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2011年6月 8日 (水)

NHK ETV特集「細野晴臣 音楽の軌跡~ミュージシャンが向き合った"3.11"」

この番組は、音楽家・細野晴臣のこれまでの音楽史を振り返りつつ、3.11大震災を経験し、ミュージシャンとして今感じていることを率直に語るというものだった。細野さんの音楽史に関しては、これまでも様々なところで紹介されてきたので、僕にとってこれといって目新しいものは無かったが、震災後の言葉はとても強く心に残った。3.11を経験し、多くのミュージシャンが自分の立ち位置に悩んだと聞くが、こうしたテレビ番組で震災後の気持ちを直接語ったミュージシャンは、たぶん細野さんが初めてではないだろうか?

あるミュージシャンは、震災直後に行う予定のライブを中止した(“延期”と“中止”の違いは大きい)。あるミュージシャンは急性ストレス障害で倒れた。リスナーの間でも、震災直後は音楽なんか聴く気になれなかったという人は多かったのではないだろうか。細野さんも例外ではなかった。震災後、細野さんはしばらくは音楽が手に付かず、これから人が音楽家としてどうやって暮らしていけばいいのか、ずっと考え続けていたという。

震災後初のライブで、細野さんは会場の照明を極力抑え、楽器もアコースティックなものに変えた。そして、務めて震災のことに触れた。ステージ上で話を振られたコシミハルは、「今までは音楽をやっていてなんの疑いもなかったんですよ。でも、今回初めて“あれ?”って思ったんです。なんかね、(音楽やるのが)すごい虚しくなっちゃたんですよ…」と語っていた。

番組ではオブラートに包んだような表現になっていたが、僕は、細野さんは震災に心を痛めているのはもちろんだろうけど、それ以上に原子力発電所が大事故を起こしたという事実が、とても大きな心の傷となったのだろうと思った。
細野さんは終戦の2年後に生まれている。番組での「原点はやっぱり戦後。敗戦ってこと。そういう中から生まれてきた。僕もそうだし、僕の音楽もそうですよね…」という発言のとおり、細野さんの音楽の原点はアメリカだ。少年時代、ラジオから流れるアメリカのカントリーやポップスが彼を音楽に目覚めさせた。それは細野さんだけじゃなく、ムッシュかまやつやマイク真木など、日本のポップス黎明期の人たちはみんなそうなのだ。敗戦後、日本がアメリカの占領下だったことは、僕らの文化にとても大きな影響を及ぼしている。それはネガティブに言えば占領国から植え付けられたものだったのかもしれないが、すごく面白く、素敵なものだったから、細野さんたちの世代はアメリカを積極的に吸収し、結果としてそれが今僕らの目の前にある文化のかなりの部分を作ったのである。
“日本のロック”もその一つなのだ。日本のロックとは、もともとここにあったものではない。アメリカの芳醇な文化への憧れが、形を変えて進化してきたものなのである。

思ったんだけど、なんとなく、これって日本の原発の歴史と似てないか?
戦後、日本は貧しかった。国土が狭く資源がない日本にとって、経済でアメリカと肩を並べようと思ったら、選択肢として原発が一番手っ取り早かったのだろう。1957年8月27日、茨城県東海村・日本原子力研究所第1号実験炉に「原子の火」が灯った時、原子炉の完成を祝って提灯行列が行われたという。今となっては信じられないことだが、これは明るいニュースだったのだ。かくして、戦後の日本企業は、電力会社から安い電力の供給を受けることで高度経済成長を成し遂げた。その影には第5福竜丸事件や冷戦時代の米ソの核実験による放射能の雨などもあったのに、日本はアメリカへの憧れ、豊かさへの乾きを遂に抑えることができなかったのだ。
よく考えれば、その危険性は誰にでもわかるはずだったのに、誰も現実を直視しようとはせず、官民一体でアメリカの援助を受け、2011年3月11日にいたるまでただひたすら突っ走ってきた。それもこれも貧しかったから…。考えてみれば、日本とはなんて悲しい国なんだろう…。

細野さんは、そんな自分の立ち位置のねじれを、音楽家特有の鋭い感覚で一瞬のうちに悟ってしまったのだと思う。そして、僕自身が3.11以降に感じていて、たぶん僕以外の多くのロックファンも感じているであろう違和感の正体もこれだと気が付いた。

憎むべきはずの原発で作られた電気でロックコンサートを楽しみ、その日の暮らしすらままならない人たちがいることを知りつつ、3ヶ月前と同じように一時の享楽に歓声を上げ、拳を振り上げることの後ろめたさ…。そもそも、僕らが興じている“日本のロック”とやらは、果たしてアメリカからの輸入品の域を脱し得たのか…。3.11を通過して、僕らは悟ってしまったのだ。僕らは限りなく、どうしようもなく、ねじれまくっている…。
これが僕たちの今なのだ。きっと何も感じず、3.11以前と同じように音楽を楽しめている人たちもいるだろう。それはそれでいいだろう。でも、僕はもうそこには2度と帰れないと思う。3.11以降、何かが決定的に変わってしまったのだ。

ただ、こうなって見えてきたものも確かにある。それを僕は大事にしようと思う。東京の街が暗くなり、アコースティックな響きの美しさがどれだけ人の心を温めるか、僕ははじめて気が付いたような気がする。少年の頃から夢中になってきたR&Rだって、本来あんなゴテゴテの照明の下でプレイする必要はない。R&Rは煙草と汗の匂いの沁み込んだ穴蔵でこそ美しく鳴り響くものだということもわかった。

細野さんは「音楽も、ともし火だとしたらそうでありたい」と静かに語る。ほんとにそうだよな…。音楽で何かが変えられるものではない。音楽はそんなに大層なものではない。でも、3.11直後に一部の人が言っていたような、音楽は心に余裕がない時には楽しめないなんてことは絶対にない。
くるりの岸田繁との対談で、細野さんはこんなことを言っていた。「震災以降、幸福とは何なのかをずっと考えていたが、それは案外普通のことなのかもしれない。僕が一番好きな時間っていうのは、自分の部屋で汚いソファーに座って、汚いギターを持って、それで爪弾いて曲作ってる時。それが一番幸せなんだ」

美しい言葉だと思う。
本当に、本当に美しい言葉だと思う。

この番組は、最初は4月にリリースされた「HoSoNoVaA」の製作に併せ、細野さんの軌跡を辿るような構成で企画されていたんだと思う。だが、あいだに3.11の震災が起こったことで、今、ミュージシャンは何を思い、どう生きていこうとしているのかといった重い意味合いが加味されることになってしまった。細野さんにとってそれが本意かどうかはわからない。でも、番組で語られた細野さんの言葉は、細野さん自身が作った“日本のロック”の洗礼を受けて育った僕のようなロック馬鹿が、これから放射能にまみれた21世紀を生き抜く上で、何がしかの光が見えるようなものとなったことは確かだ。

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