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2011年12月

2011年12月16日 (金)

日常と非日常

斉藤和義の新譜、エアロスミスの来日公演、ストーンズ全盛期のライブ映像、そして麗蘭・CHABO、リクオのライブ…。今になって、ようやく音楽が自分の暮らしに戻ってきた。
何度も書くようだが、3.11以降、僕は音楽に関して不感症になりかけていたのだ。もう、何を聴いても音が身体に入ってこない。特に日本語で丁寧に書かれた歌ほど、聴いているうちに虚しい気持ちになり、聴き続けることができなくなっていた。歌なんかより、脳髄が痺れるような音が欲しかった。今年の夏は、まるでエレキギターに目覚めた中学生のように、レッチリやU2を爆音で聞く日々をおくった。

原発事故はまだ全然落ち着いていないが、僕自身はようやく前のように音楽に向かえるようになりつつある。だが、それでも3.11以降、それまでとは決定的に違ってしまった感覚が自分の中に生まれてしまったことを自覚しないわけにはいかないのだ。
特にライブに対する気持ちの変化は大きい。音楽好きにとって、かつてライブは非日常をもたらすものだったのではないだろうか。フェスなんかその際たるもので、逃避と言われようとなんだろうと、そこでひととき桃源郷のような時間が過ごせればそれでいいとみんなが思っていたはず。
それが、3.11以降逆転してしまった。非日常であったはずのライブ空間のほうがかつての日常に近く、今僕らの生きる世界はまるで悪夢のよう。放射能汚染とこの国の負の象徴であるかのような原発は、下手すると僕らの平穏な日常なんか簡単に終わってしまうという脆い現実を見せつけた。

今、重苦しい空気が、まるでカフカの小説のように日常を浸食し尽くしている。今、僕は時々音楽が日常なのか、日常が音楽化してしまったのかわかなくなるような感覚に囚われてしまうことがある。当たり前だが、音楽にははじまりと終わりがある。今はそれがなんだか怖いのだ。音が止むと、まるで日常が終わってしまうような気がして不安になる。この前のリクオのソロライブ、彼はその場から離れるのを惜しむように長いアンコールを続けた。“ああ、リクオも同じ気持ちを抱いているんだな”と、僕は思った。

日常が音楽化してしまった今、きっと音楽は変わっていくだろう。ミュージシャンや意識的なリスナーは、もはや3.11以降の世界には戻れなくなってしまったことを自覚しているはず。
具体的に言うと、僕は今、無性に長い音楽を聴きたい。終わりが無いぐらいに長く濃く、その存在感だけで不毛な現実なんかぶっ飛ばしてしまうような音楽…。僕がもしミュージシャンだったら、今なら絶対そんな音を出すはずだ。
70年代の白人ブルースバンドやプログレッシブロックと呼ばれたグループが、当時延々インプロビゼーションを繰り広げた気持ちが、今になってやっとわかったような気がしている。

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2011年12月11日 (日)

リクオ&ピアノ~完全弾き語りソロ・ライブ~ / 2011年12月11日(日) 渋谷BYG

リクオのソロライブは、東京では久々だ。今年は海さくらウルフルケイスケとのツアーなど、共演者がいるステージでリクオを観る機会が多かったが、そこでは比較的アッパーなナンバーが多く唄われていた感がある。リクオ自身、3.11以降、気持ちが沈む日が続く中でウルフルケイスケとツアーに出てあえて陽気なナンバーを演奏したことは、精神衛生上とても良かったと語っていた。
それは僕にも良くわかる。わかるのだが、リスナーの立場として言わせてもらえるなら、これらのライブでは彼の持つ内省的な部分をあえて出さないようなタッチになっていたことに少し物足りなさを覚えもした。久々のソロである今夜は、きっとそんな歌も聴くことができるだろう。深い夜に自分の心の奥にゆっくりと降りていくような歌を聴きたい…。僕はそんな気持ちでライブに臨んでいた。

リクオは僕の気持ちに十分すぎるぐらい十分に応えてくれた。もちろん、いつものようにアッパーなナンバーも演奏されはしたのだが、僕が強く印象に残ったのはやはり内省的な歌。BYGのこじんまりとした空間で、リクオのピアノと歌声にじっと耳を澄ますのは、心が洗われていくような音楽体験だった。本当にとても濃密なライブだった。3.11以降、世の中の雰囲気が一変してしまった中でも、淡々と旅を続けて歌を唄い続けてきたリクオの、この一年の想いが集約されたような夜だったと思う。

この日のライブで特筆すべきこととして、新曲が数多く演奏されたことが挙げられる。それらは震災や原発事故のことを直接唄いこんだものではないが、僕にはやはり3.11以降のリクオの心境が色濃く反映されているように思えてならない。
リクオの歌の数々を聴いてるうちに気が付いたことがある。彼は突然襲ってきた震災や原発事故を憂いているのはもちろんだが、同時に3.11以降の社会に漂うある種の空気にも違和感も抱いているのだと…。
なんて言ったらいいのか、うまく言葉が見つからないのだが、たとえば、今誰かと原発についてシリアスな話をするとしたら、その前提として相手が原発推進なのか反原発なのかを最初から決め付けるような傾向があると思う。そして、互いが互いを拒絶し、大きな声を挙げがちになる。あんな事故が起きたらそうなって当然なのかもしれない。でも、こんな風にはっきりと何かに線引きをしたがる社会は、僕らがかつて暮らしていた“あの頃”の空気と、少しずつ何かが違ってきているのではないか。リクオはそんなことを感じているんだと思う。

最近、僕も時々思うのだ。あなたは原発に賛成ですか?反対ですか?と聞かれたら、僕ははっきり“反対です”と応える。それは間違いない。だが同時に、反原発を声高に主張し、推進派とされる人物や企業をまるで悪魔のように罵る風潮にはある種の怖さも感じてしまうのだ。共感できる部分ももちろんある。だが、心の底に微かに、でも確実にある種の違和感が芽生えもする。そんな微妙な2011年の風に吹かれる僕らの気持ちを、リクオはきちんと歌にして差し出してきたのだった。
「全部ウソだった」を唄った斉藤和義は誠実な表現者だと思う。それとは違う表現ではあるが、リクオの新曲にも、僕は表現者としての真摯さを強く感じる。

ウルフルケイスケと全国を回ったツアーの千秋楽は、ベースの寺岡信芳とドラムの小宮山純平が加わりバンドスタイルで行なわれたそうだ。ギンギンのエレキギターが入った、いわゆるロックバンドスタイルでプレイするのは、リクオのとっても久しぶりだったらしい。初心に戻ったような気持ちになったと彼は語っていた。
それを象徴するものとして、この日演奏された新曲で、まるでハイロウズのようなタッチのロックンロールがあった。明らかにウルフルケイスケとのツアーがなければ生まれ得なかった曲。リクオはピアノを叩くように弾き、まるでヒロトのようにシャウト。僕は、この日演奏された数多くの曲の中で、この曲が一番印象に残った。
実は、僕はウルフルケイスケとのツアーは一度しか見ていない。このツアーのセットリストはケイスケの明るいキャラクターを活かしたものが多く、楽しい事は楽しいのだが、僕にとっては冒頭に書いたような物足りなさもあり、1回見とけばそれでいいかな、ぐらいの気持ちでいたのだ。だが、この曲を聴いて千秋楽を観なかった事を、今ちょっと後悔している。
この日演奏された新曲の中には、これ以外にもバンドの音が聴こえてくるようなものがいくつもあった。やっぱり、あのツアーはリクオにとって重要だったのだ。彼は、あのツアーでこれまでにはなかった新しいモードを手に入れたのだと思う。

この夜、アンコールは長かった。
これは僕の予想だけど、最初の予定では、リクオはケイスケと共作したという新曲で締めるつもりだったのではないだろうか?だが、リクオはなかなかピアノから立ち上がろうとしなかった。僕らもまた会場を去り難い想いにとらわれていた。そういう雰囲気になったのだ、自然と。そこから唄われた数曲は、ほんとうにこの夜だけのものだったと思う。下田逸郎のカバー「セクシー」が歌われた。反戦の思いを込めて書かれたことばをヒントにして作ったという(そんなことは、僕は夢にも思わなかった)「美しい暮らし」が歌われた。一つひとつが珠玉の輝きを放つ、本当の意味でのアンコール。東京のホームと公言して止まないBYGでの、今年最後のソロステージという空間が生み出した奇跡だったんじゃないかな、あれは。

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2011年12月 9日 (金)

CHABOの恩返し⑧ 浜崎貴司 with 仲井戸“CHABO”麗市 / 2011年12月9日(金)Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

素晴らしいライブだった。これまで僕の見てきた恩返しライブの中でも、濃密さは間違いなくNo.1。これまでは、ライブが終わると、もう少し長くCHABOを見たいなあ~という気持ちがどうしても生まれてしまい、100%満足して帰路に着いていたわけではなかったのだが、今回はまったくそんな気持ちは起きなかった。これは、この夜のステージが、純粋にジョイントライブとして高い完成度にあったという事だと思う。2人の持ち味が十二分に発揮された、本当に素晴らしいステージだった。

正直言って、僕は開演前はこのライブがこれほどのものになるとは思っていなかったのだ。これはCHABOのステージングの素晴らしさはもちろんだが、浜崎貴司という男が、僕の予想をはるかに超える素晴らしいソングライターだったことが大きい。僕の彼に対する知識は、イカ天出身バンドのボーカリストといった程度。もちろん、OK!!! C'MON CHABO!!! でボーカリストとしての力量はわかっていたつもりだったが、ソロのステージには強い衝撃を受けた。いやあ、この人がこれほど素晴らしいシンガー・ソング・ライターだったとは…。

浜崎の弾き語りには本当に圧倒された。
1曲目は数年前に彼がスランプに陥っていた時、渋谷のスターバックス2階席から眼下のスクランブル交差点を眺め、半日かけて書き上げたというヘヴィ・ブルースだったのだが、これがもう凄かったのだ。アコギをかき鳴らしながら、当時の心境を赤裸々に吐露した重い歌詞を、圧倒的な声量で歌い上げる。のっけから心臓を鷲づかみにされた。
その後も、浜崎はカバーや自曲を次々に歌いこんでいく。カバーではCHABOの「ガルシアの風」や、斉藤和義の「虹が消えるまで」も出た(MCでは“小泉今日子の…”と紹介されていたが)。
浜崎の持ち歌は、はっきり言ってそのほとんどが重く暗い。決して一般受けする歌ではないかもしれないが、僕はその内省的な世界にぐいぐい引き込まれていった。この日セレクトされた曲が、彼のバンド、フライングキッズのレパートリーだったのか、ソロで書いた曲なのかはわからない。だが、そのどれもが僕がフライングキッズに対して抱いていた、シニカルな男目線をファンクビートで歌い込むといったイメージとはまったく違った歌たちだった。もっと赤裸々で生の感情を吐き出した、血を流したような歌…。

特に印象に残ったのは、ラストに唄われた曲だ。タイトルは忘れてしまったが、僕はこの曲にかなり揺さぶられた。何よりも歌詞が素晴らしく、僕は忘れないようにと、その一節を手帳に書き留めたぐらいだ。こういうことは僕には本当に珍しい。

失速する時代に背を向け 我がための真実を追いかけろ
秋の黄金色の小麦のように 君は満たされてく

息が詰まるほど胸を焦がしたら
とどまることを知らない 前しか見ぬ馬鹿であれ

浜崎の歌からは、日々の葛藤に悩み、未来への不安に苦しみながらも、大切な人との大切な瞬間を大事にしていきたいと願う一人の男の姿が浮かんでくる。これは紛れもないブルースだ。久々に邦楽アーティストの曲を聴いてガツン!ときた。なんとなく、古井戸初期のステージはこんな感じだったのではないだろうかと思ってしまったぐらいだ。

さて、CHABO。CHABOのステージも浜崎に負けず劣らず凄かった。
オープニングは麗蘭の去年のツアータイトル曲「Love Love Love」。客席に手拍子を煽りながら陽気に演奏していくが、その歌詞は“世界に、君に、愛は足りているかい?”と問いかけるもの。歌を聴きながら、今の僕らの暮らしを振り返らざるを得なくなる。
そう、この日のCHABOのセットリストは、師走っぽいもの、クリスマスが唄いこまれたものなど、CHABOお得意のシーズンソングも多かったが、ヘヴィだった2011年に対しての想いをこめたものにもなっていたと感じる。しかも、それは奇しくも浜崎貴司のセレクトした曲と違和感のないトーンになっており、もしかしたらこの日の恩返しは、各々のソロステージでの選曲も含めて、全体のトーンを見渡してかなり周到に考えられたものだったのかもしれないと思った。

びっくりしたのは、RCナンバーの「まぼろし」が唄われたことだ。この歌の前に、CHABOは、結果的に恩返しシリーズでは毎回RCの曲を歌ってきたが、それはPLEASURE PLEASUREが清志郎と出会った街、渋谷にあるので自然とそういう気持ちになると話していた。また、最近雑誌の取材で「青い森」のあった辺りに行く機会があり、店はもう無いが当時の雰囲気はまだ微かに残っていて、今にも清志郎が出てきそうだったとも語っていた。
はじめて聴くアコギ・バージョンの「まぼろし」。この曲は、実は収録されたアルバム「BLUE」よりもかなり昔に作られた曲だったことは、ファンの間では有名だが、当時のアレンジもこんなだったのでは?と思わせるような生々しさがあった。

ラスト2曲もなんだかとても象徴的だった。
まずは、ものすごく久しぶりに唄われた「労働歌」。CHABOはまったくギターを弾かず、まるで農民が土を耕すかのように、アコギのボディを拳で叩きアカペラで歌詞をシャウトする。そして最後は「Are You Alright?」。僕は、この2曲は3.11以降のCHABOの想いを現したように思えてならない。「労働歌」は様々な思いをかき消してしまうほどの圧倒的な現実に直面した今年、ミュージシャンとしてどう生きていくべきか、自分の立ち位置をもう一度再確認するようなニュアンスを感じたし、「Are You Alright?」には、この迷える時代に生きる僕たち総てに対しての慈しみだと思った。

ここまでが本編。ここまででも十二分に大きな手応えのあるライブだったのだが、この日は第二部と呼んでもおかしくない長いアンコールがあったことで、その良さがさらに引き立った。
アンコールは、各ソロステージでの重たいタッチとは雰囲気が一変。浜崎にいたっては、ステージに出て来た時の表情からして違っていた。まずは恩返し恒例の「適当ブルース」。これがむちゃくちゃ楽しかった。ギターの絡みはもちろんだが、お互いの即興で付ける歌詞が最高に可笑しくて、CHABOも思わず“恩返し史上、一番変だ!”と苦笑い(笑)。

それから浜崎の持ち歌でファンクナンバーを2曲。これは歌詞も含めていかにもフライングキッズらしい曲。CHABOはアコギでバッキングに徹していたが、2曲目のワウペダルを使ったソロはシビレた。Glad All Overでの名演「ボスしけてるぜ」を髣髴とさせるようなギターだった。

それからなんと、この日は2人の共作も披露された。「僕らのメリークリスマス」と名付けられたその曲は、シンプルな歌詞にクリスマスの様々な場面が歌いこまれる、とても心に残る曲だったな。CHABOは演奏終了後、“来年のクリスマスも、浜ちゃんとこれを歌うのを楽しみにしてる”なんて言ってたけど、そんなに待てないぞ(笑)。なんとかレコーディングできないものかなあ…。ライブだけじゃあ、勿体無いぐらいの名曲なんだから…。

この日の恩返しは10分押しで始まったのだが、終わってみると10時半近い時間。たっぷり3時間近くあったわけで、他の回と比べても長いライブになった。
この2人、恐らくこれだけでは終わらないだろう。ステージでのCHABOの表情を見ていると、彼が歳の離れた浜崎貴司という男をシンガー・ソング・ライターとして心から敬愛しているのがわかる。なんとなく思ったのだが、CHABOは浜崎の歌に自分と似た世界感を感じているのではないだろうか。
僕も、この人の歌がどうにも気になって仕方がない。考えてみたら、浜崎貴司は今年46歳で僕とまったく同じ歳だ。そのせいか、彼の歌の時代に対する目線には、共感できる部分がとても多いと感じる。恩返しシリーズの最大の恩恵は、こうしてCHABOを通して、21世紀にRCチルドレンが繋がっていくきっかけを見つけることができるところなのかもしれない。

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2011年12月 6日 (火)

Some Girls Live in Texas 78 / THE ROLLING STONES

51zdghp4lnl_sl500_aa300_1_2 少し前まで、ストーンズは過去のアーカイヴには一切手をつけないバンドだったのだが、2年前のゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!40周年記念エディションを境に、タガが外れたようにすごいモンをどんどん出してくるようになった。今度出たのはなんと78年モノ!。EXILEの未発表曲にも驚いたけど、この「サム・ガールズ」+78年ツアーというパッケージにはかなり驚いた。

実は「サム・ガールズ」と78年全米ツアーに関しては、TVやラジオ用にかなりの音源・映像が残されている。やっぱしストーンズといえど、当時のパンク、ニューウェイヴの台頭は脅威だったんだろうな。物議をかもしたアルバムジャケットも含め、当時はかなりの危機感を持って話題作りをしていたんだと思う。
だけど、日本ではなかなかそれらに触れる機会がなかった。80年代に入ってから、NHK・FMでラジオ用ライブ音源がOAされ、ファンを狂喜させたなんてことがあったけど、映像の露出は皆無に近い状態だった。

昔、僕はストーンズのブートレッグ集めにどっぷりだった時期があるんだけど、ブート市場でも78年モノは多かった。6月4日の公演をライン録音したなんちゃらとか、デトロイト公演の放送音源をブート化したかんちゃらとかね。きっと、ちょっとしたストーンズ・マニアだったら、“ああ、あれのことね”とわかるだろう。
78年ブートの決定盤は「HandsomeGirls」っていう4枚組だ。こいつが出たのは90年代に入ってからなんだけど、既に出回っていたラジオ用音源と、それまで全く世に出てなかったテキサス州フォートワースのショーを組み合わせ、最上級の音質で収録したというとんでもないシロモノだった。リリース当初はちょっとした騒ぎになり、僕もやっとの思いで手に入れた記憶がある。だけど、これで78年モノはもうイイや…っていう気になっちゃったことも確かなんだよね。だって、これ以上の上物はもう出てこないだろうと思ったし、これだけボリュームがあれば、あと20年は楽しめちゃうわけで、なんだか高いお金で他のブツを漁る気がしなくなってしまったのだ。思えば、HandsomeGirlsは、僕がブートレッグから足を洗うきっかけにもなったブツなのであった。

そんなわけで、78年ツアーに関しては、もう出るものは出尽くしてると思ってたから、今度のリリースにはかなり驚いた。もうね、こんなちゃんとした映像が存在していたこと自体びっくり。このうちの数曲はブートで観たことがあったんだけど、数分観てると目がチカチカしちゃうようなシロモノだったんで、これはもうマスター自体が酷い状態なんだろうなと思い込んでいたのだ。

今見ると、この時期のストーンズはやっぱり独特。前後の時期、76年や81年のド派手なタッチとも違っていて、わざとB級臭さを漂わせた風なのが異常にカッコいい。
ミックのステージ衣装はほとんど意味不明(笑)。おっさん臭いベレー帽にぺらぺらの上着、ジャージみたいなパンツにテープがベタベタ。おまけにTシャツの文字は“DESTROY”ときた。いったい何を考えてるんだか…(苦笑)。上着を脱ぐと、右手にはアームカバー。これ、もしかしたらシド・ヴィシャスの包帯を真似てるのか?もう、あまりのキチガイぶりに笑うしかない(笑)。
キースはこの頃が一番カッコいいと思う。っていうか、ルックスとプレイぶりが一番釣り合ってるのがこの時期なんじゃないだろうか?そんでもって、やる気満々でばりばりギターを弾いてるから見てて嬉しくなってしまう。ドラッグ中毒の治療が終わり、ロン・ウッドという弟分を得て身も心もクリーンになってたんだろう。
ストーンズに加入したばかりのロニーは、まだ完全に子ども扱いだ(苦笑)。演奏中も再三ミックにいたぶられたりしてる(笑)。でも、プレイぶりはさすが。キースとの絡みは抜群で、出たり入ったりする2台のギターの音がが最高に気持ちイイ。キースとロニーは二人並んでステージに立ってるだけで見栄えがする。キース&テイラーだと、それぞれが自分のプレイに埋没しているから、こういう風にはならないもんなあ…。

ただ、これ、今まで正規リリースしなかった理由も何となくわかるのだ。だって、観ててかくっとくるところもけっこうあるもんね。たとえばLet it rock。セカンドバースの頭でミックの歌詞が飛ぶが、こういうのはあんまし作品として残したくないところだろう。Brown Sugerもけっこうヤバくて、イントロでキースが気の利いた(つもりの)フェイクを入れたら、チャーリーがびっくりしちゃってグダグダになりかけるのがモロわかっちゃいます。まあ、こういうのを見て喜んでるストーンズ・ファンも多いんだけど(笑)。Star Starで、本人が聞いたら怒っちゃいそうなジミー・ペイジへの当てこすりをミックが歌ってるのも、もともとこれが1回だけのOAで、作品として残すつもりがなかったからなんでしょう。

ただ、そういうことを差し引いても、やっぱり78年の演奏はスゴイ。
おまけで付いてるミックのインタビューによれば、このツアーは新曲が多かったんで、とにかくメンバー全員が間違えないように心掛けたって言ってるんだよね。まあ、おまえが言うか!ってとこもあるんだけど(笑)、確かに勢いだけじゃなくて、珍しく真剣に丁寧にやろうとしてるストーンズが感じられ、パワーと緻密さのバランスは全年代でも間違いなく最高峰だと思う。Shatterdの緻密さなんて、80年代以降では考えられないんじゃないかなあ。

しかし、こういう過去のアーカイヴ聞いてると時々ふと思うんだけど、当時実際に会場で聴いた感じはどうだったんだろう?当時のPAシステムでは、実際にはこういう音は会場で鳴ってなかったと思うのだ。
ミックス時に音の差し替えはやってないと思うんだけど、バランスや分離ぐあいなんかは当然いじってるはず。そういう意味では、これはボブ・クリアマウンテン・ミックスドの78年モノであって、当時そのままの音ではないと思っておいたほうがいいのかもしれない。ま、こんだけスゴイ映像見ちゃうと、そんなことは関係なくなっちゃうんだけどね…。

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2011年12月 4日 (日)

麗蘭2011 / 2011年12月4日(日)Billboard Live TOKYO 1stステージ

年末恒例の麗蘭ライブは、このところ京都磔磔の前に、Billboard Liveで東名阪ツアーを行うパターンが多くなってきた。
実は僕、Billboard Liveで麗蘭を観るのはこれが初めてだ。理由は単純、チケット代がバカ高いから(笑)。Billboard Liveはゴージャスな雰囲気で食事を楽しみながらゆったりとライブを観るのがコンセプトのようで、入場料金が高い割りには演奏時間が短い。入ったら入ったでメシやら酒やら湯水のように金を取られる(苦笑)。どうも純粋に音楽だけを目的にのこのこ出て行くような気になれないのだ。そもそそもこんなスノッブな所、オレのような人間が行ってもいいんだろうか…(苦笑)。
同じように、麗蘭に関しても、なんでわざわざこんなハイソな会場で演るのか理解に苦しむっていう思いがあった。麗蘭は酸欠になりそうなぐらいの狭いハコでくらくらしながら見るのがいいんじゃん。そんな先入観があったわけだ。

ところが、夏にここで3Gのライブを観て、Billboard Liveに対するイメージがコロッと変わっちゃったんだなあ(笑)。このハコの音響の良さには驚いた。鳴り過ぎず沈みすぎず、実に気持ちいいサウンドバランスで音楽が楽しめる。ステージも客席に近くて観やすいし、席もカジュアルシートなら、それほどバカ高いお金を支払うことにはならない。こりゃあイイやあ~と思ってしまったぜ。変わり身の早さは僕の身上(苦笑)。よし、こうなったら麗蘭も観に行っちゃおう!そう思って僕は今ここにいる(笑)。

1stステージは16:30というとんでもなく早い時間に開演。
オープニングは新曲だった。CHABOは年末のライブでは必ずと言っていいほど、その年に対する想いを織り込んだ新曲を演奏するが、今回は初っ端から新しいのをブチかましてきた。CHABOと蘭丸二人のギターリフを思い切り前面に出したストレートなロックナンバーだ。これが実にカッコ良かった!歌詞も“さよならだけが人生じゃないぜ というフレーズが何度も繰り返されるのがぐっとくる。個人的にも社会的にもいろいろなことがあったというCHABO自身の心境でもあるのだろうが、誰もがヘヴィだった2011年という年を振り返る歌になっていたのではないだろうか。年の瀬になって、こういうポジティブな曲が聴けたことは本当に良かった。

Billboardでのライブは、お尻の時間が決まってるから、ライブは正味1時間半ほどしかない。だからなのか、セットリストは最初からマスターピースのオンパレードだった。目新しい選曲はあまりなかったかもしれないが、これはこれでなかなか新鮮な体験で、僕は思いっきりのめりこんでしまった。
その理由として、麗蘭のライブをこれだけ音のいい会場で聴いたのは始めてかもしれないぐらい新鮮な体験だったことが挙げられる。とにかく音のバランスが良く、二人の弾くフレーズがはっきりと聴き分けられる。もちろん、磔磔だって磔磔でしか聴けない音があり、それはそれでとても好きなのだが、こと音の分離という点で言えば、間違いなくこれまで体験した麗蘭の中でもこの日がNo.1。いやあ~やっぱりCHABOと蘭丸の絡みはものすごいわ…。時にヘヴィに、時にグルーヴィーに、時にパーカッシブに、あうんの呼吸で音を紡いでゆく。その構造が手にとるようにわかるので、聴き慣れた曲でも僕はかなり興奮させられた。

1stからの「がらがらへび」が突然飛び出したのには驚いた。いやあ~Billboardでこんなヘヴィなブルースが聴けるなんて…。
ライブアルバム「宴」に収められたバージョンよりも、ややテンポが速くなっていた印象だが、これはリズム隊が若いJAH-RAHであることなども関係していたかもしれない。とにかく、バンドが一つの塊となって、ぐりぐりと音を捩じ込んでいくような感じ。こういうどす黒いヘヴィブルースがやれる日本のバンドは、なかなかいないと思う。

限られた演奏時間が凝縮された選曲に繋がったのか、この日麗蘭が演奏した曲は、ほとんどがロックっぽいナンバーかファンキーなナンバーだった。すごく濃い1時間半。うん、満足、満足。これだったら高いチケット代も気にならない。長けりゃイイってもんでもないんだなあ~ってつくづく思った。

麗蘭は今年で結成20年になったそうだ。なんか、10年目を迎えた時、磔磔で蘭丸が「10歳~!」って言ってたのがつい昨日のことのよう。2ndアルバムが出てからだって、もう7年も経ってるんだもんなあ…。そろそろ今の二人が作ったアルバムが聴きたい。来年あたりどうだろう?

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【本】恋する原発 / 高橋源一郎(著)

2173372「不謹慎」であるがゆえに「正当性」が可視できる―。高橋源一郎の書いた「恋する原発」を一言でいうならそんな小説だと思う。
義援金を寄付するために震災支援チャリティーAV(アダルトビデオ)の制作を命じられたAV監督の「おれ」と、その周辺に生息する人々を描写したこの話は、文字通りシモネタ満載、猥褻描写てんこ盛り。話は震災や原発事故だけに止まらず、太平洋戦争、靖国問題、天皇制にまで飛び火しながらどこまでも下世話に突き進んでゆく。文字通り「不謹慎」極まりない作品であり、その「不謹慎」さ故に、氏が某大学で行うはずだった出版記念講演会は、何処からか圧力がかかって中止になった。

まず、僕は氏が震災・原発をテーマにした表現を、すぐに作品化したその態度に深く共感する。これは斉藤和義が例の歌を歌ったのと同様の爽快感だ。ポップカルチャーを生きる表現者らしい行動だと理解するし、こういう氏のブレない態度に、僕はいつも励まされてきた。
ただ、個人的には小説として“それだけでしかない”ようなところもあり、読後やや要求不満が残ってしまった。中盤に突如挿入されている「震災文学論」が、非常に重く現実を直視し、3.11以降の表現者のあり方を鋭く見渡しているだけに、肝心の氏の小説世界がそこに追いついていないのはもどかしい。ただ、この破天荒な設定とシリアスな文学論を強引にパッケージして、ぎりぎり破綻せずにいるのは、やはり氏が時代を斬る優れた表現者である証だとも思う。

あるインタビューで、高橋は「この小説は、あえて『不謹慎』にしたのでは?」という記者の問いかけを肯定し、「今、閉塞感があって重苦しい。自由にしゃべれない感じがする」と答えていた。確かにそうだ。そもそも“恋する原発”なんていうタイトルだって、今のご時勢、聞いただけで目くじらを立てるような人が大勢いるだろう。そういう意味では、震災支援チャリティーAVの制作にかかわる物語なんて、単なる「おふざけ」としてしか読めないかもしれない。対して「震災文学論」のパートは何処に出しても「不謹慎」ではない優れた文学論だ。
では、この「不謹慎」な「おふざけ」小説が、「震災文学論」の文脈に基づいて書かれたものであるならば、その意味合いはどういうものになってくるのだろう?

高橋源一郎はこんなことも言っている。

 「いま「正しさ」への同調性が、かつてないほど大きくなっています」
 「「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません」

今、巷にはタブー視される言葉がある。たとえば、今「震災も原発も私には関係ない」とはとても言えないだろう。なんでもかんでもチャリティーだの、一部を義捐金にだのと言ってしまうのは、そんな後ろめたさの表れなのではないか。僕なんかだってそう感じるんだから、表現者はなおさらだろう。

だが、氏は敢然とこう語るのだ。

「身を守るためには黙るしかない。でも、作家はそれをやっちゃお終いなんだ」

「頑張ろう日本」というスローガンにすべてが飲み込まれ、ある種の言葉が使い難くなっている今のような雰囲気は、正直言ってものすごく気持ちが悪い。翻って、80年代のあの平和な時代に、あれほど反原発だのなんだのと歌ったりしていた人が、事が起こった今になって黙っているってのは、何なんだろうとも思ってしまう。ヒョウゲンシャとして末永く飯を食っていくためには、震災にも原発にもかかわらないでいるほうが好ましいってことなんだろう。わかりますよ。あなた方だって家族がいるんでしょうから…。
そんな中、あえてこんな「不謹慎」な内容で読者を引きつり笑いさせる高橋源一郎の態度は、まるで戦争時のようなこの国の空気に対して、「本当に正しいこととは何か?」を突きつけているのではないだろうか、と僕は思った。

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2011年12月 3日 (土)

【映画】忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー 感度サイコー!!!

Photoオレ、実を言うと、ナニワ・サリバン・ショーが実際に行われた当時は、これがそれほどのもんだとは思ってなかったのだ。
もともと僕は、おふざけモードの清志郎にはそんなに入れ込んでなかったし、そもそもこの頃は、清志郎の活動そのものにクエスチョンマークを抱いていた時期だった。ナニワ・サリバン・ショーに関しても、後にCSで放送されたやつを見はしたけれど、まーた清志郎が変なこと始めてるなあ、ぐらいにしか感じず、実際に大阪まで足を運ぼうとは思わなかったのである。
しかし、こうして改めて映画を見てみると、このイベントの素晴らしさ、こういうことをやろうとした清志郎の気持ちが強く伝わってきて、今更ながらに行かなかった事を大きく後悔してしまう。

ライブの映像を見ていて一番印象的だったのは、清志郎の素晴らしさは言わずもがなだが、出演したミュージシャンたちも、みな本当に嬉しそうな表情を浮かべていたことだ。布袋寅泰とか浅井健一とか、普段の自分のライブだったら絶対にこういうモードにはならないような人たちまで、まるで子供のように楽しそうな笑顔を浮かべてステージに立っている。ジャンルや年代にかかわらず、すべてのミュージシャンをこんな風にしてしまう清志郎の器の大きさを改めて感じた。

それから、こういう企画をクリエイターに想起させてしまう忌野清志郎という男の存在感にも改めて感服。アルバム「KING」に「玩具」って曲が入ってたけど、忌野清志郎というネームを触媒にしていろんな企画が持ちかけられ、それを当の本人が一番面白がってやってしまうという清志郎の真骨頂を垣間見たような気がする。
そう、ナニワ・サリバン・ショーは大阪のイベンターやFM802のプロデューサーが発案したイベントなんだけど、はじめに清志郎ありきだからこそ出てきた企画だと思うのだ。こういうイベントのコンダクターとして、清志郎以上にハマる人は他に考えられない。今、こんな企画を担えるようなミュージシャンがいるだろうか?CHABO?浪花モードはCHABOにはちょっとキツイでしょう。ヤザワ?えー!全然タイプじゃないでしょう!ヒロト?うーん、R&R村ならともかく、これだけジャンルの広いミュージシャンとの共演はちょっと…。トータス松本?うーん、彼があと20年キャリアを積んだら、もしかしたら…。
こういう映像を見てしまうと、改めて忌野清志郎という旗頭を失った日本の音楽界の喪失感を感じてしまう。

最初、僕はこの映画の話しを聞いたとき、何でいまさら映画なんだよ?って思った。正直言うと、商業的な匂いを感じてちょっと嫌な気持ちになった。映画なんか作るなら、ナニワ・サリバン・ショーそのものをそっくり映像作品にしちゃえば良いじゃん。主役がいないのに勝手にいじくってんじゃねえよ!って思ってた。
でも、映画を見てこれはこれで大いにアリだと思ったな。むしろ、こういうコテコテな映像を付けた事により、ナニワ・サリバン・ショーの狙ってたノリが、ますます引き出されることになったんじゃないかなあ…。挿入されたミュージシャン達の演技も最高に楽しいものばかり。石やんとせっちゃんの蕎麦屋とか、似合い過ぎてるLeyonaのホステスぶり(笑)とか、もう最高!
いやあ~やられた!映画のスタッフ陣、よくわかってるなあ…。なんだかアメリカで作られた音楽レビュー作品を見ているような楽しさがあった。こういう愛のある企画はイイ。すごくイイと思う。

胸に迫ったのは、やっぱり清志郎と矢野顕子との絡み。僕はこの2人は精神的な恋人同士だと勝手に思っている。
ものすごく勝手な妄想をしちゃうと、矢野顕子は坂本龍一と出会う前に清志郎と出会っているべきだったのだ。もしそういうことになっていたら、2人のその後は大きく違っていたはず。でも、そういうことにはならないのもまた人生。どんなに金や名声を掴んでも手に入れられないものがあり、本当に大切な人に出会った時には何かが遅い。そういうことってあるでしょう、誰もが?(ちょっと問題発言かな…(苦笑))
だから、2人のステージは、時を経て初恋の相手だった同級生と再会した時のように初々しく、少し切ない。矢野顕子は、ライブ映像だけでなく、挿入された映画での演技も多かったんだけど、そこからは彼女が胸の奥に抱えている喪失感が滲み出ているような気がしたのは僕だけだろうか?

さて、CHABOはこの映画にどう関わっていたか。これはあえて書かないでおく。これから見る人に、先入観を持たずに見て欲しいから…。
でも、これだけは書かせて欲しい。CHABOのパートには製作側の愛をひしひしと感じた。これは演技ではなく、ほとんどCHABOの素だ。そして、CHABOの独白から繋がる「Oh! RADIO」には、この曲がやっと落ち着くところに落ち着いたような気持ちになった。

楽しい映画だった。うん、楽しい映画だったとあえて言いたい。
この映画の主役がもうここにはいないという現実は辛いし、そういうことをひしひしと感じてしまう瞬間もあるにはあるんだけれど、矢野顕子もCHABOも、そういうことは胸の奥にしまいみ、あえて楽しいナニワ・サリバン的な世界を表現したんだと思う。
ならば、僕らもそうやって生きていこうではないか。清志郎がいない喪失感は消えることはないが、それでも僕らの人生は続いていくのだ。だったら、上を向いて歩いていくだけ。涙がこぼれないように…。

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