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2012年8月15日 (水)

【本】東京プリズン / 赤坂真理(著)

Tokyopri_2すでに池澤夏樹や高橋源一郎が書評で言っているように、これは近年稀に見る大作だ。少なくとも、これが今後赤坂真理の代表作として長く語られていくであろうことは間違いないだろう。本の帯には「すべての同胞のために、私は書いた―」とあるが、この言葉にはいささかの曇りもない。誰もがためらってしまうテーマを正面から取り上げた作者の覚悟がみてとれる。そのテーマとは…。「天皇の戦争責任」だ―。

このこれまで誰もがタブーにしてきた壮大なテーマを扱うため、赤坂は一人の少女を主人公に設定した。1980年、15歳のマリ。彼女はこの歳でアメリカの北の端メイン州の高校に留学することになる。彼女をアメリカに送ったのは「母」。だが、そもそも彼女は、なぜ母が自分をアメリカに送ったのかもわからず、異文化の中で孤独と困惑に耐える日々を送ることになった。異国の北の果てで、彼女は自身が日本人として存在している意味を考えざるを得ない様々な出来事に出会うのだが、後日、作者のインタビューを読んで、この出来事の大部分は作者が実際に体験したことだと知り、驚いた。この作家の小説はどれも多分に私小説的なのだが、今回はその集大成、自伝的な匂いさえ感じてしまう。
その実体験に、赤坂真理は小説家ならではの回路を接続した。1980年ごろのマリ、2009年から11年、今現在のマリ、それぞれの視点を設定して、主人公がその間を行き来できるようにしたのだ。また、時にはそれが「母」の視点となり、主人公と入れ替わりもする。様々な時代の「私」が時空を超えて交信しあうのは、ある種SF的な手法であり、この小説の世界に入り込めるか否かはこのちょっと強引な手法が受け入れられるか否かにかかっているかもしれない。
因みに僕はすぐに受け入れた。というか、こういったダイナミックな手法を駆使できるのは、小説という表現形態ならではだ。ドキュメンタリーでもノンフィクションでも実現できなかったタブーへの踏み込みがこれで可能になったのだ。小説が本来あるべきパワーを感じ、興奮しながらページをめくることとなった。

クライマックスは後半だ。指導教官のスペンサー先生がマリに課題を与える。「昭和天皇には第二次世界大戦の戦争責任がある。」というテーマでクラスメイトとディベートをせよ…。もちろん、ディベートだから戦争責任があるかないかを断定はしない。あくまでもルール上での討議。だが、これは言ってみればアメリカの土俵に上がって、あっち側のルールで行う模擬裁判に他ならない。
読んでいて、僕はなんとなく後ろめたくなった。このテーマは、実は誰もがうすうす気がついているのに考えないようにしていることに他ならない。そして、考えなかったのは僕だけではないのだ。僕も、僕の親も、学校の先生も、戦後日本はずっとこれを考えることを避けてきた。その、戦後を正しく通ってこなかったツケが今になって一気に吹き出ているのではないか。憲法、バブル経済、そして3.11…。ディベートは昭和天皇の戦争責任というテーマではあるが、それぐらい広範なことまで示唆してしまっていた。

これまで、僕は赤坂真理の小説はとても“痛く”、“寂しい”と感じてきた。彼女は、時代の痛みや喪失感など、物語になり難いものを、自分の身体を通すことによって言語化してきた作家だと思う。だから彼女の作品は全てにおいて私小説っぽく、肉感的な手触りを持っている。そのすべてのルーツが「東京プリズン」にあるのではないかと思った。あまりに大きく、あまりに痛いテーマであるが、そこにあえて踏み込んだ彼女の勇気を僕は買うし、紛れも無い純文学の小説家としての覚悟と心意気を見た。
うーん、終戦の日に(僕は「終戦」ではなく「敗戦」だと思うが)ふさわしい本を読んだなあ…。だけど、あまりに大きく消化しきれないや(苦笑)。これは時間を置いてもう一度読んでみたい。

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