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2012年6月

2012年6月25日 (月)

夢の続き

「日本が本当に強くなるには、代表チームの選手の半分ぐらいがヨーロッパで活躍するようにならなければならない。」

これは、2002年の日韓ワールドカップが終わり、当時の日本代表監督だったフィリップ・トルシエが退任する時に言った言葉だ。当時、僕はこれを聞いてものすごくがっくりきたのを憶えている。だって、こんなの誰でもわかる話じゃないの。そして、それが現状ではほぼ不可能であることも…。そう、あの頃ヨーロッパで活躍していたのは、中田英寿と稲本潤一ぐらい。チームの半分が欧州で活躍する選手になるなんて、どう考えても夢のまた夢だった。だからこそ、僕らは外国人監督に何とかして欲しかったのだ。トルシエの発言は、それを言ったら身もふたもないと思われても仕方がないものだった。何が悲しくて最後の最後にこんなことを言われなきゃならないんだろう…。無性に空しかった。はっきり言って、これは決勝トーナメント初戦で敗退した指揮官の言い訳にしか聞こえなかった。

あれから僅か10年。気が付いたら、代表レギュラーの半数以上は欧州リーグでプレーするようになっていた。長友に至ってはインテルという超ビッククラブのレギュラーだし、本田の所属するCSKAモスクワや内田のシャルケだって欧州チャンピオンズリーグ常連の強豪クラブ。香川に至っては、ドルトムントの国内リーグ2期連続優勝の原動力になり、なんとマンチェスター・ユナイテッドというウルトラ・スペシャル・ベリー・ベリー・ビッククラブへの移籍を実力で勝ち取ってしまった。

はっきり言って、僕は自分の目が黒いうちにこんな時代が来るとは夢にも思わなかった。今、しみじみ思う。あの頃、トルシエの言ってたのはこういうことだったのかと…。
かつての日本代表は、当時ラモスがテレビ解説で怒りを籠めて言っていたように、本当の意味での“闘う集団”にはなってなかったと思う。チーム内ではいくつかの派閥があって一枚岩ではなかったとも聞いた。漏れ伝わるいくつかの醜聞は、なんだか弱い大学の体育会にありがちな、レギュラーと控えとの間での妬み嫉みと変わりないような気がして、なんとも情けなく思った。

今の代表には、そういうネガティブさが一切見当たらない。何よりも、末成り体育会みたいな暗さが全くないのが嬉しい。
何が彼らを変えたのかはわからない。が、一言でいうと、これはやっぱり世代が変わったということなのではないか。香川は89年生まれ。本田が86年。キャプテンの長谷部ですら84年生まれだ。若い!今の日本代表はとにかく若い。彼らを見ていると、若さとはなんと素晴らしいものかと思わずにはいられない。彼らは管理教育と言われた僕ら世代とは違う環境で少年時代を送ったはず。親の方にも受験一辺倒ではない選択肢があったのだろう。ゴルフの石川遼の清々しさとも共通するものを感じるのだが、彼らの集中力とひたむきな向上心は、ゆとり教育の良い面が反映されていると思う。好きなことを好きなだけやることができたからこそ、彼らは自分への厳しさを持ち得た。彼らのメンタリティからは、もはや人の目を気にしたり、チームメイトを嫉んだりする気持ちは微塵も生まれてこないのだろう。

もう一つ僕たちにとって幸せなのは、ザッケローニという名将との幸福な出会いだ。今の代表に彼の指導はハマりすぎるほどハマっている。けれど、これが10年前の日本代表だったらどうだっただろう?きっと消化不良を起こし、欧州組と国内組との間には壁ができてチームはバラバラになっていたかもしれない。彼が今、存分に采配を揮えるのは、実は今の代表選手たちのポテンシャルがもともと高いからでもあるのだ。ザッケローニは、今しかない絶妙のタイミングに日本にやって来た。それを見抜いた原博美氏にもリスペクトだ。

ザッケローニが監督になったのは、日本選手の欧州への窓を開く意味でも大きかったのではないか。長友のインテル移籍の際には、ザックがむこうのフロントに積極的に獲得を薦めたことが知られている。恐らくは他の日本選手の海外移籍の際にも、表に出ていないだけで何らかの口利きをしているのではないかと思う。それがやがては自分のチーム、日本代表に還元されることを、この名将は誰よりもよく知っているのだ。
そしてそれは選手たちのやる気を引き出しているに違いない。極東の島国でやっていても、認められればイタリアやドイツに行けるのだ…。この確信は何よりも選手のポテンシャルを引き上げるだろう。

今、ヨーロッパでは欧州一を決める選手権、EURO2012が行われている。明け方に海の向こうで行われている死闘に胸を熱くしながら、僕はつい“もし、ここに日本が出ていたらどのぐらい勝ち進んだろうか?”などと妄想してしまうのだ。それはなんて幸せなイマジネーションなのだろう…。こんな夜を迎えることができるなんて、10年前までは夢にも思わなかった。

今の日本代表を見ていると、野球の第一回WBCでの日本代表チームを思い出す。とにかく、チームとしてもこの集団はとても魅力的なのだ。アウェーでのオーストラリア戦を終え、帰国の途につく飛行機の中で、キャプテンの長谷部がサポーターに挨拶した時、本田はすかさず「マジメすぎるやろ!(笑)」と茶々を入れたそうだ。その様子を想像して思わず微笑んでしまうとともに、如何に今のチームに良い空気が流れているかを感じ、なんだかじんわりと涙ぐんでしまった。

僕たちは今、あの頃見た夢を目のあたりにしているのかもしれない。
夢なら覚めないで欲しい。僕はこの夢の続きが見たいのだ。香川がオールド・トラッフォードのピッチに立つところが見たい。本田がプレミアやリーガ・エスパニョーラで躍動する姿を見たい。そして、何よりもブラジルW杯でベスト16の壁を超えた日本代表を見たいのだ。
日本代表はまだ旅の途上だ。夢はまだ終わらない。

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2012年6月22日 (金)

音楽家が音楽を諦める時

今月16日、あるブログに載ったエントリーがネット上で話題になった。

Masahide Sakuma 音楽家が音楽を諦める時

ご存知の方も多いと思うけど、このブログの管理者・佐久間正英さんはストリート・スライダーズやBOOWY、GLAYなどのアルバム製作を手がけた音楽プロデューサーだ。ミュージシャンとしても伝説のプログレ・バンド「四人囃子」やプラスチックスのメンバーとして活動し、特にギタリストとしての独特なピッキングには影響を受けたミュージシャンも多い。
そんなキャリアの長い日本を代表する音楽家が、CDが売れなくなり製作費を削らざるを得なくなった業界の現状を赤裸々に告白し、自分が本当に満足できる音楽を作れる環境ではなくなってしまった。いっそのこと音楽制作に携わることを止めてしまおうかとまで思っているということを書き込んだのだから、反響が大きかったのも当然と言えば当然か。

実は、僕は佐久間さんの告白したような業界の現状は、前々からいろいろなところでなんとなく耳にしていたので、それほどの驚きはなかった。それよりもびっくりしたのは、佐久間さんの発言に対するネットユーザーからの反応の方だ。それは佐久間氏に同調する内容よりも、批判的な意見の方が圧倒的に多かったのである。曰く「そんなことは製造業の現場では何年も前から当たり前」「こんなのはバブル期を体験した金持ちミュージシャンの戯言だ」。中には「そんな金をかけた音楽なんて今は必要とされていない」とか「音楽だって消費者が必要なものだけが生き残る時代だ」なんていう書き込みまで目にした。

中には、評論家と言われる人のこんなエントリーまである。
金がないから「いい音楽」作れない?~ビジネス感覚なき職業音楽家の末期症状

なんだか無性に悲しくなった。そもそも、音楽って製造業なんだろうか?こんな風に工業製品と同じ土壌で語られたり、売り上げが良いもの=優れた製品という考え方で納得していいものなんだろうか?
確かにこの20年ぐらいの間で、PCや録音機材は格段の進歩とコストダウンが進んだから、宅録でもある程度の音を製作することはできるようになった。それはパッと見にはコスパに優れた優秀な製品に思える。でも、それは限りなく本物に近いかもしれないが、良いスタジオで良いエンジニアを使い、腕の立つミュージシャンが良い機材を使って長い時間をかけて演奏したものを優秀なプロデューサーがアレンジした作品には絶対かなわない。僕はそう確信しているし、巷の音楽好きだってみんなそう思っていると信じていた。それだけに、“金をかけた音楽なんて必要ない”という発言はとてもショックだった。

これまで僕は、70年代・80年代のようにスタジオでたっぷりと時間をかけて作りこんだアルバムが減ってきたことを寂しいと言い続けてきた。そうなったのは、ネット配信などによりCDの売り上げが減少したことが原因だとばかり思っていたのだが、その考えは根本から間違っていたのかもしれないと今思う。だって、巷の多くの人は、ほどほどの音なら十分満足で、金をかけたゴージャスなアルバムなんか最初から聴きたいと思ってないっていうんだから…。
ネットユーザー=熱心な音楽好きとは限らないのかもしれないが、こういう人が増えていることは事実なんだろう。それはCDが売れないこと以上に深刻なことかもしれないと僕は思う。

楽曲至上主義という考え方がある。音が悪くたって、曲が良ければそれでいいじゃないかという考え方だ。それも一理ある。一理あるが、優秀なスタジオワークは曲の良さを何倍にも何百倍にも引き伸ばすことができるマジックなのだ。たとえば、山下達郎が自分の楽曲をギター一本で弾き語ったとする。曲が優れているから、それはそれできっと感動するだろう。でも、その楽曲に最適なアレンジを施し、最高のミュージシャンが最高の機材でプレイし、一流のプロデューサーがミックスダウンを行えば、その魅力は何百倍にも増す。一発勝負のライブにはない、スタジオ製作盤ならではの価値はそこにあると思うのだ。そもそも、音楽という文化は、録音機材の発達で何度も反復再生が可能になったから、ここまで進化したのではないか。

気になるのは、佐久間さんが“これは日本固有の状況に思える。”と言っていることだ。確かに、CDの売り上げが落ち込んでいるのは何も日本だけの現象ではないはず。なのに、海外に目を向ければ、この時代でも素晴らしいスタジオアルバムをリリースしているミュージシャンはたくさんいる。
もしかしたら、今の若者は潤沢に作られたスタジオ製作アルバムを聴いたことがないのかもしれない。音楽が聴きたくなったらYoutubeにアクセスし、お金をかけずにダウンロード。たとえ好きなバンドのアルバムが出なくたって、ライブに行くから大丈夫。夏フェスだったら話題のバンドを一気に見れちゃうし…。そんなライフスタイルが透けて見える。

うーん、こんなんでいいのだろうか?ポピュラー音楽が日本に根付いてどのぐらいになるのかしらないけど、どっかで進むべき道を間違えちゃったような気がして仕方がない。
それとも、僕みたいな人間はもはやアナクロなのだろうか…。なんだかよくわからなくなってきた。

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2012年6月20日 (水)

【本】絶望の国の幸福な若者たち / 古市憲寿(著)

Photo_2去年の秋に出版されて以来、この本はいろんなところで話題になってきた。それは、これまで若者論を扱ってきた本のほとんどが、とうに若者を卒業してしまった人によって書かれた、“おっさん目線”であったのに対し、著者の古市憲寿が1985年生まれの若者であることが大きいのではないかと思う。
そう、この本は若者世代ド真ん中である大学院生が、社会学の手法を用いて自らの属する世代に対して冷静に分析を試みたものなのだ。文化人が若者論を書いたものはあっても、こういう若い研究者による本は、これまでありそうでなかったように思う。

僕も、この本の広告文“格差社会のもと、その不幸が報じられる若者たち。だが統計によれば、20代の75%が現在の生活に満足している”というフレーズにピンときて読んでみようと思ったクチだ。
実は僕自身、普段から20代の若者と接する機会の多い仕事をしているのだけれど、自分が彼らに対して日ごろ感じていた印象も、この広告文とよく似ている。彼らはバブル期に青春を過ごした僕なんかの時代と比べると、様々な面で格段にシビアな状況の中で生きている。にもかかわらず、あまり不満を持っているようには見えないのだ。よくマスコミで、今の若者を「内向き」とか「草食系」と言っているのを見るけど、わからなくはないが、今の若者にはそういう一言では括りきれないタッチがあるのを感じる。

この本、すごく読みやすい。文体もおよそ東大大学院生が書いたものという感じではなく、まるでエッセイを読んでいるような感じ。だが、穏やかに見えつつ、著者の視点はなかなかにシニカルだ。そして、さまざまなデータを解析して浮かび上がってくる若者たちの実像は、世間で言われるそれとはだいぶ異なっている。そういった意味では、この本は著者も言うとおり「若者資料集・2011年度版」と言ってもいいと思う。

強引にまとめてしまえば、現代の若者は、おおむね今の生活に満足しているが、同時に将来に大きな不安を抱えながら生きている。そして今の若者の生活に対する満足度が高いのは、「今日よりも明日がよくならない」ことを確信しているからなのだ。
彼らは十分にわかっている。インフラや生活環境といった面で、現在の豊かさは過去最強であることを。ネット、ゲーム、携帯電話、コンビニ、ファーストフード、ファストファッション…。そういった便利で豊かなインフラを享受すれば、とりあえずの幸福感を得ることはできる。いまさらインターネットや携帯電話の存在しない世界には戻れない。そして、精神的には身近なところでの仲間や小さなコミュニティを大事にしていれば、とりあえずは安心していられるのだ。もし、現実場面でのコミュニケーションの構築が難しければ、SNSやフェイスブックなどのインフラを使って補てんすることもできてしまう。

著者はさらに言葉を重ねる。今の日本は、国中の人々が年齢に関係なく「若者化」しようとしており、今はその過渡期なのではないかと。うーん、そうかもしれない。特に、今の40代・50代の独身者の生活パターン、幸福感を感じるアイテムやコミュニティは、若者とそう大差がなくなっているように思う。
ただ、どんな若者もいつかは中高年になる(そして、僕たち世代はもうそこに足を踏み入れている)。そのときに今の小さな幸せが続いているのか、誰しも不安を抱えているのが実態なのではないか。個人的にも健康状態の維持とか、身近な人の逝去によるコミュニティの喪失とか、いろいろな不安があるのだろうが、最大の不安は、先にも書いた通り、この国は社会的にも経済的にも今より良くなるわけはないというある種の諦観を持たざるを得ない状況になってしまっているということなのではないかと思う。
そして、3.11大震災による原発事故は、前の世代の築いたインフラすら揺らぎ始めていることを白日の下に曝してしまった。そういった普段考えないようにして生きている現状が、この本を読むことによって、くっきりと姿を現してしまう。だが、僕は不思議と絶望的な気持ちにはならなかった。まあ、なる人もいるのだろうけど、そもそも現状を認識しなければ先には進めないのだから、こんなことで驚いてる場合じゃないと僕は思う。

ところで、最後の方で著者はちょっと過激な毒を吐いている(恐らく確信犯として挑発しているのだと思うが)。
この国に存在する最大のインフラ、国家が消滅する可能性について言及しているのだ。曰く、『「日本」がなくなっても、かつて「日本」だった国に生きる人々が幸せなのだとしたら、何が問題なのだろう。国家の存続よりも、国家の歴史よりも、国家の名誉よりも、大切なのは一人一人がいかに生きられるか、ということのはずである』と言い切っているのだ。うーん、石原慎太郎が読んだら顔を真っ赤にして怒り出しそうな一文…(苦笑)。
少し前なら、僕もこんな主張に同意したかもしれない。これはかつての「地球市民」みたいな言葉を思い出すし、どんな社会になったって身の回りにささやかな幸せを見つけられるから、国がなくたって大丈夫なんだという考え方は、今の若者風に言えば「セカイ系」の考え方に近い。

だが、あえて挑発にのって言わせてもらえれば、これはあまりにもお気楽な考え方ではないか。だって、若者たちがムラムラしながらも、“とりあえず”幸せ感を感じていられるのは、日本が「絶望の国」でありつつ、今は世界的に見ればとても豊かで居心地が良いからであり、その価値観が国民の間でも共有されているからなんじゃないかと思う。言い方を変えると、「とりあえず幸せなんだけど、なんとなく不安」という状態こそが「平和」といえるものなんじゃないかとも思う。だとしたら、それはものすごく大事なもので、もしかしたらその“なんとなく感”こそ、僕らが必死になって守らなければならないものなんじゃないかと思うのだ。
もし、日本という国がなくなったら、若者には難民になるか移民になるかしか選択が無くなってしまうかもしれない。それこそ、「内向き」な人間は野垂れ死にするしかなくなってしまう。貧しいものはますます貧しくなり、警察機構が崩壊したら、幸せをもたらすコミュニティすら築けなくなってしまう。それはリアル北斗な世界だ。

そうならないために、僕らは今、政治家に富の再配分を要求し、古くなったインフラの再構築を突き付けているのではないか。
若き社会学者にも、言いっ放しじゃなくてそういう現状認識を記して欲しかった。古市くん、放置プレイはあんまり幸福感を得られないと思うよ…(笑)。

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2012年6月12日 (火)

父が来た日

2週間前の日曜日、父が東京に出てきた。
これまでにも何回か書いてきたが、僕の両親は福島県白河市で暮らしている。毎年、お盆やお正月には家族で里帰りしていたのだけれど、去年の3月11日以降それはできなくなってしまった。福島と東京。距離は近いが心の距離は限りなく遠い。その溝を埋めるかのように、父はたまに東京まで孫の顔を見に来るようになった。

僕と父。もともと息子と男親なんてそうそう会話が弾んだりはしないもの。まして3.11以降は…。

僕「どうだい、そっちは?」
父「…。元気ないねえ…」

それだけでもう十分。父が今、どんな気持ちで毎日を過ごしているのかがわかってしまう。それが親子というものなのだ。

3.11から1年と3か月。僕には、東京で暮らしている人たちは、地震も津波も原発事故も過去のことだと思い込もうとしているように見える。
でも、原発事故は全然収束なんかしていない。今、この時点で確かなのは、去年の3月ごろと比較すれば、4つの原子炉から出る放射線量は少なくなり、原子炉の温度も下がったこと。でも、これは言い方を変えると、今でも壊れた原子炉からは微量の放射性物質が漏れ続け、原子炉は常に冷やし続けなければならない状態が続いているということだ。しかも、水は入れたそばからダダ漏れしており、それが海や地下をどれだけ汚しているのかもわからない。まして、メルトスルーした核燃料が今どこにあるのかすらわかっていない。
そして、なんといっても4号機プール。あれが倒壊したら福島はおろか東京も終わりなのだ。重ねてここ数日の報道では、東京でも放射性セシウムを吸着した黒い物質が見つかったという。その値、1キログラム当たり最大24万ベクレル…。
唖然としてしまう。僕らは今もギリギリの世界で生きているのだ。

これで何が終わっているというのだろう?タイムマシンがあるならば、僕は10年後の未来を見たい。僕らは今、悪夢のどの辺りにいるんだろう?もしかしたら、今はまだ何も始まってさえいないのかもしれない。

野田さんは「国民の生活を守る」ために大飯原発を再稼働するそうだ。じゃあ、聴きたいんだけど、「国民の生活を守る」の中に「福島県民の生活を守る」は含まれているんだろうか?
「精神論」じゃ国は守れない?ふざけんじゃねえ!と思う。僕の故郷は、孫の顔を見せに帰ることすら躊躇ってしまうような土地にされてしまったのだ。僕は決して孝行息子ではなかったが、父が不憫で仕方がない。もし、僕に今背負うものがなかったら、今こそ傷付いた故郷に戻って年老いた両親とともに生きていきたいとすら思う。こんなことなら家庭なんか持つべきじゃなかったのかも。そんなことまで考えてしまうのだ。

いったい、こんな気持ちにさせたのは誰なんだ?この国のトップの言うことは無責任すぎないか?

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2012年6月 7日 (木)

6月はたそがれの国

グッド・バイ、レイ・ブラッドベリ

SF少年だったオレ。高校生のころ夢中で読みました、ブラッドベリ。91歳かあ…。大往生ですな。

ブラッドベリは、SFっていうよりもファンタジー作家っていうイメージだな、オレにとっては。作品の中での科学に対する扱い方も、ハードSFの作家のように技術的な部分をシリアスに描き上げたりはせず、月ロケットのロマンに憧れた少年の気持ちをそのまま具象化したような感じ。こういう瑞々しい感性を持ち続けたからこそ、暗闇を純粋に恐怖するような話とか、「火星年代記」のような抒情性溢れる作品が書けたんだと思う。

最近は作品も読んでなかったし、インタビューなんかも目にする機会がなかった。だけど、町のどこにも真の暗闇が無くなってしまった今は、もしかしたらブラッドベリには生きづらい時代だったのかもしれない。
誰もがコンピューターを持っててインターネットにアクセスするようになったこの時代のことや、何よりも日本の原発事故なんかに関して、ブラッドベリはどんなことを想っていたんだろうなあ…。

そうか、オレたちの住むこの世界からは、もうブラッドベリも居なくなってしまったのか…。

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