鋤田正義さんの展覧会を巡って
今、東京では写真家・鋤田正義の展覧会が複数開かれている。東京都写真美術館での「鋤田正義展 MASAYOSHI SUKITA RETROSPECTIVE SOUND & VISION」、パルコミュージアムでの「鋤田正義写真展『きれい』」、そしてPaul Smith SPACE GALLERYでの「BOWIE×SUKITA Speed of Life」の3つだ。
鋤田正義という写真家は、もともとファッション畑からキャリアをスタートさせた人なのだが、60年代後半からは国内外のミュージシャンをたくさん撮影するようになり、ニューヨークやロンドンの音楽シーンもリアルタイムで撮ってきた人物だ。70年代には、デビッド・ボウイのアルバム「Heroes」のジャケット写真を手掛けたことで、世界中に名前が知られるようになった。80年代以降は日本のミュージシャンのアルバムジャケットやプロモーション写真にもたくさん関わっているので、ちょうどその時期ロック思春期を迎えていた僕は、鋤田さんの写真をたくさん目にしながら育ってきた。恐らく、僕と同世代の音楽ファンは、鋤田さんの名前は知らなくとも、その写真を一度はどこかで目にしているはずだ。
3つの展覧会は、開催場所がそれぞれ恵比寿、渋谷、青山と近接したエリアの中にあるから、巧く回れば半日ですべて見て廻ることができる。オレ、即座に全部見ようと決めました(笑)。こんな機会は二度とないかもしれないからね…。
やはりと言うべきか、3つの中では「SOUND & VISION」が一番見応えがあった。テーマごとにコーナーが仕切られ、鋤田さんのキャリアを多面的に見せようとしていたことが感じられる。特に、コマーシャル・フォトに進む前の写真は、鋤田さんの原点とも言うべきもので、大変貴重な作品に触れられたと思う。また、映画やPVなど映像作品の展示もあり、鋤田さんがこっちの分野も手掛けていたことを全く知らなかった僕にとっては、ちょっとした驚きを感じもした。
展覧会でまず目に飛び込んだのは、入り口すぐの壁を飾る巨大なデビッド・ボウイのコラージュ壁画だ。山本寛斎のエキセントリックな服を着たボウイが、壁一杯に躍動しているのは圧巻。やはり、ボウイの撮影は鋤田さんのキャリアの中でも重要なものだということなのだろう。ボウイの写真だけで一コーナーが設けてあり、若き日の美しき異星人の姿がたっぷりと堪能できた。興味深かったのは「Heroes」のジャケットのフォトセッションを、撮影の時系列でベタ焼きにして見せた作品だ。レザージャケットを着たボウイが、髪を掻き毟ったり苦悩の表情を浮かべたりするさまが実にリアルで、もしジャケットにこっちの写真が使われていたら…などと想像するのも楽しい。
日本人では、やっぱりYMOとのセッションか。あの「SOLID STATE SURVIVOR」のアルバムジャケットには、しばし足が止まってしまった。。2012年にこのジャケットを改めてじっくり見るのは、ある意味原点回帰的なものを感じないわけにはいかない。このクールな質感、色彩感覚…。好む好まざるにかかわらず、僕はこのセンスに大きな影響を受けていたんだなあ、と改めて思い知らされた
忌野清志郎の写真もたくさんあった。これは92年のソロ製作時のメンフィスで撮られたものが大部分で、多くは最近出版された「SOUL 忌野清志郎」の中に収録されていたから、僕的には目新しいものは無かった。むしろ、日本のミュージシャンだと、フューやフリクションなど、東京ロッカーズ系の人たちの写真が、あの時代を的確に切り取っていて印象に残ったなあ。
奥の広いスペースは、これまで鋤田さんの撮ったミュージシャンや俳優などのインスタレーションが展開されていた。これは圧巻!憶えてるだけでも、エルビス・コステロ、マーク・ボラン、ジョン・ライドン、イギー・ポップ、ポリス、シンディ・ローパー、ニューヨーク・ドールズ、デビッド・シルビアン、ブライアン・イーノ、ジョー・ストラマー、ボーイ・ジョージなどがどーん!日本人では、渡辺香津美、シーナ&ロケッツ、Char、土屋昌巳、佐野元春、氷室京介、遠藤ミチロウ、山口冨士夫なんかが登場。役者さんだと沢田研二や小泉今日子、大竹しのぶ、宮沢りえ、永瀬正敏…。最近だと木村カエラの姿も。うーん、これだけでも日本の貴重なサブカルチャー資料と言えるのでは?
次に廻ったPARCOパルコミュージアムでの「鋤田正義写真展『きれい』」は、鋤田さんの作品の中でも、特にミュージシャンや俳優のポートレイトに絞って作品をセレクトしたもの。「SOUND & VISION」のような凝った展示法はとっていないし、デパートの中というスペースの都合もあってか、写真のサイズも全体的に小さめではあったが、著名人の登場してくる数はむしろこっちの方が多かったりするので、一般的にはこっちの方が楽しめるかもしれない。
この展覧会では、自分のお気に入りの曲を入れたカセットテープを回すような気持ちで写真を見ていったのだが、雑誌やレコード屋さんなどで見た記憶のあるものがとても多いことに改めて驚かされた。
個人的に印象に残ったのは、エイドリアン・ブリューの1stソロアルバム「ローン・ライノウ」のジャケ写真。実はこのアルバムは聴いたことがないんだけど、緑の草原の中、サイとギターを抱えたエイドリアン・ブリューが見つめあっているというジャケットは、その非現実感とユーモアに、リリースされた80年代当時から強い印象を持っていたのである。久々に再開したが、その印象はやはり鮮烈。30年以上経って初めて気が付いたんだけど、グリーンの草原とエイドリアン・ブリューの赤いスーツってのは、「SOLID STATE SURVIVOR」のカラー・バランスと全く同じですね…。
それにしてもこの写真、いったいどうやって撮ったんだろう?サイってけっこう狂暴だって聞くし、やみくもにサバンナを探し回ったってそうそうサイなんかいないだろう。おまけにサイの背中にはシラサギが止まったりなんかしちゃって。合成?とてもそうは見えない仕上がりなんですけど…。
最後に回ったのは、Paul Smith SPACE GALLERYでの「BOWIE×SUKITA Speed of Life」。これは、テーマどおりデビッド・ボウイを被写体にした写真だけをセレクトした写真展だ。場所がいわゆるブティックなので、展示スペースはそれほど広くなく、3つの中では一番小さな展覧会ではあった。だけど、なにしろ被写体はあのデビッド・ボウイだ。もうカッコいいったらありゃしない!73年のジギー・スターダスト時代から、最近NYで撮ったとされるポートレイトまで、写真は幅広い年代からセレクトされており、鋤田さんがいかにボウイから信頼されているかが良くわかる。中には来日時のプライベート写真なんかもあり、屈託ない笑顔をカメラに向けたボウイからは、ミュージシャン/デビッド・ボウイではない一人の英国人としての素顔が垣間見れて面白かった。
余談だが、Paul Smith SPACE GALLERYはすごく面白い空間だと思う。写真展が行われているのは3階のスペースだったのだが、それ以外でも建物のいたるところにロックに関わる写真やオブジェが飾ってあり、それを眺めるだけでもとても楽しい。もともとポール・スミスって、英国の服飾デザイナーで音楽畑の人とも縁が深いから、ロックとの相性が良いんだろう。まあ、僕個人はこういうお店に服を買いに来ることはまずないけどね…(苦笑)。
真夏の午後に巡った3つの写真展。とても面白かったなあ…。2012年の夏の心象風景として、この日のことは長く記憶に残りそうな気がする。
まあ、当然と言えば当然だけど、3つの中では「SOUND & VISION」が一番見応えがあった。これ、後から知ったんだけど、プロデューサーとして立川直樹さんが関わってんだよね。それもあってか、写真家・鋤田正義のキャリア全体を、とてもバランスよく展開してあると思う。
それにしても、写真美術館のエントランスは、何時来ても何か感じますねえ…。僕は霊感はあんまり強くないんだけど、この空間は明らかに時空が歪んでいる。アーティスティックな触角を振るわせる何かを感じないわけにはいかないのだ。
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