音楽家が音楽を諦める時
今月16日、あるブログに載ったエントリーがネット上で話題になった。
ご存知の方も多いと思うけど、このブログの管理者・佐久間正英さんはストリート・スライダーズやBOOWY、GLAYなどのアルバム製作を手がけた音楽プロデューサーだ。ミュージシャンとしても伝説のプログレ・バンド「四人囃子」やプラスチックスのメンバーとして活動し、特にギタリストとしての独特なピッキングには影響を受けたミュージシャンも多い。
そんなキャリアの長い日本を代表する音楽家が、CDが売れなくなり製作費を削らざるを得なくなった業界の現状を赤裸々に告白し、自分が本当に満足できる音楽を作れる環境ではなくなってしまった。いっそのこと音楽制作に携わることを止めてしまおうかとまで思っているということを書き込んだのだから、反響が大きかったのも当然と言えば当然か。
実は、僕は佐久間さんの告白したような業界の現状は、前々からいろいろなところでなんとなく耳にしていたので、それほどの驚きはなかった。それよりもびっくりしたのは、佐久間さんの発言に対するネットユーザーからの反応の方だ。それは佐久間氏に同調する内容よりも、批判的な意見の方が圧倒的に多かったのである。曰く「そんなことは製造業の現場では何年も前から当たり前」「こんなのはバブル期を体験した金持ちミュージシャンの戯言だ」。中には「そんな金をかけた音楽なんて今は必要とされていない」とか「音楽だって消費者が必要なものだけが生き残る時代だ」なんていう書き込みまで目にした。
中には、評論家と言われる人のこんなエントリーまである。
金がないから「いい音楽」作れない?~ビジネス感覚なき職業音楽家の末期症状
なんだか無性に悲しくなった。そもそも、音楽って製造業なんだろうか?こんな風に工業製品と同じ土壌で語られたり、売り上げが良いもの=優れた製品という考え方で納得していいものなんだろうか?
確かにこの20年ぐらいの間で、PCや録音機材は格段の進歩とコストダウンが進んだから、宅録でもある程度の音を製作することはできるようになった。それはパッと見にはコスパに優れた優秀な製品に思える。でも、それは限りなく本物に近いかもしれないが、良いスタジオで良いエンジニアを使い、腕の立つミュージシャンが良い機材を使って長い時間をかけて演奏したものを優秀なプロデューサーがアレンジした作品には絶対かなわない。僕はそう確信しているし、巷の音楽好きだってみんなそう思っていると信じていた。それだけに、“金をかけた音楽なんて必要ない”という発言はとてもショックだった。
これまで僕は、70年代・80年代のようにスタジオでたっぷりと時間をかけて作りこんだアルバムが減ってきたことを寂しいと言い続けてきた。そうなったのは、ネット配信などによりCDの売り上げが減少したことが原因だとばかり思っていたのだが、その考えは根本から間違っていたのかもしれないと今思う。だって、巷の多くの人は、ほどほどの音なら十分満足で、金をかけたゴージャスなアルバムなんか最初から聴きたいと思ってないっていうんだから…。
ネットユーザー=熱心な音楽好きとは限らないのかもしれないが、こういう人が増えていることは事実なんだろう。それはCDが売れないこと以上に深刻なことかもしれないと僕は思う。
楽曲至上主義という考え方がある。音が悪くたって、曲が良ければそれでいいじゃないかという考え方だ。それも一理ある。一理あるが、優秀なスタジオワークは曲の良さを何倍にも何百倍にも引き伸ばすことができるマジックなのだ。たとえば、山下達郎が自分の楽曲をギター一本で弾き語ったとする。曲が優れているから、それはそれできっと感動するだろう。でも、その楽曲に最適なアレンジを施し、最高のミュージシャンが最高の機材でプレイし、一流のプロデューサーがミックスダウンを行えば、その魅力は何百倍にも増す。一発勝負のライブにはない、スタジオ製作盤ならではの価値はそこにあると思うのだ。そもそも、音楽という文化は、録音機材の発達で何度も反復再生が可能になったから、ここまで進化したのではないか。
気になるのは、佐久間さんが“これは日本固有の状況に思える。”と言っていることだ。確かに、CDの売り上げが落ち込んでいるのは何も日本だけの現象ではないはず。なのに、海外に目を向ければ、この時代でも素晴らしいスタジオアルバムをリリースしているミュージシャンはたくさんいる。
もしかしたら、今の若者は潤沢に作られたスタジオ製作アルバムを聴いたことがないのかもしれない。音楽が聴きたくなったらYoutubeにアクセスし、お金をかけずにダウンロード。たとえ好きなバンドのアルバムが出なくたって、ライブに行くから大丈夫。夏フェスだったら話題のバンドを一気に見れちゃうし…。そんなライフスタイルが透けて見える。
うーん、こんなんでいいのだろうか?ポピュラー音楽が日本に根付いてどのぐらいになるのかしらないけど、どっかで進むべき道を間違えちゃったような気がして仕方がない。
それとも、僕みたいな人間はもはやアナクロなのだろうか…。なんだかよくわからなくなってきた。
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コメント
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物事の本質って何だろう…と
考えるほどわからなくなりますよね。
投稿: よし | 2012年6月22日 (金) 22:46
先日のさいたまスーパーアリーナで、浜田さんの1年3ヶ月にわたる“THE LAST WEEKEND”が、終わりました。
このツアー、何度か参加しましたが、回を追うごとに感じたのは“強烈”な感じ…でした。“確かな”と言ってもいいかもしれません。
彼の音楽人生のスタンスは、稀なものだと思いますが…全国各地で開かれた、ライヴ自体の雰囲気も、稀だと思います。
特に、今月3日(日)のライヴ…圧巻でした…HAGAさん、誘えばよかったと…激しく後悔してます…。圧巻というのが相応しいのかどうか分からないですが…本当にそれは…素晴らしい空気でした。
“一体感”というのとも、ちょっと違うような気がするのですが…
演奏されるそれぞれの楽曲に対して、ミュージシャンもオーディエンスも、それぞれの想いを表現し…しかもそれが、同じ想いではなくてもバラバラではなく…統合されている…感じ。ひとつの曲で、同じ想いを共有してるわけではなくても…まとまっているんです。浜田省吾とオーディエンスひとりひとりが、ちゃんと繋がっている…そんな感じ。
オーラスの曲では、会場中があったか〜い空気に包まれて…私…400レベルの最上段から観てたんですけど…会場に流れる音楽と、オーディエンスを観てたら…ほんと…「ここは天国だ…」って、思っちゃいました。
彼の事務所の名前…“ROAD&SKY”は、ジャクソン・ブラウンの曲名からもきてるのですが…ツアーをして直接音楽を届ける活動“ROAD”と…一枚アルバムを作って広く販売をしたり、ラジオなどの電波に乗って届ける活動が“SKY”…という意味も込められています。“ROAD”のほうに重きを置いてやってきた彼の…音楽生活35周年のお祝いのツアーの最終日に、あのような空気と空間を感じて…彼が今までやってきたことの答えを見たような気がしています。
会場中のオーディエンスの顔を一人ずつ、隈なく見渡して…最後、イヤモニを外し、観客の声をしみ込ますように聴いていた彼のしあわせな顔が忘れられません。
35年やってきた、ご褒美のような瞬間でした。
彼の中には、“諦める”というコトバはないと思います。
投稿: REICO | 2012年6月23日 (土) 17:12
コレ、俺も読みました。
複雑ですね。
俺もHAGAさんと同じく、嘆かわしい状況だとは思うんですが
時代がそっちに流れてるとするともうどうしようもないのかなと。
某アイドルグループの売り方なんか見てると最早、CDなんかグリコのオマケのようなカンジで・・・。
でもなぁ・・・。
投稿: LA MOSCA | 2012年6月23日 (土) 22:37
◆よしさん
物事の本質…。正にそうですね。文化と言いつつ、音楽を作るのも生産活動に他ならない。だけど工業製品と同一の考え方でいいのか…。その判断基準が音楽を必要とする人と単なる情報と考えている人との間で違っているっていうことなんだと思います。
投稿: Y.HAGA | 2012年6月24日 (日) 17:04
◆REICOさん
浜田省吾のライブが素晴らしかったのは文面から良くわかりました。彼はライブもスタジオ制作活動も自在にできる環境にあるという意味でとても幸せなミュージシャンだと思います。
でも、恐らく浜田さんみたいな人は日本の音楽シーンの中でも一握りなのではないでしょうか?今は、ミュージシャン同士が少ないパイを取り合うような感じになっているのでは?少なくとも80年代はこんなではなかったはず。どこからこうなったのか…。
投稿: Y.HAGA | 2012年6月24日 (日) 17:08
◆LA MOSCAさん
> 某アイドルグループの売り方なんか見てると最早、CDなんかグリコのオマケのようなカンジで・・・。
そうなんですよね。好き嫌いはともかく、モーニング娘。だって楽曲に関するこだわりはあったと思うんですよ。自分達の歌が時代の気分を歌ってて、それを発してる自覚があったと思う。でも、AKB48は全くないですよね、それ。総選挙後の挨拶だって、曲に関する発言は一切ありませんでした。でも、そんな彼女達が日本で一番CDを売り上げるんです。これってどういうことなんでしょうね?
投稿: Y.HAGA | 2012年6月24日 (日) 17:13
今、僕はFBに参加させてもらってます。
佐久間さんとも、承認をいただき、
友達として共有しています。
毎晩、切実な投稿で、僕の胸をドキッとさせます。
今は東京の家を売り払い、とある田舎でひっそり
暮らしているみたいです。
場所は、ここでは記せませんが…。
投稿: 樹木 | 2012年7月 9日 (月) 23:25
◆樹木さん
僕はFBやってないのでブログにアップされたいくつかの文章を読んでるだけですが、それでも音楽の現場の切実な状況が手に取るようにわかります。
佐久間さん、隠遁モードに移りつつあるのかなあ…。あれだけの経験のある、日本ポップス界の宝みたいな人なのになんと勿体ない事かと思います。そして、そんな状況に追いやってしまう日本の音楽界って何なんだろうと考え込んでしまいます。
投稿: Y.HAGA | 2012年7月11日 (水) 09:50