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2012年5月

2012年5月28日 (月)

SHIBUYA-La.mama 30th Anniversary『relation』ソウルフラワーユニオン,ROCK'N'ROLL GYPSIES LIVE / 5月28日(月)渋谷La.mama

ラ・ママに行くのなんていつ以来なんだろう?もしかしたら20年以上経っているかも。ここはいわゆるロック系の出演者が多いハコ。なので、最近の僕の嗜好からはちょっと外れていたんだと思う。それがどういうわけだか、ソウル・フラワー・ユニオンとロックンロール・ジプシーズという異色の組み合わせが、ここで実現することになった。聞けば、ラ・ママはもう開店から30周年経ってて、これはその記念ライブだということだ。移り変わりの激しい渋谷で30年もライブハウスを続けるのは大変なことだったに違いない。

久しぶりのラ・ママだったが、地下の階段を降りたら一気に記憶が蘇った。いや~全然変わってない…。客席に突き出たL字型のステージ、真ん中やや左にどーんと立ってる邪魔な柱(苦笑)。そして何といってもこの狭さ!こんなにステージと客席が近いところでソウルフラワーとジプシーズが見られるなんて…。僕はフロアやや後方の一段高くなったところに立ち位置をキープ。ここならバンド全体を見渡せるしね。なんだか、始まる前から異常に胸が高鳴ってきた。

定刻から30分近く遅れ、ステージにはまずソウルフラワーユニオンが登場してくる。6人の配置はステージに向かって中央に中川敬、その右に高木克、左がジゲン、ドラムの伊藤が左奥。お囃子のミホちゃんは右奥が定位置で、奥野のキーボードは右のフロア前列にはみ出すような形で配置されていた。僕は、ラ・ママの狭いステージに6人がどう乗っかるのかも興味深かったんだけど、なかなか苦労の後のわかるセッティングだなあ、これは(苦笑)。

セットリストは最近のソウル・フラワーがライブでやってるものを1時間に凝縮したような感じだった。ほとんどがアッパーな曲で、それをこれだけ小さなハコでやるのだから盛り上がらないわけがない。後ろの方にいるミホちゃんも、曲のヤマ場になると前に出てきてお客さんを煽る。フロアはぴょんぴょんハネる人たちで凄い熱気に包まれた。いやあ~小さなハコでのライブってやっぱりイイ…。ライブというよりギグといった方がしっくりくるような感じか。ロックのライブの原点って、やっぱりコレだよなあ、としみじみ思った。
気が付いたんだけど、ラ・ママは音響もなかなか良くて聴き易い。きっと音響スタッフの技術が素晴らしいんだと思う。改めて良いライブハウスだと思った。
ソウル・フラワーのステージでの最後の曲は、中川が23年前に初めてラ・ママに出演した時と同じ曲ということで、ニューエスト・モデルの「こたつ内紛争」。うーん、素晴らしい。人に歴史あり(笑)。

しばしのセッティングタイムの後、いよいよロックンロール・ジプシーズの登場だ。ジプシーズを観るのはものすごく久しぶり。たぶん、2003年に下北沢で1stアルバムが出た直後のレコ発ライブを観て以来だと思う。あんまり久しぶりなんで、僕はベースが井上富雄から市川勝也にチェンジしたのも知らなかったぐらい(苦笑)。
ソウル・フラワーのライブがお祭りみたいなノリだったこともあって、ジプシーズはぐっと渋めな印象。世代的にもソウル・フラワーより一回り上ってこともあるけど、正に大人のロックンロールバンドという感じだ。こちらもやってる音楽はアッパーな曲ばかりなんだけど、観客もやたらに飛び跳ねないで、花田、下山、池畑という博多の玄人ロッカーの演奏をじっくり聴き込んでいるような感じだった。

久々に見る花田はやっぱしカッコいい。痩せた体躯で長い髪を縛った姿はまるで素浪人だ(笑)。そしてレスポール・ジュニアが実によく似合うんだよなあ、この人。なんか日本人じゃないみたい(笑)。少し前に体調を崩していたと聞いたときは心配だった下山も、元気そうでほっとした。花田と下山が並んで立つ姿はやっぱり絵になる。市川のベースも良かったなあ…。全然派手さはないんだけど、バンドのボトムとして絶妙の安定感を感じた。池畑さんがどんどん行くタイプだから、これぐらいシンプルに徹する方が全体としてはいいバランスなんだと思う。

「ラヴ・ハート」から始まったロックンロール・ジプシーズのステージは1時間を少し超えた。最近はアルバムも聴いてなかったから知らない曲も多かったんだけど、ジプシーズの曲はストーンズ・タイプのR&Rが好きな人なら、誰でもすんなり耳になじむような王道の作り込みをしてあるものがほとんど。どれも初めて聞いたような気がしない。それをほとんど切れ目なく、畳み掛けるように演奏する。これはほんと快感だ!後半はなんだか恍惚としてしまった(笑)。
ひときわ声援が大きかったのは、やっぱりルースターズ時代の「NEON BOY」とか「Do the Boogie」。日本の誇るR&R都市博多が生んだ最強のロッカーたちが繰り出す極上の音を、こんな目近で聴いているのだ。いやあ~なんて贅沢な時間なんだろう…。
ギターソロは曲によって花田も下山もやるけれど、どちらかというと下山の方が多い。それと、やっぱり下山のギターはニューウェーブの香りを残しているというか、フリーキーなトーンもちらりと顔を覗かせたりして花田との違いが良くわかった。

ロックンロール・ジプシーズはアンコールもあり。まずはジプシーズだけで、R&Rの定番「Walking the Dog」を。そして、ソウル・フラワー・ユニオンの中川と伊藤、奥野を呼び出す。出ました、花田+下山+中川という豪華3ショット。おまけに奥ででんと構えているのは池畑さんだ。
演奏されたのは、キース・リチャーズもカバーしたジミー・クリフのHARDER THEY COME。カラフルなレゲエタッチの演奏が楽しい。メインボーカルはもちろん花田だけど、中川も2番ではボーカルを聴かせてくれる。いやあ~この先、こんな場面はそうそう見られないだろうなあ…。

全編2時間半ぐらい。もうちょっとそれぞれのバンドを長く観たかったとも思うけど、まあ、このぐらいで丁度いいのかな…。極上のロックンロール・ギグをがっちり堪能した夜だった。

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2012年5月27日 (日)

JAPAN BLUES & SOUL CARNIVAL 2012 / 2012年5月27日 (日)日比谷野外大音楽堂

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かれこれ20年以上も続いているジャパン・ブルース・カーニバル。僕も皆勤とはいかないまでも、気になる出演者がいる年はまめに足を運んできた。今年はメインがジョニー・ウインターだ。長年まだ見ぬ強豪(笑)と言われてきたジョニーも、去年ついに奇跡の初来日を果たしたのだが、僕は用事で見ることができなかった。それがこんなにも早く再来日を果たすとは。しかも盛り上がることでは定評のあるブルース・カーニバル!とっぷりと日の暮れた野音にジョニーのギターの爆音が轟くのはさぞかし気持ちいいだろう。だいたい、ジョニー・ウィンターを日本で見る機会が、これからもそうそうあるとは思えない。これは見逃せないぞと思った。

開演時間の4時きっかりに後藤ゆうぞうがステージに登場。この人の司会はブルース・カーニバルの名物だ。コテコテの司会進行を見るのは2年ぶり。なんか懐かしいなあ~この関西ノリ(笑)。
この日は“ゴトウゆうぞう ワニクマ・デロレン&マキ”として、出演バンドのトップバッターも務めていた。バンドはドラム、ベース、キーボード、ギター、トランペット、サックスとかなり大編成。ギターは、こちらもブルース・カーニバルではお馴染みのカメリア・マキちゃんだ。この人、後藤ゆうぞうのアシスタント役でずーっと出てるけど、何年経っても全然変わらない。今年は軽くウェーブをかけた髪にシックな黒のロングドレスと、装いは大人っぽくなったんだけど、およそブルースとは不釣り合いなお嬢っぽい雰囲気は相変わらず。そんな彼女が赤のES335を抱えて淡々とブルージーなフレーズを刻むのがイイんだなあ、これが(笑)。
ゆうぞうもMCで言ってたけど、このイベント、2年前から“BLUES & SOUL CARNIVAL”と銘打ったのに、今年の出演者にソウル畑の人は一人もいない(苦笑)。で、この日唯一のソウルはこのバンドで演ったマーヴィン・ゲイの「What's Going On」だった。うん、良かったぞ、これ!何せバンドはソウルを演るのに十分なゴージャスな編成。サックスのソロは美しいし、ゆうぞうのボーカルもなかなか。震災や原発事故のことも盛り込んだ日本語詞もGOODで、サビの「What's Going On! → どないなってんねん!」の関西弁直訳詞もうまい!と膝を叩きたくなった。
ゆうぞうバンドは30分ぐらいの演奏だったけど、楽しかったなあ。後藤ゆうぞうもマキちゃんも、毎年カーニバルに出るんだから、これからもバンドで出してあげればいいのに、と思った。

2番手は近藤房之助。この人を見るのは久しぶりだ。なんだけど、僕はどうもこの人のブルースが好きになれないんだよなあ…。この日もあんまり気持ちを揺さぶられませんでした。なんつうんでしょうか。偉そうに言わせてもらえれば、余裕がありすぎてつまんないのよ、房之助は…。いわゆるヴォーカリストとしては上手い部類と言えなくはないのかもしれない。だけど、ブルースって巧いだけじゃダメじゃん。アクの強さというか、どん詰まり感がないので何となくもの足りなく思えてしまう。ギターも無難なフレーズをさらっと撒いてる感じで、どうしてものめりこめない。まあ、ブルースを肴にビール飲んで盛り上がろうって人にはいいのかもしれないけど…。観光地ブルースってこんな感じなのかなあ、なんてふと思ってしまった。
でも、KOTEZのハープは素晴らしかったと思う。さらりと綺麗にまとまった演奏にわざと揺さぶりをかけ、客席を挑発するようにハープを吹きまくっていたのはさすがだ。近藤房之助バンドの演奏も30分ぐらいだったかな。

さてさて、セミファイナルのサニー・ランドレス。この人は凄かった!僕は見てないけど、以前ソロでブルース・カーニバルに出たことがあるらしい。後藤ゆうぞういわく、その時はえらい地味だったらしいが(苦笑)、この日はトリオ編成のバンドを引き連れて大爆発してた。ベースは昔からずっと一緒にやってて勝手知ったる仲だというし、ドラムはいわゆるドカドカ系。迫力満点だ。ゆる~い空気が充満していた野音が一気に引き締まった。
僕はギターに関してあんまり詳しくないけど、サニーさんのスタイルが独特だってことは嫌でもわかる(笑)。痩せた身体で胸までギターを抱え上げ、左手にはスライドバーをハメっぱなしでガシガシ弾きまくる。どういうテクを使ってるのか知らないが、バーをつけっぱなしでばんばんタッピングやってるし、右手もむちゃくちゃ速い。でも、テクに溺れるわけじゃなくてグルーブ感もばっちりなのだ。あっけにとられて眺めていたら、あっという間に終わってしまった。たぶん45分ぐらいだったかな。まるで雷に打たれたような演奏でした。

さて、本日のメインイベント。ジョニー・ウィンターがステージに登場してきたのは18:30頃。野音は陽が暮れかかって実にいい雰囲気。実は、僕の席はステージに向かって右斜め前で、舞台袖が良く見えるところだったから、サニー・ランドレスが出ている時にも、ジョニーが椅子に腰かけて袖から見ているのに気が付いていた。その姿には軽くショックを覚えたなあ…。噂には聞いてましたが、やっぱ歳とりましたわ…。ま、そりゃそうだ。例のライブ盤が出た時なんて、オレ小学生だったもんね(苦笑)。
出番前にはクルーがステージセットをいろいろ組んでいたが、ジョニー専属のクルーはジーンズにTシャツ、黒のベストにサングラス、頭にはテンガロンハットといういでたちで、まるで若かりし頃のジョニーのコスプレだ。思わず笑ってしまった(笑)。
大御所ブルースマンの登場のほとんどがそうであるように、ジョニー・ウィンターのステージも、まずはバックバンドが先に登場してきて客を煽る。これに総立ちで応えるお客さん。うーん、素晴らしいレスポンス。ブルース・カーニバルに来るお客さんは、お約束をよくわかってらっしゃるのだ(笑)。僕もこの時点で新しいビールのプルトップを引き抜いてエンジンをかける。

大盛り上がりの中、ジョニー・ウィンターが遂に登場!
初めて観るジョニーは、腰は曲がり足取りもおぼつかないぐらいだった。でも、介添の力は借りず、一人で椅子まで歩いていくと、いきなりギターを弾きまくる。うわっ!レコードと同じ音!馬鹿みたいな感想ですが、これが第一印象(笑)。1曲目のインストは「Hideaway」。こういうお祭りには最適な曲といっていい。その後も「Good Morning Little School Girl」やら「Got My Mojo Working」やら、ブルースのマスターピースというべきジャンプナンバーを立て続けにプレイする。残念ながら、僕の位置からはギターを弾く手元はよく見えなかったんだけど、ギターの音は若いころと少しも衰えていないし、ボーカルも思ったよりずっとしっかりしていた。
観客も席を立って前に突っ込んでったりして、ステージ下はとんでもない騒ぎ。Got My Mojo Workingのサビは、もちろん大合唱だ。こういう反応はやってる方も嬉しいに違いない。終盤には 「Johnny B. Goode」まで飛び出しての大R&R大会。ジョニーの連れてきた女性クルーも、このとんでもない盛り上がりにびっくりしたみたいで、ステージ袖から客席にカメラを向け、盛んにシャッターを切っていた。本編最後は「It's All Over Now」だったかな。原曲をけっこう崩してるんで曲が進まないと何をやってんだかわかんなかったんだけど(苦笑)。でも、すごいノリ。楽しい!
当然これだけじゃ観客は満足せず。アンコールの一発目はジョニー・ウィンター・バンドで。そして最後はサニー・ランドレス、KOTEZ、後藤ゆうぞう、カメリア・マキを加えての「Dust My Broom」だった。ギター4本。ソロはサニーとジョニーがそれぞれ回し、KOTEZのハープソロもフューチャー(機材トラブルでアタマの音が出なかったのが残念)するという豪華版だった。このセッションに果敢に三線で加わった後藤ゆうぞうの意気も素晴らしい(笑)。

と言うわけで、8時前にはすべてのステージが終了した。セッティングの時間を差し引けば、事実上の演奏時間は3時間ぐらいかな…。以前のカーニバルからだいぶ出演者の数が減ったこともあり、ちょっとスケールダウンしちゃったような気がしないでもない。ただ、このカーニバルは観客のノリが相変わらず素晴らしい。外タレをこれだけ盛り上げちゃうのは、やっぱ観客の年齢層が高いことが関係してるんだろう。口の悪い言い方をすれば、おっちゃんたちの外タレ信仰がいい形で表に出ているのだ。

ただ、このイベント、マナーの悪いお客さんも年々増えている。前に行きたい気持ちはわかるけど、パンクロックのギグじゃあるまいし、乱入するようなカタチでステージに駆け寄るのは見苦しい。今年は外国人とトラブルになり、胸ぐら掴まれてビビりまくってる奴もいてむちゃくちゃカッコ悪かった。いい大人のクセして本当に情けないと思う。盛り上がるのと悪ノリするのは違う。盛り上がるなら他人に迷惑をかけないようにやってもらいたいもんだ。

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2012年5月22日 (火)

リトル・フィート LIVE / 2012年5月22日(火)ビルボードライブ東京 2ndステージ

いやあ~凄かった!初めて観るリトル・フィートは、期待をはるかに上回る大満足のライブだった。
僕はこのバンドが昔から大好きなのだ。同時代のアメリカン・バンドだと、日本ではザ・バンドの人気が高いが、これは日本人ミュージシャンで彼らをリスペクトする人が多いことがかなり関係していると思う。僕は個人的にはザ・バンドよりリトル・フィートの方が思い入れが強いぐらい。ルーツに根ざしていながらも、後のフュージョンを先取りしたようなモダンなサウンドを聴かせ、何よりも同時代では最強のグルーヴを持つバンド。正統派アメリカンバンドの系譜を受け継ぎながら、そのファンキーなテイストはどのバンドよりも異端だった。
そんなフィートも、結成からはや40年。その間には2度の解散と再結成があり、メンバーもだいぶ入れ替わってしまった。マニアの中には70年代と今のバンドでは別モノと捉える人も多いと聞く。僕もはっきり言って期待半分・不安半分といった感じでライブ当日を迎えたのだ。

とーんでもなかった!!!2012年のリトル・フィートはいまだ現役バリバリだった。初っ端、音が一発出ただけで完全にノックアウト!もう、凄い、凄い!うねりまくるグルーヴ、ほろりとしてしまう抒情性、豊潤なルーツミュージックの香り…。21世紀のリトル・フィートは完璧なジャグ・バンドだった。もう、お腹一杯!これ以上何が欲しいっていうんだ?
そりゃあ、バンドを作った張本人、ローエル・ジョージはとっくにこの世にはいない。長年バンドのグルーヴを生み出してきたリッチー・ヘイワードも数年前に亡くなってしまった。それでもリトル・フィートはリトル・フィート。このグルーヴは間違いなく唯一無二だ。

今のリトル・フィートは6人編成。一時、女性ボーカルが入っていた時期もあったけど、個人的には今の男臭いバンド編成の方がずっと好きだ。
結成当初からのメンバーは、ビル・ペイン(キーボード・ボーカル)のみとなってしまったが、ギターのポール・バレアとベースのケン・グラッドニー、それにパーカッションのサム・クレイトンは72年加入組だから、73年の名盤「ディキシー・チキン」レコーディング時にもバンドに在籍していたことになる。ってことは、彼らはほとんどオリジナルメンバーだと僕は思ってるんだけどね…。そこに長年フィートとセッションしていた、職人フレッド・タケット(ギター)が加わり、亡くなったリッチーの代わりは、ゲイブ・フォードという少し若いドラマーが務めている。
はっきり言って、ゲイブのドラムはリッチーとは違う。そういう意味では、70年代のノリとは違った味わいになっていた場面もあるにはあった。でも、僕はこれはこれで全然OK。だって、ゲイブにはゲイブなりの良さがあるもん。バンドってのは、そうやって進化していくものなのだ。むしろ、キャリアが長いバンドでもこうやって進化していける、変われるってのは素晴らしいことなんじゃないだろうか。

メンバーはゲイブを除けば、もう60代後半を迎えている。サムなんて腰が曲がってて、装具を付けているのが服の上からでもわかるぐらい。にもかかわらず、パーカスの華麗さは若いころと全く変わっていなかったのだ。それに、なんといってもポールとフレッド、2台のギターの絡みがもうバッチリ!乾いたストラトの音色が最高に気持ちよく、縦に横に動くグルーヴに乗って自由自在にフレーズを刻んでいくのには、興奮せざるを得ない。ミディアムな曲では、フレッドがマンドリンを手にすることも多く、これもいい味わいが出てたなあ…。
バンドの核になっているのは、やっぱりバンドでのキャリアが一番長いビル・ペイン。この日のライブでは、近々出る予定だという新譜からの曲も演奏したのだが、まだ歌詞が覚えきれないらしく、ipadを操作して歌詞を確認していたのが面白かった(笑)。

セットリストで一番びっくりしたのは、名曲「Willin'」の中に挿入される形で、なんと「The Weight」を演ったこと!要するに、リトル・フィートがザ・バンドの曲をカバーしたわけだ。さらっと書いてるけど、これってとんでもないことですよ!もしかしたら、これは最近この世を去ったレヴォン・ヘルムへのオマージュだったのかも…。
おそらく、彼らは彼らなりに自分たちがアメリカン・ロックの最後の砦だっていうことを自覚しているんだろう。ザ・バンドの分も、グレイトフル・デッドの分も、俺たちがまとめて背負ってやるぜ~ってな…。まあ、いずれにしても、こんな曲が飛び出してくるとは夢にも思わなかっただけに、客席は大盛り上がり。僕なんかうるうるきてました(苦笑)。

最高だったのは、本編最後に演奏された「ファットマン・イン・ザ・バスタブ」!これが聴けたのは、もう一生もんの自慢だ。「ファットマン…」、ナマで聴いちゃったよ~。嬉しいったらありゃしない(笑)。ポール・バレアがスライドであのイントロを奏でると、テーブル席のお客さんがあっという間に立ち上がった。もう、フロア全体で大いに盛り上がり、まるでここがビルボードなんつうスカしたハコじゃないみたい(笑)。途中でカバーを挿入したりなんかして、かなり長尺でジャギ―な演奏だったなあ。

残念だったのは、「ディキシー・チキン」を演ってくれなかったこと。これはかなりガッカリした。フィートのライブで、「ディキシー・チキン」無しってのはちょっと考えられない。絶対演ると思ってたのにー!!そういえば「オー・アトランタ」も「オール・ザット・ユー・ドリーム」も演らなかったぞ!それでもお腹いっぱいになったんだから、いかに彼らの演奏が充実していたかがわかるというものだ。

で、家に帰ってバンドの公式サイトを見て唖然としてしまいましたよ、ワタシは。ビルボード東京は1日2ステージやるんだけど、フィートは今回用にセットを用意したわけじゃなくて、なんと単純に一回のコンサートを二つに分けてやってるだけだったのだ(苦笑)。一部・2部で重なってる曲は「Willin'」のみ!うーん、このラフさもアメリカン…(苦笑)。でも、個人的にはEarly Showの方が好きな曲多かったぞ…。わかってたら両方観たのに。とほほ…。

まあ、いいや。オレはこれで最後だとは全然思ってないから!きっとフィートはまたいつか東京に来てくれるだろう。
で、その時はビルボード東京なんつうスカした店じゃなく、渋公とか日比谷野音とかで2時間半ぐらいがっつりやってください!本来、リトル・フィートは日差しがギラギラした野外なんかが似合いそう。野音でビールでも飲みながらディキシー・チキンが聴けたら最高だろうなあ…。そんな日が来るまで、僕は「ファットマン・イン・ザ・バスタブ」をナマで聴いたことを自慢に生きていきますわ(苦笑)。

【セットリスト】公式サイトからコピペ
Location: Billboard Live - Tokyo, Japan
Setlist:
Early Show 7pm
All That You Dream, Oh Atlanta, Skin It Back, Red Streamliner, Willin', A Church Falling Down, Cajun Girl, Dixie Chicken, E: Feats Don't Fail Me Now

 

Late Show 9:30pm
Rocket In My Pocket, Honest Man, The Blues Keep Coming, Salome, Truck Stop Girl, Willin' > Don't Bogart That Joint > The Weight, Fat Man In The Bathtub > Abba Zabb > Fat Man In The Bathtub, E: Down On The Farm

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2012年5月 8日 (火)

HOBO CONNECTION 2012 at 渋谷 / 2012年5月8日(火) 渋谷・CLUB QUATTRO

【HOBO CONNECTION 2012 at 渋谷】渋谷・CLUB QUATTRO
出演:リクオ/バンバンバザール/友部正人/山口洋(HEATWAVE)/三宅伸治/羊毛とおはな/朝倉真司(per.)/キヨサク(MONGOL800)
開場18:00 開演19:00

ホーボー・ミュージックっていう概念は、この日集まった音楽ファンの間では、もう完全に認識されたように思う。
この日、ステージに立ったのは、決してメジャーとは言い難い人達だったかもしれない。でも、メディアへの露出とかチャートの順位なんかとは関係なく、日本中を旅して各地の音楽ファンを楽しませているミュージシャンは大勢いる。この日集まったのは、そんな現場至上主義を貫いている人たちばかりだった。そもそも、いい音楽の前にはメジャーとかマイナーとかは関係ないのだ。ジャンルですら必要ない。あるのはただGOOD MUSICのみだ。それもとびきりぐっとくるヤツ…。
リクオは、そんな音楽を全部ひっくるめてホーボー・ミュージックと呼んだ。彼はそのキャリアを積むにつれ、自分もまた永遠に旅を続けるホーボーな音楽人であることを自覚するようになったのだろう。そして、ホーボー・コネクションというイベントをとおし、彼はそんなホーボー・ミュージシャンたちや、彼らの音楽を愛する人たちを自らが触媒となって繋ごうと考えたんだろうな。

僕は、このライブを見ていて、“円熟”なんてことをちょっと考えた。円熟なんて言葉はロック的じゃないし、もしかしたらリクオもあんまり心地好く思わないかもしれない。でも、僕はリクオを見ていて“いい歳のとり方をしているなあ~”なんてちょっと思ったのだ。
僕とリクオはほぼ同世代。お互い40代代半ばという年齢に差し掛かった。いくら若いつもりでいても、世間は誰もが僕らを中堅として見ている。僕らはもはや嫌でも中堅としての自分を考えないわけにはいかなくなった。僕とリクオでは就いている仕事は全然違う。けど、中堅としての自分をどう捉えていくか、自分の仕事を(纏めるわけじゃないけど)ある程度のキャリアを携えた者としてどう捉えていくか、なんてことを考えてしまうという点では同じだと思うのだ。上の世代と若者との間を繋ぐ。伝統と新しいものとの間を繋ぐ。自分の仕事と社会とを繋ぐ…。まだできることは小さいけど、若いときには考えることすらできなかったことが、なんとなく見え始めた。そんな意識があればこそ、リクオはミュージシャンとして人と人とを“繋ぐ”ことを始めたんじゃないかなあ~と僕は思ったのだ。

このイベントでリクオはまず過去と未来を繋いだ。
この日はホーボー・ミュージックをやり続けてきた偉大な先人として友部正人が登場。そして、友部さんからバトンを受け取ったリクオ世代のミュージシャンからは、バンバンバザール、山口洋、三宅伸治、朝倉真司が、これからバトンを渡す世代として、羊毛とおはな、キヨサクが出た。

このイベントの素敵なところは、それぞれの出演者が自分たちだけでプレイするだけじゃなく、他のミュージシャンとセッションする場面が必ず用意されていたことだと思う。彼らがただ同じ場を共有するだけでも意味はあると思うけど、お互いに音を交えることでその繋がりはより明確になる。
客席で見ていた僕にとっても、たとえば羊毛とおはなやキヨサクは初見の人たちだけど、まぎれもなくホーボー・ミュージックの系譜に属する人たちなんだってことがはっきりとわかった。
キヨサクはレゲエタッチで歌った、サッチモの「What a Wonderful World」が素晴らしかったなあ~。なんつうか、その根付きぶりに圧倒されてしまった。キヨサク、もしかしたら君の身体にはジャマイカの血が流れてるんじゃないのか?(笑)。そのぐらい根付いていたのだ、彼は。僕ら世代だとここまでレゲエが染み込んでいる人はなかなかいない。そういった意味では、彼は新しい世代のホーボー・ミュージシャンなのだと思う。

もう一つ、リクオはこっちの世界とあっちの世界も繋いだ。
三宅伸ちゃんの歌には、今はいなくなってしまったあの人の影が常に寄り添っている。彼はこの悲しみを一生引き受けていくことを覚悟しているのだろう。この日演奏された「生きよう」にはぐっときた。清志郎がいなくなって、3.11を経験した僕は、心の何処かで“生かされてしまった”という感覚を持ってしまっている。それでも僕らは生きなければならないのだ。自分だけじゃなく、誰かのためにも…。そんなことを思った。この曲を絶対一緒にやりたいと言ってステージに上がった山口洋の心意気にもぐっときた。
リクオとは「胸が痛いよ」での共演もあった。この日のリクオのボーカルはいつも以上にエモーショナルだったと思う。伸ちゃんの泣きのギターに煽られてかなり感情が昂ぶったのかも。思えば、先月の下北沢ではギターパンダとこの曲をやったっけ…。今はいない人への近しかった人ならではの鎮魂…。でも、主がいなくても歌は生き続けるのだ。
バンバンバザールの歌には高田渡さんの影があるし、この日は西岡恭蔵さんも遊びに来ていたような気がする。こうやって、時空を超えて音楽は鳴り続けるのだ。

友部正人さんの存在感は素晴らしかった。なんと美しい一徹ぶりだろう…。僕にとって、友部さんを見るのは久しぶりなんだけど、あの声は本当に唯一無二だなあ…。あの声だけですぅーっと胸に音楽が降りてくる。なんか、友部さんの歌を聴いてると、僕は童話を読んでいるような気持ちになってしまうのだ。何度も共演している三宅伸ちゃんとの「はじめ僕は独りだった」、リクオとの共作「カルバドスの林檎」には、まるで宮沢賢治のようなロマンを感じる。
そして、嬉しくなってしまうのは、友部さんが未だいい意味での“軽さ”を持ち続けていること。飛び跳ねながら「たたえる歌」を歌う友部さんの姿は、冗談抜きに伸ちゃんやリクオより若々しく見えたぐらい。こんなふうに歳を経られたらいいなあ、なんて僕は思う。友部さん、いまだにフルマラソン走ってて、僕より全然速いんだからねえ…(苦笑)。

最後の最後、全員で歌われた友部さんバージョンの「アイ・シャル・ビー・リリースト」の美しさったらなかった。観客も自然と歌詞を口ずさみ、素晴らしい雰囲気の中で幕を閉じた3時間半。
平日の7時から渋谷でライブってのは、なかなか勤め人には厳しい時間帯だけど、それだけにこの日クアトロに集まったのは、本当に音楽が大好きな大人ばかりだったはず。そんな人たちも、一人残らず満足できた夜だったんじゃないかなあ…。

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2012年5月 5日 (土)

祝!ThumbsUp『Jumping!! Night!!』仲井戸"CHABO"麗市 with 早川岳晴 / 2012年5月5日(土・祝)横浜Thumbs Up

Thumbs Up 14th ANNIVERSARY LIVE 祝! ThumbsUp 『Jumping!! Night!! 』
出演:仲井戸"CHABO"麗市 with 早川岳晴
OPEN17:00/START18:00/ADV¥6000

うん、これぞCHABO!このところイベントや他のミュージシャンとの共演ライブが続いていただけに、久々にCHABOの世界を堪能できたように思う。去年一年かけて行われた“恩返し”シリーズも悪くはなかったんだけど、あれを見ていると、僕はどうしてももっとCHABOのソロを長く聞きたくなってしまって軽く要求不満になってしまっていた(苦笑)。そんな渇望感は、きっと僕だけではなかったんだと思う。会場のサムズアップはとにかくすごいお客さんの数だった。サムズアップには何度も来ているけど、うーん、ここでこれほどのお客さんを見たのは初めてかも。ここは基本的にテーブル席でゆったり食べたり飲んだりしながら音楽を聴くお店なのだけれど、この日は会場後方のテーブル・椅子が最初から取り払ってあり、あらかじめ立ち見スペースを確保してあった。でも、そこもあっという間に人で埋まり、店内は立錐の余地もないぐらいの熱気だったのだ。

そんなお客さんの期待に応えるように、CHABOのプレイは最初からキレキレだった。このところライブが続いているためか、声も良く出ていて、いい意味でリラックスしているようにも見えた。このいい意味での余裕は、ライブが完全なソロではなく、長年のパートナー早川岳晴とのデュオスタイルだったことも大きかったんだろう。「ギブソン(CHABO'S BLUES)」に代表されるように、早川さんが隣にいると、CHABOのギターは明らかに手数が多くなる。やっぱり、この二人のコンビネーションは最高だ。CHABOが心から早川さんを信頼してギターを弾きまくってるのがよくわかる。

セットリストは、2010年に二人で全国を回ったGO!!60ツアーのものがベースで、そこに新曲やカバーを足していったような感じだった。休憩なしで二時間半はCHABOんしては短いという印象を持った人もいたかもしれないが、僕はかえって凝縮された内容になっていて良かったと思う。
新曲は、CHABO曰くヴァン・モリソンを意識したという「つぶやき」という曲。こいつがまた最近のCHABOには珍しいぐらいに土臭いブルースで、ファンは大喜び。早川さんのウッドベースとCHABOのギターの絡みもスリリングで会場はぐっと盛り上がった。

カバーでは、ザ・バンドの曲が心に残った。この日はライブ終了後のSEもザ・バンドだったし、MCでもザ・バンドについてかなり多く話をしていた。元メンバーのリヴォン・ヘルムが4月に亡くなったばかりだからだからなのだが、CHABOはこの訃報が残念でならないようだ。
CHABOの話を聞いていて、僕はCHABOのザ・バンドに対しての想いは、彼らの音楽に強く惹かれていることはもちろんだけど、忌野清志郎との思い出と重なっている部分も大きいんだろうなあと思った。たとえば、ザ・バンドのオリジナル「The Moon Struck One」にCHABOが日本語詞を付けた曲のタイトルは、「僕らのビッグピンク」だった。かつてザ・バンドの面々がウッドストックに籠って自分たちの音楽を作り上げていたのを、清志郎と時の経つのも忘れて曲作りに励んでいた若き日の自分たちに重ねたに違いない。
CHABOのライブには、こういう生きていく上での切なさや、過ぎて行く時間を慈しむような瞬間がある。こういう、胸に迫ってくるような哀愁は、他のミュージシャンのライブではなかなか味わうことができない。RCナンバー「君が僕を知ってる」は、客とCHABOが一緒に歌うのだが、こういう空間は、一緒に歳を重ねてきたファンを多く持つミュージシャンだからこそ成り立つものだ。この歌を歌うのが一番似合う人は、もうこの世にいなくなってしまったけど、歌そのものはこうやって生き続けていくものなのだ。僕自身は、RCの曲も前よりだいぶ落ち着いた気持ちで聴き、口ずさむことができるようになってきたと思っている。人生ってのは楽しいことやうまくいく場面ばかりじゃない。こういう哀しみを抱きながらも生き続けることが大人になるっていうことなのかもしれないなあ…。そんなことをふと思った。

全体的にじっくり聞かせる曲が多かった印象があるけれど、もちろんしんみりする展開ばかりではなかった。アンコールで演奏された「Route 66」やマーサ・アンド・バンデラスの「Dancing In The Street」は、客とのコール・アンド・レスポンスも含めて盛り上がった。
「Dancing In The Street」は、早川さんのエレキベースも聴きものだ。IbanezのMCはぶっとくて大蛇がとぐろを巻くような重低音を響かせる。GO!!60ツアーでもそうだったけど、僕はこの曲を弾く早川さんが大好き。まるでシンセベースみたいな音色でぐねぐね動くベースラインは、この曲が単なるモータウン・カバーに陥らず、独特の浮遊感を持ったアレンジになることに成功していると思う。

ラストの「Hobo's Lullaby」までぴったり2時間30分。CHABOの魅力がぎゅ~っと凝縮されたような良いライブだったと思う。
他のミュージシャンと一緒にステージに立つCHABOもいいが、今年は単独名義でのライブもたくさんみたいなあと思わされる夜だった。

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2012年5月 4日 (金)

山口洋 MY LIFE IS MY MESSAGE -solo2012 / 2012年5月4日(金・祝)吉祥寺・Star Pine's Cafe

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このツアーを観るのは、先月の横浜Thumbs Upに続いて二度目だ。横浜で驚いたのは、ライブに「ヒロシと話そうコーナー」があったこと。なんと、ヒロシが「何か聞きたいことない?」と客席に直接問いかけるのだ。これは、今までの山口洋のキャラクターを思うと、まったくもってとんでもないことである(苦笑)。今回のツアーは、MY LIFE IS MY MESSAGEプロジェクトとの一環として、山口洋と仲間達がピンポイントで復興を支援している福島県南相馬市の今を伝えることも目的のひとつとなっている。こういうコーナーを設けたのは、ヒロシが観客に音楽をただ受け止めるだけでなく、この国で今起こっていることに関して、観客一人ひとりに能動的に考えて欲しいという問いかけをしているのだろうと僕は受け取った。

だからこそ、僕は横浜のライブを観終わって、とてももやもやした気持ちになったのだ。もちろん、それはライブに対してではない。何も発言しなかった自分の態度に対してだ。後述するが、僕は今回の原発事故において、それを絶対に静観することの許されない立場に置かれている。そんな僕がこういう機会で沈黙してしまった。それがすごく情けなかった。このままでは、僕はずっと後悔し続けることになる。幸い首都圏では吉祥寺でまだライブがある。正直に言うと、僕は最初このライブに来るつもりはなかったが、僕はそこに足を運んで何かを発言しなければならないと思った。そうしないと自分で自分を許せなかった。

僕は福島県福島市の生まれだ。3.11の震災による原発事故で、僕は自分の体が真っ二つになってしまったような感覚を持つようになった。ひとつは福島という地に生まれたフクシマ・チャイルドとしての自分。もうひとつは危険な原発を遠くに置き、故郷福島で作られた電気をだらだらと使い続けてきた東京人としての自分。このパラドックスは自分をどうしようもなく苦しめる。東京でのお気楽な暮らしは、自分の故郷で生きる人たちに危険なリスクを強いた上で成り立っているものだったのだから。
そして、現実に故郷は汚された…。少年時代を過ごした思い出の野山は、高い放射線量のために近づくことさえできなくなり、古い友人や親戚は、放射能による低線量被曝の不安を抱えながら生きている。年老いた両親もまだ福島県内で暮らしたままだ。

3.11以来、若いころは愛憎半ばだった福島に、僕は時間を見つけて帰るようになった。帰らずにはいられないのだ。そこは世界で一つしかない僕の故郷なのだから。放射能という目に見えない敵に苦しむ故郷のために、少しでも何か手伝えないか…。そんな想いに胸を焦がしている。僕の想いは、喩えれば、親が瀕死の状態になってやっとそのありがたみに気付いたバカ息子そのものだ。
だが、何もできない。本当に放射能という奴は手におえない化け物なのだ。最近は、帰っても旧友と酒を飲んで彼らの愚痴を聞くのがいいところ。正直言うと、1年経ってもまったく変わらないこの状況に、僕も福島の旧友たちも疲れてしまっている。

今年に入ってある人に言われた。福島に居続ける選択をした人たちに対し、お前はそろそろ“出る”ことを口にした方が良いんじゃないか、と。それは僕の胸をぐさりとえぐった。心の奥では僕もそう思っていた部分があるからだと思う。でも、本当は彼らだってそんなことはわかってるのではないかとも思う。だからこそ、僕はそれを口にできない。その封印を解いたとき、僕らの関係は崩れてしまうかもしれない。それが僕は怖いのだ。でも、すべては命あってのこと。今は友情より現実を伝えるべきなのかも…。
答えがないのはわかっている。わかっているけど、逡巡せずにはいられないのだ。そんな状態がずっと続いている。よく、新聞記事で“今は被災地に寄り添うことが何より必要”なんていう言葉が載る。でも、寄り添うって何だ?じゃあどうしろっていうんだ?そういうことを言う人は、具体的にどういう行動をとるのを“寄り添う”っていうのかわかって言っているのだろうか?

吉祥寺で、僕はそんな想いを正直に話してみようと思った。こんな話ができるのは、実際に福島に足を運んだことのある山口洋ぐらいだろうから…。

この日の「ヒロシと話そうコーナー」は、休憩を挟んで、二部の新曲「MY LIFE IS MY MESSAGE」が終わってすぐだった。「何か聞きたいことない?」という山口洋の問いかけに、僕はすかさず手を挙げた。
その後は、夢中で話したから何を言ったかよく憶えていない。言いたいこと、伝えたいことの半分も話せなかった。ただ、福島の線量がとても高いこと、去年勇気を出して除染の手伝いをしたけど、今はそんな危険なリスクを伴う作業を一般市民がやることにすごく疑問を持っていること、そして、福島に残っている人たち、何よりもその人たちと暮らしている子供たちに対し、山口洋が本当のところはどう思っているかは質問できたはずだ。

ヒロシはとても真摯に答えてくれた。とくに、以前報道ステーションでも取り上げられた”黒い塊”を例にとっての話は心に残った。それはとんでもない濃度のプルトニウムが含まれた危険極まりない物質なのだが、それをどう報道するかでさまざまな意見があるらしい。でも、ヒロシはあるものはあると事実を伝えるべきで、どう受け取るかは読む人に任せればいいとはっきり言っていた。その話を聞くだけでも、僕はだいぶ楽になれたような気がする。

もう一つ印象に残ったのは、ヒロシがライブ中に何度も“あきらめない”って言っていたこと。ライブ直前の彼のブログによれば、ARABAKI ROCK FES.の後に南相馬に寄り、あの時から何も変わっていない荒涼とした風景に暗澹たる思いになったという。なのに、目の前にいる彼は全然めげていないのだ。それどころか、先日の横浜ライブよりも元気になった感さえあった。
山口洋、つくづく不思議な男だ。この男は逆境にあればあるほど元気になるのかもしれない。そして、口で言って行動もする究極の有言実行男だ。そこがすごいと思う。なんつうか、やっぱ九州男児だなあ~と思った。こういうメンタリティは東北人にはなかなかない。うーん、見習わなければ…。

そのあとの「それでも世界は美しい」は、なんと、僕のためにと言って歌ってくれた。いやあ~恐れ多い…。歌詞の一部に僕の名前を使ってくれてたのには、照れ臭くてしょうがなかったけれど、聴いているうちに熱いものがこみ上げてきて、涙を堪えるのに必死だった。これはもう、一生忘れられないなあ…。

最後の最後、「満月の夕」が終わった後、山口洋はステージから降りてきて、なんと直接僕に使ったばかりのピックを渡してくれた。そしてがっちり握手。その手はとても温かかった。これは僕へのエールだと思う。福岡生まれのオレが、こんなにも身を焦がして力を注いでいるんだぞ。福島で生まれ育ったオマエが落ち込んでいてどうする!そんな風に喝を入れられた思いだった。

本当のことを言うと、音楽を聴く場であんまりヘビーなことを話すのはどうかという思いもあるにはあった。質問コーナーで、僕の後に手を挙げる人がいなかったのも、自分があんまり重い話をし過ぎたからかもしれない。そう思うと申し訳ない気持ちにもなった。
でも、ライブ終了後に何人かの方が声をかけてくれたのはとても嬉しかったし、今はやっぱり発言してよかったんだと思っている。僕の拙い話でも、少しは何かを伝えられたのだから…。
もしかしたら、僕はちょっと肩に力が入りすぎていたのかもしれない。この夜、僕は福島の現状を自分のことのように受け止めている人が東京にもたくさんいることを知った。それだけでも十分。ぼくは一人だけど独りじゃない。まだまだ頑張れる。

なんだか自分のことばかり書いてしまいました。申し訳ありません。
でも、僕にとってこの日はそういう特別な夜だったんです。
この夜のライブの様子は、他の方が素晴らしいレポを書かれているので、そちらを見ていただければと思います。僕にとってはあまりに個人的な思いに溢れたライブになり過ぎ、とても客観的なレポを書くことができません。

この文書を読んでいただいたすべての方に感謝します。もし、あの吉祥寺の夜を共にした方がいらしたら、僕のへヴィな話を不快に思われたかもしれませんね。ごめんなさい。でも、もしよかったら少しだけでも僕の生まれた町、福島に思いを馳せて欲しいと思います。それは、日本の国がこれまで目を瞑ってきた歪みが白日の下に曝された姿でもあるのですから…。

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