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2013年6月

2013年6月26日 (水)

【映画】 さよなら渓谷

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この映画は主演の真木よう子に尽きるっ!真木よう子、惚れたっ!真木よう子、いいなあ~!もう一度。思いっ切り力をこめて“真木よう子、すごくイイっっっ!!!”(笑)
実はオレ、前から気になってたんです、この人。たまに彼女がテレビに出てくると、自分でも不自然なくらいそわそわしちゃって家族からも白い目で見られてたぐらい(苦笑)。でも、なんでこんなに惹かれるのか、自分でもその理由がわからずにいたんだよなあ…。
この映画観て、ようやく判りましたぜ。真木よう子の顔って、東京で育った美人さんの顔じゃないんだよね。地方都市のべっぴん顔。そしてあの目…。大勢の家族の中で小さいころから大人の男たちを見ながら育ったような達観した目…。オレ、こういう女性に弱いんだよなあ…(苦笑)。思い返せば、中坊の頃から好きになった女子って、こんな顔の娘ばっかだったような気がする…(苦笑)。真木よう子、決しておっぱいが大きいから惹かれていたわけじゃないんだからなっ。わかったかっ?!(誰に言ってんだ、オレ?(^_^;))

この映画で、真木よう子はかつて自分をレイプした男と共同生活を送る女というとても難しい役をやってます。この演技がもう鬼気迫るものがあってもの凄い。はっきり言って、セリフ回しがそれほど巧い人だとは思わないが、そんなことはどうでもいいんです。醸し出す雰囲気がもうとんでもない。完全に心臓鷲づかみだ。
後から読んだインタビューだけど、真木はこれまで撮影中でも割と役と自分とを分けられる自信があったそうな。だけど、この映画に関しては何度も精神状態が危うくなりかけたという。実際、入院しているシーンでは、明らかに彼女の顔は痩せ細っていた。彼女曰く、役に入り込みすぎて物を食べても吐いてしまうような状態だったそうだ。まるでデ・ニーロの逸話を髣髴させる話。役への入り込み方がハンパじゃないんだろう。
そして一撃必殺のあの目…。瞳の奥に暗い情念の焔がゆらゆら揺れているようなあの目だ…。あれはもう反則だろう(笑)。あんな目で刺されたらオレ、たちまち金縛りだぜ(苦笑)。

えーと、勢い余って真木よう子のことばかり書いちゃいましたが(苦笑)、映画そのものも勿論見応え充分。ただ、話は相当にヘビーだし、観客に解釈を委ねる部分も多いから、娯楽色の強い映画が好きな人は戸惑うだろう。Yahoo!のレビューが意外に低いのもそういう理由なんじゃないかな。
ただ、日本映画はこういう作品がどんどん出てこなきゃダメだと思う、オレは。1から10まで説明して観客に迎合してるような作品ばかりじゃ、そんなのテレビの帯ドラマと変わんなくなっちゃうでしょ。

最後にひとつ。エンディングの真木よう子の歌、あれを無くても良いとか、下手くそだとか言ってる人がいるらしいが、それは違う。あれは真木よう子が歌ってるんじゃない。かなこが歌ってると聴くべきなんじゃないだろうか。あの歌を歌ってる段階でも、真木よう子の肉体にはまだかなこが憑依していたんだと思う。つまり、あの歌がラストで流れることで、映画はようやく完結したんだとオレは思いました。

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2013年6月11日 (火)

キャパの十字架/沢木 耕太郎 (著)

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これは戦場カメラマン、ロバート・キャパの有名な写真「崩れ落ちる兵士」にまつわる謎を、ノンフィクションライター沢木耕太郎が追った本。「崩れ落ちる兵士」ってのは、キャパが1936年に撮影したもので、長い間兵士が銃撃を受けて倒れる瞬間を捉えたものとして戦争の悲惨さを訴える象徴的な写真とされてきました。ところが、これはあまりの迫真性ゆえ、昔から真贋を問う声や、果たして本当にキャパが撮ったものなのかどうかという疑義が呈されてもきました。自らもキャパを信奉して憚らない沢木さんは、この長年の疑問を解くべく真っ向から写真の検証に臨んでいます。

いやあ~とにかく面白いっ!当時の掲載誌の確認や関係者への取材にはじまって、幾度もの現地訪問を重ねてのリアルな撮影場所の特定や、実際にキャパが使っていた機種を使っての撮影実験など、緻密な検証を積み重ねて真実に迫ってく様はとてもスリリング。下手な推理小説なんか足許にも及ばないな…。読み始めたらあまりの面白さに、もう止められない止まらない(笑)。寝る間も惜しんでページを捲り続けました。

ただ、これは大事なとこだと思うんですけど、沢木さんは決してこれをキャパの偶像を剥ぐような目的で書いたわけではないと思うんです。謎解きの楽しさもある本だから、ちょっと結論は書けませんが、沢木さんは、キャパに対して「ただ視るだけしかできない」というカメラマンや報道記者に共通するある種の哀しみを見出していたんだと思うんですよね。そして、あまりにも有名になってしまったこの写真の真実を追うことが、もしかしたら写真家キャパの真実の姿を捉えることに繋がるんじゃないかと確信していたんだと思うんですよね。
だから、この本で一番沢木さんの書きたかったのは、実は謎を検証する道程ではなく、「キャパへの道」と題された最終章だったんじゃないかとも思うんです。
ここからは僕の意見なんですけど、実は「崩れ落ちる兵士」に関しては、この本にも書かれていないもう一人の重要人物がいるはずだと思うんですよね。それは、この写真を雑誌に掲載することを決めた編集者。彼は、この写真が撮られた状況をキャパに確認することもなく雑誌に掲載したことで、良い意味でも悪い意味でも大きな論争を巻き起こしました。だけど、その編集者だって「崩れ落ちる兵士」の持つ迫真性が、戦争の悲惨さを広く訴えるに違いないと思ったからこそ掲載を決意したんだろうし、そこには一点の曇りもなかったはず。
編集者の思惑は見事に当たり、「崩れ落ちる兵士」はスペイン内戦の共和国軍の悲哀を象徴するものとなりました。言い方を換えると、この時点で写真は撮り手の手もとを離れ、“世の中のもの”となっていったわけです。そうなったら、持たされた意味の大きさに、当事者でも口を開けなくなるのは当然だと僕は思うなあ…。

ただ、キャパ自身が「崩れ落ちる兵士」に複雑な感情を持ち続けていたのもまた確かだと思うんですよね。後にキャパが撮った、真贋の疑義を挟み込む余地もないほどの傑作「ノルマンディー上陸作戦」。これ、ある種の“落とし前”だったんじゃないかと僕は思うんですけど…。
オレ、思った。もしかするとこういうことって誰の人生にでも起こり得ることなのかもって…。HOLE IN MY LIFE…。人生ってのは、何処かでうやむやにしてしまった物事は、また何処かで代償を払うようにできているんじゃないでしょうか?
翻って自分。僕はキャパほど大きな事は成し得ていませんが(当たり前です!)、45過ぎてからマラソンを走ったのも、ある種の“落とし前”だと思ってます。そうやって、人は忘れ物を拾い集め、代償を払いながら歳を重ねていくものなのかもなあ…。な~んてことを「キャパの十字架」を読んでて思いました。

うーん、考えすぎてもなんだな…。今夜はちょっと呑もう。ブルース・スプリングスティーンの「PRICE YOU PAY」を聴きながら…。

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2013年6月10日 (月)

仲井戸"CHABO"麗市×石田長生 ひ、ひさしぶりの共演サンキューヨンキュー / 2013年6月9日(日)南青山MANDALA

このライブは、CHABOも勿論よかったんだけど、久々に観る石やんのギターと歌心に心臓を鷲づかみにされましたね。この人のギターは、一言でいうととてもカラフルなんですよね。音の輪郭がはっきりしていてまるで原色の絵の具みたい。もう、ステージに出てきて一音ならしただけで“おおっ!”となってしまいました。
この日はアコギのみを何本か使い分けてましたが、大胆なカッティングと繊細な指使いにもうクラクラ。お馴染みのドクター・ジョンのカバー「IKO IKO」は、ギターのボディを叩いてパーカッシブな音を出し、南青山の地下をニューオリンズのエキゾチックな酒場に早変わりさせる…。そうかと思えば、生まれ育った大阪南の町と一時住んでいたアメリカ南部とを掛け合わせたタイトルの新曲「MINAMI」で限りない旅愁を抱かせる…。とにかく、一曲一曲が強い印象を残す曲ばかりで、CHABO目当てで来たと思われるお客さんも、あっという間に石やんの世界に惹きこまれてました。
中盤では栗原清志(清志郎じゃんく、石やんはそう呼んでました)に対する想いもチラリ。お馴染み「安楽荘」の話(空の上には亡くなった偉大なミュージシャンたちの住んでる「安楽荘」があって、そこでは夜な夜なセッションが繰り広げられてるってな話)に続け、そこへ日本人として初めて入居したことを許された人がいるってことで演奏された「世間知らず」はヤバかったなあ~。石やんは昔からこの曲が大好きでことある毎に歌ってるけど、こんなカタチで歌われるとほんとヤバい。オレ、もう少しで涙腺が決壊しそうだったっす。
石やんon stageはたっぷり一時間。観客からは大きな大きな拍手。ここ最近は誰かとの共演ライブが多いCHABOですが、僕が知る限り、これまでのゲストの中でも石やんが一番大きな拍手をもらってたかも…。

対するCHABOも一時間ソロ。こちらはいきなり「幻想の旅人の歌」からという意外な出だし。やっぱイイねえ~。2曲目は“6月しかやらない曲を…”ってことで「ねえHISAKO」。観客からの“ヒューヒュー”という冷やかし(?)に照れながら歌うCHABOが可愛い(笑)。
ぐっときたのは“石田が清志郎の曲をやってたから、オレもRCやっていい?”と言って歌われた「たとえばこんなラブソング」。驚いたことに、これは曲が出来た当初のアレンジで演奏された。このアレンジで演奏したくなった理由、なんかあったのかなあ?
誰かと共演するときは必ずゲスト曲のカバーをやるCHABO。この日選んだのは「タマナの木の下で」。波のSE入りで演奏されたこの曲は夏のムード満点だった。その他にも「キューバの歌」とか、この日のCHABOは最近あまりやらなかった曲をやってくれてた。声もよく出ていた感があったなあ。やっぱ、このところライブが続いてるからか?ミュージシャンはオフが長いよりプレイし続けてる方が調子が良いんでしょうね。
CHABOのソロ最後は新曲「川」。過ぎ去りし日々を慈しむ気持ちと、いなくなってしまった人を愛おしむような曲調で強い余韻を残す曲でした。

アンコールがまた良かったんだな。出だしは殆ど打ち合わせしてないという即興ブルースでの共演。これは二人がギターで絡むだけでなく、即興でボーカルも挟み込むのが面白い。が、こういう展開になれば、やっぱ関西人石やんには適わない(笑)。「ねえHISAKO」の歌詞を借りて“すぐに行くよ、助けに行くよ、ねえCHABO”は巧いなあ~と思わず感心。CHABOはだんだんネタが切れてきて、最後はやけくそ気味に“BAHOの人~!”って叫んでたのが笑えた(笑)。
そしてなんつっても「ティーンエイジャー」ね。これは石やんが大好きなCHABOの曲で、アレンジは多分石やんが普段やってるバージョンなんだと思うんだけど、これがCHABO以上にオリジナルなタッチびんびんで…。いやあ~泣けたなあ…。
そのあとは二人の共通項ザ・バンドのカバー2連発なんだから、もうたまりませんっ!CHABOボーカルの「トワイライト」、そして石やんの「The Weight」。石やんの方はサビのコーラスを観客も一緒にコーラス。なんか、すごく幸せな気持ちになったなあ…。

最後の最後は石やんのボーカルでじっくりと「Brothers&Sisters」。ぴったり3時間。素晴らしいライブでした。
“次の共演はまた10年後にMANDALAで…”なんてCHABOは言ってたけど、そんなこと言わずに時々こうして一緒に演るべきじゃないだろうか、この二人は。同じ時代を生きたギタリスト同志、お互いがお互いを戦友と認め合う者同志の、少年の日に戻ったようなキラキラした瞳が、なんだか僕のは眩しかったです。

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2013年6月 9日 (日)

細野晴臣「Heavenly Music」コンサート/2013年6月08日(土)日比谷公会堂

細野晴臣 (Vocals,Guitar,Piano,)、高田漣 (Electric, Acoustic & Steel Guitars,Mandolin,)、伊藤大地 (Drums)、伊賀航(Contrabass, Electric Bass)、コシミハル (Accordion,Piano,)
ゲスト:岸田繁
シークレットゲスト:青葉市子、林立夫

実は日比谷公会堂でライブを見るのは初めて。でも、一歩足を踏み入れた途端、なんで細野さんがここを会場に選んだのかすぐにわかりましたよ、ワタシは。建物全体から昭和の香りが漂ってきて、雰囲気たっぷりなんだもん。まるで今にも蓄音機を通した昭和歌謡の調べが聞こえてきそうな感じ。久々にライブというより“コンサート”に来たという気持ちにさせてくれました。そして、このムードは、今の細野さんのスタンダードナンバーを中心に演奏するライブの雰囲気にもぴったりだったのでした。

この日のライブ、演奏されたのは5月に出たアルバム「Heavenly Music」からの曲が中心。ここ最近細野さんはアルバム毎にボーカル回帰していて、今回取り上げられたのは40年代のカントリーやミュージカル、ブギウギなどのカバー。はっきり言って、新しいことは何もやってません。スタンダードをスタンダードらしく、忠実に演奏しただけです。だけど、これがものすごくぐっときちゃうんだよね~。
たぶん、このバンドはライブアレンジとか、相当綿密にやってるに違いないと思う。シンプルで当たり前の演奏なんだけど、一音一音にまったく無駄がない。特に、SAKEROCKのドラマー伊藤大地くん、巧いなあ~。手数が多いわけでもなんでもないのに、静かなグルーヴでぐいぐいバンドを引っ張っていくのが、見ててすごく小気味良かった。
そして、なんと言っても高田漣!いやあ~いつの間にこんなすごいギタリストになっちゃったの?!スティールギターやマンドリン、エレキと幾つも楽器を使い分け、シンプルな曲調に鮮やかな色合いを加えていたのには驚かされた。漣くんは使ってる楽器はトラディショナルなものばかりだけど、サウンドはすごく今風。スティールギターだって全然カントリー臭くないんだもん。ハワイアンっぽいフレーズすらどことなく宇宙的に聴こえるし…。うーんなんつったら良いんでしょうね、この人の魅力。明らかにアンビエントを通過してきてる伝統ギター奏者。こんな人は世界中見渡してもあまりいないと思うんですが。
もしかすると、一歩間違えばノスタルジック一辺倒になってしまいそうなサウンドなのに、決してそうならなかったのは、この二人がいたからかもしれない。

えーと、主役の話がまだでしたね(笑)。細野さんはほとんどの曲でボーカルを披露してくれたんだけど、やっぱりイイ声だなあ~。あの低音の歌声とアコースティックなバンドサウンドは良く合う。アルバムでもそうだったんだけど、ライブでも主役なのにヴォーカルが前面に出てこないで、バンドサウンドに溶け込むような感じなんだよね。失礼なことを承知で言っちゃうと、これはもう、おじいちゃんの歌ですな(笑)。アメリカの田舎町のおじいちゃんが、干草の上に寝転びながら鼻歌を歌うような、そんな味のあるボーカル。ライブ中盤では、何曲か青葉市子とのデュエットもあったんだけど、これなんかもうおじいちゃんと孫の共演(笑)。でも、青葉市子って子もスゴイよね。ぽわーっとしてるんだけど、細野さん相手に全然物怖じしてなかったもんなあ。やっぱ、新しい世代の音楽家なんですね…。
1曲目・2曲目ではピアノを演奏。細野さんのピアノってのもボーカルと同じでなかなか味があるんですよ。それを引き立てる、裸電球みたいな照明の演出も素晴らしかった。

時間は1時間30分と短かったけど、素晴らしく充実したコンサートだった。オレ、こんなに一音一音かみ締めるみたいにして音楽を慈しんだのって、久々かもしれない…。
ところで、アルバムとライブのタイトルになってた「Heavenly Music」ってどんな意味なんだろう?天上の音楽ぐらいの意味?細野さんたちの世代っていうのは、欧米の古き良き音楽を日本流に解釈し、今に通じる素晴らしい日本のポップスを作ってきた人たち。今の細野さんは、そこからまた原点に立ち返って先代の音楽をリスペクトしながら歌ってるんだと思う。今はあまり良い時代じゃないかもしれないけど、こうして音楽の原点で僕らを温かい気持ちにさせてくれる、職人のような人たちも確実にいてくれる…。そういうのって、何物にも変え難い日本の財産なんだなあ、なんてことも柄にもなく思いましたね。

セットリスト
01. I'm Going In A Field
02. インストゥルメンタル
03. Gradated Grey
04. My Bank Account Is Gone
05. Close To You
06. The Song Is Ended
07. Something Stupid(+青葉市子)
08. 悲しみのラッキースター(+青葉市子)
09. 日本の人(+青葉市子)
10. When I Paint My Masterpiece(+岸田繁)
11. 風をあつめて(岸田繁ソロ)
12. グッドモーニング(岸田繁ソロ)
13. ラムはお好き? part 2(+林立夫)
14. 香港ブルース(+林立夫)
15. Body Snatchers(+林立夫)
16. Tutti Frutti(+林立夫)
17. The House Of Blue Lights(+林立夫)
アンコール
18. Radio Activity
19. Pom Pom 蒸気(+青葉市子+岸田繁+林立夫)

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2013年6月 6日 (木)

『ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ』/円堂都司昭 (著)

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大変面白く読みました。いやあ~、これはもしかしたら僕みたいなおっさんの音楽好きが、今の多様な音楽の接し方を俯瞰するには最適のテキストかもしれないです(苦笑)。
タイトルどおり、円堂さんは音楽のきかれ方が「聴く」から「遊ぶ」に変わっていっていることを、いろんな事例を挙げながら語っていきます。著者が基本的な考え方のフレームとして出してきたのが「分割」「変身」「合体」という3つの単語。

分割:「作品」としてのまとまりを分割、分解する手法。(例:音楽配信=アルバムでなく曲単位への購入スタイルの変化。フェスティバル=アーティストの単独ライブではなく、雑多なジャンルをバイキング形式で楽しむスタイルへの転換)
変身:音楽の形を変える手法。(リミックス、マッシュアップ、着うたなど)
合体:音楽に関し、それを作り演奏したアーティスト以外の人間がかかわる(合体する)ことで遊ぶ(ボーカロイド、音楽ゲーム、エア芸、アーティストとタイアップしたパチンコなど)

こんな感じです。今の若者の音楽への接し方を見てると、確かにこの3つのスタイルに当てはまる割合はすごく高いように思います。そして、このフレームで「遊ぶ」連中も増えてますよね。ニコニコ動画に「歌ってみた」「踊ってみた」って自作の動画をアゲる連中、たくさんいるでしょ?カラオケだって「合体」の形態の一つ。CDが売れなくなったって言うけど、今の若者が音楽そのものと接してないわけでは決してないんだよね。ただ、そのやり方が僕らとはだいぶ違うかもしれないけど…。

円堂さんは、こういう変化はどっかを節目に突然パッと変わったわけじゃないとも言ってます。古くはウッドストックやカラオケなどを通過することで、徐々にリスナーが受容する空気が出来あがったんだと。若者と僕らおっさん世代は別に分断されてるわけではなく、むしろ、僕ら世代も今みたいな状況が生まれる芽をいくつも育てながらここまで来ちゃったってこと。まあ、通信カラオケはネット配信の走りと言えなくもないし、口パクやってるPerfumeや楽器を演奏しないゴールデンボンバーが認められてるってのも、時代の空気を読んでの暗黙の同意事項が出来あがってるからなんだろうし…。

でも、どうなんだろう…。ぼくはやっぱり音楽は「作品」だと思う。そういうのを自分の手で加工して「遊ぶ」のにはものすごく抵抗を覚えてしまいます。逆に、そんな風なやり方でしか音楽と接することができないのなら、それはもはや僕が思う音楽の概念とは違っちゃってるような…。ただ、じゃあサンプリングやDJプレイもダメかって言ったらそうでもないわけで、その辺の線引き基準は自分でも良くわかりませんけど…。

一つ思うのは、ネットや携帯電話の発達が社会のいろんなモノのソーシャル化を進めたと僕は思うんだけど、音楽に関して言えばそこで失われたものって決して小さくはなかったと思うんです。つまり、生まれた時からそんな環境が当たり前だった若者たちにとって、音楽を聴く道具は圧縮音源を使った携帯プレーヤー、パソコン、携帯電話しか思い浮かばなくなっちゃってるじゃないですか。僕らはそれ以上に音の良いものも知ってるけど、若者たちはそもそも音の良さより使い勝手と面白さ優先だから、そんなものに触手を伸ばさない。まして、今の若者にとって欲しいものの優先順位は一にスマホ、二にパソコン。楽器なんてのはずーっと後ろでしょ。そう考えると、バンドをやるなんてのは限りなくマニアックな行為なんだよなあ(苦笑)。こんな状況だったら、洋楽が売れなくなるのもしょうがないのかなあ、なんて…。

この前、「J-POPのグローバル化」についてのシンポに出た時も思ったんだけど、僕らの世代が死んじゃった後、音楽ってどうなっちゃうんでしょう?スピーカーの前でただ耳を傾けること自体が、ものすごくマニアックな行為になっちゃったりして…(苦笑)。なんか、そういうのすごく嫌だなあ。理屈じゃなくて生理的になんかすごく嫌。単なるおっさんのノスタルジーって言われちゃうかもしれないけど…(苦笑)。

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2013年6月 5日 (水)

Magical Chain Special ~ early summer 2013 ~ 「オトナ・ロックナイト」/ 2013年6月2日(日) 横浜 ThumbsUp

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Magical Chain Special ~ early summer 2013 ~ 「オトナ・ロックナイト」/ 2013年6月2日(日) 横浜 ThumbsUp 
【出演】MAGICAL CHAIN CLUB BAND(Pf&Vo:リクオ、G:ウルフルケイスケ、B:寺岡信芳、Dr:小宮山純平)/カーネーション

いやあ~盛り上がりましたっ!これはもうタイトルに偽りあり。オトナな夜なんて大嘘です(笑)。なんとオトナ気ないロックナイトだったことか!

ライブは最初にカーネーションが登場。実は僕、このバンドを観るのは初めて。直枝政広のソロや大田譲とのデュオは観たことがあったけど、完全エレクトリックのカーネーションは印象が全然違ってました。直枝さんのエレキ、カッコいいじゃないですか~っ。シンプルなR&Rかと思いきや、フレーズにニューウェイブっぽい香りもちらほら。大田さんのベースもファンキーな味わいチラリで、いやいや一筋縄ではいかない捻じくれ度。サイケデリックな歌詞がアンプリファイアーに増幅され、よりいっそう引き立ってました。カーネーションの演奏はたっぷり1時間。これだけでも見応えありましたね~。

短い休憩を挟んで、待ってましたのMAGICAL CHAIN CLUB BAND。これがまたカーネーションに輪をかけてのベリー・スペシャル・R&R!リクオ、前日は群馬のお寺でライブをやったばかりだというのに、元気元気。アッパーな曲ばかりなのにまったく疲れを見せず、ガンガンにぶっとばしてました。ウルフルケイスケは青いコンポラスーツにお馴染みのテンガロンハット。足元に目をやるとカラフルなバッシューを併せてるところが何気にお茶目(笑)。お客さんのテーブルぎりぎりまでせり出してギターを弾きまくり、エンディングでは再三にわたってジャンプ!いやあ~やっぱこの人は華があります。

ほんとのこと言うと、僕は最初リクオ・ファン目線でこのバンドに接してたんで、MAGICAL CHAIN CLUB BANDのあまりにもアッパー過ぎる曲調には違和感もあったんです。リクオの魅力ってのは、もちろんR&Rなアゲアゲモードもあるんだけど、じっくり歌いこむ内省的な歌の部分もすごく大きい。そういう色はこのバンドには殆どないからね…。
でも、3.11後のリクオのコメントを読むにつれ、ウルフルケイスケという人と一緒に音楽をやることが、リクオにとって如何にいいバランスになってるかがよくわかりました。そして、僕自身もMAGICAL CHAIN CLUB BANDのアルバムを聴いて励まされていることに気が付いたりして、いつの間にかこのバンドが大きな存在になっていったんです。
この夜のライブは、そんな自分の気持ちがより確かになった感じ。新曲がまた良かったんだなあ~。突き抜けた感がハンパない。なんかこう、ストロングスタイルばりばりの実力派プロレスラーが、あえてエンタメ色満載のアメリカン・プロレスをやってるような感じって言えば解ってもらえる?(笑)

とにかく、3時間があっという間。仲間と飲みながら騒ぎながら観たライブ、ほんと楽しくてオトナゲない夜だったなあ~(笑)。
シリアスなことも考えざるを得ない時代。だけど、こうやって真剣にバカをやりながら陽気にやってく気持ち、絶対忘れちゃダメだと思った。MCCB、ええぞ~。7月のライブも絶対行くぞ~!

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