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2010年8月 5日 (木)

ある評論家の死

今野雄二が亡くなった。自宅マンションで首を吊っての自殺だという。
今野さんは僕が高校生の頃、音楽や映画の評論で大活躍していた人だ。正直言うと、この人の評論は過剰なスノッブさが鼻につく時もあって全面的に心酔していたわけではないんだけど、それでも僕ら世代にとっては一世を風靡した印象に残る人だったことは確かだと思う。あんな華やかに見えた人が、こんな寂しい幕引きを自ら選んでしまったのはとても悲しく思う。

80年代には、洋楽のライナーノーツや雑誌の音楽コラムなどで、この人の名前を頻繁に目にする機会があった。当時の今野さんは11PMなどのテレビ番組にもよく出ていて、アーストン・ボラージュの最新ファッションをさらりと着こなし、欧米の最新カルチャーをいち早く紹介するその軽妙な佇まいは、バブル期のライトな時代のノリにもよく合っており、正に東京の流行最先端にいる文化人という感じだった。

だが、21世紀に入ると今野さんのメディアへの露出は極端に減ってしまう。いや、この人に限らずこの頃から音楽や映画の評論家自体があまり表に出なくなったような気がするんだ。
これにはいろんな理由があるんだろうけど、僕はインターネットの普及が一番大きかったんじゃないかと思う。あれで誰もが評論家になれると錯覚してしまい、ブログなどで膨大な情報発信が始まった。表現者側も公式サイトを設置したり自らがブログを書くなどして、積極的に情報発信を始めた。結果として、表現者と受け取る側が媒体を使わずダイレクトに繋がることになったし、昔なら上陸するのに一年かかったニューヨークやロンドンの流行も3日後には世界中に広がることになった。そこにはもう評論家の入る余地なんか無くなってしまったんだと思う。それを誰かはこう言った。情報のグローバル化…。

でも、グローバル化ってのはイコール均一化ってことだ。経済のシステムなんかはその方が効率がいいのかもしれないけれど、僕は文化にそんなものは必要ないんじゃないかって思ったりもする。だって、それは結局最大公約数の流行りばかりがクローズアップされ、ニッチなものは抹殺される傾向に拍車がかかってしまうだけじゃないだろうか?
80年代の評論家の優れていたところは、異端といわれ、とうていメジャーにはなれそうもないニッチなものにも光を当てていたことだと思う。今ほどレコード会社や映画配給会社がシステマティックになっていなかったこともあるんだろうが、評論家は思いっきり趣味に走れた。たとえば今野さんなら、まだ日本では誰も目を付けていなかったロキシー・ミュージックやデビッド・リンチの映画をいち早く紹介していた。それはすぐに大衆に受け入れられるものではなかったが、何年かの時間をかけて一部のファンにはとても大きなものになったのだ。現に、ロキシー・ミュージックは今年のフジロックに久しぶりに来日し、若者にも熱狂的に迎えられたと聞く。

優れた評論家がいなくなったおかげで、僕らはそんなニッチなストリート・カルチャーを見つけられなくなってしまったのだ。最近の洋楽の不振はそんなところにも原因があるように思うのだが…。
でも、そんなことはきっと中年の音楽ファンのノスタルジーとしか思われないんだろうな…。

今野さんがこの世からおさらばする時、何を考えていたのかはわからない。だけど、この時代の何かに激しく絶望していたことは確かだと思う。あんな人がもっと悠々と活躍できるだけのスキマがあるのが、本当に成熟した社会だと思うんだけどなあ。
なんとなく、彼の死は昨年の加藤和彦さんの死にも共通するものを感じる。
つくづく、つまらない国になってしまったんだな、日本は…。

心からご冥福をお祈りします。どうぞ心安らかに…。

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