キャパの十字架/沢木 耕太郎 (著)
これは戦場カメラマン、ロバート・キャパの有名な写真「崩れ落ちる兵士」にまつわる謎を、ノンフィクションライター沢木耕太郎が追った本。「崩れ落ちる兵士」ってのは、キャパが1936年に撮影したもので、長い間兵士が銃撃を受けて倒れる瞬間を捉えたものとして戦争の悲惨さを訴える象徴的な写真とされてきました。ところが、これはあまりの迫真性ゆえ、昔から真贋を問う声や、果たして本当にキャパが撮ったものなのかどうかという疑義が呈されてもきました。自らもキャパを信奉して憚らない沢木さんは、この長年の疑問を解くべく真っ向から写真の検証に臨んでいます。
いやあ~とにかく面白いっ!当時の掲載誌の確認や関係者への取材にはじまって、幾度もの現地訪問を重ねてのリアルな撮影場所の特定や、実際にキャパが使っていた機種を使っての撮影実験など、緻密な検証を積み重ねて真実に迫ってく様はとてもスリリング。下手な推理小説なんか足許にも及ばないな…。読み始めたらあまりの面白さに、もう止められない止まらない(笑)。寝る間も惜しんでページを捲り続けました。
ただ、これは大事なとこだと思うんですけど、沢木さんは決してこれをキャパの偶像を剥ぐような目的で書いたわけではないと思うんです。謎解きの楽しさもある本だから、ちょっと結論は書けませんが、沢木さんは、キャパに対して「ただ視るだけしかできない」というカメラマンや報道記者に共通するある種の哀しみを見出していたんだと思うんですよね。そして、あまりにも有名になってしまったこの写真の真実を追うことが、もしかしたら写真家キャパの真実の姿を捉えることに繋がるんじゃないかと確信していたんだと思うんですよね。
だから、この本で一番沢木さんの書きたかったのは、実は謎を検証する道程ではなく、「キャパへの道」と題された最終章だったんじゃないかとも思うんです。
ここからは僕の意見なんですけど、実は「崩れ落ちる兵士」に関しては、この本にも書かれていないもう一人の重要人物がいるはずだと思うんですよね。それは、この写真を雑誌に掲載することを決めた編集者。彼は、この写真が撮られた状況をキャパに確認することもなく雑誌に掲載したことで、良い意味でも悪い意味でも大きな論争を巻き起こしました。だけど、その編集者だって「崩れ落ちる兵士」の持つ迫真性が、戦争の悲惨さを広く訴えるに違いないと思ったからこそ掲載を決意したんだろうし、そこには一点の曇りもなかったはず。
編集者の思惑は見事に当たり、「崩れ落ちる兵士」はスペイン内戦の共和国軍の悲哀を象徴するものとなりました。言い方を換えると、この時点で写真は撮り手の手もとを離れ、“世の中のもの”となっていったわけです。そうなったら、持たされた意味の大きさに、当事者でも口を開けなくなるのは当然だと僕は思うなあ…。
ただ、キャパ自身が「崩れ落ちる兵士」に複雑な感情を持ち続けていたのもまた確かだと思うんですよね。後にキャパが撮った、真贋の疑義を挟み込む余地もないほどの傑作「ノルマンディー上陸作戦」。これ、ある種の“落とし前”だったんじゃないかと僕は思うんですけど…。
オレ、思った。もしかするとこういうことって誰の人生にでも起こり得ることなのかもって…。HOLE IN MY LIFE…。人生ってのは、何処かでうやむやにしてしまった物事は、また何処かで代償を払うようにできているんじゃないでしょうか?
翻って自分。僕はキャパほど大きな事は成し得ていませんが(当たり前です!)、45過ぎてからマラソンを走ったのも、ある種の“落とし前”だと思ってます。そうやって、人は忘れ物を拾い集め、代償を払いながら歳を重ねていくものなのかもなあ…。な~んてことを「キャパの十字架」を読んでて思いました。
うーん、考えすぎてもなんだな…。今夜はちょっと呑もう。ブルース・スプリングスティーンの「PRICE YOU PAY」を聴きながら…。
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