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2010年8月27日 (金)

【本】滝山コミューン一九七四 (講談社文庫) / 原 武史(著)

B448553a91fb0282e9ce6ef09f0717dc1965年生まれの僕は、詰め込み教育と呼ばれた70年代の指導要領をモロに引っ被った世代である。そんな中、隣のクラスにとても人気のある若い先生がいた。その先生は指導要領に囚われない独自のクラス運営を行っていて、子供心にとても自由な感じがしたのである。先生は業者テストを一切使わずに、自分で作ったプリントのみを授業で使ったり、学校行事以外のクラスイベントをたくさんやったり、大人顔負けの選挙活動を行わせてクラス委員を決めたりしていた。彼は「みんな」で何かを「一緒に」やり、「全員」が「同じ」であるべきことを繰り返し教えていたのである。
なんでそんなことが可能だったのかは今となってはわからないが、彼のやり方がクラスの団結力を高め、校内水泳大会や球技大会では必ず入賞者を出していたから、生徒のみでなく保護者からもウケが良かったことは確かだ。結果的にその評判を学校上層部も認めざるを得なかったのだろう。

だけど僕は知っていた。それはいい面ばかりではなかったことを。
ある日、僕はそのクラスにいたある友達にこう言ったことがある。

「お前の組は楽しそうでいいよなあ。オレも○○先生に習ってみたいよ…」

すると、彼は一瞬身を硬くしてこう答えたのだ。

「そうでもないよ。けっこうキツイこともあるんだ…」

希望者を募るのではなく「絶対参加」のクラス活動は、スポーツの苦手な彼には苦痛でしかなかったのだ。加えて先生の平等精神は勉強にも及んでおり、彼はクラス全員ができるまで納得しないから、授業の進度は僕たちのクラスの半分も行っていないという驚愕の事実を知った。言い方を換えれば、その先生の教育は特定の優等生を出すことより、「平等」を重んじて「みんな」が「同じ」であることを目指したものだったのである。それは落ちこぼれは生まないかもしれないけど、同じ電車に乗り合わせることしか許さない窮屈さを生むことになる。スポーツ少年ではなく、算数が得意で一人静かに読書をすることが好きだった僕の友達は、本当はその電車に乗りたくなかったのだ。「みんな」が「同じ」でなければならないという圧力の中、彼は静かに追い詰められていたのである。

「滝山コミューン1974」を読んでいて、そんな30年前の出来事を思い出した。このルポルタージュは、70年代の東京で、僕の友達の更に上を行くような教育が行われた実態を書き記したものなのである。
70年代、東京の新興住宅地にできた新しい小学校で自由で民主的な教育を目指す試みがあった。若い一人の教師とPTAが中心となり、独特の算数教育法「水道方式」を取り入れた集団教育を行った。そして、民主主義の名の下にクラスを班分けして競わせたり、児童委員会や生徒会選挙、林間学校を通して理想的な集団を目指して突っ走っていく。
しかし、平等や自由を目指していたクラスが産み出したものは、自由を束縛し個人が集団の一員であることを強要するような相互監視社会だった。班競争は「ダメ班」や「ビリ班」を作り出し、できない生徒をスポイルすることになった。ホームルームでは他者への糾弾・自己批判が繰り返し行われた。こうした民主主義の名の下に行われた行為の数々が著者のトラウマになっていったのだ。著者は30年ぶりに少年時代をすごした団地を訪れ、当時そこで何が行われたのか検証していく。

実は、読んでいて僕も“あっ!”と思うことが幾つかあったことを告白しなければならない。班競争や卒業式での決まった台詞での呼びかけなど、ここに書かれていることの幾つかは、僕自身が少年時代に経験していたことだった。たぶん、僕じゃなくても同世代がこの本を読めば、幾つか思い当たるフシがあると思う。
ここに書かれていることは、ある意味あの時代に行われてきたことのタネあかしなのだ。当時の僕は“なぜそこまでやらなくてはいけないのか?”と違和感を感じたこともあったのだが、それは全生研という組織が提唱していた、個人より集団を重視する教育方針が根底にあったことを今初めて知った。
そして思う。戦時下に何の疑問も持たずに軍国日本へと突入していった話を聞く時、その時代に誰も正常な思考回路が働かなかったことを疑問に思ったりもするのだが、それと同じようなことは今でも簡単に起きるのだということを。そして、自分もその渦中に確かにいて何もできなかったのだということを…。

終章、著者はこんなことを書いている。
2006年に教育基本法が改正される根拠となったのは、旧教育基本法がGHQの干渉を受けて制定され「個人の尊厳」を強調し過ぎたものとなっていたために、個人と国家や伝統との結びつきが薄まり、戦後教育の荒廃を招いたという歴史観であった。だが、果たして旧教育基本法のもとで本当に「個人の尊厳」は強調されてきたのか。滝山コミューンのようなものが存在したという事実は、問い直されるべきなのは旧教育基本法の中身ではなく、むしろこの歴史観そのものではないか、と。
また、滝山コミューンは、成年男子を政治の主体と見なしてきた日本の歴史にあって、はじめて子供や女性を主体とした民主主義が行われたものだったのではないか、とも言っている。

後者の文章は一瞬作者の考えを見え難くする。滝山コミューンに忌まわしいトラウマを抱き続けてきた著者が、最後になっていきなりそこに肯定すべき点を見出してしまっているからだ。Amazonなどでの書評を見ても、そこに著者の意図を読み切れず、戸惑う声も幾つか見られた。
だが、僕には著者の気持ちが良くわかる。そして、この相反する複雑な感情こそが真実なのだと思う。
自分の体験を省みる時、確かに僕はあの時一種の共同体の渦中にいた。そして、時に疑問を抱きもした。だけど、それはそのまま流れてしまったのだ。何故なら、共同体幻想というものはそこに溶け込んでしまえばとても居心地のいいものだからである。友達と一緒に何かをすることが大好きなお気楽少年だった僕は、時として疑問を持つことはあっても、圧倒的多数の集団に属していることに心地よさを覚えていたことを告白しなければならない。
こういう相反する感情を抱いていたのは著者も同じだったのだと思う。30年余りもトラウマに囚われながら、それでも団地在住の6年間の影響を認め、小学校時代に郷愁を感じたりしているところに、僕はこの著者の誠実さと切なさを感じてならない。
原武史さんは熱心な鉄道マニアとしても知られているそうだが、休日に都心の塾に通う時、好きな車両の中に忍び込んでたった一人で食事をするエピソードなど、追い詰められた少年の声にならない叫びが聞こえてくるようで、強く心に残った。

翻って今の教育現場。そこはまたぞろ集団主義的側面を強めつつある。また、社会全体も声の大きい人の意見に左右されて世論が形成されたり、空気を読むような世の中になりつつある。
そこに何の疑問も抱かなかったらそのままでもいいだろう。だが、70年代に初等教育を受けた世代だったら、僕らは既にこんな集団主義的な社会を体験してきていることをわかっておいた方がいいかもしれない。

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