴかった…。何がスゴかったって、この日初めて観た大貫妙子さんのステージ。このイベント、僕のお目当ては細野晴臣バンドだったんだけど、その前に出てきた大貫さんのステージには、ただただ呆然としてしまった。とにかく歌は上手いし演奏も完璧。この日は5組の出演者があり、大貫さんはセミファイナルだったんだけど、その存在感たるや、それまでの前の3組の印象がすっかり霞んでしまうほどだった。

午後の3時半から始まったこのイベント、大貫妙子が登場したのは、日が傾きかけた6時15分ごろ。
黒に水玉の入ったシックなワンピースで現れた大貫さん、すたすたと中央のマイクに進むと、バックバンドがすかさず演奏を始める。あ、このイントロ…。「色彩都市」だ!オレ、大貫妙子ってそれほど熱心に聴き込んだわけじゃないんだけど、80年代YMOに夢中になっていた頃に、坂本龍一がアルバムを何枚かプロデュースして、彼がDJをやっていたサウンドストリートで、大貫妙子の曲がよくかかっていたのを憶えている。「色彩都市」も、たぶんそこで聴いたんだと思うんだ。
大貫妙子さんの歌声は、25年前と全く変わっていなかった。その澄んだ声の素晴らしいことといったら!凛とした声が、暮れなずむ野音の隅々にまで響き渡り、詰め掛けた観客のすべてが、大貫さんの歌にじっと聴き入っていた。
日本で大貫妙子さん同時代に活躍していた女性シンガーというと、そのほとんどがアメリカ西海岸のからっとしたタッチを志向していたように思う、だけど大貫さんは、一貫してちょっと翳りのあるヨーロッパ的な世界を追求してきたボーカリストなんじゃないだろうか。これまで、僕はどちらかというとこの人に、線の細い繊細なイメージを持っていたんだけど、初めて生で聴いた歌声にはとても力強いものを感じたなあ…。
これは、ボーカリストとしての彼女の力量そのものなんだと思う。90年代以降、フレンチポップスなんかに影響され、ささやくようなウィスパー・ボイスで歌う女性アーティストが増えてきて、大貫さんもそんな人たちの元祖みたいないわれ方をしたこともあったけど、実際はそんな人たちとは一段も二段も高いところで歌ってきたんだろうと僕は思った。比較をしてしまっては気の毒なんだけど、この日の出演者だと原田知世もウィスパー・ボイス系のボーカルスタイル。だけど、その力量の差ははっきり言って大人と子供だったもんね。

加えてバックバンドの演奏の上手いこと、上手いこと!メンバー紹介を聞いて納得した。大貫妙子バンドは、森俊之(Key)・鈴木正人(B)・沼澤尚(Dr)・小倉博和(G)という、はっきり言って日本ポップス界最高のマイスター集団と言っても過言じゃない豪華さだったのだ。
blues.the-butcher-590213Leyonaのライブを通して大ファンになった沼澤さんのプレイがこの日見られるとは夢にも思わなかったんで、これは僕にとって飛び上がるほど嬉しかった。沼澤さんはblues.the-butcher-590213の時とはちょっと違い、手数を抑えてボーカルを引き立てるドラミングをしてたんだけど、それでも存在感はバリバリ。
それから、小倉博和のギターのなんと素晴らしかったことか!曲のほとんどで短いギターソロが挟みこまれるんだけど、ストラトキャスターの艶やかな音色が気絶するほど美しかった。ある曲のソロが終わった時なんか、会場中から自然発生的に拍手が起こったぐらいだったもんなあ。

僕が知ってるところだと、名曲「突然の贈りもの」やシュガーベイブ時代の「いつも通り」なんかもやってたから、かな~り美味しいセットリストだったんじゃないかと思う。
最後は細野さんの「ファム・ファタール」をカバー。実はこれ、イベントの最初に登場した原田知世もやってた。でも、大貫さんはカブったのもいとわずに、「知世ちゃんもやってましたが、別バージョンで聴くのもいいでしょう?」なんていいながら、堂々と歌い上げるんだから参っちゃうよなあ…。大貫妙子バージョンはリズムを複雑化した不思議なアレンジ。圧倒されました!この勝負、完全に大貫妙子の貫禄勝ちだ。
大貫妙子のステージは40分ぐらいだったかな。でも、むちゃくちゃ濃厚だった。ニューミュージック黎明期から活躍しているベテランの力を、まざまざと見せ付けられた気がしましたぜ。

日がとっぷりと暮れた頃、大トリの細野晴臣登場。ベージュのスーツに黒いカカウボーイ・ハットを被った細野さん。うーん、やっぱむちゃくちゃダンディでインチキ亜米利加人みたいだ(褒めてるんですよ・笑)。
この日のバックは、コシミハル(Key)、伊賀航(B)、高田漣(Pedal Steel)、伊藤大地(Dr)というメンツ。もはや細野さんのパートナーとして欠かせない存在となったコシミハルさんは、シックな濃紺のワンピースに帽子を被って登場。相変わらず年齢不詳でお美しかった。この日のミハルさんは、ほとんどキーボードの前に座っていて、時々アコーディオンを弾いたりしていた。高田漣くんはペダルスティールがメインなんだけど、時々エレキギターを持ったりバンジョーを弾いたり、八面六臂の大活躍。

1曲目は「smile」のカヴァー。細野さんもアコギを手にして、あの魅力的な低音ボイスで歌う。
2曲目からはゲストで鈴木茂が登場!オレ、実は鈴木茂のギターを生で聞くのは初めてで、これもすごく楽しみだったんだ。去年、例の事件があって以来、この人がどうしているのかとても心配だったんだけど、何もなかったようにギターを弾く姿を見てすごく安心した。もちろん、事件のことなんか一言も言わなかったけど、こういうイベントに彼を呼んだ細野さんの心意気にもリスペクトだな。だって、あんなことがあると、それまでの付き合いがなかったかのように知らんぷりしちゃう人もいるじゃん?細野さんの「“来ない?”って言ったら、“いいよー”って軽く引き受けてくれた。茂は昔からそんな人なんです」って言ってたけど、このMCからも2人の控えめな友情が伺えて、すごくいい関係だなあと思ったな。
細野さんの気配りか、この日演奏された曲のほとんどで、鈴木茂のギターソロがフィーチャーされていたのも嬉しかった。茂さんはストラトキャスターをメインに、昔と変わらない艶やかな音色を存分に披露。“ギュイーン!”っていうローエル・ジョージばりの急降下スライドも披露してくれ、元気いっぱいだった。

細野さんのセットで演奏されたのは、洋楽のカバーばかりだった。MCで自分から言ってたんだけど、最近の細野さんは自分を“北米伝統音楽の伝承者”と位置づけてるみたい。持ち時間1時間ぐらいの間、カントリーやブルース、ブギーといったアメリカのルーツ・ミュージックが次々と飛び出した。
かろうじて僕がわかったのは、バート・バカラックの「遥かなる影」や、チャック・ベリーのオリジナルでフェイセズもやってた「メンフィス,テネシー」、それに細野さんのオリジナル「ボディ・スナッチャーズ」ぐらいだな。後はまるで知らない曲ばかり。「ボディ・スナッチャーズ」にしたって、アルバム・ヴァージョンとは全然違う、カントリーロック風の味付けを施されていた。1曲だけ日本語の曲が歌われて、これは細野さん、新曲だって言ってたんだけど、そう言われなきゃわからないぐらいにルーツミュージック化していた。
恐らく、僕以外の観客でも、この日演奏された曲を全部知ってる人は、ほとんどいなかったと思うんだ。。それでも、細野さんの味のあるボーカルとバンドのタイトな演奏で会場は楽しく盛り上がっていた。何よりも、細野さん自身がすごく自然体なのが微笑ましかった。自分の子供ぐらいの若いメンバーを率いて、ひょうひょうと古い曲を口ずさむ細野さん、余裕しゃくしゃくでカッコいいんだよねえ…。

この日の観客を見てて思ったんだけど、こういうライブが成り立つのって、やっぱり音楽ファンの裾野が広がった証なんだろうなあ。20年前だったら、ヒット曲を一つも演奏しないライブなんか有り得なかったはずだ。それこそ“金返せ~!”の世界だもん(笑)。ライブはオリジナルを演奏するのが当たり前。カバーはせいぜい1,2曲余興程度にやるもの、みたいな感じだったと思うんだよ、当時は。でも、90年代以降は年代を問わず、幅広いジャンルを聴く音楽好きが増えたおかげで、今日の細野さんみたいなマニアックなセットも許容できる観客がライブの場に来るようになったんだと思う。うん、そう考えると、僕の嫌いな“渋谷系”も、今のシーンの形成には役立ったのかな…。

なんだか、セミファイナルの大貫妙子と細野晴臣のことしか書いてないんで、他の出演者こともさらっと。
僕は開演時間の3時30分にちょっと遅れちゃったんで、野音に着いた時はもうトップバッターの原田知世のステージが始まっていた。知世ちゃん、ボーダーの長いカットソーに黒のミニスカート、赤いタイツとハイヒールというむちゃくちゃキュートないでたち。細っ!顔小さっ!これでホントに42歳?さすが女優さん、いつまでも可愛い人でありました。
知世ちゃんのバックは、ヴァイオリンを加えたバンド編成。曲によっては知世ちゃんもギターを弾いていた。お!と思ったのはスペシャル・ゲストとして細野晴臣が登場して、「ファム・ファタール」を歌ったこと。細野さんはこれをライヴで演奏するのは始めてだって言ってたな。ちょっと得した気分だった。

2番手のキセルも癒し系。キーボードにエマーソン北村が入ってたおかげで、ちょっと凝った音色の曲もあって意外に楽しめた。

3番手がSAKE ROCKのリーダー、星野源。今度ソロアルバムを出すそうで、この日が大阪に続いて二回目のソロライブなんだそうだ。この人のステージで印象に残った曲は「穴を掘る」。これ、最近はリクオがライブでよく歌ってるんだけど、もともとはこの人が作った曲だったんですね。オリジナルをこの日初めて聴くことができた。

僕のGW中のライブは、今年はこれだけ。
Springfieldsってのは、去年からゴールデンウィーク中に大阪と東京で開催されることになった、いわゆる春フェスだ(今年は福岡でも開催される)。毎回細野さんがメインアクトを務めており、出演者もデイジーワールドの若手とか、矢野顕子、UA、大貫妙子など、何らかのカタチで細野さんと繋がっている人が多い。
細野さんのライブは、なかなか行く機会がないんで、これは久々に細野さんを観るチャンスだなあって思ってて、前々から狙っていたのだ。野音にもしばらくご無沙汰だったし、春の日差しの中でまったり音楽を楽しむのにはぴったりなんじゃないかと思ってね…。
実際、出演者にあんまりロックロックした人がいないせいか、観客もまったりのんびりした感じだった。年配の人や家族連れも多く、みんなビールを飲んだり、焼きそばを食べたり、あんまりガツガツせずに思い思いにライブを楽しんでいた。なんだか、フェスっていうより一昔前の野外コンサートみたいな懐かしい空気が漂っていた。ただ、あまりにもまったりし過ぎてて、僕なんかはちょっと中だるみしてしまったのも事実なんだけどね。ま、そこはビール飲んだりして自分で埋めあわせときましたが(苦笑)。

それと、細野さんのセットリストももうちょっと、こう…。ねえ…(苦笑)。もちろん、演奏は素晴らしかったんだけど、せっかく鈴木茂もいたんだから、1曲でいいからはっぴいえんどやティンパンアレイの曲をやって欲しかったと思う。たぶん、この日集まった観客は、口には出さないけど、みんなそう思ってたんじゃないかなあ…(苦笑)。
このフェス、来年も時間が合えば行きたいと思ってるんだけど、来年こそは「泰安洋行」や「HOSONO HOUSE」からの曲を1曲、1曲だけでいいからやって欲しい。
細野さん、お願いします!

細野さんのステージが終わって、最後にアンコールが。
「去年もやったけど、今年もやらないわけにはいかないです。あの人のことを忘れることはできません。追悼です。」と静かに語る細野さん。そう、HISで忌野清志郎と一緒にやった「幸せハッピー」だ。「出られる人、出てきて!」という細野さんの呼びかけに応えたのは、なんと出演者全員(笑)。メインボーカルが細野さんで、お囃子のパートを出演者全員が歌う。途中、大貫妙子さんが何度も空を見上げて歌っていたのが、なんかぐっときちゃったなあ、オレ。
前日はARABAKI ROCK FES.でCHABOや泉谷しげるが、清志郎に捧げた素晴らしいライブを行ったと聞いたが、この日の細野さんや他の出演者の清志郎への想いも、CHABOたちに負けないものがあったと思う。
きっと、この連休中に行われた各地のライブでは、日本各地で数え切れないぐらいたくさんの忌野清志郎への想いが歌われたんだろう。
あれから一年。僕らが想い続ける限り、忌野清志郎はずっとここにいる。僕はそう思っている。

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