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2010年7月

2010年7月28日 (水)

小坂忠 with 鈴木茂、中野督夫、永原元、Asiah HORO 2010 -完熟トリオ、フジ・ロックに行く。前夜祭!- / 2010年7月28日(水)横浜Thumbs Up

7/28 wed 横浜Thumbs Up
小坂忠 with 鈴木茂、中野督夫、永原元、Asiah -完熟トリオ、フジ・ロックに行く。前夜祭!-
ゲスト:高野寛、堂島孝平
OPEN18:30/START19:30 ADV¥4500/DOOR¥5000

とても温かいライブだった。まるで小坂忠さんの朴訥とした人柄がそのまま表れたような一夜。この人が如何に多くの人に愛されているミュージシャンズ・ミュージシャンであるかがよくわかった。

僕は最初このライブは行く予定がなかったのだが、2週間前に初めて見た忠さんがあまりにも素晴らしくて、どうしても見たくなってしまったのだ。この日は忠さんが初めて出演するというフジロックの前夜祭という名目。今年忠さんは鈴木茂と中野督夫というベテランギタリストと組んだ“完熟トリオ”でフジロックに出演することになった。こんな豪華な組み合わせを見られる機会はそうそうないぞ。加えてこの“前夜祭”は、高野寛もゲスト主演するっていうんだから、このチケット代はとんでもなく安いと思う(笑)。仕事をサボってでも横浜に行く価値は十分にあると見た(笑)。

ライブは2部構成。
1部は中野督夫が忠さんをサポートし、曲によって高野寛と堂島孝平がゲストで出てくるという展開だった。比較的最近の歌やゲストの持ち歌も歌われ、若手ミュージシャンから見た“リスペクト小坂忠”みたいなタッチもあったと思う。
今日の忠さんは黒いパンツに白いシャツ、素足に白いシューズ。うーん、相変わらずダンディだ…。出番前から楽屋はいいムードだったらしく、柔らかい笑みを浮かべてとてもリラックスした空気をまとってステージに現れた。椅子に腰掛けて次々に曲を歌い上げていくんだけど、いやあ~やっぱり素晴らしいわ、忠さんの声…。なんなんでしょうね、この説得力。またまた大感動してしまった。リラックスして歌ってるように見えるんだけど、ものすごく伝わってくるものがあるのだ。
中盤には高野寛とのデュエットで早くも「ありがとう」が飛び出す。あ~いいなあ…。普段、ぎしぎしした毎日を送っていると、こういう寛容さを忘れてしまうよね。“あんまりカリカリしなさんな…”忠さんの歌声を聴いていると、そんな風に諭されてるような気持ちになった。
パーカッションの永原元が加わると、ますます曲にいろんな色が加わる。1曲だけ忠さん自身がジャンベを叩いた曲もあったんだけど、忠さんのあったかい声とジャンベの土の香りのする音がとてもよく合っていた。

2部は最初から完熟トリオ(やだね、この言い方(苦笑))が登場。1部で出た中野督夫と永原元に加え、コーラスに忠さんのお嬢さんAsiahと、待ってましたの鈴木茂!名盤「ほうろう」に収録されたナンバーを中心に、途中で中野督夫と鈴木茂の持ち歌も1曲づつ挟んで、畳み掛けるように代表曲が演奏された。

いやあ~もう大満足っすよ!げっぷが出ちゃうぐらい(笑)。「ほうろう」に入ってる代表曲はほとんど歌ってくれたんじゃないかなあ…。2部は1曲目がいきなり「ほうろう」。曲後半には鈴木茂の長いギターソロがフューチャーされ、客席から自然と拍手が起こっていた。
自分が鈴木茂のギターを聴くのは今年5月の野音以来だが、まさかこんな短いスタンスで、まさかこんなにステージと近いライブハウスで茂さんのギターと再会できるとは…。鈴木茂が使用していたのは、タバコサンバーストのストラトキャスター。やっぱり鈴木茂といったらストラト!そのコシの強い乾いたトーンには、とても旅情をかき立てられた。モニター用にインナーイヤーのヘッドフォンを付け、音の世界に没入する紡ぎ出す鈴木茂には、一世一代のギター職人のオーラを強く感じた。

もう一人のギタリスト、センチの中野督夫は、1部ではエレキも弾いてたのだが、2部はそれをすべて鈴木茂に任せ、自身はアコースティックでのバッキングに専念。中野さんのプレイも素晴らしかったんだよなあ、実に…。しっかりした確実なカッティングで忠さんの歌を静かに盛り立てていた。バンド全体をコントロールしていたのは明らかに中野さんだろう。それと、MCも面白いのね、この人(笑)。忠さんも茂さんも喋りに関してはあまり得意な方ではないだけに、そっちの方でも忠さんをサポートして頼もしいバンマスぶりを見せていた。

圧倒されたのは「機関車」。すーーーーーーばらしいボーカル。オレ、もう泣きそうだった…。ソウルフルってのはこういうことを言うんだろう。忠さんの歌を聴いてると、ほんとにいろんなことを一瞬のうちに感じてしまう。それは、忠さんの声にとても多くのものが含まれているからじゃないかと思うんだ。まるで、山奥の泉から湧き上がる天然水のような声だと思う。
この曲の深い歌詞にも改めて想いを巡らせた。世の中のラブソングって、「こういう風にしたい愛」とか「こうしているから愛なんだ」みたいなのがすごく多いでしょ?でも、それは結局願望を歌っているだけだったり、狭い世界の中での現状を肯定したいだけだったりする。そういうのは、経験を重ねてくるとすごく薄っぺらく感じちゃったりもするものなのだ。「機関車」に歌われている「愛」は、そんなモノとは全然違う。もっと絶対的な強さを感じる。どうあるべきかとか、どうしたいかとかじゃない。愛は「ただそこに静かに存在している」だけ。でも、それだけでどうしようもなく激しく狂おしい…。そんな深い愛が歌われた名曲だとオレは思うなあ…。

「氷雨月のスケッチ」は、アルバムバージョンとは味わいが違っていたが、このバンドならではのアレンジが素晴らしく、とてもスケールの大きい演奏が引き出されていた。この曲を小坂忠と鈴木茂が一緒に演奏するのは格別の感がある。はっぴぃえんどの「HAPPY END」に収録されたこの曲は、上手くいえないんだけど、それまでの鈴木茂とはちょっと違う、何か彼が新しい次元に足を踏み入れたような気がしている。今の鈴木茂に直接繋がるスタイルはここから始まった、みたいな…。果たしてこの日も茂さんのギターは、雨に煙るネオンが目に浮かぶような色彩感豊かなトーンを発していた。

アンコールでは、演ろう演やるまいか迷ったという「ふうらい坊」を、この日の出演者全員で演奏。休憩を挟んで2時間半のライブだった。
僕の座った席は楽屋ととても近いところだったのだが、ライブ中も周辺はたくさんの人が出入りしており、多くの人に慕われる忠さんの人柄が偲ばれた。そうそう、その中には俳優の佐野史郎さんや2週間前に共演した山口洋の姿もあったなあ…。

あらためて小坂忠さんという人のデカさに魅了された夜だった。
この人の声は日本の音楽界の宝だと思う。何よりも僕がこの人に惹かれてしまうのは、忠さんの声がとてもブライトだというところだ。しっとりした曲を歌ってもからっと明るくて、常にタップを踏んでいるような軽やかさを感じる。そして、人生になくてはならないユーモアもたっぷり。
忠さんはきっと知っているんだろうな。「ありがとう」じゃないけど、喜びも哀しみも、強い人もダメダメな人も、全部ひっくるめてこの世界があるんだってことを…。そんな器の大きい忠さんだからこそ、多くの人を惹き付けて止まないんだろうと思った。

素敵な人だよなあ、小坂忠さん。オレも歳とったら、あんな粋な大人になりたい…。しみじみそう思ってしまった。

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2010年7月27日 (火)

RUN 再開

チョーケイ靭帯炎、ほぼ完治。

一週間前までは階段の昇り降りの時でさえ膝の奥が痛む有様だったため、ここは思い切って走るのを一切止めた。その間は、整体で電気を通してもらったり、整形外科でマッサージをしてもらったりした。自分でも再発しない方法をネットで色々調べたりしたから、この症状についてはだいぶ詳しくなったような気がするなあ(笑)。
腸頸靭帯炎は別名“ランナー膝”とも言われるぐらい、走り屋には多い故障だそうだ。酷い人は3ヶ月ぐらい走れなくなっちゃうこともあるというから、オレなんかまだ良い方だったのだろう。
結局、これにかかるのは筋力が弱いのに無理をしちゃうから。予防にはストレッチをきっちりやるのと筋トレしかないのだ、結局は。オレ、いい加減だったからなあ、ストレッチ(苦笑)。いい教訓になった。これからは、走る前も走った後もちゃんとストレッチしよう。嫌いな筋トレもしよう。…たまには(笑)。

今朝は16日ぶりのランなので、脚の様子を見ながらゆっくりと9キロ走った。だいぶ間が開いちゃったから相当体力も落ちてるかと思ったが、意外にも1キロ5分30秒ぐらいのペースで息はほとんど上がらなかった。足の痛みも全く無し。こんなに身体が軽く感じられるとは思わなかった。たまには完全に休むのもいいのかも。
たぶん、もう大丈夫だろう。すごく安心した。また走る日々が始まるぜ…。

しっかし、今の時期は朝5時でも暑いんだなあ…。考えてみたら故障前はまだ梅雨も明けてなかったのだ。これからは太陽との闘いも待っている。暑い時間帯を避けて走るようにしないとぶっ倒れちゃうもんなあ。夏の間は夜走りも考えてみようかなあ…。

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2010年7月23日 (金)

「ぼくはロックで大人になった ~忌野清志郎が描いた500枚の絵画~」/ NHK BShi 7月23日(金)20:00~22:00

とても丁寧に編集された番組だった。
昨年の5月以降、清志郎の足跡を辿るような特番がいくつも組まれたが、これはその中でも出色だと思う。なんと言っても、忌野清志郎という多彩な顔を持つ人物の生き方を追うのに、音楽ではなくその人生の折々に描かれた自画像で追っていくという手法が素晴らしい。

時代時代でNHKの保有する清志郎の映像も挟み込まれ、2時間引き込まれるように見てしまった。ゲストも豪華で、清志郎の恩師・小林先生をはじめ、CHABOや梅津さん、親友の三浦友和はもちろん、暗黒時代のRCのライブに足しげく通っていた、デザイナーの太田和彦さんなども登場した。太田さんは当時のRCのライブをカセットテープに録音しており、収録された貴重な未発表音源が再現されたりもした。日野高校美術部にもカメラが入るし、吉美佑子さんの姿も久々に見た。
驚いたのはリンコさんが持っているという初期のRCサクセションの秘蔵ノートだ。「鳩」や清志郎自身が所有していたノートは何度か観たことがあるけれど、リンコさんが所有していたものは今まで公開されたことがないのでは?そこには未だ発表されていない楽曲等も記されており、こんなものが存在していること自体驚きだった。
あと、RC活動休止時に清志郎が漏らした言葉、“まるで失恋したような気持ち…”ってのを今の今までCHABOが知らなかったって事実にも驚いた。それを聞かされた時のCHABOの表情もとても複雑で…。でも、もしや知らない方がよかったのでは…と謝るインタビュアーに“いやいや、言ってくれて良かったんだよ、もちろん”と気遣うところなど、いかにもCHABOらしくて心を打たれた。

改めて思ったんだけど、清志郎はロック・ミュージシャンやボーカリスト、バンドマンという肩書き以前に“芸術家”だったのだ。そして、芸術家の中でも、画家のゴッホや文学者のヘルマン・ヘッセのように自己をさらけ出すタイプの表現者だったんだと思う。だから、彼の絵は音楽と同じくらい自身の心のありようを映しこんでいる。僕が実際に昨年夏の個展で見た絵もたくさんでてきたのだが、こうして折々の作品の変遷を見ていくと、色彩の変化やシグネイチャーの入れ方にまでその時々に清志郎が何を考えていたかが反映されているようで、まだまだ気が付いていない大事なことがたくさんあることに気付かされた。
たとえば、90年代に出版された名著「生卵」。この絵の表紙はその当時の最新の清志郎の自画像であり、裏表紙は高校3年の時に彼が描いた自画像であったという合わせ鏡のような構成になっていたことに、当時いったいどれだけの人が気が付いていただろう?さらに言えば、裏表紙の“顔のない”自画像を描いてから、清志郎は一切自画像を描くことがなく、表紙の自画像は30年ぶりのものだったのだ。これ以降の清志郎は、思い出したように折々の画像をまた描きだすのだが、この事実はいったい何を意味しているのだろう?

僕らは、忌野清志郎が多作であったことを幸運に思うべきだと思う。何故なら、多彩な表現を残したこの不世出の芸術家には、作品を通してまだまだ知られざる事実がたくさんあると思わせてくれるからだ。
たとえ肉体は無くなろうと、忌野清志郎の残した膨大な作品群は、これからもずっと大事な何かを僕らに語り続けてくれるのではないか…。そんなことを強く思わされた番組だった。

この番組、現在予定されているリピート放送は8月1日の16:00から。また、NHKオンデマンドでも配信されるというから、見逃してしまった方は是非見て欲しいと思う。
繰り返すが、この番組はこれまで放映された忌野清志郎特集番組の中でも、かなり重要なものだと思う。

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2010年7月22日 (木)

blues.the-butcher-590213ライブ / 7月22日(木)高円寺JIROKICHI

blues.the-butcher-590213(♪3000)
永井ホトケ隆vo,g 沼澤尚dr 中條卓b KOTEZ(vo,harp)

高円寺JIROKICHIでblues.the-butcher-590213のライブを観て来た。このバンドはJIROKICHIでは必ず月一でライブをやってるんで、タイミングが合えば行くようにしている。
最近はイベントにもよく出演しているが、やっぱりホームグラウンドで見るブルース・ザ・ブッチャーは格別。この日もグルービーなブルースをたっぷりと聴かせてくれた。
改めて思ったんだけど、このバンドの強みは沼澤尚という稀代の名ドラマーを擁していることだと思う。バンドの編成も演奏する曲もオーセンティックなシカゴ・ブルースだけ。なのに、沼沢さんの持つリズムパターンの多彩さが、単調さを全く感じさせない。ミディアムナンバーなんて全く無し。前編こてこてのブルースばかりなのに、こんなにも色合いの異なる音楽になっていることに、初めてライブを見た人ならきっと驚くんじゃないだろうか?

blues.the-butcher-590213の音楽は確実に“新しい”と思う。と同時に、いい意味で“オーソドックス”だとも思う。この、演奏者のイマジネーション次第でいくらでも大胆な解釈が可能なスタイルのフリーさこそがブルースの素晴らしさなんじゃないかなあ?工夫次第でいくらでも拡大再生産が可能だからこそ、ビートルズやストーンズの連中が夢中になったんだし、やがてそこからロックが生まれることにもなったのだと思う。日本のブルース・マスター永井“ホトケ”隆は、そういうブルースの汎用性をよくわかっているんだと思うんだよな。

この日はMCでもいつも以上にそんな話が多かった。そういう話がよくわかる観客が集まってるってのも、JIROKICHIの魅力。
また足を運ばなきゃなあ、JIROKICHI。ブルースに足を向けては寝られない。

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UMISAKURA MUSIC FESTIVAL 2010 プレLIVE〜セツナグルーヴ2010〜 / 2010年7月17日(土) 神奈川県藤沢市片瀬海岸 虎丸座

7/17(土) UMISAKURA MUSIC FESTIVAL 2010 プレLIVE〜セツナグルーヴ2010〜
神奈川県藤沢市片瀬海岸 虎丸座 
【出演アーティスト】リクオ 【ゲスト】小坂忠/山口洋(HEATWAVE)
【サポート】寺岡信芳(ベース)/朝倉真司(パーカッション)

素晴らしい一日だった。夏の太陽、海風、夕暮れの富士山、美味しい料理とお酒、そしてこの上なく温かくて力強い音楽。ああ、これ以上いったい何を望む?都会暮らしで溜まった澱を、一気に洗い流したような週末だった。

このライブは9/11に行われる「海さくらミュージック・フェスティバル」のプレイベントとして行われたもの。
僕はこの日、ちょっと早めに江ノ島に行った。地元在住の音楽友達から、この日出演する山口洋がいつも走っているマラソンコースを案内してもらえることになっていたからだ。本当は一泊して実際に走ってみたら、と勧められていたのだが、これは靭帯を痛めているため断念。だけど、梅雨が明けたばかりの江ノ島海岸は、ただ歩くだけでも本当に気持ち良かった。抜けるような青空の下をこんがり焼けた焼けた若者たちがサーフボードを抱えてすれ違ってゆく。遠くにはできたばかりの海の家が。そうか、ヒロシはいつもこんな風景を目にしながらラップを刻んでいるのか…。自分も脚を治していつかここを走りたいと思った。

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ライブ会場で一緒にテーブルを囲んだ仲間たちも、江ノ島海岸のゴミ拾いイベントに参加したり、それぞれが夏の始まりを存分に楽しんだ様子。そんな具合に、この日は観客も会場にいいバイブレーションを持ち寄り、ライブ前からすごくいいムードが出来上がっていた。

会場の虎丸座は、今年2月のリクオ・ライブで初めて行ったハコなのだが、数ある音楽ホールの中でも1,2を争うぐらい大好きになってしまった。なんといっても、江ノ島を見下ろす展望台の7階という抜群のロケーションが素晴しい。窓の外から一望できる湘南海岸は、昼間の景色から闇が濃くなるまで様々な顔を見せてくれる。その大自然の美しさは、音楽をよりいっそう引き立ててくれるように思うのだ。
この日のライブも、まだ昼の陽が残る時間からライブがスタートしたのだが、窓の外を飛び交う海鳥を眺めながらリクオのピアノを聴くのはなんと素敵な体験だったことか!そしてライブが進み、夕暮れが近くなると遠くの空はオレンジ色に変わり、富士山が影絵のようなシルエットを映し出す。本当に美しかった。

ライブは2部構成で行われ、1部はリクオ・バンドの演奏、2部でゲストとして山口洋と小坂忠を招き入れるという流れだった。出演した全てのミュージシャンは、江ノ島の大自然の懐に抱かれるように、お互いがお互いを触発し触発されて最高のグルーヴを生み出していた。そしてステージから放たれた波動は、客席からいい感じにリターンされるという理想的なライブ空間となっていたと思う。正に一期一会というべき素晴らしい夜となった。
特に、小坂忠さんの存在感たるや、もう…。ああ、なんて素敵な人なんだろう!“粋”という言葉がこんなに似合う人も珍しいんじゃないかなあ。強面の山口洋が、忠さんの前ではまるで憧れのヒーローを前にした少年ような笑顔を浮かべているのがとても微笑ましかった。

リクオは最初から絶好調。彼は地元湘南でのライブに絶対の自信を持っている。加えてこの日はベースの寺岡信芳とパーカッションの朝倉真司という最高の仲間達を引き連れての凱旋だから、もう鬼に金棒だ(笑)。最初から飛ばす飛ばす!「マウンテンバイク」で毎度お約束の客席からの“ヒュー!”コールもいつも以上に大きかった。
寺岡信芳+朝倉真司のリズム隊も最高に気持ちのいいグルーヴを生み出していた。気のせいかストリングスが加わる時とはちょっとアレンジが違っていたようにも思う。リズムはシンプルで大人っぽいのだが、ちょっとオーガニックな味わいもあって、なんだかここ湘南の地に相応しいサウンドになっていたと感じたんだけど。
「胸が痛いよ」なんて、バンドスタイルで演奏されたのは初めて聴いたように思う。このアレンジ、好きだなあ…。必要以上に感傷的にならず、しっかりと前を向いているようなタッチ。「ムーンライトサンバ」も普段は会場が宙に浮くようなスペーシーなうねりを感じる曲なのに、この日はもっとアーシーで男っぽい演奏。やっぱりこれは場の空気、夏を迎えた海辺の町のムードがこうさせたんだろう。
リクオのライブは45分ぐらいだったかな…。終盤は「道草節」の大合唱。大盛り上がりで一部が終わった。

休憩中は夕暮れの富士山の景色を楽しみ(湘南から見る富士の山は、武蔵野で見るそれよりもえらくデカイ!(笑))、冷たい生ビールと美味しい料理に舌鼓を打ち、カウンターで個性的なマスターとのやり取りに大笑い(笑)。

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2部はお持ち兼ねの山口洋が登場。この前日のブログで、彼は“久々にエレキを弾きたくなった”と宣言しており(普段のヒロシのソロライブはどちらかというアコギがメイン)、その言葉どおりステージにはグレッチがどーんと置かれてあったから、期待は嫌が応にも高まってしまう。

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まずはアコギを手にして「トーキョー・シティー・ヒエラルキー」。曲が始まると一気に弾きつけられてしまった。なんか今日はいつもと違う!もちろん、アコギ一本でのソロライブもいいのだけれど、リクオバンドがそのままサポートに回ったこの日の山口洋は、完全にバンドモード。特に寺さんはヒロシの奏でる曲のツボをよく心得ており(さすが元アナーキー!)、お互いがお互いを触発してぐいぐい曲を引っ張っていった。曲後半の盛り上がりも素晴らしく、一曲目が終わってステージに声援を送りながら、早くも“いやあ~今日はとんでもない夜になるかもなあー”と感じた。
曲が進み、ヒロシが囁くように“ロックンロール!”。そして遂にグレッチを手に!なんと、曲は「NO FEAR」!げげげーっ!この曲、最近のライブではほとんど演奏していないので嬉しい驚きだった。身体を激しくシェイクし、グレッチを掻き鳴らす山口洋、むちゃくちゃカッコいい!こうやって聴くとヒロシのエレキって意外にファンキーなタッチもあるのね…。空気を激しくグルーヴさせるような極上のR&Rに客席からは大きな拍手。

最高潮の盛り上がりの中でいよいよ小坂忠さんが呼ばれる。
アロハシャツに白いパンツ、素足に白いシューズを突っかけた忠さん、カッコいいです!それに、忠さんを迎えた時のステージでのミュージシャン達の嬉しそうな顔と言ったら!そうだよなあ、小坂忠さんといえば日本のシンガーソングライターの先駆者であり、リクオやヒロシのようなホーボー・ミュージシャンの草分けだもんなあ…。僕にとっても憧れのミュージシャンで、昨年暮れに観る予定だったライブを体調不良で泣く泣く断念していただけに、やっと観られたことに胸がいっぱいになってしまった。
椅子に腰掛け、アコギを手にした忠さんの歌声は想像以上に素晴らしかった。なんと温かく豊かな声なんだろう!並のボーカリストとは説得力がぜんぜん違う。月並みな言い方で申し訳ないけど、間違いなく日本最高のR&Bボーカリストの一人だと思う。
名盤「ほうろう」からの曲を中心に歌い上げる忠さんを、リクオ・バンドとヒロシががっちりサポート。実を言うと、僕はこの急造サポートバンドのプレイぶりにもかなり驚いたんだ。1曲目「ほうろう」のゆっくりとシンコペートしたリズムなんて、まるでティンパン・アレイの名演を再現しているかのよう。リクオや朝ちゃんはともかく、寺さんや山口洋もこういうタイプのプレイができるんだなあ…。改めて彼らの懐の深さ、世代を超えて共鳴できる音楽の素晴らしさを思い知った。
忠さんはいったい何曲歌ったんだろう?ディテールはほとんど憶えていない。ただただ夢のような時間だった…。「ありがとう」も歌ってくれたし「しらけちまうぜ」もやった。忠さんの声は35年前のアルバムから少しも変わっていなかった。その傍で、リクオもヒロシも少年のように微笑みながら演奏している。それは本当に素敵な光景だったんだ。

アンコールでは黒いサングラスをかけて、サッチモの“What's A wonderful World”を歌い上げる忠さん。素晴らしかったなあ…。それに、なんだかとってもチャーミングな人でもあるんだよね、この人。ああいう歳のとりかたって憧れちゃうなあ、やっぱり。
この日は忠さんの62回目の誕生日をみんなで祝うというサプライズもあった。ステージに運ばれてきたケーキには名盤「ほうろう」のジャケットが描かれているという懲りよう。みんなでハッピーバスデーを歌い、嬉しいような照れたような表情を浮かべてそれを受け取る忠さん、ヒロシじゃないが、なんだかオレもほろりときたとです…(笑)。
最後の最後に演奏された「満月の夕」がとりわけ説得力を持って胸に迫ってきたのも、そんな忠さんのあったかさと、これ以上ないぐらいいいムードになった場の空気がもたらしたものが大きかったんだろう。

リクオが“明日の事がどうなるかなんて誰にもわからないけど、ここにいる3人は、間違いなくこれからもこうやってくたばるまで歌い続けるだろうと思います”って言っていたけど、それなら僕もくたばるまで彼らを聴き続けようと思う。それだって、この生き難い世の中で十分「光」になるのではないか?
会場が明るくなってから流れたザ・バンドの「I Shall Be Released」は、本当にこのライブにぴったりの選曲だったと思う。また忘れられない夜が増えた。

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2010年7月16日 (金)

キャリア・デザインなんて忘れてくれよ

若い連中との呑み会話しの続き。

最近の若手と話していて気付くことがひとつある。キャリア・デザインだの、キャリア・アップだの、“キャリア”っていう言葉を実に良く使うんだ、彼らは。
今の時代は大学の進路指導部ですら就職という言葉を使わないらしい。“進路指導”ではなく“キャリア・デザイン支援”。こんな具合だ。キャリア・デザインとは、各々が自分の内面を深く掘り下げることで持ってる資質を正確に把握し、将来あるべき姿を見つけてそこに到達するための具体的な目標を明確にしていくという考え方らしい。要するに、キャリア・デザインをきちんと描けば職業と人生とのミスマッチが無くなり、たとえ平凡な業務であっても満足度が高く豊かな生き方ができると、まあそういうわけだ…。

まあ、就職先を決める際はそれでも良いとは思う。だけど、いざ仕事を始めたらどうだろう。自分のキャリア・デザインとぴったり!なんて職場、そうそうないと思うんだけどなあ…。現場で優先すべきは、とにもかくにもミッションの達成だ。そのためには個人の理想なんか引っ込めなきゃならない場面がたくさん出てくる。キャリア・デザイン教育を受けた世代は、そんな時でも無意識のうちに“自己実現”みたいなフィルターをかませてしまい、理想と現実の狭間で悩んでしまうことが多いように思うのだ。

はっきり言ってしまうと、そういうのは独りよがりと言われてもしょうがないとオレは思う。実際の仕事っていうのは、複雑な業務・単純な業務、胸を張ってできる仕事・スレスレの仕事、なんでもできなきゃ始まらないのだから。
スタッフだっていろんな奴がいる。はっきり言って、ビジネス書に紹介されてるような、上から下まで一丸となって仕事に燃えてる組織なんてのは幻想なんじゃないのか?寝る間も惜しんでバリバリやってる若手がいるかと思えば、何しに来てるかわかんない上司がいたり。そんな人たちががさっと集まってるのが普通の職場の風景なんじゃないだろうか?加えて今の時代は、ひとつの職場に専任・臨時・派遣・嘱託みたいに、さまざまな雇用形態が入り乱れているのが普通になりつつある。これは、言い方を換えれば最初から仕事に対するアプローチが根本的に違う人たちが寄せ集まっているわけだ。そこで“やる気”を高めていくのは大変かもしれない、確かに。

だけどね、“だからダメなんだ、うちの現場は…”ってため息ついてる場合じゃないんだよな。こういう環境が当たり前、と開き直る図太さがないと…。
そもそも、大多数の組織ってのはエリートの集まりなんかじゃないはず。そんなのは超一流企業だってありえないとオレは思うのだ。組織の実態ってのは雑多な人々の寄り合い集団。でも、だからこそ面白いんじゃないかってオレは言いたい。デキる奴もボーっとしてる奴もいる集団で、自分がどう動き、周りをどう活かせば最大の効果を得られるかを考えていく…。これってけっこう面白いんだぜ…。そういうことをオレは若手になんとかして伝えたいと思うんだけどなあ。

“自分がこれだけ頑張ってるのに…”とか、“あの人は楽して金を取ってる…”なんて思ったって何も事態は変わらないじゃん。世の中、そんなに綺麗な仕事ばかり転がってるわけじゃないのだ。もっと汚れてくれよ、若者たち!

すいません、つい愚痴ってしまいました(苦笑)。

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2010年7月15日 (木)

故障かも…。

やってしまった。
膝だ。

この前、足の痛みには“故障”と“育つ痛み”の2つがある、なんて偉そうなことを書いたばかりだけど、これは故障の一歩手前かもしれない。

痛くなったのは今週日曜。キロ5分10秒ぐらいで10キロ走をやった。実は後半ビルドアップしようと思ってたんだけど、暑さのせいでバテバテになってしまい、そのままのペースで走ってお終いに。
違和感を感じたのはシャワーを浴びた少し後だ。なーんか膝の外側が鈍く痛む。とは言っても、普通に歩いたりする分にはなんともないから、そのままほっといた。ところが、階段の昇り降りをする時に気が付いた。顔をしかめてしまうほど痛い!走るのなんかとてもじゃないけど無理だ。

3日休んでも痛みがとれないので、今日の午前中に近所の接骨院に行って電気を通してもらった。だけど、やっぱり痛みは抜けないんだよなあ…。
どんよりと不安が募っている。これはもしや腸頸靭帯炎ではないか…。いったんこれにかかると、なかなか治らないともいうが…。

とにかく、今は走るのを完全に止めて、湿布を貼って様子を見ている状態。

参ったなあ…。やっぱりちゃんとストレッチをしておけばよかった…。

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2010年7月12日 (月)

【2010 FIFA WORLD CUP】スペインが優勝!

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この優勝は嬉しい。

決して素晴らしい試合だったとは言い難いが、こういう楽しくて結果も伴うチームが世界一になったことには、胸のすくような思いがする。
思い起こせば、98年のEUROでスペインが優勝した時は、誰もがこれからは攻撃サッカーの時代が来ると言っていたっけ。それが昨シーズンのCLで超守備的なサッカーをやったインテルが優勝したことで、また元に戻ってしまったような感があった。今回のW杯でも、スペインはいきなり緒戦でつまづいてしまい、やっぱし時代は堅守のサッカーなのかと思い始めた矢先だったからなあ…。

オランダは、ちょっとこの闘い方には悔いが残るんじゃないだろうか。なんだか、自分たちのサッカーをする以前に、相手の良さを消そうと躍起になっているような試合運びだった。中盤への荒っぽい接触が多く、たくさんのカードをもらうという結果に。個人的に注目していたファン・ボメルもこの日は本性丸出しの悪役振り(苦笑)。何も知らない子供たちがこの試合を見たら、きっとスペインが正義の味方でオランダが悪の化身みたいに見えただろう(笑)。

ともあれ、4年に一度の祭典は終了した。この後、選手たちはつかの間の休息をとって秋から各クラブに帰ってのリーグ戦が始まる。
オレはW杯で活躍した選手たちが、今後移籍市場でどう動いていくのかがとても楽しみ。そもそもW杯があった年の各国リーグは、選手の疲れがまだ抜けていないことが多く、移籍した選手もチームにフィットしていないから展開が読めない事が多い。そういう意味では番狂わせが起きる確立も高いし、セリエAに移る長友も十分活躍が期待できるしと思うんだけど。

スペインが優勝したことで、当然リーガ・エスパニョーラ人気は高まるだろう。バルセロナなんかそっくりそのままナショナルチームの背骨の選手だもんなあ。バルサは好きだけど、個人的にこれはつまらない。ここは一つ、他のクラブの奮起を期待したい。そうそう、レアル・マドリードにはこの大会で輝けなかったロナウドとカカがいるじゃないか。おまけに監督は堅守が得意なモウリーニョ。往年のライバル同士だけど、今季はますます面白い対比になってきたんじゃないだろうか。

本田が移籍するのかも気になる。個人的には、噂に出てるミランかバレンシアに移ったらけっこう面白いことになると思うんだけど。両方とも世代交代の時期にさしかかってるから、出場できるチャンスはありそう。まあ、常識的に考えれば超のつくようなスター選手でない限り、移籍後半年で動くってのは考えられないけど、サッカー界は何が起こるかわからないからね。こうやっていろいろ想像を巡らすのも、この時期の大きな楽しみ(笑)。

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2010年7月10日 (土)

【2010 FIFA WORLD CUP】オランダには狸がいる

179568_2 さて、W杯もいよいよ三位決定戦と決勝を残すのみとなった。決勝はオランダVSスペインという攻撃サッカーを標榜するチーム同士の対戦だから、これはけっこう華やかで面白いものになるんじゃないだろうか?
個人的にはスペインを応援してるんだけど、実はオレ、オランダに妙に気になってる選手がいるのだ。それは中盤の底にいるベテランのファン・ボメルという男。オランダは中盤がWボランチになっていて、派手なラフプレーはコンビを組んでる若手のデ・ヨングがやってることが多いから、このファン・ボメルはあまり目立たない。ところが、よくよく見てるとなかなかの曲者なんだ、コイツ(苦笑)。

オレがファン・ボメルの存在が気になりだしたのは準々決勝の対ブラジル戦。この日の主審は日本人の西村さんだったんだけど、サッカー王国である両チームは、最初アジアから来た無名の審判を露骨にバカにしているように見えた。小さいファウルを採った・採らなかったで、すぐに両軍入り乱れての猛抗議。選手たちは俳優顔負けの大げさなアピールを繰り返す。
そこにやおら登場してきたのがミスター・ファン・ボメル氏(笑)。オレ、この選手には“導火線が短い男”という印象があったんだ。チャンピオンズリーグの決勝で所属クラブのバイエルンがインテルと闘った時なんか、チームの誰よりも早く主審に詰め寄ってドツキまくっていたからね。あーあ西村さん、厄介な奴に目を付けられちゃったなあ、と思って見ていたら、なんとこの男、熱くなってる選手たちと西村さんの間に割って入り、事態の収拾に乗り出したのだ。時には西村さんに笑顔さえ見せ、まるで“お前も大変な試合の審判を引き受けちゃったもんだなあ、同情するよ…”と言わんばかりに。
オレ、感心してしまいましたよ。結果的にこの試合はオランダが勝利したんだけど、これはブラジルの選手がレッドカードを貰って退場し、後半オランダが一人多い人数で戦えたことも大きかったと思う。だが試合全体を見ると、実はオランダはブラジルより多くのカードを貰っていたのだ。もし、ファン・ボメルが試合を落ち着かせなかったら、もしかしたらオランダの方がブラジルより先に退場者を出していた可能性もあったのではないだろうか。こういう行為は審判にも印象が良いに違いないし(まあ、それがブラジルへのレッドに繋がったとまでは言わないけど)。暴れん坊だと思ってたのにやるじゃん、ファン・ボメル~!とオレは思ったわけ。

ところがです。準決勝のウルグアイ戦を見て、そんな甘々な印象は見事に覆されました(苦笑)。この日もファン・ボメルに注目して見てると、この男、けっこう荒っぽい事をやっているのだ。デ・ヨングの陰に隠れてるのを良いことに、肘で相手選手の顔を擦ったり、あからさまに足に絡むタックルを仕掛けたり…。そんで自分から仕掛けてるはずなのに、いつの間にか立場逆転でピッチの外で治療を受けてたりなんかする(笑)。時間を稼いで、涼しい顔でゆうゆうとピッチに戻ってきたりなんかしているのだ。

オレ、今度は別の意味で感心(笑)。いやあ~狸だなあ…。
スナイデルやロッペンみたいな派手な選手も魅力だけど、こういう“こすい”選手がいることもオランダの強さの秘密なんじゃないかと思う。中盤の底はゲームメーカー的な役割を期待されるポジションだけど、DFをフォローしたり前線に効果的なパスを供給するだけじゃなく、こういう風にゲーム全体のムードを変えたり、硬直した中でいったん時間を区切ってゲームをコントロールするのも、ひとつの技術なんじゃないかと思ったわけです。

スペインとの決勝戦は、両軍の意地がぶつかって必要以上にヒートアップする展開も予想できる。その時、このミスター“狸”ファン・ボメル氏(笑)がピッチで何をやってるか。これってちょっと勝敗の鍵になるんじゃないかなあ。スナイデルとビジャの得点王争いも面白いけど、オレはファン・ボメルの裏稼業(笑)にも注目して見てようと思ってます。

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2010年7月 9日 (金)

脚の痛みには種類がある

走り始めてはじめて知った。足の痛みには、故障による痛みと“育つ”痛みの2種類があるのだということを。
以前の自分なら、ちょっと足が痛くなると即オーバーワークだと決め付けてしまっていた。痛いこと=故障への信号。そう思うと走るのが怖くなってしまい、結果的にだんだんと走ることから遠ざかってしまっていたのである。

1週間前、何の前触れもなく左の足首に激痛が走った。特に負荷をかけたわけではない。キロ6分ぐらいのペースで10キロ走っただけ。なのに甲と脛の付け根辺りに激痛が走る。普通に歩く分にはさほど痛みを感じないのだが、階段を降りる時などに体重がかかると、もう痛くて痛くてたまらなくなる。もしや故障かも…どんよりした嫌な気持ちに苛まれつつ、湿布を貼り、次の日からの数日間の地方出張中を積極的休養日にあてることにした。

驚いたことにこの痛み、3日ですーっと引いてしまったのである。故障だったらこんなにすぐに治るわけがない。あとでいろいろ調べてみたら、どうも走るための筋肉ができる際にも痛みはあるらしいのだ(筋肉痛ではなく)。おっかなびっくり走ってみると、確かに痛くなる前よりも明らかに脚がすいすい進んでいたりして…。
うーん、人間の身体ってのは本当に不思議だ。もっとも、痛んだときに、それが“育つ”痛みなのか、フォームが悪いから痛いのか、単に故障しちゃってるのか、その辺をちゃんと見極めるのが難しいんだろうけどね。

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2010年7月 8日 (木)

【映画】アウトレイジ / 北野武監督作品

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面白かった!間違っても女性を連れて行くような映画ではないけれど、久々に血の騒ぐエンターティメントを見たように思う。画面に展開する圧倒的な暴力の嵐と、殺って殺られる息もつかせぬ展開は、最後まで飽きることがなかった。

ストーリーは単純すぎるぐらい単純。ヤクザの世界に生きる男たちが、組織の中で生き残りをかけて裏切りや駆け引きを繰り広げる権力闘争の話だ。「世界のキタノ」の映画だから、暴力に対する無常観とかなんとか、もっともらしいメッセージがこめられているかと思いきや、そんなものは全くありません(笑)。ここにあるのはただ圧倒的な暴力の嵐のみ。まるで劇画の世界のようなバイオレンス・アクションが全編にわたって展開する。
描写はものすげえ残酷。カッターで指つめます。小刀で顔面切り裂きます。顔面が変形するほど殴り、蹴りつけます。虫歯治療中に乱入して治療器具で口の中を血まみれにします。耳に菜箸突っ込んで捏ね繰り回します。中華包丁で指つめてラーメンに入れちゃいます。それから、それから…。ま、心臓の弱い人は観ない方がいい(苦笑)。

オレはこの映画を観ていて、ちょっと懐かしいような気持ちにもなったんだよな…。最近はヤクザ映画とか、あんまり流行んなくなってきたじゃん?「極道の女たち」だの「仁義なきなんとか」だのはあったけど、あれは人間ドラマとしてもきちんと作り込んであったと思う。昔はそういうのじゃなくて、誰が撮ったかもわかんないような味も素っ気もない低俗B級ヤクザ映画がたくさんあった。子供の頃はそういう映画を普通のサラリーマンが当たり前のように観ていたし、おどろおどろしいポスターが通学路なんかにも平気で貼ってあったんだよね。こういう映画は当時も成人指定だったはずなんだけど、オレがこれだけ鮮明に憶えてるってのは、恐らく深夜放送かなんかで放送されたものを観てたんだろうと思う。

こういう映画が公開されなくなったのは、暴力的なものに眉をひそめる風潮が強くなってきたからなんだろうと思うんだ。ちょっと話が脱線するけど、このところはプロレスだってメジャーどころではレスラーが血だるまになっちゃうような流血戦はあまり観られなくなってきたじゃん?そういうのをやってしまうと、いろんな方面から苦情が来るんだろう。だけど、こんな臭いものにフタをするようなことばっかりやっててどうすんのかと思う。だって、見たくないなら見なきゃいいだけの話だろ?なんでいちいち規制すんのかと思うんだよ、オレは。
こんなことを言うと、“お前の好きなロックの愛と平和の精神に反する”なんてトンチンカンなことをいう奴が絶対出てきてうんざりしてしまうのだが、普段いくらもっともらしい事を言ったって、男はやっぱりこういう世界が好き。それは性だからしょうがないのだ。ライブを“参戦”っていうのと同じで、そのこと自体に何の意味もない。誰も深い意味でなんか使ってねえ。自然と出ちまうんだよ、バカ野郎!(笑)

そんなオレとしては、北野武というメジャーどころの監督がこれだけ痛快な暴力映画を作ってくれたこと自体が愉快。たぶん、この映画に関わった全員が同じ気持ちだったんじゃないかな。どっかのインタビューで北野監督が“出てくれた役者さんがみんな嬉々として演技していた”って言ってたけど、みんなやりたかったんだよ、こういう役を。
オレはインテリヤクザ風を演じた加瀬亮がおっかなかったなあ…。何をしでかすかわからないようなヤバさ充分。この役は今後の彼のキャリアにおいても重要な節目になるような気がする。巨大ヤクザ組織の組長をやった北村総一朗や、直参の組長役・國村隼はさすがの一言。最近はいいお父さん役や聞き分けのいい上司役の多いお二人ですが、久々に隠された牙を剥き出したような見事な極道ぶりでした。
椎名桔平はカッコよかった。この人、普段もけっこう目つきコワイよね(笑)。笑顔を浮かべていても、心の奥では絶対に笑っていないようなひやりとした冷徹さ。ビートたけしも凄みがあった。この人は下町育ちの浅草芸人だから、ヤバイ人たちを身近に見てきてたんだろう。“バカ野郎!”の一言も、鉄拳をふるう演技も、モノホン?と思ってしまうような迫力だった。

この映画、海外の映画祭ではあんまり評判がよくなかったらしい。まあ、そうだろう。フランスの文化勲章を受勲した人が撮った映画とはとても思えないような低俗ぶりだから(笑)。でも、オレはこのB級感覚がたまらなく好き。思うに、北野監督は確信犯的に“暴力映画”っていうジャンルをこれで復活させようと思ったんじゃないかな。それはかなりの完成度で成功したとオレは思う。
品行方正な紳士淑女にはオススメできないが、パルプフィクションみたいなB級ぶりを理解できる人ならきっと楽しめるんじゃないかな、これは。
オレ、この映画観てはじめて気が付いたぜ。“ヤクザ映画とジェットコースター・ドラマは似ている!”って…(笑)。

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2010年7月 6日 (火)

【映画】告白 / 中島哲也監督作品

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この映画、興行成績が良いからとか、松たか子・木村佳乃の豪華二大女優が共演とかの謳い文句に釣られて軽い気持ちで観に行くと、きっと痛い目に会う。少なくとも、普段悦楽感のみを求めて映画館に足を運んでいるような人は絶対観ない方がいい。映画はひたすら陰鬱で重苦しい。見終わった後も、心に重くて苦い残留物が溜まり、それがいつまで経っても抜けていかないのを感じることになるだろう。
にもかかわらず、自分はスクリーンから一瞬たりとも目を離すことができなかった。映画の中で展開される異常な世界に凍り付いてしまった。

この作品は、2009年に本屋大賞に輝いた湊かなえのベストセラー小説が原作である。CMスポットで教師に扮する松たか子が独白しているように、教え子に愛娘を殺された中学校教師の復讐を描いたミステリーだ。監督は『嫌われ松子の一生』の中島哲也。彼は町の書店で偶然見つけた原作本に強い衝撃を受け、これは絶対に自分の手で映像化しなければならないという決意を持って制作にあたったという。

僕は、映画・音楽・小説等すべての表現分野において、今の時代に生きる中学生たちの荒涼たる世界をこれほどまでにリアルに描き切った作品を他に知らない。
この映画を観て、僕は中学生の男の子の父親である自分を省みないわけにはいかなかった。新聞やテレビで中学生が関わる陰惨な事件を目にするたび、僕らはその異常性に背筋を凍らせ、ワイドショーのコメンテーターが神妙な顔つきで語るコメントに無理やり納得してきた。だけど、この作品はそんな味も素っ気もない報道の何倍ものリアルさで、現代の少年少女が抱く孤独で命の軽い世界を描き切ってしまっている。そして、教育者として、親として、彼らの世界に関わっていくことが如何に困難であるかも盛り込んでしまっている。
愛娘を殺められたからといって、教え子に報復を企てる女教師は確かに異常かもしれない。でも、自分が彼女の立場だったらやっぱりこうするかもしれない。白状しよう。僕は彼女の静かな復讐がゆっくりと効果を表す様に、途中から喝采を送ってさえいた。この映画は、そんな自分の中の暗部さえも気付かせてしまうのだ。
明確な問題提起が有る訳ではない。これはただのサスペンスなのだから。だが、この作品を見た者は、少年法の抱える問題や現代の家族の在り方、学校教育の矛盾などに悶々と思いを巡らせないわけにはいかなくなるだろう。

Koku_3  映画を観た後のあまりのショックの大きさに、僕は湊かなえさんの書いた原作本を買った。最近はこういうこと自体珍しいのだけれど、それほどまでに映画から受けた衝撃が大きかったってことだ。
原作は映画以上に深く重く胸に堕ちてきた。この人はいったいどんな出自の作家なのだろう…。今の中学生たちのコミュニケーションの希薄さや教育現場の無力ぶりを描く筆の現実味は、まるで作者自身がその場を経験しているかのようだ。

原作を読んで、ひとつ大事なことに気が付いた。この物語は復讐ではないのかもしれない。彼女のやったことは、子供を殺され、崩壊した教育現場において、自らが中学生の棲むダークな世界に身を置いて命の尊さを諭した“あちら側の人間”への諭しだったのではないかと…。なんだか、そんな気もするんだよな、オレは。

原作を読むと、中島監督はただ原作をなぞって映像化したわけではなく、相当の熱意で取り組んだことがうかがえる。テーマを浮き上がらせるために、細部を少し作り変えてあったりもしたのだけれど、何といってもスゴイと思ったのは、その映像。陰影の濃いダークな画作りや、スローモーション、ブレたアップ画像などは彼らの生きる荒涼たる世界を際立たせ、音楽も、レディオヘッドのつぶやくような歌声や、ハリボテのようなAKB48の歌声が少年たちの孤独をいっそう駆り立てていた。
文庫本には中島監督のインタビューまで載っているのだが、これは映画を観た人には必読。監督は、この作品が相当深く読み込んでいることがうかがえる。監督は、登場人物それぞれの告白は、必ずしも真実とは言えず、誰かが嘘をついているとまで言っていたのだ。そんなことは僕には思いもよらなかっただけに、驚いてしまった。
登場する中学生の俳優たちにも原作を読ませ、彼らの意見も聴きながら制作を進めていったという中島監督。これは、今の若い世代の心象風景を見事に映像化したまれに見る怪作だ。まあ、こんな作品が興行成績トップになっている2010年7月の日本の現状ってのにも、なんか薄ら寒いものを感じるんだけど…。

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2010年7月 5日 (月)

【2010 FIFA WORLD CUP】日本代表をめぐる冒険

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先週は仕事でずっと地方に。出張中は自分の裁量で時間管理ができるので、午前中を移動時間、午後に集中して仕事というスケジュールにして東北のある県を駆け回った。夜はビジネスホテルで缶ビール片手にW杯に熱中する日々。ほんとはシューズ持参で出先でも走ろうと思っていたんだけど、このところ足首に違和感があったんでここは大事をとって完全休養することに。いったんそう決めちゃうと、いくらでも夜更かしできちゃう。なので、今回はベスト4を決める試合、ほとんど生観戦しました。移動時間、ほとんど死んでましたけどね(苦笑)。

僕らの代表はベスト16で全ての冒険を終えた。実は、まだぼーっとしてるんだ、オレ。すべてを見渡すような気持ちにはまだとてもなれず、余韻に浸っていたいのが正直な気持ち。ベスト8の壁を破れなかったパラグアイ戦は確かに悔しかったけれど、あれだけ勇敢に闘った選手たちになんの文句があろうか。

僕は、僕らの代表にとても大事なことを教わったような気がする。それは、今この時に全力を出し切ること。そして、結果を手にするためにエゴを捨て一丸となることだ。当たり前といえば当たり前かもしれないが、その当たり前のことをやるのがどれだけ難しいことか、またそれが適った時はこれだけ大きなものが得られるということを、僕らの代表は身を持って教えてくれていたと思う。
そういった意味では、僕は、2010年7月の時点において日本代表はフランスやイングランドの代表よりも“いいチーム”であったと胸を張って言うことができる(強かったかどうかは別にして)。それはとても幸せなことだと思うんだ。

実際、パラグアイとの力の差は試合で表れていた以上にあったはずなのだが、僕らの代表は120分間、互角以上に闘った。がっぷり四つで南米の常連国と堂々と渡り合ったのだ、彼らは!
しっかりと守備ブロックを築き、チャンスと見るや人数をかけて攻め上がる。そこに精度の低さはあったかもしれないが、これまでの日本代表によく見られた(そして、それこそが僕らが一番イライラさせられた)中途半端なポゼッションに甘んじ、時間だけが経過するような消極的な姿は綺麗に消えていた。守備にしても、積極的な守備とでも言えばいいんだろうか、全員で何としてでもゴールを守るという鬼気迫る姿は感動的ですらあった。

もうひとつ強く感じたのは、これも当たり前のことかもしれないけれど、“勝つ”のがいかに大切かってことだ。今回、チームが劇的に変わるきっかけになったのは、初戦のカメルーン戦だったと誰もが言っていたが、ひとつの勝利がチームの状態からマスコミの見方まで、全てを良い方向に劇的に変えてしまうことを、これほど実感したことはこれまでなかったような気がする。
確かに、これはオシムさんが提唱し岡田さんが継承すると言っていた“ポゼッション・サッカー”=日本らしいサッカーではなかったかもしれない。でも、それがなんだというのだ?たとえどんなにアンチなスタイルだったとしても、勝利の美酒には適わない。この痺れるような感覚を、僕らは98年からずっと欲していたのだ。
“○○らしいサッカー”というスタイルを確立して勝利を得られれば、それに越したことはないよ、もちろん。けれど、はっきり言って日本のレベルはまだまだそこまで達していない。ならば勝利を、どんな不恰好なサッカーでもまずは現実路線で勝利を目指した岡田さんのやり方は、100%正しかったと僕は思う。

ただ、ひとつあえて言わせてもらえると、これが果たして将来にわたって日本が目指すべき姿なのか、何処かへ向かう途中の通過点であるべきなのかは、これからじっくりと検証すべきなんじゃないのか。
ちょっと危惧してしまうのは、今の流れがマスコミ・世論からサポーターまで“本田スゴイ”“岡田さんゴメンナサイ”一色になってしまっていることだ。もしかしたら、これは国技である大相撲があまりにも情けない状態だったり、頼れる総理大臣を担げないこの国の政治の不甲斐なさへの反動なのかもしれない。けれど、この手のひらを返したようなちやほやぶりが、今回の日本代表を見る目にバイアスをかけてしまう様なことがあってはならないと僕は思う。

ともあれ、今はもう少しこの余韻に浸りたい。少なくとも“あの時PKを蹴るのが駒野じゃなかったら…”なんて言ってる奴とは、オレは友だちになりたくないぜ(苦笑)。そう、互角に闘った120分も痺れたけれど、すべてが終わった後、駒野の肩を抱いて本人以上に涙を流していた松井大輔の男気にも惚れたんだからな、オレは。

「駒野を誘って死ぬまで呑ませたい…」 

これ、試合後の松井のコメント。なんて感動的なチーム愛なんだろうか…。元スポ根少年。現ヘタレおっさんランナーはこういうセリフに涙腺が決壊してしまうのだ(苦笑)。人生に二度とないかもしれない素晴らしい時間を過ごしたであろう彼らを、僕は少し羨ましくさえ思う。
たぶん、中田なんか僕以上に羨ましく思っているんだろうなあ…。今ごろ、“引退するんじゃなかった…”とか後悔してたりなんかして(苦笑)。

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