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2011年9月

2011年9月30日 (金)

Chloe red presents "MY LIFE IS MY MESSAGE" Vol.3 出演=HEATWAVE スペシャルゲスト=矢井田瞳・おおはた雄一 / 2011年9月20日(火) 渋谷・DUO Music Exchange

このところいろんなことがあって、なかなかブログが更新できなかったんだけど、とりあえずこのライブのことは書いておかなきゃな。
HEATWAVEのチャリティ-ライブ@渋谷。春に行われたライブに引き続き、山口洋の南相馬市をピンポイントで支援するという明確な意思のもとに決行されたライブだ。
僕個人としては、今回のライブは前回とは違ったタッチを感じた。前回が頭が真っ白になるようなR&Rライブだったとするならば、今回はライブ全体の完成度で楽しませた感じ。こう言ってはなんだけど、前回のHEATWAVEワンマンはやっぱり特別な夜だったと思う。あんなライブはやろうと思ってもできるもんじゃないよ。どんなバンドでもキャリアの中で1stアルバムが最も初期衝動に満ち溢れているように、あのライブも被災地支援に燃える山口洋の気迫が痛いほど伝わるものになっていた。対する今回は、ゲスト出演があったりミディアムな曲調の曲が増えていたり、力技だけでない音楽性でライブ全体を練り上げた感じだ。僕も我を忘れて叫び声を揚げるようなことはなかったが、R&RだけじゃないHEATWAVEの音楽性を味わえたと思っている。

本当のことをいうと、最初はこのライブにゲストなんか必要ないと思ってたんだ、オレ。だって、前回の凄まじいグルーヴを見てしまったら、それ以上付け加えるものなんか何もないでしょう?
でも、その考えは1部での山口洋とゲストとの共演からもう変わってしまった。まずは山口洋×おおはた雄一のラビッツ。この組み合わせ、久々に見たけど、もうほとんどレギュラー・デュオといっても良いぐらいに息がぴったりになっているのに驚いた。おおはた雄一のオリジナル、「トラベリンマン」と「おだやかな暮らし」は、この場の雰囲気にぴたりと合っていた。激しいR&Rを期待するオーディエンスも多かったと思うんだけど、そんな空間におおはた君の冬の朝の空気のようにピンと澄み切った歌声が響き渡る。歌詞がまたイイのよ。未曾有の大災害を経験した僕らに、雨粒ように沁みていく歌。音楽ってやっぱり僕らみたいな人種には、音楽って癒しになるんだとしみじみ思った。
それと、矢井田瞳が抜群に良かったなあ。はっきり言って意外だったんだけど…。だってオレ、この人は例の“ダリダリ~♪”って歌しか知らなかったからね(笑)。だけど、ハリのある歌声はさすが。何より華があるわ、この人。3人でやった「雨の後、路は輝く」は気持ちよかったなあ…。

2部はいよいよHEATWAVE。さっきも書いたけど、前回とはかなりセットリストを換えていた。
序盤こそ「Oh Shenandoah」や「STILL BURNING」でうわーっと始まったが、前回はやらなかった「歌を紡ぐとき」や「シベリアンハスキー」でじっくり演奏を聴かせ、 美空ひばりの「リンゴ追分」をどっしりと演奏。これは山口洋が南相馬市で演奏した様子をネットで見たことがあるが、HEATWAVEとしては初めての演奏だ。池畑さんのドラムが腹に響く、すごく男っぽい追分節だった。こういう曲を演奏しても全然違和感ないね、HEATWAVE。もしかしたら、これがこの日のベストアクトだったかもしれない。

中盤からはおおはた雄一と矢井田瞳も合流。
おおはた君がラップスティール・ギターを弾きまくった「Life goes on」は凄まじかった。「Alone Together」と「Starlight」の新曲2連発は、矢井田瞳のコーラスが抜群。山口洋は声もぶっといし、女性ボーカルが絡むのはけっこうたいへんだと思うのだが、ヤイコさんは楽々コーラス。素直にスゴイと思ってしまった。
後半は「INTERNATIONAL HOLIDAY」に続けて演奏された、とっておきの「Do the Boogie」でオーディエンスを盛り上がらせ、「NO FEAR」で大爆発。

びっくりしたのは、アンコールの1発目だ。なんと、矢井田瞳の「My Sweet Darlin'」を出演者全員で演奏。これは盛り上がるよ。だってオレだって知ってるもん、この曲。っつうか、こんな可愛い曲を弾いてる山口洋ってのは滅多に見れるもんじゃないよなあ(笑)。アンコールはもう1曲「新しい風」も演奏された。

アンコールが終わって客電が点いても観客の拍手は鳴り止まない。そこでまさかのダブル・アンコール。曲は「満月の夕」だった。終演時間22時30分。終わってみたら約3時間の長尺ライブだった。

今回のライブは単純に楽しかった。前回はHEATWAVEのロックっぽさ、緊張感の高いスリリングなプレイが存分に出ていたと思うが、今回はゲストとのセッションにも多くの時間を割き、音楽の持つ楽しさ、解放感に満ち溢れていた。セットリストも、ふさぎこんでしまうようなネガティブな曲は避け、明るく前を向くようなものを選んでいたんじゃないかと思う。

正直言って、同じ福島県出身でも、僕にとっては高い放射能濃度に苦しめられる地元・福島市が気がかりで、なかなか南相馬にまでは気が回らない状況だったのだが、山口洋が言った言葉には励まされたなあ…。
ヒロシはこう言った。

「オレたちは歴史上、後に教科書に載るような大切な転換期に生きている。自分で不可能だと諦めない限り、不可能はない。それぞれが新しい風になろうぜ」。

帰り際、僕は出口の脇で行われていた原発稼動反対の署名に名前を書いて、台風が近づき荒ぶる渋谷の町に出た。

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2011年9月19日 (月)

【映画】ゲット・ラウド ジ・エッジ、ジミー・ペイジ、ジャック・ホワイト×ライフ×ギター

Original1
これは、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ、U2のジ・エッジ、元ザ・ホワイト・ストライプスのジャック・ホワイトという3人のエレクトリックギターの名手が集まって、ギターについて語り合ったり、夢のセッションを行う様子を記録したドキュメンタリー映画だ。
僕はツェッペリン、U2ともに大好きなバンドなのだが、この映画はあくまでもバンドのギタリストとしての部分をフューチャーしたもの。なので、見る前まではギターの弾けない僕には楽しめないかも…なんてこともちょっと思ってたんだよね。だけど、始まったらそんな心配は全くの杞憂だったなあ。映画館の大音量スピーカーから流れる歪んだエレクトリックギターのサウンドと、3人のギターに託す情熱に、あっという間にスクリーンに引き込まれてしまった。
断言するけど、これは決してマニアックなギターフリークのためだけのものではない。エレクトリックギターの音が好きならば、すべての音楽ファンが楽しめる映画だと思う。

僕が思うに、この映画がかくも面白いものになったのは、この3人の人選が絶妙だったことが大きいと思う。
世の中には星の数ほどギタリストがいるでしょう?この映画だって、たとえばジミー・ペイジの代わりにジェフ・ベックを、エッジの代わりにポール・ウエラーを、ジャック・ホワイトの代わりにジョン・フルシアンテをあてたってネームバリュー的には何の見劣りもしない。でも、それでは決してこういう面白さは出なかったと思うんだよなあ…。

見ていて誰もが気付くことだと思うが、この3人、ギターに関するアプローチの仕方はそれぞれかなり違っているのだ。
特にエッジとジャック・ホワイトは対極と言ってもいい。最新のテクノロジーを使って多彩な音色を表現するエッジに対し、ジャックは最小限の機材しか使わない。ギター自体チープなものばかりで、それは時として時代に逆行しているかのようにさえ映る。これは、それぞれの世代の置かれた音楽環境の違いによる影響が大きいのではないだろうか?エッジがデビューしたのは、テクノロジーが格段に進歩した80年代。ジャックが出てきた90年代は、さまざまな音楽ジャンルが出尽くしてしまい、ミュージシャンは意識して自分の嗜好する音を探さなければならない時代だった。ジャックが嗜好したのは70年代以前のロックやブルースだったわけで、そこには過度なエフェクトは必要ないっていうことなのだろう。
そういう意味では、この映画でいちばん尖がっていたのはジャック・ホワイトだったようにも思う。冒頭で「3人が会ったら、殴りあいの喧嘩になるかもしれない」とジャックが言っていたのは、恐らくエッジを意識しての発言だったのではないか。

ところが、3人は意外なほどすんなり纏まっていく。進行役はジミー・ペイジ。見た目は同世代のジェフ・ベックやエリック・クラプトンと比べてもかなり老け込んじゃったけど、ギタリストとしての好奇心は全然衰えていない。素晴らしい!
彼は他の2人よりもかなり上の世代にあたり、言ってみればロックギタリストの草分けになった人物だ。何もなかった時代にエレキギターの可能性を黙々と追求してきた。エフェクトがどうのという次元の話ではなく、やることなすこと全てがロックギターの定番になっていった時代を通ってきているわけだから、エッジのやり方も、ジャックのルーツ回帰的な志向も、ジミーにとっては先入観なしにすんなり理解できるのだと思う。

それにしてもジミー・ペイジ、この映画の製作に当たっては、かなり本気だったんじゃないかなあ?知られざるエピソード、見たこともない写真や映像が次々に出てくるのだが、こんなのはジミーの提供なくしてはありえないはずだ。そんなジミーの熱に引き込まれ、2人も知らず知らずに会話に熱中していったように僕には見えた。
もう一つ改めて思ったこと。それは、ジミー・ペイジという人は、あの時代にしては珍しいぐらいサウンドの追求に情熱を注いでいたギタリストだったということだ。これも他の2人と同じ土壌で話ができる要因だったんだろう。
もし、映画に登場するのがジミー・ペイジではなく、ベックやクラプトンだったらどうだろう?たぶん、サウンドよりも技巧的な話に終始してしまうのではないだろうか。もしかしたら“結局のところ、ギターはアコースティックでどれだけ弾けるかだ…”なんて話に着地してしまったりして。それじゃあ映画になんないし、ジャック・ホワイトは呆れ返っちゃうと思うぜ(苦笑)。

それぞれのバンドのファンにとって、感涙もののシーンもたくさん出てくる。
ジミー・ペイジに関しては、なんと言っても4thアルバムをレコーディングしたヘッドリィ・グランジだろう。ニコニコしながら「思い出が甦るねえ…」なんて言ってくれるジミーがなんともニクイ(笑)。レヴィー・ブレイクのドラムサウンドを録音したホールも公開された。天井の高い回廊の自然なエコーを利用したらしいのだが、映画館の大音量で聞くスネアのサウンドは本当に気持ちよかった。
エッジに関しては、彼のギターテックによるエフェクター解説が興味深かった。それから、デビュー前にバンドが練習をしていた大学構内を訪ねるシーンはぐっときたなあ…。彼らほどのスーパーバンドになっても、あの時代を大切にしているということが良くわかった。
ジャック・ホワイトは、自分の子供の頃のギターへのアプローチを芝居仕立てで演じる場面が素晴らしかった。実は、僕はこの人に関してあまり詳しくなかったのだが、今の時代には珍しいほどのピュアなギタリストだということが十分に理解できた。

ロック好きにとっては、本当に面白い2時間だ。僕はツェッペリンとU2の素晴らしさを再認識した。ジャック・ホワイトに関しても今後の活動がとても気になる。やっぱりいつの時代もエレクトリックギターはロックの要だなあ!
あ、肝心のセッションシーンを全く書いてないや…。でも、これはこれから見る人のためにあえて書かないほうが良いかもしれない。一つだけ言っておくと、一番最後のセッション曲は僕的にはかなり意外な選曲。これはエンドロールとカブってしまうんだけど、絶対席を立たないで最後まで聴いていてほしいと思う。

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2011年9月16日 (金)

仲井戸“CHABO”麗市「CHABOの恩返し5」 / 2011年9月16日(金) Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

早いもので恩返しシリーズも今夜で5回目。実はこのシリーズ、僕にとってはなかなか見方の難しいライブになっているのだ。数年前、Duoシリーズってのがあったけど、あれはあくまでもCHABOのソロが主体になっていた。だが、恩返しは共演はアンコールのみで、本編はゲストとCHABOのライブが完全に分かれた構成になっている。これがなかなかクセモノで、不器用な僕としては気持ちの切り換えが思うようにいかないことが多いのだ。正直言って、もっと長くCHABOを見たい。CHABOのソロパートが凄ければ凄いほど、今このときのCHABOの長尺のソロライブを渇望する気持ちが抑えられなくなってしまう。

この日のゲストは和田唱。これはなおのことライブに集中するのが難しい予感があった。何故って、この人はもともとLeyonaや寺岡呼人などとはCHABOとの関係性が薄い。正直言って、なんで件のトリビュートアルバムに参加したのかもわからない。なので、CHABOとの共演ということはあまり頭に置かず、トライセラトップスという一バンドのフロントマンによるソロライブ、と思うようにした。そう、夏フェスなんかでちょっと興味あるバンドのステージを覗いて見るようなタッチ。あまり難しく考えずにライブを見ようとしたのである。

この態度が功を奏したかどうかはわからないが(苦笑)、和田唱のライブは意外に楽しめた。
ライブはアコースティックギターを手にした完全弾き語りスタイル。アンプはCHABOのアンプを借用していた。一曲目はなんと「Crossroads」。CHABOファンのホームに乗り込むことを意識しての選曲だったのかもしれないが、真っ向勝負でぐいぐい攻めてきた。おおっ!という感じだ。思わず座り直してしまったぜ(笑)。和田唱、ギターもボーカルもなかなか聴かせる。ギターのフレーズは随所にブルースフィーリングを感じる小ワザを散りばめ、ボーカルも堂々たるもの。完全に和田ワールドを確立していた。
セットリストはオリジナルとカバーが半々ぐらいか。ブルースやR&Rっぽい曲だけではなく、ちょっとスィングっぽいノリもチラリで、なかなか達者なパフォーマーぶりだったと思う。トライセラトップスの持ち味であるファンキーなR&Rっぽさは抑え気味で、トラディショナルな音楽をリスペクトする姿勢が感じられた。
印象に残ったのは、最後に演奏されたバート・バカラックのカバー。うーん、この人、実はもっともっとたくさん音楽の抽斗を持ってるような気がするなあ…。実は、トライセラってのは、かなり“狙った”路線でやってるバンドなのかも知れない。
MCではCHABOと初めて会った時のエピソードも披露。福岡のFM局で会った時「君の書く曲好きだよ」と声をかけてもらったのを、「ミュージシャンとして、あの言葉はチャートで上位になることやいいセールスを残すことなんかより、ずっと嬉しいことだった」と本当に嬉しそうに語っていた。トリビュートアルバムで演ったCHABOのカバー「ポスターカラー」ももちろん披露。これがまた気持ちの入った歌とギターで聴かせた。

さて、CHABOのステージ。これがまた…。心にずしりと残る独特なタッチのライブになった。これだからCHABOのライブはどんな形態であれ、できる限り見ておかなければならないと思わせられちゃうんだよなあ…。
序盤こそ「Till There Was You」や「ムーンライト・ドライヴ」(「どっぷり重たいの演ります…」とCHABOは言ったが、それほど重たい印象は無し)、トライセラトップスのカバーなどで軽快に進んだが、中盤からはダークな晩夏のイメージにどっぷり。
まずは「じゃあ、ちょっと古いRCナンバーを…」と言って、Little Wingのフレーズをつま弾く。この時、もう一曲何がしかのフレーズを弾いた様な気がしたのだが、曲目不明。で、演奏されたのは「九月になったのに」だ。むー、こ、こんな曲が2010年の夏に渋谷で聴けるとは…。不意打ちとはこのこと。かなり効いた…。

そしてCHABOの口から語られたのは、最近、父親が亡くなったというヘビーな出来事。そして、最初自分が飼っていて、やがて父に預けることとなった愛犬“コロ”とその死の話だった。俳句を嗜んでいたというCHABOのお父さんがコロの死を詠んだ句を見つけ、CHABOが自身の歌にそれを織り込んだ共作という紹介で演奏されたのは「スケッチ '89・夏」。ダークでモノトーンな、夏の終わりの歌だ。2011年9月の渋谷の町に夏の終わりの物悲しさが漂っていく。
続いて演奏されたのはインスト「9月の素描」。うーん、こうきましたか…。「九月になったのに」から続いた“晩夏3部作”には、逝ってしまった人たちへの想いと、この世界に踏みとどまっている僕らの置かれた立場を考えずにはいられなかった。それにしても、CHABOにとっての夏ってどうしてこうへヴィーなことばかり続くんだろう…。

アンコール。いよいよCHABO+和田唱のセッションだ。
まずはお互いの名前を織り込みながらブルースの定番フレーズを弾きまくる「適当BLUES」。これは盛り上がった。新旧ジャパニーズ・ブルース・ミュージシャンの共演といったところ。さらにビートルズの「僕が泣く」とストーンズもカバーした「ROUTE 66」。このあたりはもう2人とも阿吽の呼吸でギターを絡めまくる。CHABOがこの日何度も言っていた“愛があれば、ギターがあれば、歳の差なんて…”を地でいくような場面だった。さらにRCナンバー「GIBSON」では交互にヴォーカルをとるのが一期一会感抜群。

最後の最後は、意外なことにCHABOの曲ではなく、トライセラトップスのナンバー「SPACE GROOVE」だった。これはトライセラトップスのライブでもあまり演奏されたことがないそうだ。CHABOがこの曲を選んだ理由は明白。歌詞の内容が今の社会のムードにぴったりだからだろう。これに繋げて「What A Wonderful World」のSEが流れるのは見事な構成だった。観客はごくごく自然にスタンディングオベーション。
終わってみたら、和田のソロパートでは意外なパフォーマーぶりを堪能し、久々にダークなCHABOの世界にどっぷり漬かり、アンコールで楽しく盛り上がり…と、懸念していた僕自身の切り替えも上手くいって(笑)、なかなか内容の濃いライブとなった。

それにしても、この日のCHABOのソロ中盤はずしりときたなあ…。
なんて言うんだろうか、CHABOのライブの凄さは歌とギターだけではないのだということを、今更ながらに強く感じた。歌とギターだけなら、この日は和田唱だって決してCHABOに負けていなかった。しかし、中盤のあの独特な世界はどうしたってCHABOにしか作れないだろう。
ある夜のステージに立つ時、CHABOはそこでその日にどうしても歌っておかなければならない歌があることを既に悟っているのだろう。それはCHABOにとって、どんな場であろうと、どんなライブであろうと、絶対に歌っておかなければならないのだと思う。それだけの決意をもってライブに臨んでいるからこそ、その歌はこんなにも心に残るのではないだろうか。
2011年9月16日。残暑厳しい夏の夜、渋谷の映画館のようなライブハウスで、CHABOは「スケッチ '89・夏」を歌った。そのことを僕はずっと忘れないでいようと思う。

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2011年9月10日 (土)

UMISAKURA MUSIC FESTIVAL 2011 FINAL「UNITE!」 / 2011年9月10日(土) 江の島展望灯台サンセットテラス

2011年9月10日(土) UMISAKURA MUSIC FESTIVAL 2011 FINAL「UNITE!」   
【場 所】江の島展望灯台サンセットテラス
【出演者】朝倉真司・寺岡信芳・石嶺聡子・伊東ミキオ・上中丈弥(THEイナズマ戦隊)・梅津和時・ウルフルケイスケ・中川敬(ソウルフラワー・ユニオン)・BanBanBazar・三宅伸治・山口洋(HEAT WAVE)・リクオ
【時間】開場13:00/開演13:30

「海さくら」は江ノ島灯台の麓にある展望デッキで行われる音楽フェス。ローカルなイベントだし、フェスとはいってもその規模はとても小さい。でも、僕にとっては、これに行かないと夏の終わりを迎えられないぐらいに大事なイベントなのだ。なんと言っても、このフェスはロケーションが抜群に素晴らしい。周囲360℃をぐるりと海に囲まれ、潮風に肌をさらしながら音楽を楽しむ。靴なんか脱いじゃって、裸足でウッドデッキに座り込んじゃう。手には冷えたビールと地元の美味しいフード。これだけでもう最高でしょう?手作り感満載の部分もあるのだが、そこがまたいいのだ。

リクオはこのイベントの音楽プロデューサーという役を担っている。出演者もリクオと何らかのつながりのある人が多いのだが、今年はなぜかR&R系の人が多く集まった。女性の出演者は石嶺聡子ちゃんだけ。だから、行くまでは異様に男臭いイベントになりそうだ、なんて思ってたんですよ、実は(笑)。でも、いざ始まってみたら確かに男臭くはあったけど、決して暑苦しくはなかったな(笑)。っていうか、潮風とR&Rって相性ばっちりなんですね!
この日、三宅伸ちゃんは、MCで「今日は反原発の歌を歌おうと思っていたんだけど、こっちにします」と言って「何にもなかった日」を演った。これがこの日のムードをよく表していたと思う。大自然に包まれた素晴らしいシチュエーションに、ミュージシャンも観客も、前向きに今を楽しもうという気分にさせられたんじゃないのかなあ…。

この日、僕は早朝にランニングした後、ちょっと足を痛めてしまっていたので、江ノ島の灯台を登るのがけっこうしんどく、おかげでオープニングで演奏されたという梅津和時さんのサックスソロは聞くことができなかった。知り合いの話だと、「東北」という新曲で涙が出るほど素晴らしかったそうだ。畜生、やっぱりエスカーに乗っとくべきだった(苦笑)。

この日のイベントは、UNITEという副題がついていたとおり、誰かのステージをベースに、ゲストとして誰かを呼び込み、数曲をジョイントしていくという流れがあった。誰それのパートっていうタイムテーブルで進むわけじゃなく、一本のイベント全体として音楽をシェアしてるフィーリングが感じられ、これはとても心地良いと思った。音楽フェスって本来こうあるべきなんじゃないだろうか。

心に残った場面はいくつもある。
ますは三宅伸治。伸ちゃんのステージは掛値なしに素晴らしかった。伸ちゃんはイイ曲がいっぱいある。歌もギターも最高だ。だけど、常連さんの多いハコでの伸ちゃんのライブはけっこう苦手なんだよなあ、オレ…。ま、その理由はそういう場でライブを観た事のある人なら、なんとなくわかると思う。でも、この日の開放された空間での伸ちゃんは最高だった。お客さんも自然に立ち上がって踊りだす。海風に吹かれながら、ゴキゲンなR&Rに身を委ねるのはなんと素敵な時間だったろう…。
先に書いた「何にもなかった日」も良かったが、僕は続けて歌われたボブ・マーリーのカバー「NO WOMAN, NO CRY」にぐっときた。伸ちゃんは、サビの歌詞を“きっと上手くいくよ、もう泣かないで…”って歌ってた。3.11以降、心配の種はたくさんある。けれど、とりあえず今こうしてレゲエのリズムで踊っていられる幸せをしみじみと感じた。
青空の下で歌われた「ベートーベンをぶっ飛ばせ!」はもう最高!伸ちゃんはギターを抱えてデッキのはるか後方まで客席乱入を敢行。ここまでやっちゃうんだ!と思わせてくれる心意気。改めて素晴らしいパフォーマーだと思った。
伸ちゃんは、ウルフルケイスケのステージにゲストとして呼ばれたんだけど、この2人はギタリスト同士だし音楽的嗜好も似ていて相性ばっちり。「スィート・リトル・ロックンローラー」のカバーなんて、まるでニュー・バーバリアンズのロニーとキースを観るよう。一部の最後は、伊東ミキオや上中丈弥も加わっての大R&R大会になった。

二部のトップバッターは、BanBanBazar。一部でガンガンに盛り上がった後なのに、さらっと出てきていつものとぼけたジャイブをプレイする、そのユルさが最高(笑)。まあ、今日みたいなシチュエーションだと、ビヤガーデンのハコバンみたいなタッチがなくもないけど(苦笑)。

二部は中川敬も登場。僕はソロの中川敬がどんなスタイルで演るのか、ちょっと興味があった。よもや弾き語りはないと思ってはいたけど(笑)。案の定、リクオがサポートに。中川、ちょっと緊張してたみたいだけど、最近出たソロアルバム収録曲を中心に数曲を披露。浅川マキさんのカバー「少年」が心に残った。

山口洋は中川敬の後にふらっと出てきて、「汚れた空気を浄化します…」とか何とか言いながら(苦笑)、石嶺聡子とのデュオで何曲か演奏。「花」は観客が固唾を飲んで見守るほど素晴らしかった。ソロになると、ヒロシは自虐MCを連発しながらアコギで弾き語り、ま、こういうイベントでのいつものスタイルだ。でも、海風を受けながらの「STILL BURNING」や「I HAVE NO TIME」はやっぱりイイ。澄んだアコギの音色が江ノ島の空高く駆け上がっていくようだった。

そして総合プロデューサーのリクオ。もうなんと言ったらいいのか、さすがのステージング。様々な場所で、様々な形態でのリクオのパフォーマンスを観てきているけれど、毎年「海さくら」で演奏する時のリクオは、その年のリクオの最新スタイルが一番良く出ているように思う。
梅津さんとのデュオは沁みた。特に、忌野清志郎作の「胸が痛いよ」は、もうほとんどスローバラードの世界。梅津さんのサックスソロはむせび泣き、リクオの歌には万感の思いが込められていた。この時、江ノ島はトワイライトタイム。ステージの後方には美しい夕焼けが広がり、墨絵のような富士山のシルエットが浮かび上がっていた。曲が終わると2人もしばし演奏を止め、観客と一緒にその夢のような光景を堪能する。

そして、リクオはこの日の出演者を次々とステージに呼び込んでいく。心に残ったのは、BanBanBazarとともに演奏した有山じゅんじのカバー「梅田からナンバまで」。そして三宅伸ちゃんが加わっての「いいことばかりはありゃしない」と「雨上がりの夜空に」。今から考えれば、リクオ・梅津さん・伸ちゃんとくれば、RC・清志郎関連の曲が演奏されるのは十分に予想できたはずなんだけど、この時の僕はまったくそれは抜けていた。なので、不意に「いいことばかり…」が演奏された時は、驚いてしまった。しかも、これが涙が出そうなぐらいにしみじみ良かったのだ…。「梅田から…」に続いて演奏されたというのも、日本のロック・R&Bのミュージシャンズ・ミュージシャンをリスペクトしていくタッチがあって素晴らしかったと僕は思う。
「雨上がりの夜空に」はもう、ありし日の清志郎のライブみたいな盛り上がり。観客誰もが踊っていた。こんな素晴らしいメンツで、こんな素晴らしいシチュエーションで、この曲が聴けるなんて…。ステージ上のミュージシャンも笑顔が弾けていた。オレ、気配を感じていた。この日、清志郎は間違いなくここに来てたと思う。

アンコールでは、被災地の避難所で子どもからお年寄りまで、最も盛り上がったという「アンパンマン・マーチ」、それに、中川敬と山口洋が並んで立っての「満月の夕」が演奏された。「満月の夕」は、共作者の中川敬と山口洋それぞれが少し異なる歌詞で歌っているが、この日は二つの歌詞を合わせて歌われた特別バージョン。2人がついにこの曲を一緒に歌った。そこに立ち会えただけでも感慨深かった。

最後の最後は、出演者全員がステージに上がって、友部正人の日本語詞バージョンで「アイ・シャル・ビー・リリースト」が演奏される。もう、なんと言ったらいいのか…。素晴らしかった。この日は先人が残したカバー曲もいくつか演奏されたが、どれもが限りないリスペクトと愛に溢れていた。
僕自身も、先人が作った日本のロック、R&Bの系譜を引き継いで今ここに立っているんだなあ、なんてことを感じさせられたイベントでもあった。江ノ島の自然に抱かれ、素晴らしい音楽を受け取り、なんだか3.11後の世界を生きる元気をいっぱいもらったような気持ちになったなあ…。夏の終わりに相応しい、ほんとうに素晴らしい一日だったと思う。 

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2011年9月 9日 (金)

Leyona「Leyona & The Band "LIVE TRIP 2011"」 / 2011年9月 9日 (金) 渋谷 Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

最近、Leyonaのライブに行くと感じるのだが、この2,3年で彼女のライブの客層はだいぶ入れ替わったと思う。デビューして数年は、ロック&ブルース好きの音楽ファンと、レゲエ&サーフ系の音楽ファンとが半々づつぐらいでフロアを埋めている感じだった。ライブはスタンディングで行われることが多く、ダンサブルな曲になると会場中がゆらゆら揺れた。それが最近はサーフ系のファンは少なくなり、ごくごく普通の一般的な音楽ファンが増えてきたように思う。もしかしたらこれは、このところ彼女がCHABOや永井“ホトケ”隆など、ベテランのミュージシャンとコラボすることが多くなり、そのライブを観た人そっち系のファンが流れてきたということなのかもしれない。そんな客層の変化を彼女が意識しているのかどうかはわからないが、初期の頃と比べると、ダンサブルに押していくばかりじゃなく、歌そのものをじっくり聞かせる場面が増えてきたことは確かだ。

この日のスタートもそんな感じだった。1曲目は1stアルバムから「Honey」。これは切々と歌い上げるミディアムナンバー。初期からLeyonaを観ている人にとっては、ちょっと意外なオープニングだったと思う。以前のLeyonaだったら、バンド編成だったら初っ端からがんがんノリのいいやつで攻めていた。でも、これが今の彼女のスタンスなんだろうな。1stアルバムの懐かしい曲をとても丁寧に歌っているのが印象的だった。続く「STARS」もじっくりと聞かせるタイプの曲。ハスキーな声が会場いっぱいに響き渡り、早くも観客の心を鷲づかみにしてしまう。

今のLeyonaバンドを観る時、僕はLeyonaと同時にドラムの沼澤尚の動きも気になってしまう。歴代のLeyonaバンドのドラマーはASA-CHANも椎名さんもそれぞれ魅力的だったが、沼澤さんのドラミングは、ほんと独特。スローなテンポの曲でも、普通にビートを刻んでいることは決してなく、バスドラの一音、シンバルの微妙な震えまで、ステージで発せられる一つひとつの音が完璧に制御されているのだ。
でも、これだけいろんなことをやっていても、それがまったく歌の邪魔になっていないのだから驚いてしまう。こんな豊かな音色を使いこなすドラマーをバックに歌うのはさぞかし気持ちがいいだろう。僕はまだ見たことがないのだれど、Leyonaは最近沼澤さんと2人だけでライブを行ったりもしている。パーカッション奏者やギタリストとならともかく、ボーカリストとドラマーのデュオってのは、けっこう珍しいんじゃないかな?(笑)。それだけ2人は相性バッチリってことなんだろう。
あえて言えば、ドラムを叩く沼澤さんの表情を見ているのも楽しいから、視線があちゃこちゃいってしまい、Leyonaのライブは目がいくつあっても足りない(苦笑)。ブルース・ザ・ブッチャーのライブもそうなのだが、沼澤さんがいるライブでは、いつだって彼がバンドのエンジンになる。ミディアムナンバーにアクセントを付けるのも、ジャンプナンバーのアクセルを踏み込むのも、コーナーに突っ込むのも、すべて沼澤さんがキー。自由自在にバンドを引っ張っていく、凄いミュージシャンだと思う。今のところ、沼澤尚は僕が日本で一番好きなドラマーだな…。

ライブは徐々にビートの効いたナンバーが増えてゆく。僕が印象に残ったのは「Town to Town 」。これはニューオリンズ風のリズムにアレンジが施され、スタジオバージョンよりも数段スケールの大きな演奏になっていた。土台を作る沼澤さんと中條さんのリズム隊に、Leyonaの歯切れのいいギターカッティングがのっかり、エマーソン北村のクラビっぽいキーボードの音色が鮮やかな彩りを加えてゆく。まるで聖者の行進。こういういい意味での土臭さを出せる女性ボーカリストは、やっぱり日本ではLeyona以外そうそういないだろう。

序盤のビートナンバーは、忌野清志郎作の「ダンスミュージック☆あいつ」で頂点に。スタジオバージョンもそうだけど、Leyonaの「ダンスミュージック…」は清志郎バージョンよりテンポが数段速く、ハードな印象。Leyonaはギターを抱えながら激しくダンス。ふと足元を見ると、すんごく細くてかかとの高いピンヒール!あんなシューズでよく踊れるよなあ…。つられて客席でも立ち上がって踊る人がちらほら。カッコいいっす!これはLeyonaのライブでは外せない曲になりましたね、もはや。

ここでライブは意外な展開に。
なんと、Leyonaはバンドのメンバーをいったん下げ、「せっかくダンスナンバーで盛り上がってきたところなんだけど、1回落とします(笑)」とか言いながら、ギターを抱えてステージの縁に座りこみ、そのまま弾き語り。まるで梓みちよの「二人でお酒を」みたい…って誰もそんな古い歌知らないか…(苦笑)。
これ、最前列に座ってた人はLeyonaと2メートルぐらいしか離れてなかったはず。僕は反対側の二列目だったけど、それでも十分近いと思ったぐらいだから、Leyona側の人はさぞドキドキだっただろう。マイクスタンドはフロアに立ててステージの音を拾う形。歌われたのは「パッチワーク」。いやあ~素晴らしいパフォーマンス。この規模の会場だったら、マイク使わなくても良かったかも(笑)。

曲が終わると、Leyonaはまたステージ中央に戻って弾き語りを数曲。ついでにMCもたくさん。LeyonaはよくMCが苦手だって自分で言うけど、決してそんなことないと思うんだよね。だって、もっと下手な人、たくさんいるでしょう?(苦笑)。でも、彼女基準ではまだ不満があるんでしょうな。「自分のことを話すのって恥ずかしいですよね。裸になっちゃう方が楽…。」って、そ・そ・そ・そ・そうなんですかぁぁぁ~!?乙女心はよくわかりません、ワタクシ…(汗笑)。
声援を送る観客に「あなた中心に演ります~」なんて、CHABOお得意のフレーズを言ってみたり、この前のライブの「ACDC(汗だくだく)」に続いて、「暗く暗くライ・クーダー」なんて、またまたLeyona語録が登場したり、なかなかこの日のMCも笑わせてくれました。

後半は再びバンドメンバーがステージに登場。Leyonaもギター片手に完全にバンドの一員に。Leyona、またまたギター上手くなったなあ…。彼女のギターはカッティング主体で、メロディアスなフレーズはまったく弾かない。なんともパーカッシブなギターだ。でも、ボーカリストのギターなんだから、それで全然イイと僕は思う。で、その領域でいうととても魅力あるギターを弾く。ミック・ジャガーのアコギが意外に良かったりするのと同じ意味で…。

僕的にベストはLeyonaがテレキャスターを手にプレイした「SWEET BABY LOVE」。西海岸ロック風の乾いたリフが実に実に気持ち良かった。この辺りから客席は再び立ち上がって踊り始める。そしてラストナンバーの「LOVE」では総立ちになっての大円団。

ただ、思うんだけど、PLEASURE PLEASUREはどうもLeyonaのライブには向かないような気がする。ここのふかふかのソファーは確かに快適なんだけど、いったん腰を落ち着けちゃうとなかなか立ち上がれなかったりするので、ダンサブルな曲でもイマイチ盛り上がれずに終わってしまうのだ。できれば、Leyonaのライブはスタンディングで観たいなあ…。
ライブはアンコールも含めて2時間ぐらいか。夏の終わりに相応しい、楽しくてハートウォーミングなライブだった。

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2011年9月 5日 (月)

さらば夏の日 2011 AUG.

映画「ジョン・レノン,ニューヨーク」を見てからというもの、最近は改めてジョン・レノンという人物のデカさを感じている。前のエントリーでも書いたけれど、この人のスゴイところは、自分がこれだ!と思ったことは、後先考えずに言ってしまい、やってしまったことだと思うのだ。
世界中を敵に回してでも得体の知れない東洋人の女との愛を貫き、世界一のロックバンドをぶっ潰してしまう。過激な反戦家との付き合いはミュージシャンの範疇を超え、世界中のレコード屋の棚に並ぶアルバムのカバーに、ニクソンと毛沢東がレスリングをやってるコラージュを刷り込んだ。そして、“nigger”という4文字言葉を絶叫して聴衆の度肝を抜く。
今でも過激に思えることなんだから、70年代当時はもっともっと大騒ぎだったに違いない。

この前、斉藤和義を追いかけたドキュメンタリーを見た。原発事故に触発された例の歌を唄う彼を追う企画で、まあ、はっきり言うとたいした内容ではなかったんだけど、一つだけ心に残った言葉があった。せっちゃんは、例のぼそぼそっとした語り口でこう言ったのだ。

こういうことは、オレだけじゃなくて、当然みんな歌うと思ってた…。

そうなのだ。ジョン・レノンやパンクロックや、後期のビートルズやストーンズやディランがそうであったように、彼らの歌を聴いて音楽を志したものなら、こういうことは歌って当たり前のことなのだ。歌詞の内容?そんなもの、どうだっていい。なんだったら、原発賛成ソングだっていい。考え方なんて人それぞれ。それよりも、今誰もが毎日嫌でも考えてしまうこの問題を、何を恐れてか見て見ぬ振りして何も言わないことのほうがよっぽどおかしい。何がロックだ、笑わせるな!
“今オレはこう思ってる。だからそれを今歌った”。この精神が肝心なのだ。その事実こそ、歌った行為こそが大事なのだ。少なくとも、僕はせっちゃんがあの歌を歌ったことに、この夏とても励まされた。

ロックはいつの頃からかロックじゃなくなってしまった。この国では、メジャーであればあるほどタブー視されることが多いらしい。それにあえて抗えとまでは言わない。言わないけれど、願わくば引っかき傷ぐらいは残してほしい。そして、それが許される国であって欲しいと強く思う。

国のトップの顔が変わった。
どうなっちゃうんだろう、これから。あまり期待できないかもしれないけど、とにかく頑張ってもらうしかない。もはや僕らの国は断末魔の悲鳴を上げている状態だ。なんでもいいから、誰でもいいから、とにかく明日へと繋がる少しでも明るい光を照らして欲しい。

夏が終わってゆく。
日本の8月はいなくなった人を偲ぶ季節だ。今年の夏は特にその色が濃く、特別な夏だった。そんな8月ももう終わり。まだまだ残暑は厳しいけれど、確実に秋の気配が忍び寄ってきている。なんだかひどく疲れた…。
僕は子供の頃からこの時期が苦手だ。楽しかった夏休みはもうおしまい。元気いっぱいだったカブトムシやクワガタたちは次々に動かなくなってゆき、僕らは退屈な学校生活に戻らなければならない。やがて短い秋が来ると、あっという間に長く厳しい冬が訪れる…。そんな夏の終わりを何度となく潜り抜けてきたせいか、東京で暮らし始め、あくせく仕事に明け暮れる日々を送る今になっても、毎年この時期は気持ちが不安定になってしまうのだ。

今年はそれに加えて震災の残した心の傷が疼く。3.11から半年。もう半年という気がするし、まだ半年という思いもある。
3.11を過ぎて、僕らが住む世界は何かが決定的に変わってしまった。不謹慎なことを承知で言わせてもらうと、今、いなくなってしまった人たちを思う時、3.11以前にいなくなった人たちは、ある意味幸せだったんじゃないかと思ったりもする。
そりゃあ、いつの時代だってクソッタレなことはいっぱいあっただろう。だけど、これほど大きな災害や無力感を感じさせる事故はかつてなかったのではないか。特に、原発事故に対しては、これがある意味人災であり、僕らが戦後歩んできた道のりが虚飾にまみれていたことを曝け出してしまった。それは、ある意味、生きる気力が霞むのを感じずにはいられない。こんな気持ちを抱かずに済んだ人たちは、幸せだったんじゃないか…。

いやいや、そんなことを思っちゃいけないな。
だって、ジョン・レノンはもっともっと生きたかったに違いないのだから。
僕らは、ある意味生き残った人間なのだ。であるならば、3.11以前にいなくなってしまった人たちの悲しみも抱いて前に進むしかない。
2011年夏。こんな未来が来ることを、子供の頃の僕は夢にも思っていなかった。あのころの無邪気な自分を思い起こすと、心の底から悲しみが溢れてくる。これは本当に僕が生きている世界なんだろうか?
今、僕は過去の夢想家と未来を担う子供たちの存在で、かろうじて自分自身をこの夏に引き止めているのだ。

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2011年9月 4日 (日)

【映画】ジョン・レノン,ニューヨーク

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ジョン・レノンに関しては、これまでにもたくさんのドキュメンタリー映画が作られている。だから、正直言うと見る前は今さらジョンの映画もないだろうっていう醒めた気持ちがあったことも事実。ここ10年ぐらいで未発表音源もたくさん出たから、いい加減新鮮なネタも切れてるだろうと思っていたし…。
とんでもなかった!この「ジョン・レノン,ニューヨーク」は、僕にとってこれまで作られたどのドキュメンタリーよりも、ぐっとくるものだった。それは、一言で言うと“かっこ悪くて情けないジョン・レノン”を、これまでのどの作品よりも多く取り上げていたからだと思う。

映画には、オノ・ヨーコをはじめとしたいろんな関係者が出てくるんだけど、中でも写真家のボブ・グルーエンの存在が大きいと思う。彼がこの映画で初公開したという、ジョンがヨーコに土下座して許しを求めている写真、これはある意味映画の核になっていたんじゃないだろうか?これまでは、こういう“カッコ悪い”ジョンの姿はあまり世の中に出てこなかったように思う。でも、熱心なファンならわかっているはず。本当のジョンは、愛と平和を訴える聖人君主なんかじゃないのだ。執念深くて女々しくて、寂しがり屋で情けないダメ男。はっきりいえばカッコ悪い部分もたくさんある男なのですよ。だけど、ジョン・レノンはそのカッコ悪いところも何の躊躇もなく音楽で曝け出してきた。そこに悩み多き世界の若者達は惹かれていったんです。そして、カッコ悪いことは実はとてもカッコいいことだと多くの人が気付いた…。なーんて言うと、まるで早川義夫さんのアルバムみたいだけど(笑)、とにかく、この映画では、そのカッコ悪くてとてつもなくカッコいいジョンの姿が、これまでのどの映像作品よりもきちんと描かれていると感じた。

ここに描かれたジョンは、ニューヨークに住んでた1971年から80年までの姿に限定されている。これもいい。これまでだと必ず出てきてうんざりさせられた甘ったるい「愛と平和の使者ジョン・レノン」みたいな色合いは薄く、ニューヨークの町と人を愛し、ヨーコとの生活をひたすらに守ろうとした不器用な一人の男の姿が、ジョンの生前の映像、未発表音源、関係者の証言などを通して丁寧に描かれていく。

ちょっと驚いたのは、最近のメイ・パンが出てきたことかな…。この人は「失われた週末」時代、ジョンの愛人だった女性だ。確か、80年代にかつてデヴィッド・ボウイのアルバムのプロデューサーだったトニー・ヴィスコンティーと結婚しているはず。ジョンの傍にいた頃は、少女の面影を残す屈託のなさと不思議な艶っぽさがあり、さすがジョンを魅了した女性だと、思春期の僕も心惹かれたりしたもんだったけど、今はすっかり肉付きのいいおばちゃんになっていた。ああ、時の流れは残酷なのね…(苦笑)。聞くところによると、メイ・パンは数年前に出された「失われた週末」時代の写真集をきっかけに、またヨーコと縁りを戻したらしい(ま、愛人ってのもヨーコ公認だったんだから当たり前かな…)。
この時代のジョンが毎晩飲んだくれていたことは有名だ。でも、実はいろんな友人が訪ねてきたりしてて、けっこう有意義な時間を過ごしてもいたらしい。たぶん、ヨーコを苦手としていた古くからの友人は、二人が別居したことでかえってジョンに近づき易くなったんだと思う。最近世に出た、ジョンとポールがプールサイドでくつろいでる写真もメイ・パンが所有していたものだという。たぶん、この人はジョン・レノンの知られざるエピソードをまだまだたくさん知ってそうな気がするなあ…。

200901291434341_3 「失われた週末」時代の頃のジョンとポールの仲は完全に修復してたっていうから、もし80年代もジョンが生きていたら、ビートルズは再結成していたかもしれないと僕は思うよ。いや、マジで…。
その他にも、アール・スリック(80年代にジョンが復活した時、ギターでサポートした人)や、クラウス・ヴォアマン、ジム・ケルトナー、それにエレファンツ・メモリーのメンバーなんかの懐かしい人たちが続々出てきて、全く飽きることがなかった。
ジョンとヨーコが復縁するきっかけを作ったエルトン・ジョンも登場。MSGでジョンと共演した当時の自分の衣装を「まるでレディ・ガガだね」って言ってるのには笑っちゃったけど(笑)、エルトンの話の端々からは、ジョンがいなくなって30年以上経った今でも、彼のいない喪失感が消えていないことが感じられ、胸が詰まったなあ…。

正直言って、このところの僕は、ジョン・レノンのことをじっくり思ったりする時間を持つことはなかったのだが、この映画で改めてその魅力と音楽の素晴しさに感じ入ってしまった。もうね、映画が終わってもしばらく席を立てないぐらいに感動してしまいましたよ…。

改めて思った。ジョン・レノンのジョン・レノンたるゆえんは、自分がいいと思ったら世間の言うことや過去の栄光とかを考えず、とにかくすぐにやってしまうところ。それこそが、彼がロックの祖と言われ、パンクの連中からも尊敬された理由だと思う。だが、時としてそれは大きな代償となって返ってきた。ジョンがアメリカで暮らした数年間は、そんなことの繰り返しだったのだ。
世界一のバンドを潰してまでも愛する女性と一緒に居ることを選んだことから始まって、自分の信じた反戦を叫び続けたら、FBIから目を付けられて国外退去をくらいそうになる。そして、ニクソンが再選されたことに失望し、泥酔したあげくにヨーコを裏切るような行為を…。ヨーコと別れて家を出て、まるで不良少年に戻ったような飲んだくれの日々を送り、紆余曲折の末、再びヨーコと暮らし始めたら、今度は予想だにしなかった子供の誕生。喜んだジョンは何の未練もなく多く音楽を止めて主夫に…。そして、子供から「パパはビートルズだったの?」といわれたことをきっかけにまたもや音楽の世界に戻ってくる…。こんな波乱万丈の人生ってちょっとないでしょう?

この映画、東京では恵比寿ガーデンプレイス内にある東京写真美術館で上映されているのだが、この映画館は実に音響が良い。とても気に入りました。ホールのような木製の椅子に腰掛け、ハイクオリティでジョン・レノンの音楽に浸るのは、とても気持ち良い体験だった。おそらく、この映画はいずれDVDやブルーレイで市販されるだろうが、できれば音響のいい映画館でじっくりと向き合った方がいいと思う。きっと感動が倍になる。特に、東京にお住まいの方なら、迷わず写真美術館まで足を運ぶことをお勧めしたい。

予断ですが、映画の公式パンフには、仲井戸“CHABO”麗市とGOING UNDER GROUNDの松本素生との対談が収録されている。10月にはGOING UNDER GROUND vs 仲井戸麗市BANDっていうライブが開催されるが、なるほど~こういう接点があったんですねえ…。

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