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2011年6月 6日 (月)

【本】ハーモニー / 伊藤 計劃 (著)

44085bd71 今年の4月、一人の日本人SF作家が賞を受賞した。82年に亡くなったアメリカのSF作家ディックの名を冠したフィリップ・K・ディック記念賞。これは洋の東西を問わず、一年間アメリカでペーパーバックで出されたすべてのSFの中から選ばれるものだそうだ。これに日本人として初めて選ばれたのが伊藤計劃。
ただ、この作家はもうこの世にはいない。彼は20代で肺癌を患い、2年前に亡くなっているのだ。受賞作の「ハーモニー」は、彼の遺作として発売され、作者不在のままこの栄誉ある賞を受賞した。
僕は昔からフィリップ・K・ディックの大ファン。彼自身、もう30年も前に亡くなっているんだけれど、不条理な世界をドラッキーに描く彼の世界は、いったんハマるとなかなか抜けられない。久々に聞くディックの名の付いた賞をとった「ハーモニー」とは、いったいどんな小説なのか…。そんな興味から、僕はこの本を手に取ったのである。

小説の舞台は21世紀後半だ。そこは「大災禍」と呼ばれる核戦争後の世界だった。すべての人々が「生府」に統治されている完璧な管理社会。成人すると体内に埋め込まれる医療分子によって、個々人の健康状態が常に監視され、その情報は周りの人へも開示される。病気になると早急に治療を受けることができ、酒やタバコ、カフェインみたいな健康に害を及ぼすに結びつく物質も社会から隔離。人々は健全で長寿をまっとうできるようになった。だが、それは裏を返せばうそ臭い優しさと安っぽい欺瞞に満ちた社会。プライバシーという言葉の存在しない、見せかけだけのユートピアなのだ。
そんな乾いた社会の残酷さに気付いた3人の少女は、個人の自由のもと、大人になる前に自らの意思で餓死することを選択する。だが、計画は失敗。少女2人は生き残り、精神的支柱だったミァハのみがこの世を去ったのである。
それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、生府に悪影響を及ぼす者を排除する生命監察機関に勤めていた。そして、ある日突然ともに生き残った友人キアンが、トァンの目の前で自殺を遂げる。この事件にかつてのミァハの影を感じたトァンは、医療経済の中心都市バグダッドへ向かい、死んだはずのミァハの姿を探し始める…。

読んでいてまず感じたのは、これは新しい世代の感性によって書かれたSFだってこと。伊藤計劃は1974年生まれだから僕より10以上年下。そんな若い作家の描くSF世界には、著者自身が通過してきたであろう、80年代後半からのバーチャルリアリティが色濃く反映されていた。「風の谷のナウシカ」、「エヴァンゲリオン」、各種ゲーム…。伊藤の作るSF世界からは、そんなものからの影響を色濃く感じる。文体も、PC上に打ち込まれたコマンドやサイバーパンク的な科学用語が散りばめられているが、小難しさやオタクっぽさはなく、とても読みやすいのには感心してしまった。僕なんて、SFっていうと新しめでようやくディック、下手するとH.Gウェルズあたりまで遡っちゃうぐらいなので、このスタイリッシュな世界観にまずは素直に驚いた。

SFってのは、ある意味、舞台装置の設定が成功の鍵を握っていると思う。この段階で魅力ある世界が構築できていれば、自然と物語りは転がり出す。その点、「ハーモニー」の世界観は序盤から完成度が高いと思わされ、SF的センスを持った読者なら、あっという間に引き込まれてしまうのではないかなあ?
伊藤の作り上げた悪夢のような世界に迷い込み、僕は、リスクを背負いながらも健康と長寿が甘受できる社会がいいのか、それとも、たとえ罹患や死という結果を招く恐れがあっても、個人の尊厳と自由が守られる社会をユートピアと呼ぶべきなのか、読み続けるごとに揺れ続けた。

そして気が付いた。これほど極端ではないにせよ、僕らの住む世界も「ハーモニー」で描かれた世界に大なり小なり似ているところがあるのではないだろうか。
僕らの住む世界では、便利で自由なものを普遍化するためには、少数意見を黙殺せざるを得ないところがあるでしょう?たとえば、ネット上での個人情報の公開、カード決済やネットバンキングなどに関する感覚なんかは、10年前は今よりずっと警戒心を抱いていたように感じる。でも、いまやプロバイダ契約するのだってカード決済が一般的だし、ショッピングだって店舗よりネット上のほうが安価で得になりつつあるから、嫌でもその流れに乗らざるを得ない。いつか自分の情報が漏れやしないかという不安を微かに抱きながら…。

もしかして、昨今同輩連中がビクついてるメタボリック症候群とかだってそうかも。なんてったって、あれは国が勝手に基準を定めてるだけなんだから。あれは病気ではない。病気になるリスクは高いのかもしれないが、“病気になる”のと“病気になるかもしれない”は決定的に違う。そんなことを国から言われるのは、はっきり言って余計なお世話なのではないか?。極端に言えば、“太る権利”を侵害していることになるんじゃないのか?
メタボが叫ばれてから、日本人はスポーツが苦手な人でも身体を動かすことを考えざるを得なくなり、美食家でもカロリーのことが常に頭から離れなくなった。それはもしかしたら「ハーモニー」で描かれてる健康共生(強制?)管理社会のはじまりだったりするのかも!

ま、半分冗談だけど(笑)、早期発見・早期治療の名のもとに、国民の健康管理を外部機関が完璧に管理するのが更に進めば、人間社会に悩みや諍いごとが起きるのは個人の意識によるものなのだから、いっそのことそれも無くしてしまえばいい。個人が意志を主張する場を無くし、個人と社会とを完全に調和(=ハーモニー)させちゃえんばいい…。そんな社会にほんとに行き着いてしまうかもしれない。そんな恐怖感をちょっと味わってしまったんだよね。

人間にとって幸福とは何だろう…。読み終わって僕はそんなことをぼんやり考えた。何かを失っても、とりあえず平穏に生きていることが幸せなのか。死や病気に関してもそのリスクは自分の自由意志で引き受けていくのが自由なのか…。
こんなことを思ってしまうのは、もしかしたら僕が人類史上例のない原発事故を体験してしまった後だからかもしれない。でも、果たして人類はこのまま進歩を続けていいのだろうか。科学の発達は果たして真の幸せをもたらすのだろうか…。
優れたSF小説ってのは、僕らの住む世界の捩れを合わせ鏡のように投影してくれる。

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