「線量計と奥の細道」ドリアン助川 著
全編にわたってドリアンさんの戸惑い、逡巡、葛藤が伺われるのが心に残った。震災直後、僕も自転車で故郷の町を巡ったことがあるが、その時も線量計を使うのがだんだん苦痛になってきたのを思い出した。真実を知りたいという気持ちで線量計を持ってきたのに、目の前の美しい故郷の風景と裏腹に出てくる数字という現実を受け入れるのは、思っていた以上に痛みを伴う行為だった。どんな数値が出ようと、そこで暮らしている人が現実にいる。そこでよそ者の僕が簡単に“危険”と言い切ってしまっていいのか…。最後の方はもう計器を握り潰したくなった。
この本が出たのは今年の7月。今の時点で当時を振り返ったあとがきが読ませる。震災直後はあれほどSNSを賑わせていた原発事故関連の記事は、今は数えるほどしか見なくなった。僕も含めてみんな“忘れようとしている”。でも、かの地では痛みを感じながらも、これを後世に伝えていこうとしている人たちがたくさんいるのだ。
ドリアンさん、もし震災前に奥の細道を旅していたら、どんな紀行文を書いたんだろう…。きっと、もっと芭蕉の心情に寄り添った、これとは全く異なるものを書いていたに違いない。
故郷の町を流れる阿武隈川には、震災後も変わらず白鳥が飛来する。その美しい姿を見ながら、でも彼らの身体にはどのぐらいの放射性物質が沈殿しているのだろうかなどと考えてしまう自分が哀しい。僕らはもう2011年3月11日以前とは違った世界を生きていて、もう二度と芭蕉の暮らした世界には戻れないのだ。
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