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2010年8月 1日 (日)

【雑誌】考える人 2010年8月号 - 村上春樹ロングインタビュー -

51ijyexrtpl__sl500_aa300_ 雑誌受難の時代を反映してか読むに値しない軽薄な企画が氾濫する中、これは近年まれに見る濃厚な特集だと思った。
作家・村上春樹を緑濃い箱根の老舗ホテルに3日間幽閉し、じっくりと話を聞いた貴重な記録。インタビュアーを務めたのは、新潮社の誇るベテラン編集者でこの雑誌の編集長でもある松家仁之氏だ。記憶に新しい1Q84の話はもちろん、小説家としてのキャリアのふり返りや生い立ち、村上春樹が一時暮らしていたアメリカの出版界や翻訳のこと、そして今後の展望まで盛りだくさんの内容。
冒頭で氏が述べているとおり、このインタビューで話されたことは“解説”ではない。作品というフィルターを通して、村上春樹という人間が小説家としてどんな姿勢で臨み、今この時代に何を考えているかが浮かび上がってくるようなものになっている。

村上春樹の話は相変わらず理路整然としている。この人のインタビューを読んでいていつも僕が感心してしまうのは、常に自己と作品を冷静に観察し、作家としての立ち位置はもちろん、自身の属する世代意識や自身の経験値をも正確に見据える冷静な目線を持っていることだ。それがあるからこそ、あれだけスケールの大きな小説でもテーマがぶれず、時代に対する有効な投げかけを内包する作品が書けるのだろう。
村上春樹の小説の魅力は、そこには“ただ優れた小説がある”だけで、作者の個の発露や自我を感じさせる部分がほとんどないことだと僕は思っている。僕らが学校で教わってきた読書の方法として、本を読むことによって自我と出会うとか、自己を発見するために本の力を借りるなんてことを再三言われてきた。その影響はとても大きく、最近の日本の小説家なんか、小説としての構築の度合いより自我をどう作品に挟み込んでいくかを優先しているようなものがとても多いと感じる。村上文学にはそれが一切ない。繰り返すが、そこにあるのはただ圧倒的な小説世界だけなのだ。その完成度、小説自体の持つ力の大きさだけで、読者を完璧に圧倒してしまう。それが本来の小説の姿なのだと思う。
このインタビューの中で少年時代の読書体験の話になった時、夢中になった作品として、村上春樹は「カラマーゾフの兄弟」や「戦争と平和」などの19世紀文学の名前を挙げていた。さらに歴史少年でもあって、中央公論社の「世界の歴史」をよく読んでいたとも…。この話は、村上春樹の小説世界がどこからやってきたかを知る上でとても重要な話だと思う。そう考えていくと、「ねじまき鳥クロニクル」の中にノモンハン事件が挿入されていたり、小説における文体が一人称から三人称へ移り変わっていったことなどがとてもよく理解できるのである。

その他にも、物語の間口と奥行きの話、メタファーの活用と描写の話など、このインタビューには村上文学を愛読するものにとって貴重な話がたくさん散りばめられている。
個人的に心を打たれたのはエルサレム賞に関すること。この受賞が発表された時、パレスチナを弾圧するイスラエルからの賞なんてなんで受けるのかという批判がマスコミを中心に沸き起こった。だが、氏はあえて賞を受け、後に「壁と卵」と呼ばれることになった感動的なスピーチを行った。その当時の状況が改めて氏の口から語られたのだ。当時もその勇気あるスピーチにとても感動したのだが、これを読んで改めて村上春樹という文学者の毅然さに涙が出そうになってしまった。

とにかく重厚な特集である。挿し込まれた写真は、写真家が父の形見として所有していたハッセルブラッドで撮影したというモノクロームのみ。それらは、写真家の家の小さな暗室で一枚一枚じっくりと焼かれたものだという。デジタル全盛の中、こんな丁寧な仕事は珍しい。
総ページ数100ページ近く。この部分だけで単行本にしたっていいぐらいの内容だ。村上春樹の小説に影響を受けてきた人はもちろん、この作家に興味がなかった人でも、読めばきっと何かを感じることだろう。
後付けを読むと、この雑誌の創刊以来ずっと携わってきた松家編集長は、この号をもって身を引くらしい。松家さんは新潮社も退社するらしく、正に退路を断った一世一代の気持ちでこの特集に臨んだことがうかがえる。

雑誌が売れない時代といえど、作り手に情熱があればこれだけのことができるのだ。
脱帽するしかない。プロの仕事を見せてもらった。どの世界にも真の仕事人は存在しているのだなあ…。

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