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2010年11月22日 (月)

【映画】 アイルトン・セナ ~音速の彼方へ

337536view005二度目のハーフマラソンを完走した翌日、日比谷の映画館で以前から気になっていたアイルトン・セナのドキュメンタリー映画を観た。

僕はこれまでF1に夢中になったことはない。80年代後半から90年代にかけて空前のブームがあったことは知ってるけど、それにはあまりいい印象を持っていなかった。偏見かもしれないけど、あのブームはバブルに浮かれて高級車を買い込み、ボディコン女を助手席にはべらせて喜んでる成金連中が支えているみたいなイメージがあった。それと、F1ってのは人間がマシンを介して行うもので、スポーツのように純粋な肉体のみで行われる競技ではないことも、僕がなんとなくのめりこめなかった理由の一つだと思う。

だけど、アイルトン・セナという男の存在だけは、妙に引っかかるものがあった。音速の貴公子とまで言われたあの端正な顔立ちは、屈強な男たちが並ぶサーキットの中で奇妙に浮いていた。なぜ彼のような優男がそこにいるのだろう…。彼の存在は美しくもあり、同時に夏の日の陽炎のように、今にもふっと消え去ってしまうような危うさを感じた。それは彼のレーススタイルとも印象が重なる。インコーナーから強引に抜き去るセナのテクには、神懸り的なすごさを感じると同時に、一歩間違えるととんでもない事になってしまいそうな危険な香りがしたのだ。
僕の予感は的中してしまう。セナは94年にレース中の事故で死亡してしまうのだ。彼の死を当時の民放のアナウンサーが涙ながらにコメントしていたのを、僕は今でもはっきりと憶えている。
いったい、アイルトン・セナという男は何者だったのか…。僕はそれが知りたくて映画館に足を運んだ。

映画は、数々のレースシーンやプライベート映像、本人や知人・家族のインタビューなどを通し、自分のようなセナに対する知識の浅い者でもわかり易い作りになっていた。
僕はセナの言動がけっこう過激なことに驚いたなあ…。当時のニュースやF1番組では、HONDAのエンジンを乗りこなし、日本を第二の故郷と言ってはばからない彼の人の良さばかりが強調されていたが、映画に挿入されている生前のインタビューでは、組織の上層部を公然と批判したり、チャンピオンでありながら事故が多いと忠告する先輩ドライバーに、猛然と反論するシーンなどが収録されていた。

映画を見ているとうすうすわかるのだが、F1は政治とお金が絡む世界であることは間違いない。その中で、レーサーはテクニックと資金力の狭間、自分の夢と政治との狭間で苦悩しながら走り続けている。強引な言い方をすれば、その両者の間に折り合いをつけてキャリアを全うできたのがアラン・プロストであり、最後まで折り合いを付けられなかったのがセナではなかったのか。

映画が終わりに近づくにつれ、僕は胸が潰れるような気持ちになっていった。こうして時系列に並べられた映像を見ていると、勝利を重ねれば重ねるほどセナの眼に憂いの影が濃くなっていくのが手に取るようにわかるからだ。
最新鋭の技術が結集されたトップチームのマシンに乗るためには、強力な政治力とスポンサーが必要。だが、セナはそれに加えて、時には生命の危険さえ伴うような爆発的スピードと絶妙なシフトチェンジ、ブレーキングを身上とした。そして、仲間のレーサーから危険な男と批判され、政治力を無視したことで組織の上層部に嫌われても、最後までその走りを貫いたのだ。

若いときの僕なら、組織の中でうまく立ち回りながら確固たる地位を築いたプロストよりも、巨大な組織にたった一人で立ち向かい続け、最後は神になったセナの方にシンパシーを抱いたことだろう。
だが、今の僕はセナの生き方が素晴らしくてプロストが姑息だったとは全く思わない。大人になればわかることもある。プロストの立場ではああいう選択をするしかなかったのだ。そして、それはそれで苦悩に満ちた生き方だったに違いないと思う。

もうひとつ確信したことがある。生前は確執が伝えられていたセナとプロストだが、2人の間には歪な形ではあったかもしれないが、間違いなく友情のようなものがあったのではないか。言い方を変えると、組織の枠に囚われなかったセナの生き方を、プロストは心のどこかで憧れていたのかもしれない。映画のエンドロールで「セナ財団 管財人 A.プロスト」の文字を見つけた時、僕は胸が熱くなった。

それにしても、映画のラスト近くで、一番ベストだったレースは?と聞かれたセナが、政治もお金も絡まないカートレース時代を挙げていたのは、胸が痛かったなあ…。
セナはF1界に入って本当に幸せだったんだろうか?そんなことを思わずにはいられなかった。雨に煙るサーキットで、セナはいったい何と闘っていたんだろう?

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コメント

実は私、F1大好きなんです。
あの頃の私はプロスト派でした。
セナが事故で亡くなったレースはTVで観てたんですよね。
セナが死ぬなんて信じられなかったな。
今でもF1は観るけど、あの頃ほど夢中になれません。
同じチームなのに潰し合う2人のレースはなかなか面白かったです。
私も無理矢理にでも時間を作って観に行きたいと思います。
ありがとうございました。

投稿: りんりん | 2010年11月23日 (火) 22時34分

◆りんりんさん
この映画は当時の貴重な映像もたくさん出てきますし、プロストのファンにも必見だと思います。
なんか僕は、今のF1ってあの頃とは別の競技のように思えます。今ってマシンが電子制御されてるから、レーサーの技量が発揮できる割合が小さくなってきちゃってるように感じるんです。
セナがウィリアムスに移ったのも、最新マシンに対応したかった気持ちがあったようなんですけど、マシンとの相性には最後まで苦しんだみたいですよね。セナはそんな時代の流れとも闘っていたんじゃないでしょうか…。

投稿: Y.HAGA | 2010年11月25日 (木) 12時19分

HAGAさんが セナの話題を採り上げてくださるとは
わたしのメアドにはネームを拝借しております(笑)

リアルタイムで観てました
勝利を重ねる度に色々な柵があり
年々、彼の表情は険しくなりました

あの日以来 あまりF1中継を観なくなりましたね
奇しくも 5月は。

辛いです...

投稿: さみしげなパイロット | 2010年11月25日 (木) 12時47分

◆さみしげなパイロットさん
メアドを見て思わずにんまりしてしまいました。熱烈なファンだったんですね!
映画を観てて僕が強く思ってしまったのは、セナはF1の世界に入って本当に幸せだったのかなあってことです。勝利を手中にしても、なんだか愁いの影が常に付きまとっているっていうのか…。でも、もしセナが生きていたとしても、今の電子制御されたF1の世界にはいなかったような気もします。

投稿: Y.HAGA | 2010年11月26日 (金) 09時46分

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