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2010年6月28日 (月)

【映画】 息もできない(原題:BREATHLESS)/ 監督・主演 ヤン・イクチュン

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エンドロールが流れ終わった後も、しばらく席を立つことができなかった。まるで、自分も血まみれになって路地裏に突っ伏しているような気持ち。痛かった。切なかった。悲しかった…。
この映画は韓国人の俳優、ヤン・イクチュンが監督・主演・脚本・演出をすべて手がけた入魂の作品である。低予算で作られ派手な宣伝など一切なかったマイナーな作品なのだが、口コミで評判が広がって、今多くの映画ファンが劇場に足を運んでいるという。オレは他の映画の予告編で偶然この作品の存在を知ったのだが、何か心に引っかかるものを感じ、どうしても見過ごすことができなかった。

主人公のサンフンは冷徹で粗暴な借金取り。彼の異常なまでの暴力への執着は、時として仲間たちへも牙を剥くほど激しい。ある日、サンフンは彼の粗暴さをもろともしない不思議な女子高生・ヨニと出会う。出会うはずのない世界に生きていた2人なのだが、実は2人とも暴力に対するジレンマを抱えながら生きているという共通項があった。サンフンの暴力は、かつて父親の家庭内暴力が母と妹を死に追いやったことに対するトラウマであり、一見普通の高校生に見えるヨニも、痴呆症を煩った父親と引きこもりのような状態になった弟の暴力に悩む日々を送っていたのだ。時が経つにつれ、2人は徐々に惹かれ合っていく。

映画はいきなり殺伐とした暴力シーンから始まった。男が女を激しく殴りつけている。そこにサンフンが現れ、男を殴りつけて女を助ける。…と思ったら、サンフンは助けた女を激しく殴りつける。彼の言い分はこうだ。“ただ殴られるだけになるな…”。
この映画、陰惨な暴力シーンが多いから、女性や子供にはとても薦められないし、男でも心が弱っている奴は正視するのが辛いかもしれない。テーマも一見暴力そのものの苦しさとその連鎖を描いているように見える(事実、そのようなことを書いたレビューも多い)。
だが、自分はヤンが本当に描きたかったテーマは、どんな問題を抱えていようと一生断ち切ることのできない「家族」への愛憎と、そこからの救済なのではないかと思う。殴り続ける男・サンフンは、監督ヤンの心の闇の反映でもあるのだ。
ある雑誌のインタビューで彼はこんなことを言っていた。

家族の問題を抱えてきたせいで、家族に言いたいことが言えないし、愛する人にも告白ができないんだろうなと自己分析したことがあります。実際、異性と付き合った経験も多い方ではないし、結婚について考えたこともほとんどありません。親から続くこの血が、僕の代で絶えてしまってもいいという気持ちもあります。

実際のヤンの父親が、家族を死に至らしめるほどの暴力をふるっていたのかどうかはわからない。だが、少年時代の彼の家庭に何がしかの問題があったことは事実なんだろうし、それが成人してからも行動基盤や他者との関係に暗い影を落としてしまうことに関しては、思い当たる人も多いのではないだろうか。
この映画ほど激しいものではないにせよ、自分の父親や母親、もしくは兄弟との関係に何がしかのトラウマを抱えた人は多いはず。この映画の評判が静かに広がっていったのは、そんな誰もが抱える心の闇の部分に光を当てたことが、多くの人の共感を呼んだからだとオレは思う。

自分は、お互いの境遇を知らないサンフンとヨンが、つかの間のひとときに心を通わせるシーン(そこに恋愛感情は全く絡んでいない)に、激しく胸を突かれた。
特に、サンフンが子供の時のトラウマをふり払うかのように自分の父親を殴り続け、ある日その父親が思い余って自殺を図った時、はじめて自分が父に対する愛情を心の奥に持っていたことに気付くシーンは忘れられない。サンフンは自分の気持ちをどこにも持っていけなくなり、ヨニを呼び出して彼女の膝枕で泣いてしまうのだ。その時、ヨニも自分の境遇を思って泣くのだが、彼女はそれをサンフンに知られまいと、声を殺して忍び泣く。だが、サンフンは手で顔を覆っているから、彼女が泣いていることに最後まで気付かない。本当は似た者同志で暴力の連鎖に苦しみ続けているのに、互いの境遇を何も知らずに魂で共鳴し合っているのだ。何と悲しく切ないシーンだったことか…。

それから、サンフンが腹違いの姉の子(甥っ子)を不器用に可愛がるところも切なかった。その甥っ子がまた健気で可愛いのだ。彼の父親もまた(おそらく暴力で)母と別れているのだけれど、心の中ではやっぱり父親が欲しい。そして、サンフンがどんなに粗暴な男であろうと、そこに父親の影を見てしまう。“行かないで…”と脚にしがみつく甥っ子の姿には泣けた、ほんと。

なんとなく予測はついたけど、最後はハッピーエンドとは言えない終わり方だった。
ヨニは真実を悟ってただ呆然とする。そして観客もやるせない暴力の連鎖を見てただ呆然とする。後には、なんとも重たい余韻が残った。
だけど、不思議とやるせない感じにはならなかったんだよな…。辛い事実を知ったことから何かがまた始まっていくような、これからすべては救済へと向かうような、そんなタッチも感じた。

まあ、すげえ映画だぜ、これは。東京では本当に小さなシネコンでしか上映されなかったのだが、連日いろんな人がお忍びで観に来たって言う噂。それもうなずける話だ。
韓国映画の底力を観たような気がした。これから地方でも徐々に公開されるのではないかと思う。気が向いたらぜひ見てみてほしい。

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殴りまくりのツバ吐きまくり。 田舎に住んでいると特に、邦画+ハリウッドの ぬるいサクセスストーリーばかり 観るハメに陥りやすい。 本当はフランス、イタリア、中国、韓国、 イラク映画、いろいろと観たいのだけれど なぜかあまり、というかほとんど上映....... [続きを読む]

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