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2012年7月23日 (月)

【本】わたしを離さないで/カズオ・イシグロ(著)

 

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この時期にこの本と出合ったことに、僕はある種の運命を感じざるを得ない。
カズオ・イシグロ。その名前はいろんなところで目にしていたのだが、作品を読んだのは初めて。昨年、この小説が映画化されたのを知って興味を惹かれ、本は買ってあったのだが、直後に震災が起きてしまって読む機会を逸し、ずっと書棚に仕舞い込まれたままになっていたのである。先週、福島に帰る旅の合間にようやく表紙を開いたのだが、この小説で描かれている世界は、今僕の立つ現実世界のメタファーそのものであることに気付いてしまい、呆然としてしまった。

「わたしを離さないで 」では、クローン技術や臓器移植が重要なモチーフとして描かれている。そのため、出版当初はこれを一種のSFやミステリー小説であると感じる人がいたり、ネタバラシと言われることを恐れる書評家が、どこまでストーリーラインを書けばいいのか悩んだりもしたそうだ。確かにこのモチーフは衝撃的だし、主人公たちを待ち受ける運命が明らかになる際は背筋が凍る。
だが、僕はカズオ・イシグロが本当に描きたかったことは、近未来に起こるかもしれないクローン技術や、そこで生じる倫理観なんかではないと思うのだ。イシグロは、自分の想定したこの奇怪な世界をとおして、僕たちの住む現実世界を反転させ、自分の人生が変えようもない運命に捉えられていると悟った時、人はその閉ざされた世界の中でどう生きていくことができるかということを浮かび上がらせようとしたのではないかと思う。

最近、時々僕は考える。結局のところ、僕らの人生というものは、「死」の局面を迎えた時に、それまで生きてきた「生」と相殺できるか否かということに収束されていくのではないだろうかと…。これは、ここ数年相次いだ好きだった人物の死や、昨年の大震災を経て芽生えてきた考えでもあるが、「わたしを離さないで 」を読むことによって、この思いはまずますくっきりと輪郭を帯びてきた。

誰でもそうだと思うが、若い頃僕は「死」が怖かった。日々の暮らしの中ではなるべく「死」を意識しないでいたかったし、「死」をできる限り自分から遠ざけたいと思っていた。だけど、明日の自分にどんな未来があるかなんて誰にもわからない。もしかしたら、今日の午後、僕の喉に癌が見つかるかもしれないし、明日の午後には大津波で流されてしまうかもしれない。ここ数年の出来事から、僕は「死」というものが、あんがい普段の生活の近くに居座っているということを知ってしまった。それはもう、事実としてどうしようもないことなのだ。
でも、どんな状況であれ、人は「生」の輝きで「死」と対峙し、「死」の恐怖を克服できると僕は信じたい。考えてみれば、古今東西、太古の昔から人間はそうやって「死」と向かい合ってきたではないか。宗教に多く見られる死後の世界を信じる考え方もそうだし、芸術家が絵や文章で自分の道程を残してみたりするのも「死」との対峙のひとつだと思う。いや、何もそんな大袈裟な例を挙げなくたって、人はそれぞれの美しい記憶や思い出、それに人生における目標を達成しようと汗を流すことで、「生」と「死」を相殺しようとしてきたのではないだろうか。

「わたしを離さないで 」に出てくるヘールシャムの子供たちは、あらかじめ終わりが決められた奇怪で哀しい運命の中、精一杯それぞれの青春を生きている。その描写は、時に胸が痛くなるほど純粋で美しい。そして、僕が何よりも心を打たれたのは、この小説の中で、待ち受けるものが希望のない未来であったとしても、人は真実の愛を見つけることができ、その愛は「死」をも相殺できる大きな力を持っているということが確信できたことだ。
実をいうと、最初僕はこの小説に出てくる登場人物たちは、自分の運命や役割に対して、あまりにも無抵抗で消極的すぎると思った。だけど、読み進めていくうちに考えが変わっていったのだ。結局、人という生き物は自分たちに与えられた運命を引き受けて生きざるを得ないのだと思う。ただ、運命を引き受けることは、運命に屈するという意味ではない。数奇な運命を嘆く前に、今ある世界の中で「生」の証を探し続ける…。そんな生き方の美しさを、カズオ・イシグロは、この小説をとおして静かに語りかけているのだ。

それからもうひとつ。これは子供の目から大人の世界を俯瞰した小説だとも言えるのではないか。
ヘールシャムにいる子供たちは、誰も外界を十分に理解していない。そして外から流れ込む情報は大人たちから慎重にコントロールされている。つまり、彼らは何不自由なくすくすくと成長できる環境にありながら、本当の真実、彼らを待ち受ける悲しい未来はまったく知らされていないのだ。やがて、子供たちは成長するにつれて残酷な運命に気付き始め、周りに起こる小さな出来事を拾い集めて意味を考え、子供同士でいろいろ話し合うようになる。小説ではエキセントリックな設定になってはいるが、これは考えてみれば誰もが大人になるプロセスの中で、ある程度通過してきていることなのではないだろうか。
子供は子供であるが故に大人の世界が理解できない。そして、成長するにつれて何かを知り何かを諦めていく。それが大人になるということなのだ。予供は誰でも大人になり、歳を取ることを受け入れる。そして死は不可避であることを悟る。そして、時と引き換えに身体も精神も劣化していき、やがて静かな死を受け入れる。ヘールシャムの子供たちは、その過程で「提供」というおぞましいことを行わなければならないため、僕たちの辿る人生よりも幾分早く収束することになってしまうのだが、その道程は、実は僕らが子供から大人に向かう上で経験するプロセスとそんなに変わらないのではないか。本を読み終えた今、僕はそんなことも思う。

勘のいい人はもうお分かりいただけたと思うのだけど、僕はこの小説に出てくる登場人物たちの生き方を、震災以降の日本人の生き方、もっと言えば放射能の低線量被曝という世界で誰も経験のない事故を経験する運命にあった、わが故郷に生きる人たちと対比しないわけにはいかないのだ。
今、福島の人々は、リスクの存在を認識しつつ、運命に負けないで自分たちの暮らしを取り戻そうと必死に生きている。そして、そこに暮らす子供たちも…。
僕は思う。子供たちの目には、大人たちが話す低線量被曝のリスクや原子力発電の是非、そして何より彼らが生まれ育ち、今暮らしている福島の未来が、どのように映っているのだろうかと…。僕は、「わたしを離さないで 」を読むまで、3.11以降の世界を子供の世界から俯瞰するということにまったく気付かなかった。今まで僕はずっと大人の目線で3.11以後の世界を見てきてしまった。だが、未来を担うのはもはや僕らの世代ではないのだ。であるならば、未来を担う子供たちが「生」の証を探せるようにしてあげることこそが、僕らが今本当にやるべき自分の「死」との対峙なのではないか。そんなことを強く思ったのである。

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コメント

 はじめまして。以前、UMISAKURAプレライヴ後、江ノ島からの電車で文庫本を読んでいたHAGAさんに、突然声をかけさせていただいた山口洋のファンの一人です。
 震災前から、このブログをずっと読ませていただいていました。わたしは、この本を読み、ヘールシャムの大人の立場に共感しました。大人は、それでも、この世界は美しいことを、子どもたちに伝えていく責任がある、そう思います。芸術には、その力があると思っています。自分にできることから、動いていきたいと思います。

投稿: かつらぎ | 2012年7月28日 (土) 00時31分

◆かつらぎさん
>以前、UMISAKURAプレライヴ後、江ノ島からの電車で文庫本を読んでいたHAGAさんに、突然声をかけさせていただいた山口洋のファンの一人です。

おお、憶えてます、憶えてます!あれは本当に素晴らしい夏の一日でしたねえ…。確か、かつらぎさんはだいぶ遠くからいらしてたんじゃなかったでしたっけ?ずっとブログを読んでいただいてたとのこと、とても嬉しいです。ありがとうございます。

>わたしは、この本を読み、ヘールシャムの大人の立場に共感しました。

そうですね。僕はどうしてもキャシー、ルース、トミーの3人の関係に目を向けてしまっていましたが、大人たちの彼らに対する葛藤も見逃せないところですよね。
現実場面でも最近思うんです。3.11後、東電の都合の悪いことを隠すような物言いとか、無理やり事故を終わったことにしようとしている首相の発言とかがありましたが、ああいうのを子供たちはどのように感じているのか…。
原発事故後の対応に関しても、真実を伝えることはもちろん大切だと思いますが、子供って大人とはまた違う感受性を持って情報を受け止めることも考えながら、情報発信をしなければならないと感じました。

投稿: Y.HAGA | 2012年7月30日 (月) 10時40分

はい、UMISAKURAは、遠征していました。また、お出会いできるのを楽しみにしています!

投稿: かつらぎ | 2012年7月30日 (月) 21時36分

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