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2012年4月 1日 (日)

【本】「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」 / 増田俊也(著)

Kimura うーん、これは濃い…。木村政彦、力道山、牛島辰熊。格闘技を通して昭和の時代を駆け抜けた男たちの熱気にあてられ、読み終わった後、しばし呆然としてしまいました。これはもう格闘技マニア本の域を超え、貴重な昭和史のひとつといっても良いのでは?700ページという辞書みたいなブ厚さにもかかわらず、読み始めたら止まらなくなり、僅か3日で読破。読み終わった夜、僕は興奮と感動で全く眠れなかった。それぐらい強烈な余韻の残る本なんだ、これは。

格闘技に興味のない人は、木村政彦って誰?って感じだと思うんでちょっと説明すると、この人は戦後最強と言われた柔道家だ。この本は、プロ柔道からプロレスに転向した木村が、昭和29年に力道山と実力日本一をかけて戦った一戦を巡ってのドキュメンタリー。日本中の関心を集めたこの一戦は、実はもともとプロレス流の筋書きがあって、あらかじめ引き分けになることが決められていた。にもかかわらず、力動山が突然キレて木村を滅多打ちにし、木村は血の海に沈んで無残なKO負けを喫するのである。
その後の2人は対照的な人生をおくることになった。国民的な英雄になった力道山に対し、木村は坂道を転げ落ちるように凋落していく。そして、この試合を行ったことを死ぬまで後悔し、掟破りを謀った力道山を許すことができずに、一時は懐に短刀を隠し、力道山の命を付け狙いまでしたというのだ。

もう60年以上も前の出来事。だけど、この一戦は後々まですごく大きな影響があったと思う。それは、これについて書かれた様々な文章のほとんどが力道山寄りで、プロレス側はこの試合の結果をうまく利用していたからだ。元プロレス少年だった僕も、この手の本にころっとヤラレちゃったクチ(苦笑)。単純にプロレスラーは柔道家より強いんだ!と信じて疑わなかった。後にアントニオ猪木が異種格闘技戦を始め、“プロレスラー最強説”を掲げても、大げさなことを言っているとは全然思わなかったのも、この一戦の刷り込みが大きいんじゃないかと思う。

敗者木村の名誉は地に落ちた。でも、冷静に考えればこの試合には多くの謎がある。なぜ力道山は禁断の掟破りをしたのか?なぜ木村はこんな屈辱的な試合を受けたのか?そして、もし木村が本気で戦っていたとしたら、本当は力道山より強かったのではないか?
著者の増田俊也は、学生時代に本格的に柔道をやっていた人物だ。だから、柔道畑の人間として長い間傷つけられてきた木村の名誉をなんとか回復したいという思いがあったんだと思う。
だが、彼は盲目的に木村を崇め奉るようなことはしていない。どんな些細なことでも現存する資料や生存する関係者に丁寧に取材を行い、可能な限り裏をとっている。そして、取材の結果を客観的に判断し、主観を排した冷静な文章を組み立てているのだ。この誠実な文章がまず素晴らしい。つまり、この本はノンフィクションとしても第一級なのだ。格闘技マニアだけでなく幅広い読者層からも支持を得ているのは、こんなところに理由があるんじゃないかと思う。

それにしても、ここに描かれる若かりし木村政彦のなんと魅力的なことか!そして、師である牛島辰熊との関係のなんと濃厚なことか!寝ても醒めても柔道、柔道、柔道…。これだけやって強くならないわけがない(笑)。序盤は、著者が木村の強さをいろんな資料でどんどん実証していくので、とても爽快な気分になる。
だが、その人生は徐々に陰りを帯びていくのだ。それはひと言でいうと戦争のためということになるんだけど、時代の空気が政治・経済の話も絡めて重く描かれるのは、読んでいてとても辛かった。

戦争という大きな渦に、柔道界も否応なく巻き込まれていく。もし戦争がなかったら、たぶん柔道は今のような形にはなっていなかっただろうし、木村がプロ柔道やプロレスに手を染めることもなかっただろう。そう思うと心がざわざわしてくる。
そして、戦後の木村の迷走ぶりに著者自身もうろたえ、苦悩しているのがひしひしと伝わってくるのが、読んでいてとても辛い。そう、中盤あたりから、読者は著者の気持ちの揺らぎにも心を動かされていくことになる。柔道家・木村がとてつもなく強かったのは疑いようもない。だが、彼は激動の時代を泳ぐにはあまりにも不器用だった。資料にあたればあたるほどそれが証明されてしまう。これは、木村を敬愛してきた著者にとって、とても辛い作業だったことだろう。

実は木村VS力道山の一戦は、現在Youtubeで見る事ができる(ただし、ダイジェスト版だ)。本の中でも、当時の映像を見ながら複数の格闘家に試合内容を検証してもらう場面が出てくるが、それを読むと、掟破りかどうかは抜きにして、力道山の空手(というより、映像を見た限り、これはもはや“掌底”だ)は疑いようもなく凄まじい破壊力があり、その何発かは確実に木村の顔面にクリーンヒットしていることがわかる。
僕は思う。真剣勝負だったら木村がどうだったかなんてことはそもそ問題ではないのだ。台本があろうとなかろうと、あんな打撃を食ってしまったのは木村に油断があったから。もっといえば台本ありの試合を受け入れてしまった時点で木村は負けだったのだ…。

だまし討ちのように木村に念書を書かせ、リング上でそれを裏切った力道山は確かに卑怯だし汚い。でも、僕はそんな力道山のことも否定しきれないのだ。言い方を変えれば、彼はどんな手を使ってでも勝ちたかった。勝たなければならなかったのだ。その執念は木村の気持ちよりはるかに大きかったのだと思う。
ちょっと話はずれるけど、サッカードイツW杯の決勝でフランスのジダンが突然キレ、イタリアのマテラッツイに頭突きを食らわせ、退場になる事件があった。一説ではマテラッツイがジダンに人種差別的なことを言ったのが原因とされているが、この時のジダンと昭和29年の力道山が、なんだか僕にはカブって見えるのだ。
朝鮮半島に生まれた力道山は、相撲界で様々な苦労をした。そして、どんなに頑張っても横綱にはなれないことを悟り、プロレスに身を投じた。たとえ成功しても、故郷に錦を飾ることは決して許されない。故郷への未練を残しつつ、力道山は出生を隠して生き続けるしかなかったのだ。彼にはプロレスという舞台しか残されていなかった。オレは何が何でもここでのし上がらなければならない。蟻地獄のような呪縛を、彼は自らの手ひとつで解き放とうとしたのだろう。たとえ約束を破ってでも…。
力道山と木村では、この試合に懸ける情念が最初から天と地ほども違っていた。要は背負っている業の深さが勝負を決めたのだと思う。ただ、そのあまりにも深い業故、力道山は長く生きることができなかったのだけれど…。

ところが、木村政彦の話はこれで終わらなかった。著者は最後の最後に大どんでん返しを用意していた。これはあえてここには書かないが、ただただ、僕は本を手に号泣してしまった。
木村政彦をめぐる長い旅路は、結果的に格闘技を通して昭和という時代を検証するような壮大なドキュメントとなった。戦後の影が色濃く残る時代、男たちは一日一日を必死に生きていたのだ。そんな生き様と、彼らをめぐる人間たちを検証することによって、著者は今の日本が失いつつある家族の素晴らしさや、熱い生き方をも蘇らせることに成功している。
経済の沈下や政治の低迷、それにとどめを刺すような東日本大震災と原発事故。今や日本中が元気を無くしている時代だけど、わずか60年前、この国にはこんなにも凄い男たちがいたのだ。木村政彦は、強く、熱く、豪快な男だった。時代の波に乗り切るには不器用でも、木村は人間味に溢れた最高に魅力的な男だったんだろうと僕は確信している。

表の歴史は勝者が作る。だけど、敗者にだって人生があるのだ。そして、それには勝ちも負けもないのだということをこの本は教えてくれる。
もう一度言うけど、これは本当に素晴らしい本だ。プロレス、格闘技ファンなら万難を排して読んで欲しいし、ちょっと元気をなくしつつある僕ら世代にはすごく良い刺激になるのではないだろうか?

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