夢の続き
「日本が本当に強くなるには、代表チームの選手の半分ぐらいがヨーロッパで活躍するようにならなければならない。」
これは、2002年の日韓ワールドカップが終わり、当時の日本代表監督だったフィリップ・トルシエが退任する時に言った言葉だ。当時、僕はこれを聞いてものすごくがっくりきたのを憶えている。だって、こんなの誰でもわかる話じゃないの。そして、それが現状ではほぼ不可能であることも…。そう、あの頃ヨーロッパで活躍していたのは、中田英寿と稲本潤一ぐらい。チームの半分が欧州で活躍する選手になるなんて、どう考えても夢のまた夢だった。だからこそ、僕らは外国人監督に何とかして欲しかったのだ。トルシエの発言は、それを言ったら身もふたもないと思われても仕方がないものだった。何が悲しくて最後の最後にこんなことを言われなきゃならないんだろう…。無性に空しかった。はっきり言って、これは決勝トーナメント初戦で敗退した指揮官の言い訳にしか聞こえなかった。
あれから僅か10年。気が付いたら、代表レギュラーの半数以上は欧州リーグでプレーするようになっていた。長友に至ってはインテルという超ビッククラブのレギュラーだし、本田の所属するCSKAモスクワや内田のシャルケだって欧州チャンピオンズリーグ常連の強豪クラブ。香川に至っては、ドルトムントの国内リーグ2期連続優勝の原動力になり、なんとマンチェスター・ユナイテッドというウルトラ・スペシャル・ベリー・ベリー・ビッククラブへの移籍を実力で勝ち取ってしまった。
はっきり言って、僕は自分の目が黒いうちにこんな時代が来るとは夢にも思わなかった。今、しみじみ思う。あの頃、トルシエの言ってたのはこういうことだったのかと…。
かつての日本代表は、当時ラモスがテレビ解説で怒りを籠めて言っていたように、本当の意味での“闘う集団”にはなってなかったと思う。チーム内ではいくつかの派閥があって一枚岩ではなかったとも聞いた。漏れ伝わるいくつかの醜聞は、なんだか弱い大学の体育会にありがちな、レギュラーと控えとの間での妬み嫉みと変わりないような気がして、なんとも情けなく思った。
今の代表には、そういうネガティブさが一切見当たらない。何よりも、末成り体育会みたいな暗さが全くないのが嬉しい。
何が彼らを変えたのかはわからない。が、一言でいうと、これはやっぱり世代が変わったということなのではないか。香川は89年生まれ。本田が86年。キャプテンの長谷部ですら84年生まれだ。若い!今の日本代表はとにかく若い。彼らを見ていると、若さとはなんと素晴らしいものかと思わずにはいられない。彼らは管理教育と言われた僕ら世代とは違う環境で少年時代を送ったはず。親の方にも受験一辺倒ではない選択肢があったのだろう。ゴルフの石川遼の清々しさとも共通するものを感じるのだが、彼らの集中力とひたむきな向上心は、ゆとり教育の良い面が反映されていると思う。好きなことを好きなだけやることができたからこそ、彼らは自分への厳しさを持ち得た。彼らのメンタリティからは、もはや人の目を気にしたり、チームメイトを嫉んだりする気持ちは微塵も生まれてこないのだろう。
もう一つ僕たちにとって幸せなのは、ザッケローニという名将との幸福な出会いだ。今の代表に彼の指導はハマりすぎるほどハマっている。けれど、これが10年前の日本代表だったらどうだっただろう?きっと消化不良を起こし、欧州組と国内組との間には壁ができてチームはバラバラになっていたかもしれない。彼が今、存分に采配を揮えるのは、実は今の代表選手たちのポテンシャルがもともと高いからでもあるのだ。ザッケローニは、今しかない絶妙のタイミングに日本にやって来た。それを見抜いた原博美氏にもリスペクトだ。
ザッケローニが監督になったのは、日本選手の欧州への窓を開く意味でも大きかったのではないか。長友のインテル移籍の際には、ザックがむこうのフロントに積極的に獲得を薦めたことが知られている。恐らくは他の日本選手の海外移籍の際にも、表に出ていないだけで何らかの口利きをしているのではないかと思う。それがやがては自分のチーム、日本代表に還元されることを、この名将は誰よりもよく知っているのだ。
そしてそれは選手たちのやる気を引き出しているに違いない。極東の島国でやっていても、認められればイタリアやドイツに行けるのだ…。この確信は何よりも選手のポテンシャルを引き上げるだろう。
今、ヨーロッパでは欧州一を決める選手権、EURO2012が行われている。明け方に海の向こうで行われている死闘に胸を熱くしながら、僕はつい“もし、ここに日本が出ていたらどのぐらい勝ち進んだろうか?”などと妄想してしまうのだ。それはなんて幸せなイマジネーションなのだろう…。こんな夜を迎えることができるなんて、10年前までは夢にも思わなかった。
今の日本代表を見ていると、野球の第一回WBCでの日本代表チームを思い出す。とにかく、チームとしてもこの集団はとても魅力的なのだ。アウェーでのオーストラリア戦を終え、帰国の途につく飛行機の中で、キャプテンの長谷部がサポーターに挨拶した時、本田はすかさず「マジメすぎるやろ!(笑)」と茶々を入れたそうだ。その様子を想像して思わず微笑んでしまうとともに、如何に今のチームに良い空気が流れているかを感じ、なんだかじんわりと涙ぐんでしまった。
僕たちは今、あの頃見た夢を目のあたりにしているのかもしれない。
夢なら覚めないで欲しい。僕はこの夢の続きが見たいのだ。香川がオールド・トラッフォードのピッチに立つところが見たい。本田がプレミアやリーガ・エスパニョーラで躍動する姿を見たい。そして、何よりもブラジルW杯でベスト16の壁を超えた日本代表を見たいのだ。
日本代表はまだ旅の途上だ。夢はまだ終わらない。
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