« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »

2012年9月

2012年9月29日 (土)

村上春樹と山下達郎の共通性

今年の夏はたくさん本を読んだ。
何冊かはこのブログでも紹介させてもらったけど、これ以外にもたぶん15冊ぐらいは読んでいるはず。読書モードというか、この夏はたぶんそういう周期だったんだろう。

僕は、本を読むのも音楽を聴くのも大好きだけど、どっちかのモードに極端に振り切れるクセがある。だから、今年の夏みたいにいったん読書モードに入ると、音楽を聞く時間が極端に減ってしまうことになるのだ。
本を読むときに音楽を流せばいいじゃないかって言う人がいるかもしれないが、僕はそれ、ダメなんです。本を読むならなるべく静かな環境がいい(なぜか雑踏は気にならないんだけどね…)。逆に、音楽を聴く時は音楽だけに集中したい。知り合いには、雑誌を読みながら音楽を聴いたり、いつも音を消したテレビを眺めながら音楽を聴いているっていう人がいるんだけど、どうしてそんな器用なことができるのか不思議だ。
そういえば、小説なんかを読んでいて、頭の中に音楽が脳内再生されるようなこともあんまりないなあ…。僕の中では、読書と音楽ってのは完全に分断された行為になっているのかもしれない。

ただ、本を読んでいて文体に音楽的な何かを感じたり、音楽を聴いていてふと小説との同意性を感じたりすることはけっこうある。
最近感じるのは、村上春樹の小説と山下達郎の音楽との共通性だ。この二人は音楽と小説という形態の違いはあれど、表現者として多くの共通項があるように思う。
まずは作品としての完成度。最後の一ページにいたるまで精密に練り上げられた村上春樹の小説と、幾重にも音を重ねて構成されている山下達郎の音作りは、どちらも職人の域に達していると思う。しかも、両者ともに、出来上がったものが生みの苦しみが感じられるようなものではなくて、誰にでも楽しめる普遍的な表現になっているというところが素晴らしい。
また、両者の作品からは、歌詞やストーリーのような表に出た表現の奥に、さらに深く強いメッセージが籠められている点も共通している。この傾向は、特に最近の作品に関してより強く感じられるようになった。これは、村上春樹と山下達郎という二人の表現者が、今の社会に対して感じていること、思っていることがとても似ているからなのではないだろうか。

この二人は、今の時代にあってどう社会とコミットしていけばいいのかという、表現者としての態度もよく似ている。
両者とも、昔はマスコミに積極的に登場する人ではなかったのだが、最近は新聞記事への寄稿やインタビューなどを通して、自分の考えをストレートに語る機会が増えてきている。“わかってくれる人だけわかってくれればいい”から“出来るだけ多くの人にわかってもらいたい”というスタンスに変わってきているのだ。その柔らかな変遷に、僕はある種の“誠実さ”を感じている。

村上春樹は音楽好きな作家として有名だ。日本人アーティストだとスガシカオが好きだと語っていたことがあるが、山下達郎について発言したのを見た記憶はないなあ…。反対に山下達郎が好きな作家について語ったのもあんまり聞いたことがない。ただ、この二人は世代も近いし(達郎が4つ下)、絶対話が合うと思うんだ。
これは僕の個人的な夢なんだけど、いつかこの二人、対談なんかやってもらえないものだろうか?絶対に読書家にも音楽好きにも興味深いものになると思うし、お互いが触発されてまた素晴らしい作品ができたりするに違いないと思うのだ。

うん、オレが雑誌のエディターだったら、絶対やってみたい企画なんだけどなあ…。
あ、でも進行役がよっぽどうまくやらないと、最初から最後まで“ビーチ・ボーイズ話”だけで終わっちゃう可能性もありますね(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2012年9月24日 (月)

【本】 その日東京駅五時二十五分発/西川美和(著)

332581この本の著者、西川美和さんは、今公開中の映画「夢売るふたり」や「ゆれる」「ディア・ドクター」を手掛けた映画監督だ。何度もブログで紹介しているように、僕はこの人の作品が大好き。人と人との間の複雑な心理描写を描かせたら、今の日本でこの人の右に出る映画監督はいないと思う。
そんな西川監督、実は小説も何本か書いていて、中には直木賞候補となった作品まである。西川さんは映画の脚本もすべて自分で書いているが、これだけ文才のある人だったらそれも頷ける。言い方を変えれば、こうやってトータルで作品に関われる才能があるからこそ、あれだけメリハリの利いた心理描写を映画に投影できるのだと思う。

さて、「その日東京駅五時二十五分発」だが、これは7月に出版されたばかりで、今のところ“小説家”西川美和の最新作。この小説には元になる実話がある。西川さんの伯父さんは、1945年春に召集されてから終戦を迎えるまでの3ヶ月間、陸軍の特種情報部の傘下で通信兵としての訓練を受けていたのだ。伯父さんはその体験を手記にして親戚の人に配ったという。2012年に家族からそれを渡された西川さんは、何とか小説の形に整えて多くの人に読んでもらいたいと考えたそうだ。

あらすじはこんな感じ。
広島に暮らしていた飛行機好きの「ぼく」は、19歳で軍に召集され大阪の陸軍通信隊に配属される。そして数日後には通信隊本部へ転属となり、東京に出て通信兵としての訓練を受ける日々を送ることになった。
ある日、無線の送受信の練習中、「ぼく」たちはアメリカの放送を受信して不思議な会話を聞いてしまう。それはポツダム宣言の内容だった。日本語訳がラジオで流れる前日のことであり、ほとんどの日本国民はこれを知らない。
やがて、上司から隊の撤収が告げられる。戦争は終わったのだ。「ぼく」たちは機密書類や通信機材の一切合財を焼却し、2カ月前に降りたばかりの東京駅へと向かう。もう隊が存在しないのだから故郷の家に帰るしかないのだ。乗り込むのは、8月15日5時25分発の東海道線。行き先は9日前に「新型爆弾」で丸ごと吹っ飛ばされたとラジオで流れた広島だ…。

いわゆる戦争体験記にあたる小説だし、舞台として広島が出てくるから、悲惨な体験が延々綴られると思いきや全くそんなことはなく、拍子抜けするぐらいに淡々とした話が続く。「ぼく」は一発の銃弾も放たず、辛い軍隊生活もそれほど長くは経験せずに済んだ。東京の部隊に召集されていたため、原爆の直接の被害を受けることもなかったし、下っ端兵なのに任務の特殊性ゆえ誰よりも早く日本の敗戦を知ってしまう。そして、世間の風とは逆に誰よりも早く帰路に着いてしまった。
つまり、伯父さんは「全てに乗りそびれてしまった少年」だったのだ。

実は、僕がこの小説で深く心を動かされたのは、この小説本体ではなく西川さんの書いた「あとがき」である。
広島育ちで子供の頃から凄惨な話ばかり聞かされて育ってきた西川さんは、叔父の“ゆるい”体験談に逆に驚くとともに、戦時中にもこんな淡々とした時間が流れていた場所があったのだと幾分ほっとするような気持ちを抱いたという。なんだかその気持ちが僕にもわかるような気がするのだ。

もう一つ、「あとがき」を読むと、この小説には3.11から大きな影響を受けていることがわかる。西川さんは、2011年の春から広島の実家でこの小説を執筆していて、3月11日を迎えたのだ。
被災地から遠く離れた広島でテレビやインターネットから飛び込んでくる惨状を見るにつけ、信じられないような思いと胸を締め付けられるような不安にかられたという。しかし、いったんスイッチを切ってしまえば静かな日常が戻ってきて、自分は被災地から遠く離れた地で小説を書くという、意味があるのかないのかわからないような作業を行っている。
そのパラドックスの中で西川さんは気が付いたそうだ。国が滅ぶほどの悲劇というものは先人の戦争体験が最後で、よもや自分たちの代でそんなことが起こるはずがないと、自分は心のどこかで舐めていたと…。これまで自分は、なぜ先人は戦争なんて愚かな道に突き進んでいったのかと思っていたのだが、実は何も疑問を持たずに生きていた自分たちこそが大きな過ちを犯していたのではないかと…。

これは、2011年以降、多くの人が抱いた気持ちではないだろうか?
西川さんは、あの震災がなければ、恐らくこの小説は全く違ったものになっていただろうと語っている。それは読者も同じで、僕もあの震災がなければ、この小説を読んで今とは全く違った感想を持ったと思うのだ。この小説は「ぼく」が広島に帰ったところで終わってしまうが、本当は「ぼく」にとっての戦争は、この時から始まったような気がする。それは、なんだか昨年の春、原発事故後に故郷に帰った僕とそっくりに思えた。広島の惨状や悲惨な戦場から一歩引いたところにいたがゆえに、今ひとつ戦争のリアリティを感じずに広島に帰った「ぼく」と、2012年の日本を生きる僕。なんだろう、このパラドックスは…。

この小説には、「あとがき」以外、震災に関する記述は出てこないが、これは紛れもなく3.11後に生まれた優れた表現の一つだと僕は思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月21日 (金)

【本】戦後史の正体 / 孫崎 享 (著)

S今、巷で話題の本です。アマゾンのレビュー数も多いし、この手の本としては異例ともいえる売り上げを記録しているそうな。

こういう本を読むときにまず僕が気にするのは、著者がどんな経歴の人で、書かれている内容にどれぐらい信憑性があるのかということだ。だいたいの場合、バックボーンに思想的な偏りがある人は、やや筆が走りすぎる傾向があり、結果として著者自身の憶測が入り込みやすいように思う。その点では、この本の著者・孫崎享氏は元外務省国際情報局の局長で、在イラク・在イラン大使も務めたことがあるという人物。つまり、外交上の機密文書を直接読める立場にあった人が書いたものということになり、信憑性はかなり高いと僕は思った。

本の内容は、終戦後すぐの時代から日本の歴代内閣を振り返り、その間の国際関係上の主な出来事を、日本とアメリカとの関係を軸に見直していくというものだ。吉田茂の頃から、最近の民主党が政権党に就いた内閣までつぶさにその足跡を辿ってあるから、なかなか読み応えのあるぶ厚い本なんだけど、高校生にも分かるように書いたという文章はとても読み易く、寝る間も惜しんで夢中で読み込んでしまった。

今の高校生はどうかわからないが、僕らの時代の日本史の授業は、戦後史にはほとんど触れずに終わってしまった。だから、」戦後政治の流れについて、僕はこの歳になってもよくわかっていない部分が多いにことを自覚している。それが、日本の戦後史を読み説くキーワードとして、著者のいう「対米従属」か「自主独立」かという視点を取り入れると、頭の中でバラバラになっていた政党の変遷や外交・軍事、それに産業振興に関する諸々の出来事の意味合いが、とてもクリアに理解できていくのを感じた。

本を読むと印象ががらっと変わる首相も多い。僕的には、岸信介や田中角栄、それに鳩山由紀夫なんかの見方がかなり変わってしまった。一番驚いたのは、渋谷陽一にそっくりな(笑)、岸信介。この人は安保改定闘争時の首相だった印象があるせいか、ずっとアメリカ従属の人だったと信じ込んでいたんだけど、実は戦後敗戦国として結ばされた条約の対米従属的な色合いを払拭しようと、かなり力を重ねていたらしい。
まあ、歴史ってのは、最低でも100年経たないとほんとのことは見えてこないって言いますからね。日本の場合は、戦争に負け、アメリカの統治下から戦後が始まったわけで、真実を知ることイコール自虐的近代史になる怖さもあり、余計に真実を見ようとしてこなかった部分もあったんじゃないだろうか。なんとなく、こういうことを真剣に調べていくのはタブーになっちゃってるような空気があったのを感じる。

だが、そういったムードが、このところちょっと変わってきたように僕は感じるのだ。他ならぬ自分自身がそうですから…。
個人的な契機は、やはり3.11だった。故郷を襲った原発事故から受けたショックは大きく、同時に自分がこの方面に関して、いかに無知であったかに気が付いて愕然とした。そして、遅ればせながらも電力業界や原子力発電に関するさまざまな本をむさぼるように読み漁ったのだ。その結果、ぼんやり思ったのは、そもそもこんな狭い国土に常軌を逸した数の原発が出来てしまったのは、結局、戦後の政治や産業復興のやり方に問題があったんじゃないかということだったのだ。
きっと、僕以外にもそんな人が多いんだと思う。それがこの本の驚異的な販売数に結びついたのではないだろうか。

正直言って、こういう本をブログで紹介するのはどうなのかっていう気持ちもないではない。だが、同時に3.11以降の世界で生きる時、もはやこういうことから目を逸らすことはできないように思うのだ。僕は音楽を聴いて生きている。音楽がなければ生きていけない。これからも、そんな自分であり続けたい。そんな暮らしを続けていくためには、こんな時代なんだから、生臭い政治や社会のあり方にも関心を持たざるを得ないのではないか。僕の思いは、結局はそういうところに収束されていってしまうのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月20日 (木)

レッド・ツェッペリン再結成ライブ、公式リリース

ええ~~~!うっそ~~~ん!!(苦笑)
嬉しいけど、なんだか複雑な気分なのだ、ワタシは。

重要なのは、これがジミー・ペイジ名義でもペイジ&プラント名義でもなく、あくまでも“レッド・ツェッペリン”の名を冠してリリースされること。つまり、これはレッド・ツェッペリンのマスターピースのひとつとして、今後ずっと残ることになるのだ。それは、聴き手側も当然それ相応のクオリティを期待してしまうってことでもある。

それから、この音源&映像は、オリジナルメンバーではない人間が加わった初めてのツェッペリン作品ということからも重要。まあ、ジェイソン・ボーナムはジョン・ボーナムの実の息子だから、人道的には許容範囲かもしれないけど(笑)、ロックはメロドラマじゃないんだから(苦笑)、音にはシビアに向かわざるをえない。ジェイソンがオヤジにどこまで肉薄しているのか、果たしてボンゾ抜きでツェッペリンを名乗っても遜色ないぐらいのプレイを聞かせているのか。僕的にはそこがこのライブの最大のポイントだと思っている。

実は、このリユニオン・ライブは評論家筋からはけっこういい評価を得ているのだ。でも、実際に見た人は非常に少ないからねえ…。僕もこの日のライブをブートレッグで聴いているのだが、当然そんなものではこの日の詳細はわからず、ずっと判断を保留してあった。それが遂に判断を下さなければならなくなってしまいました。うーむ、嬉しいような、怖いような…(苦笑)。

ただ、僕はジミー・ペイジのツェッペリンに対する審美眼を信じてもいる。ライブエイドをはじめ、これまでにも何度かあったリユニオンの音源が結局公式で出てこなかったのも、それが彼の思うレベルまで達していなかったからだと僕は解釈しているのだ。
それが、今回は音も映像もパッケージされて劇場公開まであるっていうんだから、イコールそれ相応になっていると僕は信じたい。

なんだかんだ言っても期待してますよ、やっぱ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年9月17日 (月)

DAVID BOWIE 「LOW」

Bowielow

鋤田正義さんの一連の写真展を観ていて、久々にこれを聴きたくなった。デヴィッド・ボウイのベルリン3部作の一つ、「LOW」だ。
これは僕が一番好きなボウイのアルバム。初めて聴いたのは、たぶん18の時だったと思う。ブライアン・イーノと組んで作られたサウンドは、シンセサイザーを多用したボーカルの比重が極端に少ないもの。B面なんか全部インストルメンタルで、荒涼としたシンセ・サウンドが延々続く。ヒットしたシングル曲があるわけでもなし、一聴するとかなり地味な印象を受けるかもしれないが、僕は一発でこのアルバムの世界に魅せられたんだよなあ…。

デヴィッド・ボウイは時代時代で様々なキャラを身に纏い、時代時代で自分を目まぐるしく変えていった。だけど、「LOW」に関しては何者にも化けていない裸のボウイの姿が窺える。この頃のボウイは、アメリカ進出に浮かれた代償としてドラックで心身のバランスを崩してしまい、自己崩壊の一歩手前まで行っていたとされる。すべてをやり直そうとしたボウイは、東西冷戦の象徴だったベルリンに滞在し、あえて厳しい環境に自分を置くことで人生を見つめ直したのである。実際、A面に集中している歌詞の入った曲やタイトルを見ると、“オレはいつも同じ車で事故を起こしてしまう”だの“人生の短さ”だの“新しい町で新しいキャリアを…”だの、どれもこれも自分の今の状況を憐れんでいるようなものばかりだ。

最初に書いたが、僕はこのアルバムに一発で惹きこまれてしまった。
個人的なことを言うと、僕がこのアルバムを初めて聴いたのは、大学受験に失敗して鬱々とした浪人生活を送っていた頃だった。だから、新しい環境を手に入れたいともがく心境と、アルバム全体に漂う暗いタッチが、自分の当時の環境とダブり、比較的感情移入しやすかったのかもしれない。
周りのロックファンに聞いてみても、このアルバムに関しては、“聴きこんでからいいと思うようになった”みたいな意見はあまり聴かないなあ…。最初に聞いて“?”と思ったか、一発で好きになったかのどっちかで、そのイメージをずーっと持ち続けてる人が多い。たぶんそれは、このアルバムに収められた曲が、万人向けの解り易い次元まで作りこまないまま、原石に近い状態で収録されているからだと思う。
一般的にはこの次の作品「HEROES」が、ベルリン3部作の最高傑作とされているが、僕的にはあれはもう“立ち直ってしまった後”のものなのだ。確かに完成度は「HEROES」の方が高いし、タイトル曲はロック史に残る名曲だとは思う。だけど、ボウイの個人的な葛藤が赤裸々に出てるのは明らかに「LOW」の方。「RODGER」になっちゃうと、もはや余裕すら感じられるようになっちゃうし…。

「LOW」は、ある意味聴き手を突き放したような冷たさをも感じるのだけれど、こちらから当時のボウイの感覚にシンクロするつもりで聴いていくと、何物にも変え難い耽美的な世界が広がっていくのを実感できる。キャリアの長いデヴィッド・ボウイだけど、このアルバムほど“ヒリヒリ”感が感じられるものは他にない。

僕はこのアルバムのジャケットも大好きだ。
オレンジのバックに、ダッフルコートの襟を立てて髪をオレンジに染めたボウイの横顔がぼわ~っと浮き上がっている。カラーコーディネートの常識を無視しているかのような、奇妙な色彩感覚なのだが、アルバムのサウンドはこのビジュアルイメージそのものとしか言いようがない。常軌を逸したドラムの音量バランスも、調子っぱずれなギターのリフも、シンセ音の浮遊感も、この滲んだオレンジのジャケットにじわ~っと染み込んでいくような感じ。よくもこんなデザインを思い付いたものだと思う。
実は、この衣装は、同時期に撮影されたボウイの主演映画「地球に落ちてきた男」のビジュアルをそのまま使っている。この映画の冒頭で、地球に落ちた異星人役のボウイは、濃い緑のダッフルコートのフードを被ってふらふらと荒野を彷徨うのだが、ありふれたダッフルもボウイが着るとほんとに異星人が着ているみたいになってしまうのだ。

ファッションにちょっと詳しい人ならすぐにわかると思うけど、実は襟の付いてるダッフルコートってのはあんまりないんだよね。僕は、このジャケットに触発されて襟付きダッフルを探し回ったことがあるんだよなあ…(苦笑)。結果買ったのはブルックス・ブラザースの黒のダッフルだった。
もう10年以上も前の物だけど、冬になると今でも時々このダッフルに袖を通す。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月13日 (木)

【PV】 桜の木になろう / AKB48

まあ、偏見持たずに見てみてよ。
なかなかイイと思いませんか、これ。

このPV、実は監督が「歩いても 歩いても」や「奇跡」の是枝裕和さん、カメラを回してるのが鋤田正義さんという豪華な布陣で撮られている。最近まで僕もこの映像の存在を知らなくて、鋤田さんの写真展に行って初めて見たんだけどね…。

僕の中では、AKB48なんてもうモーニング娘以下の存在で、歌手でもなんでもないとまで思ってたんだけど、これはちょっとヤラれたなあ…。
これを見て、やっぱりAKBから一番初めに一人立ちした前田敦子ってのは突出してると思った。鋤田さんも、彼女たちと会って、前田敦子はあまり笑い顔を見せず陰影があるから芝居向きだと思ったそうだ。だったら、PVの中には彼女の一番綺麗な笑顔を撮って入れてあげようと閃いたらしい。それが、桜が散る中で亡くなった友だちと前田が微笑み合っているシーンだ。これはほんとに素晴らしい。青春真っ只中の女子高生の屈託の無さと、少女が大人になる直前の哀しさなんかも微妙に表現されているようで…。前田敦子と鋤田さんが共鳴し合ったからこその名シーンだと思う。

たぶん、リアルに卒業間近なニキビ面の高校生たちなんかが見ると、このPVは僕らおっさん世代以上にぐっとくるものがあると思うんだ。これからの人生で彼らが壁にぶつかった時、この映像を思い出して踏み堪えるようなこともきっとあるに違いない。それは素晴らしいことなんじゃないかなあ…。

AKB48という巨大なシステムの中で、いったいどれだけの大人たちが蠢いているものなのか、僕には想像も付かない。たぶん、その中には金のことしか頭にないクソみたいな連中も大勢いるんだろう。
だけど、売らんかなの歌ばかりが溢れているように見えるこの時代においても、さまざまな制約と抗いながら人々の心を震わせるような表現を作ろうと頑張っている人たちが確かにいることを、このPVは教えてくれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月12日 (水)

【映画】 夢売るふたり/西川美和監督作品

Yumeuru

この映画は、「ゆれる」「ディア・ドクター」に続く、西川美和監督の長編3作目にあたる。
この女性監督は、人間関係に歪が生じたときの気持ちの揺らぎを表現するのがすごくうまいと思う。観終わった後に爽快感を感じるようなものでは決してないが、いつまでも消えない不思議な余韻があり、観終わってからもしばらくは“いったいあのシーンはどんな意味があったんだろう?”とずっと考えさせられてしまうのだ。前2作で、すっかりこの監督の才能を思い知らされた僕は、3作目のキャストに松たか子と阿部サダヲが選ばれたと聞き、映画の完成をずっと楽しみにしていた。

今回も、脚本は西川監督の完全オリジナル。彼女は3年前にこの構想を思いつき、雑念を取っ払うため広島の実家に引き籠ってホンを書いたそうだ。
松たか子と阿部サダヲが演じる夫婦は、小さいながらも評判のいい小料理屋を経営して幸せな毎日を送っていた。ところが、ある日ふとした火の不始末で店が全焼してしまう。二人はもう一度店を持とうと一から出直すことを決意し、松は近所のラーメン屋で働き始めるのだが、根っからの料理人気質の阿部は、勤める店の先々で問題を起こしてしまい、鬱々とした日々を送ることになる。
そんなある夜、阿部は駅でかつて店の常連だった鈴木砂羽が泥酔しているのと遭遇する。実は鈴木は浮気相手が事故で亡くなり、その弟から手切れ金を渡されたばかりで自暴自棄になっていたのだった。二人はそのまま一夜だけの関係を持ってしまう。翌朝、鈴木は阿部に店の再建の夢を託し、受け取ったばかりの手切れ金を持っていてくれと言い出す。最初は拒絶していた阿部だったが、結局は“必ず返す”と約束して金を受け取ってしまう。
この夜のことはすぐ松にバレてしまうのだが、この時松は阿部の意外な才能に気付くのだ。つまり、これまでは優しいだけが取り柄の冴えない男だと思っていた自分のダンナに、実は詐欺の才能が隠れているのではないかと。適切な相手に最高のタイミングですり寄れば、この人はごくごく普通に振る舞うだけで女心を開かせてしまえる…。かくして、松が糸を引き、阿部が詐欺師を演じる夫婦二人がかりの結婚詐欺が始まってゆくのだ。

この計画、はじめは怖いぐらいにうまくいくのだが、成功する毎に二人の間には微妙なさざ波が立ってゆく。阿部はもともと“できた女房”にコンプレックスを持っていたし、もともと気持ちの優しい男だから、本当は女たちを騙すのに後ろめたさを持っていたんじゃんまいかな…。そして、無理してやってるうちに段々と心の奥に澱が貯まってしまうのだ。松は松で阿部が詐欺にのめり込んでいくにつれ、いつか本気で騙す相手を愛してしまい、いつか自分のもとを去ってしまうのではないかという恐れを抱き始める。

この揺れる二人の心理描写こそ西川監督の真骨頂。っていうか、思うにこの人が映画で描いているテーマは、カタチは違えど3作すべて同じだと思うんだよね。それは、今目の前にある幸せな人間関係も、何か事が起きるとどうなっていくのかわからないってことだ。
「ゆれる」では、一人の女を死なせてしまったことをきっかけに、兄と弟がそれまで隠していた本心を曝け出す。「ディア・ドクター」では、医者として村で尊敬を得ていた男が、ニセ者だとわかったときの人々の反応が淡々と描かれる。今回は、それを詐欺を重ねる夫婦の間と彼らを取り巻く女たちとの間で描いてみせたわけだ。

そして、これも西川さんの得意ワザなんだけど、前2作同様、ラストにいろんな解釈ができるシーンを挟み込んでいるのだ。あんまり詳しく書くとネタバレになっちゃうんで、これ以上の記述は控えるけど、ネットで感想を調べてみたら、案の定、観た人それぞれがいろんな考えを述べていてとても面白かった。

因みに、オレはこのラストシーン、ハッピーエンドだと思ってるんです。ここからはオレ流の解釈なんだけど、実は初めのうちは、二人とも本格的に詐欺を続ける気はなかったんじゃないかと思うんだよね。だって、金を騙し取るたびに、いちいち借用書書かせてんだもん、この二人(苦笑)。つまり、だまし取った金は、一時“借りる”みたいな感覚で、いずれ店が持てたらお金を徐々に返していこうと思っていたんじゃないかと僕は思うんだよなあ…。松にしてみたら、鈴木砂羽と浮気した阿部に対するお仕置きとして、一種の冗談みたいな気持ちで始めたところがあったのかも。
ところが、阿部が詐欺の対象となるべき相手に本気で同情してしまったりするのを見て、いろんなことに気が付いちゃったんだな。まず、自分がいないと何もできないと思っていた夫が、こりゃあ私無しでも十分やっていけちゃうのでは?ということに気付いてしまう(当の阿部は全然そんなこと自覚してないのに…(苦笑))。
詐欺のカモである女性からもいろんなことに気付かされる。まずは、重量挙げでのオリンピック出場を夢見ている女。最初は醜い容姿を上から目線で見てたのに、阿部がその生き方に本気で共感しているのを見て、自分にはこれまで自らの意志で人生を選んだことがないことを思い知らされてしまうのだ。決定的なダメージとなったのは、阿部がカモであるシングルマザーと彼女の一人息子と仲良しになってしまい、まるで家族の一員であるかのように溶け込んでしまったこと。あんなに幸せそうなのに、自分には子供ができない。そもそも阿部と松はセックスレスなのだ…。
詐欺がうまくいく毎に気持ちが離れていくのだけれど、もう一度店を持つという夢が二人の最大の共通項だから、もう引くに引けなくなってしまった。後半はそんなところもあったんじゃないかと僕は思うんだけど。

この詐欺生活は、やがて意外な結末を迎えて終わるんだけど、これで二人はほっとした部分もあったんじゃないかなあ?
阿部は結果的に仲良くなった子供を助けるようなカタチになったし、松は松で自分の生き方を見つけることができた。ラストはそんな暮らしを続けていた松のもとに、やっと阿部が帰ってきた場面だと僕は解釈した。むしろ、ここからが二人にとっての本当のスタートだったんじゃないかって思ったんだけどね。

でも、これはたぶん男と女で見方は大きく違うはずだ。もしかしたら、結婚経験があるかないかでもだいぶ違うかも。
オレ、最初は、これはうちの奥さんと一緒に観て感想を聞きたかったな~って思ったんだ。だけど、すぐに“ああ、独りで観て良かった”と胸を撫で下ろしましたよ。だって、どう考えたって男に分が悪い映画です、コレは(苦笑)。
まあ、どっちもどっちなんだけど、僕はやっぱ松みたいな連れ合いがいたら大変だと思う。そもそも、彼女がそそのかさなかったら、阿部は詐欺なんかしなかっただろう。でも、そんなことうちの奥さんに言ったら、そもそも阿部サダヲが最初から雇われでもなんでもいいから地道に働いていて、鈴木砂羽と浮気なんかしなければ済んだ話じゃない!って言い返されるに違いない。絶対喧嘩になるぞ、これ(苦笑)。

いやあ~今回もいろいろ考えさせてくれました。最初“どうよ?”と思った松たか子と阿部サダヲのコンビも抜群だったし、心理ドラマが好きな人なら絶対面白く観られる映画だと思います。
でもねえ、これはデートには向かないし、まして夫婦で観るなんてとんでもないです。観るなら一人でこそこそ映画館に行ってください(笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年9月 8日 (土)

鋤田正義さんの展覧会を巡って

Cimg0494_2

今、東京では写真家・鋤田正義の展覧会が複数開かれている。東京都写真美術館での「鋤田正義展 MASAYOSHI SUKITA RETROSPECTIVE SOUND & VISION」、パルコミュージアムでの「鋤田正義写真展『きれい』」、そしてPaul Smith SPACE GALLERYでの「BOWIE×SUKITA Speed of Life」の3つだ。
鋤田正義という写真家は、もともとファッション畑からキャリアをスタートさせた人なのだが、60年代後半からは国内外のミュージシャンをたくさん撮影するようになり、ニューヨークやロンドンの音楽シーンもリアルタイムで撮ってきた人物だ。70年代には、デビッド・ボウイのアルバム「Heroes」のジャケット写真を手掛けたことで、世界中に名前が知られるようになった。80年代以降は日本のミュージシャンのアルバムジャケットやプロモーション写真にもたくさん関わっているので、ちょうどその時期ロック思春期を迎えていた僕は、鋤田さんの写真をたくさん目にしながら育ってきた。恐らく、僕と同世代の音楽ファンは、鋤田さんの名前は知らなくとも、その写真を一度はどこかで目にしているはずだ。
3つの展覧会は、開催場所がそれぞれ恵比寿、渋谷、青山と近接したエリアの中にあるから、巧く回れば半日ですべて見て廻ることができる。オレ、即座に全部見ようと決めました(笑)。こんな機会は二度とないかもしれないからね…。

やはりと言うべきか、3つの中では「SOUND & VISION」が一番見応えがあった。テーマごとにコーナーが仕切られ、鋤田さんのキャリアを多面的に見せようとしていたことが感じられる。特に、コマーシャル・フォトに進む前の写真は、鋤田さんの原点とも言うべきもので、大変貴重な作品に触れられたと思う。また、映画やPVなど映像作品の展示もあり、鋤田さんがこっちの分野も手掛けていたことを全く知らなかった僕にとっては、ちょっとした驚きを感じもした。

展覧会でまず目に飛び込んだのは、入り口すぐの壁を飾る巨大なデビッド・ボウイのコラージュ壁画だ。山本寛斎のエキセントリックな服を着たボウイが、壁一杯に躍動しているのは圧巻。やはり、ボウイの撮影は鋤田さんのキャリアの中でも重要なものだということなのだろう。ボウイの写真だけで一コーナーが設けてあり、若き日の美しき異星人の姿がたっぷりと堪能できた。興味深かったのは「Heroes」のジャケットのフォトセッションを、撮影の時系列でベタ焼きにして見せた作品だ。レザージャケットを着たボウイが、髪を掻き毟ったり苦悩の表情を浮かべたりするさまが実にリアルで、もしジャケットにこっちの写真が使われていたら…などと想像するのも楽しい。

日本人では、やっぱりYMOとのセッションか。あの「SOLID STATE SURVIVOR」のアルバムジャケットには、しばし足が止まってしまった。。2012年にこのジャケットを改めてじっくり見るのは、ある意味原点回帰的なものを感じないわけにはいかない。このクールな質感、色彩感覚…。好む好まざるにかかわらず、僕はこのセンスに大きな影響を受けていたんだなあ、と改めて思い知らされた
忌野清志郎の写真もたくさんあった。これは92年のソロ製作時のメンフィスで撮られたものが大部分で、多くは最近出版された「SOUL 忌野清志郎」の中に収録されていたから、僕的には目新しいものは無かった。むしろ、日本のミュージシャンだと、フューやフリクションなど、東京ロッカーズ系の人たちの写真が、あの時代を的確に切り取っていて印象に残ったなあ。

奥の広いスペースは、これまで鋤田さんの撮ったミュージシャンや俳優などのインスタレーションが展開されていた。これは圧巻!憶えてるだけでも、エルビス・コステロ、マーク・ボラン、ジョン・ライドン、イギー・ポップ、ポリス、シンディ・ローパー、ニューヨーク・ドールズ、デビッド・シルビアン、ブライアン・イーノ、ジョー・ストラマー、ボーイ・ジョージなどがどーん!日本人では、渡辺香津美、シーナ&ロケッツ、Char、土屋昌巳、佐野元春、氷室京介、遠藤ミチロウ、山口冨士夫なんかが登場。役者さんだと沢田研二や小泉今日子、大竹しのぶ、宮沢りえ、永瀬正敏…。最近だと木村カエラの姿も。うーん、これだけでも日本の貴重なサブカルチャー資料と言えるのでは?

次に廻ったPARCOパルコミュージアムでの「鋤田正義写真展『きれい』」は、鋤田さんの作品の中でも、特にミュージシャンや俳優のポートレイトに絞って作品をセレクトしたもの。「SOUND & VISION」のような凝った展示法はとっていないし、デパートの中というスペースの都合もあってか、写真のサイズも全体的に小さめではあったが、著名人の登場してくる数はむしろこっちの方が多かったりするので、一般的にはこっちの方が楽しめるかもしれない。
この展覧会では、自分のお気に入りの曲を入れたカセットテープを回すような気持ちで写真を見ていったのだが、雑誌やレコード屋さんなどで見た記憶のあるものがとても多いことに改めて驚かされた。
個人的に印象に残ったのは、エイドリアン・ブリューの1stソロアルバム「ローン・ライノウ」のジャケ写真。実はこのアルバムは聴いたことがないんだけど、緑の草原の中、サイとギターを抱えたエイドリアン・ブリューが見つめあっているというジャケットは、その非現実感とユーモアに、リリースされた80年代当時から強い印象を持っていたのである。久々に再開したが、その印象はやはり鮮烈。30年以上経って初めて気が付いたんだけど、グリーンの草原とエイドリアン・ブリューの赤いスーツってのは、「SOLID STATE SURVIVOR」のカラー・バランスと全く同じですね…。
それにしてもこの写真、いったいどうやって撮ったんだろう?サイってけっこう狂暴だって聞くし、やみくもにサバンナを探し回ったってそうそうサイなんかいないだろう。おまけにサイの背中にはシラサギが止まったりなんかしちゃって。合成?とてもそうは見えない仕上がりなんですけど…。

最後に回ったのは、Paul Smith SPACE GALLERYでの「BOWIE×SUKITA Speed of Life」。これは、テーマどおりデビッド・ボウイを被写体にした写真だけをセレクトした写真展だ。場所がいわゆるブティックなので、展示スペースはそれほど広くなく、3つの中では一番小さな展覧会ではあった。だけど、なにしろ被写体はあのデビッド・ボウイだ。もうカッコいいったらありゃしない!73年のジギー・スターダスト時代から、最近NYで撮ったとされるポートレイトまで、写真は幅広い年代からセレクトされており、鋤田さんがいかにボウイから信頼されているかが良くわかる。中には来日時のプライベート写真なんかもあり、屈託ない笑顔をカメラに向けたボウイからは、ミュージシャン/デビッド・ボウイではない一人の英国人としての素顔が垣間見れて面白かった。
余談だが、Paul Smith SPACE GALLERYはすごく面白い空間だと思う。写真展が行われているのは3階のスペースだったのだが、それ以外でも建物のいたるところにロックに関わる写真やオブジェが飾ってあり、それを眺めるだけでもとても楽しい。もともとポール・スミスって、英国の服飾デザイナーで音楽畑の人とも縁が深いから、ロックとの相性が良いんだろう。まあ、僕個人はこういうお店に服を買いに来ることはまずないけどね…(苦笑)。

真夏の午後に巡った3つの写真展。とても面白かったなあ…。2012年の夏の心象風景として、この日のことは長く記憶に残りそうな気がする。
まあ、当然と言えば当然だけど、3つの中では「SOUND & VISION」が一番見応えがあった。これ、後から知ったんだけど、プロデューサーとして立川直樹さんが関わってんだよね。それもあってか、写真家・鋤田正義のキャリア全体を、とてもバランスよく展開してあると思う。

それにしても、写真美術館のエントランスは、何時来ても何か感じますねえ…。僕は霊感はあんまり強くないんだけど、この空間は明らかに時空が歪んでいる。アーティスティックな触角を振るわせる何かを感じないわけにはいかないのだ。

Cimg0491_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月 7日 (金)

近頃おいらはツェッペリン

Img_11939_746240_1_2

今年の夏はレッド・ツェッペリンに異常にハマっちゃってる。何が楽しくて、クソ暑い季節にこんな暑さ倍増するような音楽を聴いてんのかと自分でも思うんだけど、ハマっちゃったものはしょうがないよなあ(苦笑)。

Img_11939_746240_0_2そもそも、僕はロックに目覚めた中坊時代まで遡っても、ツェッペリンにはそれほど夢中になった時期はないのだ。もちろん、一ロックファンとして彼らの代表曲は一応知ってるし、73年のライブ盤なんかは高校時代かなりの頻度で聴いていた。だけど、長い間僕の中でのツェッペリンの位置づけは、ローリング・ストーンズやビートルズなんかよりもワンランク下だったんだよなあ~。

ロック思春期の頃、僕がツェッペリンに対して抱いていた印象は“とにもかくにも大袈裟なバンド”(笑)。まず、曲が長いじゃん(笑)。ストーンズなら3分で済ませるところを、ツェッペリンは15分もかけて演奏する。その大袈裟さが当時はとてもかったるく思えた。おまけに音は馬鹿でかいし、ボーカルは女みたいな金切声(苦笑)。R&R的スィング感にも乏しいし、やたら長いギターソロをとるのもパンクやニューウェイヴ全盛の耳には違和感があった。ルックスも髪が長くてなんだか中世のインチキ貴族みたいだ(笑)。やることなすことなんでこんなに大袈裟なんだろうと当時は思っていた。でも僕だけじゃなく、80年代当時のロックファンはだいたいそんな感じだったんじゃないかと思う。はっきり言うと、80年代にレッド・ツェッペリンを聴くことはアナクロだったのだ。

Imgresそんな世間の評価が変わってきたのは、90年代に入ってフー・ファイターズとかレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとか、当時の若手バンドがツェッペリンに対してのリスペクトを口にし始めてから。それをきっかけに世界規模でツェッペリンの再評価が起き、過去の音源や映像集のリリースによって、日本でも再びツェッペリン人気が盛り上がってきた。
僕自身もツェッペリンの見方が変わり始めたのは、この時期からだ。きっかけは「レッド・ツェッペリンDVD」。これは再評価が高まった時期に満を持して出されたお宝映像満載のセット。特に初期のライブをまるまる収録したパートはもの凄い。これを観ると、ジョン・ボーナムというドラマーがいかにとんでもない奴だったかが良くわかる。もう、ライブが始まる前に軽くセットをダダダダン!って叩くだけで空気が変わっちゃうのだ。で、いざ曲が始まると、4人のメンバーが殴り合うように音をぶつけ合い、バンド全体がぐんぐんテンションを高めていって、突然ばたっ!と終る。もう、唖然。とんでもないものを観てしまったという感じだ。もはや、曲がどうとかアレンジがどうとかいうレベルじゃない。4人のミュージシャンが、今できる最高のことを全力でやっている感じがビンビンに伝わってくる。この本気度、ガチなミュージシャンシップが本当に素晴らしい。これだけ集中度の高い演奏をするバンドは、2012年の今でも今古今東西問わずあまりいないと僕は思う。

Imgres_2で、今年の夏は改めてこれまで聴いてなかったツェッペリンのアルバムを買ってみた。そしたら、スタジオでも凄いことやってんだよね、彼ら!これまで僕は、レッド・ツェッペリンっていうバンドは、クリエイターというよりもどちらかというとプレイヤー的な色の濃いミュージシャンの集合体だと思っていた。だけど、アルバムをじっくり聴くと、実はスタジオでもいろいろ試行錯誤しながら彼らなりの音楽を極めようとしていたことが良くわかる。

レッドツェッペリンの残したスタジオアルバムは、全部で9枚。それぞれに毛色が違うんだけど、そのどれもがレッド・ツェッペリンがやっているとすぐにわかるような仕上がりになっているのだ。このバンドがブルースと英国トラッドをベースにしていることはすぐにわかるんだけど、手がけている音楽はファンクやらレゲエやら意外に幅広い。でもツェッペリンに関しては、実はどんなジャンルを演っているかはあまり関係ないような気がするんだよな、オレは。
耳をつんざくほどのデカくて歪んだ音。変拍子の多様。止まったり始めたりを繰り返しながら続いていく独特のビート。パワー全開で押しまくるボーカル。凝った音色のギタートーン。一見、ピッチがずれてるんじゃないかと思わせるようなヘンなメロディー。どんなジャンルをやっても、ツェッペリンの曲はこれらのどれかにだいたい当てはまる。なんつうか、レッド・ツェッペリンの音楽には強烈な記名性があるのだ。

20110914203430922アルバムを聴いてるうち、僕はツェッペリンとストーンズの最大の違いに気が付いた。
僕らは後追い世代だから、ロックのスーパーグループっていう範疇で、ストーンズ、ビートルズ、ツェッペリン、ピンクフロイドなんかを一絡げにして語りがちなんだけど、実はレッド・ツェッペリンはストーンズやビートルズなんかよりもかなり後からでてきたバンドなんだよね。60年代初期から活躍するストーンズやフーがロックの第一世代だとすると、68年デビューのツェッペリンやキングクリムゾンなんかはその次の世代にはっきり色分けされる。この時期はロックが目に見えてぐんぐん成長していった時代だから、8年の月日はかなりデカいと僕は思うよ。
そのせいか、ツェッペリンのブルースに対するアプローチはストーンズなんかとは明らかに違う。ブルースをいかにオリジナルに忠実に再現できるかを追及しているストーンズに対し、ツェッペリンはブルースを自分流に組み立て直し、如何にロックとして成立させられるかを考えながら演奏しているような感じがするのだ。
常軌を逸したデカい音も、やたら大袈裟なギターソロも、結局は「ツェッペリン印のロック」というスタンプを押すために必要なフレイバーだったのだと僕は思う。後にツェッペリンは「ハードロックの元祖」と呼ばれるようになるけど、当人達はそんなことあんまし思ってなかったと思うんだよね。4人のロック料理人たちが、集めてきた食材を存分に下ごしらえし、いっぺんに鍋にぶち込んで煮込んだらこんなのが出来ちゃいました~みたいな感じだったんじゃないのかねえ…(笑)。

言い方を変えると、レッド・ツェッペリンは70年代に初期のストーンズやフーと同じやり方をしたって、誰も注目してくれないということに早い段階から気が付いていたんじゃないだろうか。とにかく“新しい音”をやらなきゃ、と。活動期間は短かったけど、その間は次世代ロックバンドとして、常に新しいロックを作って先に進まなきゃ!と自分たちにプレッシャーをかけ続けていたんじゃないかと思う。その結果が、あの「ツェッペリン印の変態ロック」だったのだ。そう、ロック的な目で見ると、ツェッペリンの音はとても変態性が高い(笑)。だからクセになるんだけどね。

うーん、やっぱツェッペリンに関してはなかなか語り尽くせないなあ。
実はもっと書きたいことが山ほどある。この続きは近いうちに…。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年9月 1日 (土)

「セツナグルーヴ2012」リクオ、ゲスト:高野寛、サポート:橋本歩(チェロ)/阿部美緒(ヴァイオリン) / 2012年9月1日(土)渋谷BYG

「セツナグルーヴ2012」
【出演】リクオ(歌&ピアノ) ゲスト:高野寛(歌&ギター) サポート:橋本歩(チェロ)/阿部美緒(ヴァイオリン)
前¥3500 当¥4000(ドリンク別)開場18:00 開演19:00

5月以来、久々に観るリクオのライブ。っていうか、リクオ自身、東京でのソロライブは結構久々なはずだ。今年の前半はイベントとMAGICAL CHAIN CLUB BANDでの活動が多かったリクオ。久々にホームのBYGに帰ってくるんだから、当然この夜は今年前半の活動で得たものを色濃く反映したライブになるだろう。プラス、これも久々のストリングス隊との共演に、高野寛との東京初共演というおまけ付き。これは見所満載だぞと、僕はだいぶ前からこの夜を楽しみにしていたのだ。

期待どおり。いや、期待以上と言っていいだろう。いつものようにグル―ビーなピアノでお客さんを楽しませ、軽快なトークで観客の笑いをとる場面もあったけど、この日のリクオはいつもよりちょっとシリアスなタッチ。MCはいつもより少なめで、セットリストも歌の中に籠められた思いにじっくり耳を傾けたくなるようなものを中心に組まれていたように思う。
新曲もたくさん演奏された。それらの中には、これまでの彼の曲とはちょっと毛色の異なるものもあったように思う。そういった曲をこれまでのレパートリーの中に置く時、どういうふうに配置していけば自然に聞こえるかというようなことにも、リクオはこの日果敢にトライしていたのではないだろうか?

それを特に感じたのは1部後半だ。僕は間違いなく1部のハイライトは「アリガトウ サヨナラ 原子力発電所」だったと思っているのだが、そこに持っていくまで、リクオは「同じ月を見ている」と「はかめき」というポエトリー・リーディングを2つ畳み掛けたのだ。リクオのレパートリーの中でも、歌詞をじっくりときかせるタイプの2曲で観客の心をつかみ、MCで「じゃあ、最近作った“別れの歌”を歌います」と言って、「アリガトウ サヨナラ 原子力発電所」を歌った流れは見事という他ない。
この曲、僕もナマで聴くのは初めてだったんだけど、これまでのリクオの文脈からして、ある意味最も“らしくない”歌だ。良い悪いではなく、これまで歌ってきたリクオの歌と明らかに異質。歌詞に「原子力発電所」という言葉が出てくるたび、なんだか居心地の悪い気持ちになってしまうことは否定できない。だが、聴いているうちに、これは原発事故への直接の批判や怒りを表現したものではないということに気が付いた。これは、リクオが言うように原子力発電所との“別れ”をモチーフに、僕ら自身のこれまでの生き方を変えていこうとする出発の歌でもあるんじゃないかと思ったのである。そして、それは2部の最後の方に歌われた新曲「永遠のDOWNTOWN BOY」にも共通するテーマなんじゃないかと僕は思った。
リクオの曲には、これまでもラブソングの形態を借りながら、そこに彼なりの時代感を色濃く感じさせたような歌があった。この日唄われた新曲には、そういった色をいっそう強く感じた。現状への疑問ややり切れなさは歌っているけど、決して声高に怒っているわけではない。もしかしたら、リクオの歌は全てラブソングなのかもしれないとすら思う。それでも、そこには彼の時代に対する意識が“きちんと”織り込んであるのが素晴らしいと思うし、やっぱりリクオは誠実な表現者だと思う。次々に歌われた新曲を聴いていて、僕はリクオに70年代のシンガー・ソング・ライターの影を見た。

期待の高野寛との共演は2部から。リクオと高野寛は大阪のイベントで一度共演しているらしいが、東京では初めて。ただ、同い年ということもあって、お互い昔から気にはなっていたようで、高野は1部からずーっと会場の隅でリクオの演奏を見ていた。
高野寛は、アコギを抱えての弾き語りスタイル。「虹の都へ」や「夢の中で会えるでしょう」など、僕でも知ってる代表曲を惜しげもなく披露してくれた。
実は、僕は高野寛の歌ってこれまではちょっとスピリチュアルな匂いを感じてあまり好きじゃなかったんだけど、ライブを見て随分印象が変わった。とても凝った曲調なんだけど、決して難しくなく聞こえてくる不思議な歌の数々。改めて職人気質のミュージシャンなんだなあ~という印象を強く持った。
高野寛のパートで特に強く印象に残った曲は、タイトルを失念してしまったんだけど、「90年代後半から2000年初めにかけて、スカパラの青木くんとか、どんととか、フィッシュマンズの佐藤くんとか、自分の親しかった人たちがどんどん亡くなってしまった時期があり、その時夜空を観ながら作った曲です」という曲紹介で唄われた歌。これ、リクオもピアノで演奏に参加していたんだけど、僕だけかもしれないが、曲調が大好きだったフィッシュマンズの「ナイトクルージング」を髣髴させるものでぐっときてしまった。うーん、夏の終わりのこの季節に、予想もしないところでこんなふうにフィッシュマンズの影と出会うと、やっぱり効くなあ…。

アンコールも含め、最後の最後は二人の共通項である、忌野清志郎のナンバー「デイ・ドリーム・ビリーバー」でエンディングとなった。
気が付いたら、休憩時間を抜かしても2時間半を超えた長いライブ。でも、内容が濃かったせいで少しも長く感じなかったなあ~。
これまでとは違う次元の歌を書き始めたリクオ。これからの展開がますます楽しみになった。もしかしたら、この夜は何かが終わって何かが始まるライブだったのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年8月 | トップページ | 2012年10月 »